第2章:なにもないところからのスタート。試行錯誤するなかで学び、知った「孤独」と「自分」〜メンターからの手紙 亀石倫子氏〜

ポイント(この記事は3分で読み終わります)
  1. 自分というものを知る中で方法論を探る
  2. 地獄の日々で味わったのは「本当の孤独」
  3. ロースクールでの飛躍と、一番辛かった最後の1年

亀石倫子氏 プロフィールはこちら

自分というものを知る中で方法論を探る

弁護士になるために途方もない努力をしなくてはいけない「地獄の日々」が始まって、最初の4年間は勉強の方法論を模索していました。

大阪には夫以外知人も友達もいないし、勉強仲間もいないし、先輩みたいな人がアドバイスしてくれるわけでもない。

だから本屋さんで合格体験記をいっぱい買って読んで、そこに書いてある勉強法を真似して試行錯誤していたんです。


司法試験みたいな難しい勉強って、ゴールにたどり着くための方法論がすごく大事だと思うんですよ。人によって方法論には向き不向きがあるから、自分にベストな方法を見つけるっていうことが、もしかしたら一番大事かもしれなくて。

1位で受かった人の勉強法を真似したってだめなんですよね。それはその人に合ってる方法論でしかないから、自分がどういう人間で、どういう弱みや強みがあるのかを知って、その上で自分はこれだっていう方法を見つけないといけない。

その方法論を見つけるまでが、試行錯誤の繰り返し。見つけたら、その方法論でただひたすら機械のように勉強する。

結果的に私が行き着いたのは「感情を揺さぶるものをすべて排除する」ということでした。

私は子どもの頃から本や小説、音楽やお芝居などの感受性に訴えるものが大好きなんですが、司法試験の勉強中は、そんなふうに感情が動いてるようでは勉強できないんですよね。
だから、私がこよなく愛するそれらのものをほぼ断ってたんです。

私は感情に波があるので、それが集中力を削いで勉強の邪魔になるんですよね。だから、気持ちが落ちてもダメだし上がりすぎてもダメ。
感情の起伏だとか、体調の良し悪しはあっちゃいけないから常に一定を保つということが大事でした。

私はもともとメンタルが弱いんだと思うんですよ。それに気づかせてくれたのは夫ですが、彼はもともとアスリートだから、メンタルをすごく重視する人なんですね。
その彼が、結婚してから何度も「お前どんだけメンタル弱いねん」と…(笑)。

それまで、自分がメンタルが強いとか弱いとかって考えたことなかったんですよね。
むしろ、人と関わらずに孤独に耐えられるから、メンタルは強いとすら思っていました。

でも、結局は人と関わらないというのは、自分の思い通りにならなかったらすぐ面白くなくなるからとか、一人のほうが自分の思い通りにできるから、っていうただのわがままだったと気付いたんですね。

自分の心の弱さ、メンタルの弱さからそういう行動に出てたんだなと気付いたんです。
結果としてそのメンタルの弱さも、それまでの不本意な人生に結びついていた。そこで自分のことを「メンタルが弱い」と認識するようになったんです。

そうして試行錯誤しながらたどり着いたのが「感情を揺さぶるものをすべて排除する」という方法でした。

地獄の日々で味わったのは「本当の孤独」

私は法学部を出ていないので、法律をイチから勉強するために最初は司法試験の予備校みたいなところに通いました。

ただ、そこは司法試験だけじゃなくていろんな資格試験を目指す人が来ていたので、すごくたくさんの人がいるんだけど、「学校」という感じではないし、もちろんみんな遊びに来てるわけじゃないから、友達を作る雰囲気でもないんですよね。

顔見知りになることはあっても、友達になることはなく、授業受けて一人で自習室で黙々と勉強して、という日々でした。

話し相手もいなかったので、とにかく自問自答というか、内省というか、自分がどういう人間なのかって考えながら勉強し、模索する…。そのとき私は生まれて初めて「本当の孤独」を味わったんです。

それまで私は、人を寄せ付けないところがあったのかもしれないけど、それはわがままに自ら好き好んで孤独を選んでいたわけであって、本当の孤独を知ったら、寂しくて仕方なかった。

丸一日、誰とも話さないっていう日がずっと続くわけですよ。だから、朝会って「おはよう」とか、帰りは「おつかれさま、また明日ね」みたいな一言が、どれだけ人間が生きていく上で大事かを初めて実感したんです。それまでやっぱりどんだけ傲慢だったんだろうって思い知りましたね。

それに、受験勉強中の身である自分なんて、誰にも必要とされないわけです。
人とのふれあいもないし、居場所もないし、役割もないし、誰も私のことを知らない。
社会との関わりがないというその疎外感や絶望感が、地獄だったんですよね。

ロースクールでの飛躍と、一番辛かった最後の1年

勉強を始めて4年後の2005年にロースクールに入りました。ロースクール時代の2年間で私はすごく成長できたと思っています。
それは、環境を変えたことで、勉強仲間ができたことが大きいです。

そこにはいろんな大学の法学部出身の、とても優秀な人たちが集まっていて、「こんなところで私はついていけるんだろうか」って最初は思ったんですけど、がんばってついていくと仲間がすごい引き上げてくれたんですよね。

勉強仲間とディスカッションしながらのゼミなんかもやっていて、それですごく、高いレベルにいる人たちに引き上げられて。やっぱり環境ってすっごい大事だと思うんですよ。

結果的に、ロースクールに入ってからのほうが勉強時間は減っちゃったんですけど、その分すごく質のいい勉強ができたんです。それまでのように一人でがむしゃらにやってても絶対に司法試験には受からなかったと思いますし。

でも、1回目の司法試験は点数が足りなくて落ちちゃったんですよね。そのとき浪人した最後の1年が、受験勉強時代で一番辛かったです。

そのときはね、もう勉強してても涙出てくるんですよ。不安もあるし、ロースクールで仲間だった人たちが司法試験にパスして、司法修習生になって頑張ってると思うだけで泣けてくる。泣きながらも「自分は感情のない機械だ」って言い聞かせて勉強するんだけど(笑)、その時が一番辛かったですね。

その後、2回目でやっと司法試験に合格できました。ものすっごい努力もしましたけど、でもそのときだってギリギリで合格してるんです。だから、ほんのちょっとのさじ加減というか、運とか、気力とか…ラッキーだったと思うほかない。

今でこそ、ロースクール制度や司法制度改革って「失敗だった」なんていう意見もあるけど、私はロースクールがなければ絶対弁護士にはなれていないんですね。そう思うと、ほんとに運が良かったと思うから、感謝しかないんです。

だから、昔のつんつんした自分とは、すごく違う人間になったと思います。地獄を見て、なりふり構わずの努力もしたけど、でもそれぐらいの経験をしないと私っていう人間は変わらなかったと思うんですよね。

(続く)

おすすめの関連記事

ー自分にしかできない仕事をー
第3章:業界の常識にはとらわれない。「素人感覚」を生かして自分らしく仕事をする〜メンターからの手紙 亀石倫子氏〜

ークリエイターはいかにして生まれたのかー
第1章:目指していたのは歯科医?意外すぎる学生時代からイラストレーターになるまで〜メンターからの手紙 ヒロ杉山氏〜

- 本気で1億円達成したいなら -

無料会員に登録すると、起業家が年商1億円を達成するために必要なノウハウや会員限定向けの起業家インタビュー、注目の新刊本レビュー、助成金に関するニュースなどが毎週メルマガで届きます。
年商1億円を達成したい経営者はいますぐ登録しよう。すでに5,000人以上の経営者が読んでいます。

メールアドレスで登録

登録することで、 利用規約・プライバシーポリシーポリシーに 同意したものと見なされます。

類似記事

関連記事

著者プロフィール

ikekayo(池田佳世子)

関西を拠点に活動するライター。 その人のもつ無形の価値に輪郭を描く仕事をしています。