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【岡山県で起業!】若者の集まれる場所をつくりたい!岡山のカフェから広がる夢

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地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。

岡山県でカフェ事業を始めとしたビジネスを展開する、小田墾さん。中心事業である、うのまち珈琲店の「クレームブリュレの季節パフェ」は美味しくてインスタ映えする、看板メニューです。昨年12月には奈良県に2号店をオープンさせ、今や岡山の枠を飛び越え活躍中の小田さん。

「岡山の知り合いの数は、同世代に比べて多い方だと思う」と話す小田さん。そんな小田さんが岡山で起業され、なぜ県外に進出されたのか。うのまち珈琲店・奈良店でお話を聞いてきました!

ー今日はよろしくお願いします!いきなり質問ですが、小田さんは高校卒業後、最初は就職されたのですよね?

小田)元々は進学を考えていました。大学名は伏せますが、「食堂から海が一望できる」という理由で行きたいと思っていた大学の偏差値が低く、三者面談で親に大反対されて。それで「じゃあ進学はしないでいいか」と考え、求人誌で見つけた適当な会社に入り、営業の仕事をしていました。その時点では、飲食店を始めるとは全く想像もしてなかったですね。

今で言う超ブラック企業で、朝一で出社して終電で帰るけど、完全歩合だから結果が出ないと給料がゼロ円の環境でしたね。「もう一回やれ」って言われたらやれないですけど、がむしゃらに仕事をやっていた期間は割と楽しく、その時に得たものは結構大きいなと思います。

ーでは、起業のきっかけは何だったのでしょうか?

高校を卒業して、1〜2年すると僕みたいに高卒で働いている者同士で会う機会が増えてきました。夜な夜なファミレスに集まり、「うちの会社がさ〜」と仕事の愚痴を言い合っていました。それが次第に「じゃあ、俺たちで会社作っちゃう?」と夢物語に変わっていきました。ただ、本当にやろうってなった瞬間は覚えておらず、「なんかお金稼ぎみたいなことはできるだろう」とふわっと始まりました。

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ーその後ファミレスで語り合った仲間たちとは、どのようにして起業したのでしょうか?

最初に始めたのは、当時全国的に流行っていたフリーペーパーを作ることでした。岡山県内でもいくつかフリーペーパーが発行されていたので、まずはどうやってフリーペーパーが成り立っているかを調べました。当時はスマホがなかったので、パソコンを使って「広告をとって、印刷代を賄っているんだ」と知識を得て、友達3人と意気投合して始めました。

ただ、フリーペーパーだけでいきなり生計が立つとは思っていなかったので、まだ仕事は続けていました。みんなで休みを合わせて取材をしたり、街角スナップを撮ったりしていました。最初はトントンもしくは労働分赤字でしたが、知り合いの人が広告を出してくれて、何とか数冊発行することができました。

ーその後フリーペーパーからカフェへと切り替わるきっかけは何だったのでしょうか?

フリーペーパーを何冊か発行していると、メイン企画のネタが無くなってしまい、どうしようかと会議をしました。そこで出た案が、「お店を作って、その過程を記事にしたら2〜3冊分くらい持つんじゃないか」という考えでした。物件探しから、工事の様子、オープンの告知までフリーペーパーですれば、ネタになる上、お店の宣伝になるから、やってみようとなりました。

ーこの時点でお店の業態はカフェと決まっていましたか?

いえ、まだ決まっていませんでした。3人のうち、1人のお父さんがラーメン屋やっていたので、ラーメン屋の案もありました。

ーでは、なぜカフェに決まったのでしょうか?

フリーペーパーを作っていた時に、いろんな人とのつながりができました。当時SNSといえばmixi全盛期でしたが、今ほど人とつながるのが簡単ではない時代でした。mixiの世界観でしか人とつながれない時代の中で、フリーペーパーに載せていた連絡先にメール頂いたりして、そんな状況を面白いなと思いました。

それでお店をやるなら「人とつながることができるお店にしたいな」と考えました。ラーメン屋さんの話に戻るのですが、「そういえば、ラーメン屋さんで店員さんとじっくり話したことないな」と思い、いろんな人とつながる目的だったら、カフェの方がいいんじゃないの、という結論になりました。

ー小田さんがそこまでして人とつながりたい理由ってなんですか?

もし店が潰れても、知り合いがいっぱいできれば1人くらい「うちの会社来る?」と誘ってくれる人がいるのではと考えていたからです。笑

ーカフェを開業してみて、どうでしたか?

文化祭の屋台レベルのノリでお店を構えてしまったので、オープン初日に「カフェラテってどうやって作るんだ?」と言いながらパソコンを叩いていました。それと友達のたまり場化して、気付いたらテレビとプレステが持ち込まれて、ゲームセンターみたいになってしまいました。後に飲食業界の先輩にそのことを話すと「俺は、信長の野望やってたわ」と返ってきました。ちなみに、僕の場合はウイイレを一生分遊びました(笑)

けれども、実店舗を持った影響は大きかったです。「めちゃくちゃなお店が、岡山のはずれにあるらしいよ」と多少なりとも話題になりました。今もお世話になっている経営者の方とも1店舗目のカフェがきっかけでつながることができました。ただ、経営的にはめちゃくちゃで赤字続きでしたが、勉強代としてはものすごくいい投資をした、と思いたいです。笑

最初のお店はなんだかんだ、2年続きました。僕自身はカフェ運営が楽しかったのですが、3人の方向性の違いから、解散を決意しました。いろんな人から言われてはいましたが、友達と一緒にビジネスをするのは、リスクが大きいことを実感しました。

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ーでは、友達と別れた後の展開を教えてください。

岡山の街中に移動して、僕一人で新たにカフェを始めました。カフェをやりながら、人とつながるために地域活動には積極的に参加し始めました。そうしていると岡山県の飲食業界隈で、兄貴的存在の先輩とつながることができました。するとその先輩が市議会選挙に出馬すると言うので、選挙活動のお手伝いをすることになりました。

ーその先輩は当選したのでしょうか?

はい。見事に当選し、今も岡山市議会議員をされています。先輩が出馬するというので、僕みたいにお世話になっているカフェ・居酒屋・バーのオーナーさんと選挙活動のお手伝いをしました。みんなで朝の歩道橋で旗を振るのですが、バーの人は朝6時まで働いているので、半分寝ながら振っていました。笑

先輩本人は「選挙もイベントの一つ」と捉えていたらしく、まさか当選すると思っていなかったみたいです。開票速報もパブリックビューイングみたく、同業種の人で集まって盛り上がっていました。

その後先輩は、政治の世界に移ることになり、急遽経営されている店舗をいくつか手放すことになり、今僕が大家をしているAROW&DEPARTMENTのテナントに入っているカフェを先輩から引き継ぐことになりました。

ー同業種の先輩を選挙で当選させてしまうなんて、岡山県の飲食業界のつながり、すごいですね!

主観的ですが、岡山の飲食業はすごく仲がいいと思います。みんな集まって廃校を借りてイベントをしていましたね。以前は排他的な空気があったそうですが、先輩たちの頑張りで今の環境を作ってくれました。僕ら世代は軋轢を感じることなくやらせていただいたなと思っています。「ちょっと祭りやるから、おいで」と言ってくれるいい先輩がたくさんいる、岡山県ですね。

ー先ほど話に出てきた、AROW&DEPARTMENTの説明をしてもらえますか?

AROW&DEPARTMENTは岡山市問屋町にある複合テナントビルです。元々、問屋町は卸センター街として栄えた倉庫街です。しかし卸業が全国的に廃れていくにつれて、ゴーストタウン化した街になってしまいました。
 

そんな街に1軒のカフェがオープンし、「倉庫リノベーションカフェ」として流行し、街全体が2〜3年でカフェ街になりました。AROW&DEPARTMENTも廃業した会社の社屋をリノベーションした複合ビルです。

僕は二代目大家なのでリノベーションしたのは、岡山で居酒屋を経営されていた先輩です。リノベーション後は、11店舗のテナントに小分けされ、美容室・雑貨屋さん・アイスクリーム屋さんなどが入りました。

ーでは、小田さんがAROW&DEPARTMENTの二代目大家になるきっかけはなんだったのでしょうか?

選挙に当選した先輩から譲り受けたカフェをやりながら、ここでもまた盆踊りなどの地域活動を手伝っていると、問屋町でいろんなつながりができました。次第に色々任されるようになり、問屋町60店舗くらいのテナント会の会長を引き受けることになりました。会長職をやっていると、AROW&DEPARTMENTの初代大家さんが海外展開されることになり、「面倒見きれんから頼む」と言われ、引き継ぐことになりました。

ーAROW&DEPARTMENTの大家になった小田さんが、うのまち珈琲店を出すきっかけはなんだったのでしょうか?

問屋町のテナント会長をしていたときに、テナントの事務局長をされていた服屋さんのオーナーさんからの紹介でした。その方から「僕の地元のショッピングモールがリニューアルするので、出店しませんか?」と話をいただきました。

理由を聞くと、僕が問屋町で盆踊りやハロウィンイベントを催していたのと同じように、玉野のショッピングモールでやってほしい、と言われました。そのオーナーさんはショッピングモールの運営会社の人に話を持っていったそうで、その会社の部長さんが会いに来てくれて、説明を受けました。

ーすぐに決心されたのでしょうか?

その話を聞いたのが2017年の1月末で、ショッピングモールのリニューアルが2017年4月と言われ、「冗談強いな」と思いながら話を聞いていました。ただ、部長さんの熱量が高く、悩んだ末に2月の中旬に出店を決めました。

ーオープンまで1ヶ月半しかありませんが、どう間に合わせたのでしょうか?

急遽スタートしたので、その時の記憶があんまりないんですよ。笑勢いに任せてがむしゃらに準備して、開店に間に合わせました。

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9、名物パフェ誕生

ーうのまち珈琲店の名物メニューといえば、『クレームブリュレの季節パフェ』ですが、誕生秘話を教えてください!

実は開店当初はメニューになかったんですよ。 玉野市は高齢化が進む過疎エリアなので、ディベロッパー側から若者を集めてほしいと依頼されましたが、爆発的な話題にはなりませんでした。

ショッピングモールの目の前が市役所・隣が病院という立地だったので、病院帰りのおじちゃんが点滴打ちながら、「コーヒーあるんか」と言いながら店内にやってくるんです。オープン2〜3ヶ月後はいわば、老人スターバックスでした。

ディベロッパーの人からは「前より若い人来てくれています!」と言っていただけてましたが、若者を集めるミッションを負ってきたので、流石にまずいな、と思いましたね。そこでキャッチーな新メニューを作ろうと思った時に写真映えするパフェを作ることになりました。実際パフェを始めてから、SNSに写真を載せてくれる方が増えたので、狙いたかったことがうまく、ハマったなと実感がわきました。

ーその後、今取材をさせていただいている奈良県橿原市に2号店を出店されました。なぜ岡山を飛び出す事にしたのでしょうか?

奈良に来るまでずっと岡山でビジネスをしてきました。出身が岡山なので、県内の知り合いの数は多い方だと思っています。その繋がりはお店を始める時や、続けていく上でものすごく助けになりました。

ただ僕がお店をやっていけるのは、岡山にいて、岡山の友達がお店に来て売り上げを作って、口コミもしてくれて…と思った時に、これ以上発展して行きようがない予感がしてしまいました。小型飲食店は知り合いで成立する形態が多いかもしれませんが、僕がいないとお店は成立しません。

僕はうのまち珈琲店をビジネスとしてどこでも成り立つ業態にするために、岡山県外に出て勝負してみようと思いました。地元の知り合いがたくさんいる環境は居心地良いですが、スケールするチャンスを失うのではと考えたので、それを確かめられたらなと。

ー出店先を奈良県に決めた理由はなんでしょうか?

色々ありますが最終的には、大家さんがすごいいい人だったからです。修学旅行レベルでしか奈良県の知識が無かったので、ネットでは得られない情報を長年地域に住んでいる人から得ることができればなんとかなるかなと思い、ここに出店を決めました。

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ーでは最後になりますが、うのまち珈琲店のこれからを教えてください!

今後も他の地域に出店したいなと考えており、欲張りな希望ですが、地域の人や大家さんが、若者が集まる事に前向きな地域に行きたいですね。可能性を作れるポジションにいる人は限られていますし、そのような地方を僕みたいに狙っている人は割といると思いますが、チャンスがあれば出店したいですね。

小田墾さん
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執筆者:吉田陽樹twitter

協力 ローカルクリエイターラボ

農山漁村地域の起業に、チカラを「INACOME」

農山漁村が活力を取り戻し、持続可能な発展を実現するためには、何よりもまず、雇用と所得を生み出すことが重要です。農山漁村には魅力的な資源が豊富にあり、これを活用した多様な事業を起こすチャンスに溢れています。農林水産省では、豊富な資源とやる気溢れる人材、そして必要な資金を組み合わせ、農山漁村地域に新たなビジネスを生み出すことを目的として、Webプラットホーム『INACOME』を設置しました。

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