脱サラして柔道整復師へ!地域で愛される秘訣は患者さんの不調に徹底的に向き合うこと

ポイント
  1. 開業当初から現在の料金形態にいたるまで
  2. 料金があがってもお客さんが離れていかない秘訣
  3. 信頼して任せることで人は成長できる

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30歳で脱サラ!整骨院を開業するまで

桃井)先ずは自己紹介をお願いいたします!

高山)栃木県で接骨院を経営しています高山と申します。

大学を出てから一般の企業に就職をしたときに、それまでの自分の人生は、人にレールを引いてもらった上に成り立っていたということ、そして運と人からの影響だけできていたんだなと気づいたんです。

このままではいけないと思い30歳の時に脱サラをして接骨院の学校に通うことを決めました。当時、すでに結婚して子供もいたので、働きながら勉強をして、2010年の11月に接骨院を開業しました。

桃井)なぜ、接骨院だったんですか?

高山)僕は中学生の頃からずっとバスケをやっていたので、スポーツと身体の関係という部分に興味がありました。さらに指導の方もしていたので、解剖学や生理学を学んだらもっと良い指導ができるんじゃないかと思ったんです。

自分がプレーをする上でも、もっと活躍できるんじゃないかなとも思いました。始まりとしては誰かを助けたいとか、自分が怪我をして治療のありがたみを知ったからというわけではなく、「もっとバスケが上手くなりたい!」という気持ちがベースにありました。

まずは情報を集めようと書籍を読んでいくなかで、初めて「スポーツ医学」というものを知ったんです。これだ!と思い調べたんですが、近場でスポーツ医学を学ぶことができるのが筑波大学だけだったんです。

でも、そこだと働きながら勉強するというのは難しいことがわかりました。

スポーツ医学からトレーナーを調べて、そこから鍼灸と理学療法士、柔道整復師という3つの職業を知り、身体のことを知りたいという想いから柔道整復師を選択して資格を取りました。働きながら、学生をやっていくことはなかなか大変でしたね(笑)

嫁さんにも反対されましたし…でも、義理のお父さんだけはこれからの高齢化社会を考えるといいんじゃないかと言ってくれました。

桃井)脱サラされる前は何のお仕事をされていたんですか?

高山)もともとは全然関係ないんですけど、清涼飲料水の工場の生産管理や事務系の仕事をしていました。事務の仕事は本当に向いてなくて(笑)そこの会社にずっといて、出世していくことに全然ワクワクしなくて…今行動しなければ変わることはできないと思ったんです。自分の意思でこれほど思い切った選択をしたのは初めてだったと思います。

桃井)学校を卒業後はすぐに起業されたんですか?

高山)学校に行きながら内科と整形外科がある病院で働いたんですが、卒業後もそのままそこで働かせてもらいました。

桃井)在学中から開業を考えていたんですか?

高山)その当時は具体的には考えてなかったですね。ただ働いていく中でそれは変わっていきました。怪我の治療って、患部が腫れているとか、色が変わっているとか、目に見てわかりやすいんですよね。でも、目には見えない不調って原因を突き止めるがとても難しいんです。そこを解明していこうとすると、医者の治療とはだんだんかけ離れて行くんですよね。

お医者さんは薬を出して、湿布を貼って、あとは経過を見ましょうとなるんですけど、僕は柔道整復師なので、薬を使った治療ができないんです。なので、どちらかというと「なぜ痛むのか?」を積極的に探っていくんですよ。その中で、整形外科の先生の治療のアプローチと僕の思う治療のアプローチに違いが出てきてしまったんです。それならいっそ、自分で開業をしようと思い地元の栃木で開業しました。

開業当初から現在の料金形態にいたるまで

桃井)開業したてのころ、集客はどうやってしていましたか?

高山)最初は地元の知り合いとかから口コミを広げてもらって集客をしていました。でもそんなのいつまでも続かないので、HPを作成して集客をはじめました。最初にホームページを作った時はなんの知識もなく、本当に手探りだったんですよ。今思うと何も伝わらないようなHPでしたね(笑)

それではダメだと思い、ホームページ作成に詳しい方の話を東京に聞きにいって、効果的なホームページの作成方法を学びました。そういうのを参考にしてどんどん変えていきました。

一番変えたのはTOPページですね。やっぱり最初の印象ってかなり大事なんで。笑顔、女性、子供というような写真を使用し、あまり病院っぽくないといいますか、明るい印象が残るようには気をつけました。

桃井)現在のHPを拝見したのですが、結構強気の料金設定をされていますよね?それは最初からこの料金設定で行こうと決められていたんですか?

高山)最初は保険の範囲内で治療を行なっていました。開業して半年くらいは自分の身近な人たちに保険内での治療を行ないました。でも、保険を使うと会計が300円とか500円とかなんですよ。すぐに「これでやっていけるのかな…」と不安になりましたね…

僕はテナントに開業するのではなく、自分で建物を建てて開業したので借金もありましたしね…

そんなときに「東日本大震災」が起こったんですよ。開業した翌年のことです。僕の住んでいた地域はそこまで被害が大きくはなかったんですけど、お店から物はなくなるし、ガソリンはなくなるし、計画停電は行われるしで…患者さんも治療どころじゃないじゃないですか。そうなると患者さんも減ってしまって…

いろいろ考えた結果、保険の適応を辞めました。本当は保険の範囲内で直してあげたいけど、保険を使うと色々なルールがついて回るんですよね。例えば膝が痛いといってこられた患者さんの不調の原因が膝ではなく、他にあったとしても保険を適応しようと思うとその部分の治療はできないんですよ。もうそれがジレンマでしかなくて…

保険に合わせて治療提供することが本当に患者さんのためになるのかなって考えていろいろな分野の勉強しました。勉強すればするほど、保険にこだわる必要はないのではないかと思い保険診療から離脱しました。

保険外でしっかり料金をいただいて、本当に患者さんのためになる治療をしようと思い現在の料金設定にしたんです。「保険を使わない代わりにしっかりした成果を出します!」という方針ですね。

桃井)料金を変えてからお客さんの層なども結構変わったんじゃないですか?

高山)そうですね。結構変わりましたね。最初のころからすると値段も10倍くらい違うので…最初は不安もありました。接骨院って、保険証を持っていけば安く治療してもらえるところっていうイメージがあると思うんですよね。なので、最初はその説明も大変でしたね。

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著者プロフィール

桃井美里

桃井美里

 こども写真館「スタジオマリオ」のカメラマン・店長を経てウェイビーへジョイン。ウェイビーでは広報・PRを担当。得意なイラストや写真を用いて、難しく考えられがちな『起業』身近に感じることのできるコンテンツの発信に取り組む。 フリーでナレーター・MC・イラストレーターとしても活動中。
 

高山雅樹

高山雅樹

株式会社REAL代表  自信をもって自分の人生を歩んでいく人たちを育成する活動家です。