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<第2回>25年続く士業事務所の開業当初から軌道になるまで!?

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前回の対談記事(会員登録なしで読めます)
<第1回>25年以上続く士業事務所の始まり

独立当初は1からのスタート


ミカタ編集部:独立したとき最初はうまくいったのですか?

寺田氏:一緒に独立した前職の常務がお客さん抱えてくると思うじゃんね。多少は抱えてきたけどほぼ無いも同然で、1からかーって感じでしたね。一番良かったのは、僕が司法書士の事務所にいたときに姉御的な存在の人がいてそれがまた顔が広い人で、すごい人脈を持っていたんです。いろいろ会わせてくれたんだけど、その人がなかなか力を持った人で重鎮の人や司法書士のネットワークに混ぜてもらってそこからバンバン仕事が来るようになりました。大きな仕事とかも中にはありました。

ミカタ編集部:紹介が多かったイメージですか?

寺田氏:紹介は僕が持ってた司法書士のルートだけ。あとは全部飛び込んだり電話したりどっちかです。だって今みたいなホームページなどのツールがなかったので。

ミカタ編集部:そうですよね。

寺田氏:だから高速でビルの上からだーっとピンポンしていました。

ミカタ編集部:それは実際受注できるものなんですか?

寺田氏:取れる確立まではわからないけどもちろん何社かはこれで今でもお付き合いをしてるところはあります。ほぼほぼダメだけどね。だから度胸試しにもなるしね。やっぱあれは経験しといたほうがいいよね。一番思い出深いのは、お客さんになってもらった社長の車を朝運転手と一緒に洗ってたら「何やってんの」って。「いやいや、洗わせてもらってます」って。「意味分かんない」「またやってんのか」っていうのが良くありました。

あと、サウナ営業をしていましたね。誰かに教えてもらったんだけど「寺田、サウナ行け。夜のサウナ行くと大体VIPの人たちが入ってくるから」と教えてもらったのでサウナに行きました。そこってブラックの会話ができるコミュニティになるからとにかくお前ずーっとサウナ入っとれって(笑)そこで何人かに可愛がってもらえて、というのはありますね。

ミカタ編集部:すごいですね。

寺田氏:だからセミナーでこういう話を言うとみんなエーってなります。当時はそれくらい何もなかったですよね。今みたいに便利なツールが何もないので自分の体1つでどうやってやるかって言ったら、もうどんどん自分をこうやって売り出すしかないよね。

ミカタ編集部:開業してからすぐに仕事は来るような状態になったのですか?

寺田氏:そうだね、欲を言ったらきりがないんだけど、もちろん最初から採算が合ってるかって言ったらアレだけど、もともと7人からスタートしてるからね。基本的にお金がないから、とりあえず皆に100万円ずつ出しました。そして一応資格者は俺ともう1人いたんだけど基本的には常務がいるけど、みんなでフラットな関係にするために100万円ずつにしました。でもそれで700万でしたが700万円はあっという間に無くなりました。

結局銀行にお金を借りることになり、銀行に最終的には6,000万円借りましたね。普通お金を借りる時は、僕の行政書士の資格でも500万円からせいぜい1,000万円なんでですが、6,000万円必要かっていうと実は3店舗の経営してました。御茶ノ水本店、恵比寿の支店、横浜関内の支店、その3店舗を構えて、僕が東京の代表でもう1人の資格者が横浜で、恵比寿はあくまでも中間的な存在として3店舗経営し、最終的には17人入れてました。17人が何の仕事をするかしっかり分担し、しかも司法書士や税理士の登録もし、要するにワンストップサービスを提供しました。いわゆる、ホールディングスなんてことを最初からしていました。
借りた6000万円は結局、他のメンバーでは金は用意できないので、結局うちの親父が保証になって、一発で決済をしてくれたのです。いろいろあったんですよね。

ミカタ編集部:開業されてすぐ3店舗・・それは急成長ですね。

寺田氏:そうだね1年ぐらいでやりましたからね。多分あの最高峰の事務所で最高峰の物の見方をしてたからその意識はあったからなのだと思います。若気の至りと言えばそうなんだけどやっぱりちまちまやるよりも、やっぱり箱を抱える重要さみたいなもあったから、だからやっぱりそこに拘りがありました。やっぱり常務とか10歳も違うからあの人たちを見ると 、見栄もあったと思います。
だからちょっと大きなお金を持とうとおもったんです。それが結局要らない金を借りることになったのですが。保証金だって1000千万円くらい払ってるんだもん。ありえないよね。今では怖くてできないよね。

ミカタ編集部:今、そんなことする人いないと思います!(笑)そんな風にいきなり3店舗開いたわけじゃないですか。その時に売上あげられるかなぁという見通しっていうのはあったのですか?

寺田氏:ないよね。だから顧問を取りにいったんだけど、飲食でいわゆるキャバクラとかを新宿や池袋でやってる会社があって、そこに売上アップのために分社化しましょうってこちらで提案したりしました。ついでにお姉ちゃんの管理も全部やってやろうと。お姉ちゃん出退勤の管理からお給料のこととか全部やって、それで月400万円ありました。それがまあ当初一番でかくて、そこで何とか何とか経費をまかなえたと思うんだけど、その案件を受注できたのは相当良かったね。

ミカタ編集部:それはすごいですね。400万の顧問になるって。

寺田氏:そこは結局10社くらい作りました。結局、店のなんとかって言う名前の会社を作っちゃって店長を独立させちゃって、それで歩合給の制度を設計していく提案に社長が乗っかってきたりして。

ミカタ編集部:すごいですね!また少し話が変わるのですが司法書士のコミュニティーからそのつながりでお仕事を最初にいただけるようになっていた。そのお仕事をいただけるようになるために努力されたこととか意識的にやっていたことってありますか。

寺田氏:別に仕事くださいとはあんまり言ってなくて、仕事って要は基本的に人と人の付き合いなわけで結局は人間性であったりやっぱり、裏表がないという部分だったりいろんな要素はあるけど。やっぱりコミュニケーション能力っていうのも重要だろうし、それぐらいのものかもしれない。あとやっぱりお前頑張ってるから応援してやろうっていうところもあったかと思います。

ミカタ編集部:やはり結構気に入られることが大事なんですかね?

寺田氏:別にごまをすってやってるわけじゃないけどね。嫌なもんは嫌だって言ってるし。

ミカタ編集部:それが逆によかったのかもしれませんね!

行政書士バッジなんか要らない!


ミカタ編集部:開業当初に一番大変だったことってなんですか?

寺田氏:大変だったのは、僕はずっと営業やってたので、やっぱり業務を知らないことですね。色々仕事は来てたんだけど、例えば建設業きても書類作れないじゃん。何をしていいかわからなかったです。でもとりあえずわからないから都庁に1人で行ってすいません、教えてくださいって言いました。「あんたそんなことも知らないの」って超恥かいて、「あんた行政書士の先生でしょ、何やってるんですか?」って当時の女性の担当者に言われて皆の冷たい目線を受けてました。赤っ恥かいて、でもその赤っ恥、二度と忘れないよって思ってる。一応うちの職員にも言うんだけど、赤っ恥かいてこいって言います。みんな結局士業ってかっこつけようと思ってるから、そのプライドが邪魔するんだよね。赤っ恥かいちゃうとみんな人間だから逆にそこで仲良くなるんだよね。

所詮人間なんだから行政書士バッジなんか要らない。だから行政書士バッジもらった瞬間に俺捨てたからね。笑  今でもないし、こんなダサいバッジなんか要らないって思っています。

ミカタ編集部:そうだったんですね。

寺田氏:ただほんとに業務知らなかったから、それなりに自分で努力してこういう場合はどうやってやるべきか、自分でわからないときは全部役所に電話して「すいません、すいません」っていくと「またお前か!」って言われました。僕、暗算が得意だったのですが話も一度聞くと全部入ってしまうのですぐ覚えました。

ミカタ編集部:あはは 暗算が。すごいですね!事務所が開業されてからちゃんと軌道に乗り始めたなというのは大体いつ頃からなんですか。

寺田氏:軌道って言ってもね 何をもって軌道って言うのかは非常に難しいことでね。別に生活できてたらそれはそれで問題ないだろうし、何百万円もらえたらこれを軌道に乗ったっていうかもしれないし。ただ僕は初心忘るべからずです。僕の尊敬する先生で社労士の先生でもう80歳いくつの先生で、その先生も20年くらい前にたまたま何かでものすごく気に入ってもらって、その顧問先も全部の行政書士業務部分も全部やらせてもらっています。自社ビルを持ってらっしゃるすごく有名な先生でね。その先生が言うには「寺田君ね やっと私は70歳近くになって明日のことを考えずに寝れるようになった」って言って。それが人間の謙虚さなのかなとおもいました。だって誰が見たって3階建ての自社ビル持ってて職員が何十人もいて。10年くらい前の話だけど、それ聞いたら1年2年目の人がヤッタ!軌道に乗ったってそんなこと言えるのかなって思いました。

だから価値観がそこではないんだよね。物的なものではなくて、安心できるということなのかもしれません。社員のこと、お金のこと、いろんなこと、どれが欠けても気になってしょうがないです。だからやっぱりまだまだ発展途上なのかなって思います。

ミカタ編集部:すごい謙虚なお考えですね。

コミュニケーションは大切に


ミカタ編集部:最初7名でスタートされましたが、その後の採用はいつ頃から始めたのですか。

寺田氏:まず、やっぱり色々考え方の違いとか出てくるよね、年が一番僕が下だったので当然面白くないこともあるよね。だって最初入った事務所では僕が一番下だし、そこの当時№2だった常務も来ちゃって、10歳くらい離れていました。だからあの時は間違いなく東京では最年少で行政書士の登録したわけですけど、そうは言っても歳は下だしそれぞれ袂を分かって仕方がないって思っていました。一番強かったのはやっぱバブルでね、平成4年の時はバブルがはじけたんだけど景気に余力あって景気がすごく良かった時代、そこから3年ぐらい経ってほんとに終わりました。そしたらまた2000年、 ITバブルがやってきて、また頑張ってたらリーマンショックが2008年に来て、だから3回経験したんですね。そしてこの最後のリーマンの時が一番辛かったですね。

だけどその時に頑張ってこれたのは逆に言うとやっぱりスタッフがいたから。多分自分1人でやってたら万歳してたと思います。こんな辛い思いしたくないなって。でもスタッフがいるとその人の思いとか家族とか考えると頑張んなきゃいけないって思いました。うちの父もよく言ってたけどやっぱり人を採用するっていうのは絶対リスクを伴うよね。いろんな意味で。だけど採用してみるとそれはそれで何かが付いてくるって言われました。だから一歩踏み出すか踏み出さないかは才覚の差が出る。1人雇って100万円かかっても200万円の仕事が生まれる可能性もあると。

最初7人は採用というわけではなく着いて来たんだけど、その時にそれを考えたね。やっぱり人を採用するといくらかかるって。じゃあいくらかかるから当然いくら売上がプラスにならないといけないってなります。

ミカタ編集部:士業事務所で採用に悩んでる方は凄く多いんですよ。採用したけどすぐやめてしまったり、教育もうまくいかない。そういう部分で寺田さんがやってきたこととか、コミュニケーションの工夫とか何かあるんですか?

寺田氏:月並みな言葉かもしれないけど人の教育ってやっぱりだと思う。愛っていろんな意味があるんだけどね。僕の中でのコミュニケーションの定義付けって言うのは、投げた言葉に対して相手が響いてそしてそれをもって明日からアクション起こさないとそれはコミュニケーションではなく、カンバセイションの会話になってしまいます。

ゴルフでも何でも18ホールあるから、最後に穴があるからやれる。穴がないとどこで終わるかわからない。今の従業員って皆そうなんだよね。でも見せ方があって、お前ここまでやったら今度こっちのステージで一緒にやろう、こっちのステージを責任もってやれよって見せてあげるとね、帰属意識も高まるし、それがコミュニケーションにだと思う。

ミカタ編集部:実際に寺田さんが社員の皆さんに対して1人ずつコミュニケーションを取ってるんですか?

寺田氏:それはもちろん物理的な問題もありますけど基本はそうしてます。だって入社してくれた縁だから。3人ぐらい独立していったのですが、そのうちの介護の会社の社長になった人も色んなことを教えてもらったのがものすごく役立ったっていて、特に考え方が役に立ってるって言ってくれて、それが一番嬉しかったよね。やっぱり人の成長に少しでも自分が寄与してるんだなと思うと本当に嬉しく思います。

ミカタ編集部:それは嬉しい言葉ですね。

寺田氏:何かしら感謝とかさ、やっぱり嬉しいですよね。お前のとこ頼んでよかったよって、お前と出会って良かったよって言われるのが一番嬉しいじゃない。

行政書士からコンサルへ


ミカタ編集部:今までで25年経って一番大変だった時期っていうのはどの時期ですか。

寺田氏:物理的にはリーマンショックのとき。上場会社とか不動産系とか有名なとこが業績悪化で契約解除になって、そこだけならいいけどグループごとパーンってなくなっちゃう世界だから、物理的な意味ですごく大きかった。

ミカタ編集部:その時、何人も雇用してたと思いますが、それをどうやって乗り越えていたんですか。

寺田氏:一時的には妻が理解してくれて、俺の役員報酬全部使って給与とかに出しました。それはもう当然ですよ。でもそこでほんとは銀行が貸してくれたんだろうけど銀行には頭下げたくないと思ったから自分の報酬を減らすしかないと思って、それでしばらくはやっていました。妻にも理解してもらって。

それで、その時またアプローチを変えてこうって思いました。もともと行政書士もいいんだけどなんか味気ないなって。俺やっぱりコンサルやりたいなってのがあって、たまたま色んな出会いがあってコンサルの案件がいくつかできてきて、そこからまた許認可なり社労士業務の方にいったりだとか派生してきたんだよね。なんで巡り合わせが良かったのかというと偶然かもしれないけど必然かもしれないけれど、ただやっぱり全て前向きに考えてたから、辛いときこそ笑っているわけです。

ミカタ編集部:コンサルティングは具体的にどのようなことをやっていたのですか?

寺田氏:参謀のようにある程度広く浅く何でも知っていて、「社長もっとこうやれよ」ってことをやりたかった。そういうトータルコンサルです。だからそれで社長の所に行って「お前おもしろいから顧問にならないか」って言われて、そういうところから入っていったりしました。そこから業務に派生するのです。

こいつおもしろいからってことで、その社長の知り合いだとか、またその知り合いが「実は俺知り合いで建設業で困っている人がいるんだよ」ってどんどん話が来て、「どこの会社ですか?」って聞くと馬鹿でかい会社だったりするんだよね。その一つがホントにおもしろくて今はもうなくなっちゃったけど当時東証二部上場の不動産会社があって、そこの部長さんを紹介してもらって会ってみたら意気投合して、色んな話をしたら今度は「俺の知り合いの部長がいるからそれを紹介する」ってなりました。
それが当時のまたでかいグループの会社だったので、その関係から「お前おもしろいな、うちの子会社紹介するわ」ってなっていきました。

ミカタ編集部:今は実際に新規のお客さんは取ってるんですか?

寺田氏:今も許認可とか社労士業務とか、新規のお客さんがなんか知らないけど来るんだよ、何にもしてないんだけどなんか来るの。何にもブランディングもしてないんだけど。

ミカタ編集部:それはご紹介ですか?

寺田氏:紹介であったり紹介の紹介の紹介だったりとか「名前聞いたよ」とかって感じで。ありがたいよね。よくあるのは、今は顔見ないで全部やっちゃうじゃない、それはそれでいいんだけど僕らは元々25年間アナログでやってるからやっぱり顔を見て直接口説かなきゃって思います。お客さんにお会いしてお話しして仕事を頼んでいただくことに全神経使うし、それが僕の仕事だと思う。

あとは従業員に1万円の仕事だろうが100万円の仕事だろうが事件に大きいも小さいもないんだから頼むぞって、愛情注いでやってくれよって話しています。

ミカタ編集部:その、口説き方ってすごく気になったんですけどどうやって口説かれるんですか?

寺田氏:それはいろいろあるよ、企業秘密。あはは。

ミカタ編集部:ぜひ勉強させていただきたいなと!

寺田氏:以前はよく周りから人材育成の会社を作って人材育成やったほうがいいよって言われてて、いずれは寺田塾じゃないけどそういう人間育成をしたいね。マーケティングしてどーだこーだって技術的なことはわからないけど、歴史もそうだけど輪廻して長く続くためには愛されないと続かないわけですよ。

何かあっても安いとこへ行っちゃうみたいなそんな打算的な関係じゃなくてホントにお前に頼みたいんだよって。うちはお前の所に面倒みてもらいたいんだよって。だからほとんど基本的に浮気ってないわけですよ、もちろん多少安くしてくれっていうのはあっても基本的にはない、会社がなくなっちゃったりはあったけど、25年やっててお前んとこ気に食わないから他の所行くってのは1社か2社くらいしかない。ほとんど確率的に言ったらゼロですね。
そこを自信持ってやってるとこですかね。

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