及川智正

生産・販売・流通を経て。誰よりも農業の現場を知る農業総合研究所・及川氏が描く農業の未来とは

ポイント(この記事は4分で読み終わります)
  1. 誰かが農業を盛り上げなければならないという使命感
  2. 報酬は現物支給。物販による最初の売上が今のプラットフォームを作る

農業を変えるための手段としての起業

― まずは、ご経歴から教えてください。

及川:東京に生まれ、東京農業大学を卒業しています。卒論では、現在のデータを使い、日本の農業の未来について調べました。

すると、悪い結果しか得られなかったのです。農業従事者が減り、平均年齢はあがり、耕作放棄地が増え……。さらには、食糧危機が迫ってくるという未来も見えてきました。それほど真面目に研究していたとはいえませんが、それでも、悪いデータしか出てこない。これは、誰かが農業を盛り上げなければならないと感じました。

社会に出たのは1997年のことです。当時、バブルがはじけたということもあり、農業や飲食関係の就職先はなく、ガスの商社に入社。営業職に従事しました。仕事は楽しかったのですが、やはり、農業のことは気がかりでしたね。

それで結婚を機に、妻の実家である和歌山のきゅうり農家で農業をはじめました。当時、考えていたのは「農業の仕組みに問題があるのでは」ということです。ただ、実際にやってみなければ分からないと思い、3年ほど体験しました。

経験して分かったことは、一農家という立場から、日本の農業を変えるのは難しいという現実です。

そこで今度は、販売側として農業に従事するために、八百屋をつくりました。場所は大阪の千里中央です。すると、一転して農家に交渉するようになってしまったのです。「3本100円ではなく、50円でもってきて」というように。
 

自分も農業を経験していたのに、立場が変われば考え方も変わるのだと思い知らされましたね。それで考えたのが、農業を変えるには生産と販売が交わる部分、つまり“流通”でコーディネートしなければならないということです。

その考えのもと、1年後に再び和歌山に戻り、現金50万円で設立したのが農業総合研究所でした。

― もともと起業しようという思いをお持ちだったのでしょうか?

及川:まったくありませんでした。ただ、日本の農業をもっともっと良くしていきたいという想いで活動してきただけです。当時、そのような活動をしている企業は調べてもなかったので、手段として、自ら起業する道を選んだのです。

今だから言えますが、当時はかなり大変でしたね。仕事がなく、収入も厳しい状態で。しかも子どもが生まれて、家計はさらに厳しくなりました。それでも、奥さんが支えてくれたおかげでここまでやってこられました。


報酬は現物支給。物販による最初の売上

― 次に、事業内容について教えてください。

及川:最初に着手したのは、ミカンの営業代行コンサルティングです。JAに卸すだけでなく、百貨店やスーパーで販売してもらうことにより、商流を増やすことでマージンをいただこうと思いました。農家さんも、店舗も喜ぶビジネスです。

ただ、間違っていたのが、農家さんからお金をとろうとしてしまったこと。コンサルティングという概念や、情報や商品の流通でお金をいただくという発想を理解していただけないまま、報酬をもらおうとしてしまったのです。

ですので、農家さんはお金をくれない。それでどうしたかと言うと、現物支給ということでミカンをいただいたのです。そのミカンを駅前で販売して得られたお金が、うちの会社の最初の売り上げでした。

そうした活動が評判を呼び、野菜や果物がたくさん集まるようになりました。そこから直売所運営というビジネスにつながっていきます。生産者20名、スーパー2店舗からはじめて、現在では、6,800名1,000店舗まで拡大しました。(※2017年8月時点)

事業としては「農家の直売所事業」「農産物流通事業」「農業コンサルティング事業」の3つがありますが、直売所運営、いわゆる“プラットフォーム事業”がメインの事業となっています。


― ITというよりも現場力で成長されてきた側面が大きいのでしょうか?


株式会社農業総合研究所


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著者プロフィール

及川智正

1997年、東京農業大学農学部農業経済学科を卒業。1997年4月、株式会社巴商会に入社(宇都宮営業所)。2003年、和歌山県で新規就農(キュウリ、トマト、ネギ、米を栽培)。2006年4月、エフ・アグリシステム株式会社に入社(現 フードディスカバリー・野菜ソムリエ協会)。 2007年10月25日、株式会社農業総合研究所を設立(代表取締役)。2016年6月16日、農業ベンチャー初の東証マザーズ上場。