<第1回>業界の偉い人との絆を若いうちに作るべき理由

全国でも数少ない「不動産鑑定士兼公認会計士・税理士」の冨田建氏に、士業業界で太い絆を作るための極意を伺いました。

プロフィール 冨田 建

全国42都道府県180以上の市町村で不動産鑑定業務の経験あり。著書「弁護士・公認会計士・税理士のための不動産の法令・評価の実務Q&A」や雑誌・税理士会会報、ヤフーニュース記事等で数回執筆の他、公認会計士協会や税理士会の団体で公認会計士・税理士向けに不動産関連の講演を数回行う。 平成30年度国土交通省地価公示鑑定評価員、公認会計士世田谷会幹事。 特技が音楽で平成29年公認会計士協会東京会第四回音楽祭で自作曲「ふどうさんのうた」で優勝。

対談スタート

暗黒だったキャンパスライフ

【ミカタ編集部】
本日は、冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士事務所代表、冨田会計・不動産鑑定株式会社代表冨田建さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。冨田先生は開業されてから7年経っていらっしゃいますが、もともと不動産鑑定士と公認会計士・税理士の資格を持っていらっしゃるということで、資格を取得されたきっかけやこれまでのキャリアをお伺いしてもよろしいでしょうか。
 
【冨田】
私は子どもの頃から鉄道が好きで、中学から慶應に通って大学受験がないのを良い事に高校三年の夏休みは42日中25日は鉄道旅行に行ってる有様でした。
後から聞くと未来の公認会計士試験合格を目指し慶應高校在学中に簿記の勉強を始めた人や、慶應高校在学中から会計を学び初めても公認会計士試験に合格できずに挫折する人すらいたようですが、当時の私はそもそも簿記が何かすら知らない。それどころか、商学部に行ったら『「簿記とかいうもの」をやらされるらしいからやめた方がいい』という先輩のとんでもない(?)アドバイスを真に受けていました。今考えればひどい食わず嫌いですよね(笑)。
その上、父が慶應の理工の修士卒で父の先輩が教授をやっていたので、「お前は長男だからそこの研究室に行け」と理科が弱かったにも拘わらず理工学部進学を強制されて…。ところが理工学部の勉強内容も環境も全く水に合わず留年を繰り返す惨状。
そんなある日、母親が「あなた、あれだけ地理に強いんだから、国内旅行業務取扱主任者(現在の管理者)を取ったらどう?」と言い、一応は通信講座に入りました。ただ、通信講座に入ったまでは良かったのですが、なにせ当時まだ法律の勉強をしたことがない。なので、最初は心理的抵抗があり、試験の二週間前まで何もせずほったらかしていました。
 
【ミカタ編集部】
それは遊んでいたということですか?

 
【冨田】
この時に限らず大学入学後4年間はずっと音楽とかをやっていました。エレクトーン歴12年半なんですよ。今でも会計より音楽の方が自信があるくらい。さすがに不動産は音楽より自信がありますが。
で、折角通信に入ったのに何もしないのも良心の呵責があるので2週間だけ頑張って勉強しようと思ったんです。ところがこの資格って、地理が難関みたいで、法律はサクサク行くけれど地理が覚えられずみんな挫折する。一方で私はというと、高校3年の夏休みの時42日中25日旅行等のお蔭で全国に何がしかの思い出があるので勉強なんて一切しなくても地理は全部解けました。結果として6割あればいいところを8割以上取って合格しました。その時、こう思ったんですね。「これ、もしかしてもっと難しい資格も行けるんじゃね」と。
 
【ミカタ編集部】
自信につながったのですね。
 
【冨田】
その時になんの資格を目指すかを考えました。当時なぜか手元に公認会計士試験の手引きのような冊子があり、それを持って父に「公認会計士ってなに?」と聞くと、父は将来を見通す目が当時も今もないので「公認会計士はとても難しい資格だからお前には関係ない」と。今考えるとめちゃくちゃですよね(笑)。
で、色々考えた結果、業務で全国どこでも鉄道で行けるという理由で不動産鑑定士が合っているのではないかと思い、不動産鑑定士を目指すことにしました。
その結果、どうなったかと言いますと、当時の不動産鑑定士試験2次試験には受かりました。受かったのですが、受験と無関係な理由で更に留年を繰り返す始末。この合格の時、私は理工学部が大嫌いでしたし、みんなはキャンパスライフと言って楽しんでいましたが私にとってキャンパスライフ=暗黒でしかないので、「大学はもう行きたくない、やめる。そして不動産鑑定事務所に行く。」と言いました。しかし親には「中学から慶應に入れたのにそれはないだろう」と叱られ「じゃあ公認会計士をやる」と言う話になり、公認会計士を目指す事になりました。
 
【ミカタ編集部】
そんなきっかけだったのですね。反骨精神と言いますか、そのようなもので会計士を目指されたのですね。

 
【冨田】
すべては留年がスタートでした。反骨というよりも、公認会計士試験の受験勉強は確かにきついですが理工学部よりは遥かにマシと。だから、公認会計士試験の受験勉強ができるだけ恵まれていると思っていました。
これは資格試験を目指している人全般に言えると思うのですが、資格試験は受験できる環境があるだけでも恵まれています。その感謝の心を忘れてはいけないですね。それで合格できないのは、その人の責任以外の何物でもない。
 
【ミカタ編集部】
資格を取得されてから開業されるまで、お時間はどのくらいあったのですか?

 
【冨田】
監査法人へ行き、不動産鑑定事務所へ行き、という感じだったので、結局9年くらいです。 
 

業界の偉い人との絆を若いうちに作るべき理由とは

【ミカタ編集部】
開業前後の黎明期は人の縁の開拓が難しいと思いますが、最初どのようなところから人の縁を開拓しましたか?
 
【冨田】
不動産鑑定事務所に勤務していた2007年のある日、調査する不動産について、近くにある宅建業者でいろんな情報を聞くということをしていました。そのときたまたま入った地元の近くの宅建業者さんのところに、大学の不動産会のテナントがありました。「これはなに?」と聞くと、慶應大学出身の人の不動産の集まりだと言われ、自分も慶應出身だと言うと参加させてもらえることになりました。そこでその宅建業者とも仲良くなり、今でも公私ともに付き合いがあります。こちらから色々お願いをしたり、向こうからも情報や案件を頂いたりしています。あの時の一言がなければこの縁はないし、のちに不動産三田会(慶應大学の不動産会)経由で慶應出身の公認会計士の先輩も紹介してもらうことがで

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