カシオが伝統「コンパクトデジカメ」から撤退、新しいイノベーションを生み出せるか(あすへのヒント)

更新日:2018.05.10

写真 QV-10(1995年)

カシオ計算機が5月9日、都内で開いた2018年3月期の決算を発表した席上で、不採算にあえいでいたコンパクトデジタルカメラ事業から撤退すると発表した。多様な機能を小さくまとめるコンパクト化の技術では、「Gショック」といったデジタル腕時計などで優れた技術力を持っていたカシオ。コンパクトカメラでは「EXILIM(エクシリム)」などのブランドを持ち、国内外で高いシェアを誇っていた時期もあった。

だが、「写メ」(当時のJ−フォン=現ソフトバンクの商標登録「写メール」の短縮系)の名で親しまれたカメラ付き携帯電話や、カメラ機能が充実したスマートフォンの普及が急速に進み、コンパクトカメラの需要は2006年ごろから急減していた。決算会見で撤退を発表した樫尾和宏社長も「これ以上は増収が見込めない。撤退して赤字体質から脱却する」と理由を述べた。

カシオにとっても忸怩(じくじ)たる思いがあっただろう。カシオといえば、一般消費者向けに世界で初めて液晶モニター付きのデジタルカメラ「QV−10」を1995年に発売したことで、デジカメ市場で名を高めた。いわば、「撮った瞬間にすぐ見られるデジカメ」の基礎をつくった企業だった。それまでの消費者向けデジカメはカメラ内蔵のフロッピーディスクなどに画像データを一時保存し、それをパソコンなどに取り込んだ後にしか見ることができなかった。

1995年発売の「QV−10」

決算発表内容によると、18年3月期のデジカメ事業は売上高が前期比34%減の123億円、最終赤字は49億円となっていた。赤字額は前期比で10倍近くに膨らんでいた。樫尾和宏社長は、カシオ創業メンバーである「樫尾4兄弟」のうち、三男で営業を担当していた樫尾和雄氏の息子でもある。デジカメ撤退という決断も、創業家のオーナー経営が続いているカシオだからできたかもしれないが、むしろ決断が遅かったと見る向きもあるだろう。

和宏社長は会見で、「当社は新しいデジカメを提案してきた自負がある。今後も新しい領域の製品を必ず生み出すことを約束する」と話し、新規事業での巻き返しを誓った。液晶モニター付きデジカメも、液晶画面デバイスが小型化して普及し、コストが安くなったタイミングを見計らってデジカメに搭載したことが、消費者の支持を得て大ヒットにつながった。デジタル表示の腕時計でカシオが先行したのも、同じようにデジタル表示器のコストダウンが進んだ時期を見事にすくい上げてヒット商品に育てた。

デバイスの小型化・コンパクト化だけでなく、先端技術のコストが下がり普及期に入った頃合いをうまくつかんで民生商品にする術(すべ)は、カシオの真骨頂でもある。ここにこそ、ハイテク技術を活用して市場に広く普及させたいスタートアップ企業が学ぶべきものがあるのではないか。

デジカメ撤退という寂しいニュースに驚かされた一方で、新しい製品の事業化でベンチャー精神にあふれた「カシオらしさ」を発揮してほしい、と応援したい気持ちになった。

おすすめの関連記事

ーAIが変える未来ー
「契約リスク、AIが自動判定」でフリーランスの仕事と収入は担保されるか(あすへのヒント)

ー変化するメディアー
大手テレビメディアがスタートアップ投資を急ぐ理由(あすへのヒント)

プロフィール

三河主門

三河主門

2017年5月に日本経済新聞社を退社して独立。各種新聞・雑誌・ウェブメディアに記事を執筆しながら、フリーランスの編集者、メディア・リレーションのコンサルティングとしても活動している。17年11月に「Mikawa&Co.合同会社」を設立、中小企業・スタートアップベンチャーのためのPR(広報)コンサルティング、セミナーなどを手掛けるほか、教育関連コンテンツの製作も開始した。
日経記者時代は主に企業取材を担当。産業部(現・企業報道部)記者として長い経験がある。2007~10年にバンコク支局長として駐在した経験と人脈を生かし、タイのビジネス・社会・文化を研究・紹介する活動に長く携わる。


記事が役に立ったらシェアしてもらえると嬉しいです!

関連記事

メニューを閉じる