仕事のパフォーマンスを上げる弁護士の生き方とは?

ポイント
  1. 大手の法律事務所で働き、自分の生きたい人生を決める
  2. 海外を旅しながら自分のライフスタイルが確立されていく
  3. 自分の軸を持って、そこからは自分がしたい事をどんどん突き詰める。

 

 

プロフィール

村永 俊暁(むらえい としあき)(第二東京弁護士会)

略歴

平成15年(2003年)3月      北海道室蘭栄高等学校卒業

平成17年(2005年)11月     司法試験合格

平成19年(2007年)3月      中央大学法学部法律学科卒業

平成20年(2008年)9月      司法修習(旧61期)修了・

アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所

平成27年(2015年)12月     弁護士法人プラム綜合法律事務所入所

取扱分野
・企業法務(契約書・利用規約の作成・レビューや株主総会対応、各種規制の調査等)
・債権回収
・M&A
・相続、交通事故その他

〜基本は大切!その上で自分の好きなことをやる!?〜

ー本日は弁護士法人プラム綜合法律事務所、村永俊暁さんにお越しいただきました。本日はよろしくお願いします。

村永 よろしくお願いします。


ーではまず、村永さんのプロフィールからお伺いしてもよろしいでしょうか。


村永 弁護士の村永です。弁護士になったのが2008年の9月で、そろそろ丸10年です、そういえば(笑い)。その間2年半くらい弁護士登録をしていない時期があり、そのときに少しだけ旅をしていました。弁護士会費は高いので、30歳住所不定無職で、やばいやつでした(笑い)。


ーそんな村永さんをお招きして、面白い生き方をされている弁護士さんということで、弁護士になるところから今までの経緯や、旅のお話などを伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。まず、なぜ弁護士を目指されたのでしょうか。
 

村永 最初のきっかけは「行列のできる法律相談所」を見て、「いろんな解釈があって面白そう」と思ったことです。あとは、法学部にたまたま入ったので、「じゃあ弁護士になるか」と。極めてシンプルな動機ですね。困ったときに弁護士さんに助けてもらった、といった経験は特にないです(笑い)。
 

ー始められたと思うのですが、勉強はスムーズにいったんですか?

村永 大学でサークルにも入らず、特にやることもなかったので、ひたすら勉強をしていました。多いときは一日10時間くらい。大学1年生の秋から始めましたね。


ーなるほど。晴れて弁護士になられて、最初はお勤めになっていたと思うのですが、どんな業務をされていたのですか?


村永 大手の渉外法律事務所だったので、大企業を相手に一般企業法務やM&A、紛争対応などを主にやっていました。ファイナンスも少しやっていました。


ー何年くらいその事務所にお勤めだったのですか。

村永 5年弱働いて、やめました。

ー5年というと弁護士さんでは中堅になる前くらいかと思いますが、その5年間はどうでしたか。

村永 M&Aだとデューデリジェンスという、会社の法的問題点を洗い出す作業を行うのですが、2年目の終わりくらいから、「隊長」と呼ばれるまとめ役をやったりしていたので、丸3年くらいでどのような感じで仕事をまわすのかということは大体わかりました。もちろん、それぞれの案件で、勉強しなければならないことはたくさんあるのですが、仕事の進め方という意味で。渉外事務所では、5年目、6年目くらいになると、海外の大学に留学に行く人が多いのですが、留学準備をするか、もっと楽しいことをするかということを考えた時に、楽しいことをしたい、この時期ならこっそり辞められるかな、と思って辞めました(笑い)。


ー周りの弁護士の方は、結構みなさん留学をされるものなのですか?


村永 留学に行く前に辞める人が12割くらいで、大体みんな留学は行きますね。78割行って、1割が行かないかな、という感じです。


ーそれはもうほとんどが海外に留学に行かれるということですね。海外留学は弁護士としてどのように生きてくるのでしょうか。


村永 自分は留学に行っていないので、そんな自分が、留学が将来の弁護士生活に活きるのかを説明することはできませんが、海外の大学には世界中の弁護士が集まってくるので、ネットワークを作れるというのと、バカンス目的なんじゃないですかね(笑い)。まあ46年くらいみんな働いて、疲れ始めているんですよ、きっと。


ーじゃあ半分楽しみなんですね。


村永 ほぼ楽しんでいるのではないですかね。留学のカリキュラム修了後、ほとんどの弁護士が、ニューヨーク州弁護士の試験を受けるので、やっぱり、きちんと勉強しなければいけませんが。


ー(それだけ疲れるということは)駆け出しのころは結構ハードワークされていたのですか、みなさん。


村永 「95時」と一般的に言われたりもしているようです。朝9時から朝5時まで働く、という意味で。これは、たまたま振られる案件にもよりますし、人にもよるので、一年中、大手事務所の全員がそこまで働いているわけではありません。それに、僕はそこまで忙しくしてはいませんでした。


ー本当ですか!寝る時間がないじゃないですか。


村永 僕の場合は午前10時~11時くらいに事務所に行って、早いときは午後11時~12時、平均して午前2時くらいには帰っていました。
 

ー割と若手の人ほど帰るのが遅くなる感じですか。


村永 そうですね。入所したての頃は仕事の勝手がわからず、どの程度の時間をかけて法的問題を調査すればいいかわかりませんし、少し慣れてくると、どんどん仕事と責任が増えるので。僕は、最初の5年でだいぶ疲れました(笑い)

 

ーそして皆さんが留学に行かれる中、村永さんは旅に出ようと思われたということですね。なぜ旅に出ようと思われたのでしょうか。


村永 みんな留学に行くので、(僕も)海外に行こうかなと。海外に行くならどこに行こうかといろんな世界の写真を見たら、「これは(世界)一周できるな」と思いました。「行きたいところをつないだら世界一周だ」と。これはもうずっと旅していよう、と思いました。写真と現地とはやっぱりギャップがあると思うのですが、行ってみないとわからないので、どれだけ写真が盛られているのかの確認や、写真には写っていない観光地の周りがどんな感じになっているのかを見に行きました。


ー合計どれくらいの期間旅されていたのですか?


村永 弁護士の登録を取り消してニートだった期間が2年半、そのうち、海外に実際にいたのは1年半から2年くらいです。ちょくちょく日本に帰ってきていました。


ー海外に半分以上いられたということですよね。どんな国に行かれたんですか?


村永 合計で50ヶ国くらいです。韓国と台湾で1か月という謎の期間もありました(笑い)。この2つで、そんなに長い期間はいらないですよね。


ーなぜそんなに滞在時間が長かったんですか?


村永 友達の結婚式に招待されていて、海外に出ても、日本に帰らなければならなかったんです。どこから帰ってこようかと考えると、近場のほうがいいので、とりあえず、韓国と台湾かなと。


ーあまり遠くに行けない中でそこにとどまったんですね。でも(1か月って)住むレベルですよね。


村永 結構長かったですね。それほどやることがありませんでした。ソウルで何をやってたんですかね(笑い)。ソウルに行ってから、韓国と北朝鮮の国境である北緯38度線を見に行きたいなと思ったのですが、申し込めるツアーの出発日が最短で4日後で、それまで何をしよう、、とか悩んでいました。

ーわかります。僕も韓国に友達と行って、二泊しかしていないのにやることがなくて、ボウリングしました。日本でできるのに(笑い)。では村永さんは韓国、台湾、そして日本へいったん戻り…


村永 はい、その頃は秋で、タイのランタンを飛ばすお祭りを見たいと思って、日本からバンコクに飛び、いくつかの町に泊まりつつ、北上してチェンマイという、ランタン祭りが行われる町まで行きました。そこからは何も決めていなかったので、東に行くか西に行くか迷いました。ミャンマーかラオスかといったところで、ラオスであれば、その後ベトナムに抜けられると気付いて、ラオスに行きました。ラオスの後はベトナム、フィリピン、マレーシア、シンガポールへ行き、少し疲れたので帰国しました。2か月くらい東南アジアを周って一時帰国ということですね。
 

ーちなみに、弁護士さんって日本にいれば、何か起きても法律で戦えるという安心感があると思うのですが、海外ではそれがないですし、身の危険を感じることもあると思います。怖い経験はありませんでしたか?


村永 フィリピンは怖かったですね。マニラで強盗に遭いました。知らない人について行って一緒にお酒を飲んだら30分くらいで記憶が飛んで、気づいたらホテルにいて、現金とiPodsimフリーの携帯電話を取られていました。薬を盛られたようです。全体的に危ないと思います、マニラは。


ミカタ編集部 僕も去年行きましたが、何事もなく行けました。
 

村永 空港は大丈夫でしたか?タクシーでぼったくられたり…。
 

ー空港は何もなかったですね。タクシーはぼったくられているのかどうかもわからないレベルでした。着いてすぐで料金の相場もわからないですし、金額も大したことはないので、交渉自体が面倒くさいなと思いましたね。


村永 かっこいい。僕はそもそも外国人だからと足元を見られるのが嫌なので、インターネットで相場を調べて、タクシー運転手と交渉しましたよ。
 

ーその後は、ヨーロッパとかには行かれたんですか?
 

村永 ボリビアにあるウユニ塩湖という場所に雨季の間に行きたかったので、東南アジアから1月上旬に一時帰国した後、1月中旬にまた南米の旅に出て、まずはペルーの首都リマに入りました。そこから陸路でマチュピチュを目指し、マチュピチュに行った後はウユニ塩湖に行き、パラグアイを通過して、イグアスの滝を見て、サンパウロで研修中だった友人に会った後、リオのカーニバルを見に行きました。リオデジャネイロでは、たまたまジーコに会いましたよ。
 

ー本当ですか。ワールドカップの時期に行ったということですか?


村永 20146月に開催されたブラジルW杯も観たのですが、リオのカーニバルが3月で、この時はブラジルから確定申告をするためにいったん帰国しました。その年は、半年働いていたので。その後、4月からヨーロッパに行きました。僕はサッカーが好きで、二年に一度開催される「弁護士W杯」という世界中から弁護士がサッカーをしに集まるイベントに参加するため、ヨーロッパを周りつつ、ハンガリーを目指しました。


ー弁護士W杯は二年ごとに違う国で開催されるのですか?


村永 基本的には違う場所で開催されます。2014年の開催地はハンガリーだったのに、まず、スコットランドに飛んだんですよ(笑い)。レンタカーを借りて一週間くらいスコットランドを周って、電車でイギリスを南下し、当時、ロンドンに留学している友人がいたので、家に泊まらせてもらいました。その人が、ヨーロッパ駐在の日本人のサッカー大会がミラノであると言って、「お前、サッカー道具持ってきているよな、お前も行くぞ」と言われて、ロンドンからイタリアのミラノに飛びました。初対面の人たちのチームに混ざってサッカー大会に参加しつつ、当時ACミランに所属していた本田の(チームの)試合を見ました。その試合、本田は出場しませんでしたが。そこから、オーストリアを横断してハンガリーに入国しました。


ー弁護士W杯は正式に大きい大会なのですか?


村永 結構大きいです。30か国くらいは参加しているのではないかと。国ごとではなく、町対町、ですね。日本からは、東京、京都、横浜・福岡合同チーム、大阪とか、4、5チーム出場しています。


ー結果はどうでしたか?ヨーロッパの弁護士さんってガチな人はいるんですか?
 

村永 負けまくった記憶があります。海外の弁護士は、うまいです。イタリアのセリエBでプロだった人とかもいるようです。ブラジルの弁護士は週に二日サッカーをやっていると言っていました。仕事しろよって感じですけどね(笑い)。


ー日本は強くないのですか?


村永 そうですね。半分より上にはなかなかいけません。
 

ー本当にいろんなところを周られてきたと思いますが、そこで学んだこと、価値ある出会いなどはありますか?


村永 人の価値観は環境では変わらないということがよくわかりました。僕は、自分では、あまり社交性と協調性がないと思っていたので、世界に出ていろんな人と対話して、成長したいと思っていたのですが、そううまくはいきませんでした。ゲストハウスなどに泊まらず、ビジネスホテルに泊まっていたから、他人と特につながらなかったというのもありますね(笑い)


ーゲストハウスに泊まってバックパッカー同士が交流する、みたいなイメージを持っていますが、そうではなかったということですね。


村永 僕もそのイメージを持っていましたが、そもそも(荷物を)背負わず、キャリーバッグをガラガラ引いていました。普通の観光客が宿泊するホテルに一人で泊まり、まったり過ごして、ダニに食われる心配もなく…。


ーでは現地の人ともあまり交流することはなかったのでしょうか?


村永 あまりタクシーも乗らなかったので、レストランやバスで話をするくらいでした。


ー価値観が変わらないというのはどういうことなのでしょうか?


村永 変わろうとする意思がないとだめだな、ということです。環境を変えただけでは無理です。あとは、自分がインドア派だと気づきました。さんざん旅に出た後ですが。山に登って、「これは(自分は)インドア派だな。」と。4泊か5泊かけてキリマンジャロに登って、登山は趣味にできないと思いました(笑い)。3日目くらいから早く下りたいと思っていました。
 

ー登るときは達成感がありますが、下りるときは目的もなく絶望ではありませんでしたか?


村永 結構さらさらっと下りますよ。高い山だと、登るときは4000メートルくらいでうろちょろするんです。高山病にならないよう、体を慣らすために。でも「早く登らせろよ」と思っていましたね。一日4、5時間しか登らないので、あとはテントの中でずっと漫画を読んでいました。


ー旅を通じて変わりました、という人は多いと思いますが、何も変わらず2年半が過ぎた、ということですか。


村永 そうですね。あとはたくましさがついたくらいです。


ー大分そこ(たくましさ)はつきますよね。日本ではあまり必要ないかもしれませんが。


村永 虫とかがいても、まあそんなもんかと思いますからね。実際旅で変わる人はあまりいないと思います。変わる人は変わる意思があったからでしょうね。


ー自分探しに旅に出ても、目的が不明確すぎてなにも変わらないですね。
 

村永 2年半かけて、インドア派の自分を探してきました(笑い)旅、いいですよ。


ーそういう生き方もあるんだなと気づかれたと思いますが、日本に帰ってきて2年半経ち、開業されていることを考えると、やはり弁護士という資格があるというのは大きいと思います。また、その間に法改正などありましたが、自由に生きることができるというのは強みだと証明されたのではないかと感じます。その後日本に戻ってきて、初めから開業というのは考えていたのですか?


村永 気の向くままに仕事をしたいと思っていたので、前の事務所に戻ることは考えていませんでした。中小規模の法律事務所もいくつか周りましたが、考えていたのと少し違う感じがしたので、独立開業していた同期の弁護士の事務所に転がり込もうと思って。そして今に至ります。


ー最初はブランクもあるでしょうし、お客さんもすぐに引っ張ってくることはできないと思いますが、ゼロからのスタートということに不安や恐怖感はありませんでしたか?

村永 不安はまったくありませんでした。「何とかなるだろうな」と思っていました。この「何とかなる」という感覚は世界を周ったからでしょうね。あとは、「いろんな人がいる」ということもわかったので、(旅によって)キャパシティーは大きくなった気がします。
 

ーブランクがある中開業されて、すんなり法律の世界に入っていけたのですか?


村永 全然覚えていなかったので、勉強は大分しました。そもそも大学時代に2年しか勉強をせずに司法試験に受かって、きちんとした勉強期間が短かったんです。それ以上の期間遊んでしまったので、思い出さなければ、ということで勉強しました。


ーそこからはどんな感じで今まで来たのでしょうか。ゼロからどのようにお客さんが入ってきたのかなど、お話しください。


村永 分野ごとに弁護士が紹介されているポータルサイトや弁護士ドットコムに登録し、そこから電話で依頼を受ける場合と、紹介です。前の職場のつながりや弁護士サッカーのつながりなどから紹介を受けています。


ーでは割とすんなり成り立つな、という感じだったのですね。


村永 そこまで難しいというわけではありませんでした。営業と言える営業はあまりしていません。さらーっとしていますね。異業種の交流会などに参加することもありますが、仕事の話はあまりせず、旅の話など、雑談していると時が過ぎています(笑い)


ー働く時間もそれほど長くないと伺いましたが、どのようなお考えがあるのでしょうか。新しい働き方、のようなものがあるのかなと思いますが。


村永 メリハリをつけて仕事をしたいという考えです。前の職場でたくさん働いたので、しばらくはのんびりしていきたいと思っています。


ー仕事をしていない時間は何に充てますか?


村永 少し前までドラクエとFFをやっていました。ドラクエXIをクリアした当日に、FF12のリメイク版をやり始めました。あとはアマゾンのプライムビデオで海外ドラマをひたすら見るとか。毎年、海外や国内で弁護士のサッカー大会があるので、走ったりもしています。


ーサッカー大会はどこであるんですか?


村永 2018年の弁護士サッカーW杯はスペインでした。2016年もスペインでしたが、2018年もスペインです。ちなみに、2019年は、弁護士サッカーアジア杯がタイのバンコクであります。
 

ー僕の周りだと働きづめの人が、多いのですが、村永さんはいい意味でゆったりと仕事をされていて、素直に生きていらっしゃるのだととても感じます。自分の幸せというものを考えた時に行きつく答えの一つなんだな、と思います。


村永 バリバリ仕事している人がいる中、申し訳ないです!


ー先生の周りではバリバリしている人は多いですか?


村永 働きたいというか、仕事が好きだという人が多いように思います。これだけ頑張って取った資格はしっかりと使って仕事をしていきたいという人が多いのでしょうね。あとは、資格にそこまで固執せず、資格を取っ掛かりに、様々な分野で活躍している人も多いです。
 

ー弁護士さんの中では相当特殊な生き方をしていらっしゃると思いますが、凝り固まった価値観の中に何も考えずに進んでいってしまっている方もいらっしゃるはずなので、そういう方たちには「こういう生き方もあるんだな」と感じていただけたらいいですね。最後に、このインタビューを聴いてくださっている方になにかコメントをお願いできますか。それか弁護士事務所の進む方向などでも構いません。


村永 ある程度の軸を持って、あとは好きなことをやればいいと思います。僕の場合は、個人のお客様もいますが、主に企業法務をやっていて、ある程度の対応の仕方や法的な考え方はわかっているつもりなので、そこはきちんとやる。あとは、好きなことをやっています。自分に向かないことをするのは疲れますからね。それで疲弊してサービスの質が全体的に低下していくのだったら、気の合う人と仕事をして、好きなことをして、という方が、パフォーマンスが上がると思います。それがお客様のためにもなるでしょうし。自分が幸せで、楽しく仕事をしているということがお客さんに伝わるのではないでしょうか。

ー一つの生き方として、僕は反対の生き方をしていたのでとても参考になりました。ありがとうございました。

 

ー本日は弁護士法人プラム綜合法律事務所、村永俊暁さんにお話しいただきました。ありがとうございました。

 

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