スムーズな事業承継のためには議決権制限株式を利用することも検討しよう

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事業承継において大きなポイントとなるのが、自社株式の取り扱いです。その際、自社株式を議決権制限株式にすることで、事業承継がスムーズになることがあります。議決権制限株式というのは、議決権が全くない株式か、一定の事項についてのみ議決権を有する株式のことです。

ここでは、事業承継に議決権制限株式を利用する方法について解説します。

議決権制限株式とは

議決権制限株式というのはその名の通り、議決権に制限がついている株式のことです。議決権が全くない株式もありますが、一定の事項については議決権を有する株式もあります。発行している会社が公開会社のときには、議決権制限株式が発行済み株式総数の2分の1を超えないようにする決まりがあります。

また、株式の引受人がファンドなど、経営に関与する意思が明らかであれば、議決権を制限することは通常はありません。しかし銀行の場合には銀行法と独占禁止法に基づいて、議決権は全くないのが原則です。

事業承継で株式相続する際にはリスクマネジメントが必要

日本人ならではの気質もあるのでしょうが、日本の中小企業の経営者は事業を発展させるために多くの努力を厭わず、文字通り全身全霊で経営に打ち込む傾向にあります。また、会社の資金繰りが悪化したときには、個人のお金までも会社につぎ込む経営者も多いです。

経営者のこのような姿勢は結果として、日本の中小企業経営者の個人財産における、自社株式の占める割合を多くすることにつながりました。この自社株式の占める割合の多さが、事業承継の局面においては問題として表出することがあります。

まず、事業承継においては経営権だけではなく、株式などの財産も、当然のことながら引き継ぎます。しかし、財産を引き継ぐ際には税金が発生します。現状の日本の税制では、どの株式にも上場会社の株価とほとんど変わらない高い評価額がつき、税金が計算されます。

ところが、中小企業が自社株式を現金化するのは、非常に困難です。つまり現金がないにも関わらず、税金は高い評価額で計算されるため、重い負担に苦しむ後継者が出てくることになります。

さらに、自社株式を後継者だけに引き継がせたいと現経営者が考えて、遺言でその旨を示したとします。 この場合も、全ての自社株式を、遺言だけで後継者に引き継がせるのは難しいという問題に直面します。日本の民法では、一定範囲の法定相続人に「遺留分」が認められているからです。

このような状況を鑑みて政府は、事業承継税制や民法の遺留分の特例などの制度を用意しています。税金や遺留分の問題が、円滑な事業承継を妨げてしまうことを避けるためのものです。しかし、これらの制度を利用するとしても事前の入念な準備は必須で、実際には多くの企業が、満足な対策をとれないままに事業承継せざるを得なくなっています。

何も対策をせずに自社株式を相続すると、どうなるでしょうか。 自社株式は後継者一人ではなく、他の相続人とも分け合うことになります。もしその自社株式に議決権があれば、後継者以外の相続人が、経営に口を出してくるリスクが考えられます。また、さらなる相続が起これば、他の遠い親族にも株式が渡ることになり、株式が分散してしまうという可能性もあるでしょう。

事業承継で株式を移転する場合には、こうした危険を想定して対策をとることが大切なのです。

事業承継に議決権制限株式を利用する

事業承継の株式移転で発生しうるリスクを回避するために、議決権制限株式を利用することができます。これは、議決権制限株式を、事業承継をしない子供に相続させ、そして、後継者となる子供には、議決権のある株式を相続させるのです。このようにしておくことで、議決権制限株式を相続した子供は、経営に口を出すことができなくなり、後継者としても安心して経営に携わることができます。

では、議決権制限株式は、どの企業でも無条件に発行することができるのでしょうか。 最初に述べた通り、原則として議決権制限株式は、発行済み株式総数の2分の1を超えて発行してはいけない決まりとなっています。なぜならば、議決権制限株式が多くなればなるほど、ごく少数の人間だけが経営に携わることになるからです。つまり、非民主的な会社となってしまうのです。

しかし、非民主的なのが常に悪いわけではありません。家族経営の会社やカリスマ経営者のいる会社では、経営に携わる人間が少ない方が良い結果となることもあります。そのため、このような会社の多くは、会社の定款を変更して、非公開会社となります。

非公開会社というのは、全ての株式に譲渡制限をつけることです。非公開会社となった企業は、議決権制限株式をいくらでも発行できます。議決権に制限のない株式1株だけを後継者が持ち、残りは全て議決権制限株式にするということも、極端な場合は可能です。

実際に議決権制限株式を事業承継に利用する際には、3つのステップで行います。まず、最初に定款を変更し、議決権制限株式を発行できるようにします。次に、現経営者に対して、議決権制限株式の無償割り当てを行います。最後に、現経営者が遺言を整えて、議決権制限株式を後継者以外の子供に、議決権のある株式を後継者に残すようにします。

議決権制限株式を利用した事業承継ではトラブルはない?

議決権制限株式を利用すれば、事業承継をスムーズにすることができますが、それでも全くトラブルが発生しないわけではありません。

例えば、後継者以外の相続人が、「議決権制限のついている株式は価値としてはほぼゼロだから、自身に保証されている遺留分を下回っている」ということを言い分に、遺留分減殺請求権を行使してくる可能性があります。

その請求を封じるためには、事業承継しない子供が相続する財産を、議決権制限株式以外で充分に多くしておくことが必要です。議決権制限株式を仮に0円で計算したとしても、遺留分を侵害しないようにするのです。

具体的には、配当優先株式を渡すという方法が考えられます。配当優先株式というのは、会社に利益が出たときには、普通株式よりも優先的に配当が受けられる株式のことです。これによって、事業承継しない子供は利益が出た場合の配当において、普通株式を持つ後継者よりも優先されます。したがって、不満を抑えることができるでしょう。

併せて除外合意と固定合意という、民法の遺留分の特例を利用することも検討しておくと、より安心です。除外合意は、遺留分の計算に株式を含めないとするものです。

一方、固定合意は、遺留分の計算に用いる株価を固定するものです。これらの特例を利用すると、株価の上昇によって遺留分が大きくなってしまうことを防ぐことができます。

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