第2章:いまでも自分のDNAに染み付いているのは初めて勤めたT社で学んだこと。どんなことでも、やるなら必ずオーソリティであれ〜メンターからの手紙 伊藤富雄氏〜

ポイント
  1. T社で経験した情報の重要性
  2. キーマンとなる某社の部長の言葉
  3. オーソリティであれ

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T社で経験した情報の重要性

僕の卸してた楽器が返品にならなかった理由はもうひとつあって、それは、僕も一人の音楽ファンで、ずっとギターやってる人だったからです。
つまり、良い、悪いを、はっきりお店の人に言えたんですね。時々、メーカーって変なもの作るんですよ。こんなもん絶対売れへんやろみたいな、尖りすぎてるやつ(笑)。

そういうのは、はっきりと「これあかんと思いますわ」って言うてたんです。そんなこと言う営業マンいなかったから変わった奴やな、と言われたけど、僕も楽器やる人間やから売れる売れないはわかるから「こんなん置いたって売れませんでしょ」って。そうすると向こうは「お前わかってるな」ってなるわけです。だから、売れないものは卸してなかった。店が損害になるものは僕は予め排除してたんです。そこを買われてたんでしょうね、1本も引き上げの電話かかってこなかったのはそれもあると思います。

さらに、もうひとつ理由があるんです。それは「情報」。
当時の楽器業界って、東京からブームが始まって、大阪には1ヶ月遅れでやってくるんですね。T社は、もちろん東京営業所もあったから、当時はまだネットないからFAXとかで、東京の情報をもらってたんです。流行りのデザインなんかも教えてもらってたかな。で、僕が担当していた京都は、大阪よりもさらに1ヶ月ブームが来るの遅かった。つまり、流行を2ヶ月先取りして、「そのうちこういうのが来まっせ」とお客さんに情報提供できるわけです。

そしたら、お客さんのほうから「いま東京ってどう?」と聞いてきはるようになった。つまり、僕はコンサルの仕事である「情報提供」を、知らずにやってたんですよ。楽器を売るという仕事が好きだから、自然にできてたんですね。
今はインターネットがあるから、情報は均一に広がるから状況は違うでしょうけど、東京で売れたものは大阪でも売れて、それはきっと京都でも売れるというのは予想できましたからね。

T社は、結果的に経営ではうまくいきませんでしたけど、素晴らしい常務がいたり、テクノロジーを取り入れるのも早かったりと、とにかく売れればいい、みたいな会社じゃなかったですね。22〜3歳の若造だった僕にはほんとにいい経験させてもらいました。

キーマンとなる某社の部長の言葉

T社の経営が傾いて、でもどっかで「どうにかなるやろ」と思ってたんです。でも、給料が半分しか出なくなったり、遅配したりするうちに、一人、またひとりと辞めていった。そして僕も、半年くらいで退職しました。

その後にやったのが、雑貨の卸売販売です。T社時代の先輩に「大阪営業所を出すから手伝ってくれ」と言われて、ワンルームマンション借りて一人で大阪営業所を始めたんです。

本当は、他の楽器メーカーからも声がかかってたんですが、そのとき不思議と、もう楽器業界からはおさらばしようと思ってたんですよ。そこで先輩が声かけてくれたから、つなぎでいいやと、軽い気持ちで雑貨の業界に入りました。

とはいえ、卸先を見つけるBtoBの仕事だから、T社時代とやることは同じだったんですが、業界が違うとぜんぜんわからない。大阪商工会議所に行って、いろんな業者を調べまくって、電話営業してアポ取って、っていうことをしてたんです。

そんなとき、とある大手商社にアポが取れて、商談をしに行ったんですね。向こうの部長さんが出てきはって、僕は一生懸命自社の製品を説明したんです。絶対に契約取ってやろうと意気込んでました。
そしたら、その部長さんは、途中からぜんぜん商品見てない。僕の顔をじーーーっと見てるんですよ。そしておもむろに「もうええ、わかった。ちょっと聞くけど、君、なんでこの仕事してんねや?」って言うんですよ。

「は?」と思った。

部長さんは「君な、向いてないで」って言わはったんですよ。「君みたいな人がいる世界ではないと思うなぁ」と、暗に「やめたほうがいい」ってことを、言わはったんです。
実は、僕も内心はいつまでもこんなことやってられへんと思ってた。でも、所帯もあったから、自分のなかでもごまかしながらやってたんですよ。
だから、その部長さんはキーマンですね。

その後、広島で大きな契約がとれたので、それを置き土産に僕はその会社を辞めました。やってたのはわずか半年くらいですね。

僕は、一番最初に勤めた会社って絶対にその人のDNAに染み込んでそのあとの人生にも影響すると思っているんです。
僕はメーカー出身だから、そういう人って「自社の商品は自分で値段つけて自分で販路開いて売る」っていうDNAが植え付けられてるんですよ。僕もそのあとネットの世界でビジネスするようになるんですが、わかったのは僕は100円で仕入れてそれを150円で売るっていうことは、下手だっていうことです。

もひとつ、どこでも売ってるものを自分も売るっていうのも、僕は絶対できないんですよ。それはやっぱりメーカー気質が染み付いてるからなんじゃないかと。
それを、その部長さんは見抜いたんでしょうね。

オーソリティであれ

僕はその後、eコマースからネットビジネスの世界に入っていって、コンサルなんかもしていますけど、実を言うと個別コンサルってあんまりうまくないんです(笑)。
というのも、その人がオーソリティ(本物)、つまりそのビジネスにおいてスペシャリストでないと、絶対に無理が出てくるからです。

ネットは広いです。そこには似たような事業者は山のようにいるわけで、一方で賢い消費者は本物のところからしか買わない。SNSのおかげでどんどん情報は共有される。だから、僕がwebコンサルするときには「オーソリティがあるかないか」をまず見ます。

化粧品なら化粧品、食品なら食品で、そのオーソリティとしてネット上でどう見せてあげたら人が集まるか、ビジネスに繋がるか、みたいなことを考えるのが好き、というかそれをやらないと成果が上がらないからです。

「なんでこの商品売ろうと思ったの」って聞いて「だって、よそでも売ってるし、よう売れてるみたいやから」って言われると、「そんなんよそと同じことしたって、負けるに決まってるやんか」って思うんです。勝つ場合もありますけど、よっぽどの工数と時間かけないと難しいですよね。資本がたっぷりあるなら、ナショナルブランドの有名な商品を大量に仕入れて安く売って儲けることも出来るかもしれないけど、そんなことは僕なんかに相談に来る会社さんには到底出来っこない。というか、したらアカンのです。

そんなことより、ネットだったら物理的な距離は関係なく、グローバルに顧客を相手にできるんやから、あなたにしかないもの考えたほうがいいんちゃうの、って言うんです。そりゃあ失敗したときは怖いですけど、そのほうがいいとも思う。だから、僕はいつも「◯◯ならでは」のものにしか興味がないんです

ただ、よそのものをお手本にしてカスタマイズしてオリジナルを作るっていうことは、得意なんです。それも、T社にいたときにT社が海外の有名モデルを見本にしてギターを作っていたことが関係してるのかもしれませんね。

僕は、海外のいろんな情報もキャッチしてますが、そのときも、国内外問わずいろんなメディアを読み漁って「これを日本でやるなら?オリジナル作るなら?」と常々考えています。情報をキャッチするのが得意というのも、T社で役立ったことですね。

どんなサービスでも商品でも、オリジナルができないかを考えています。たとえばメルカリなんかもそうですね。メルカリが誕生する前にもCtoCのサービスってあったけど、彼らがあれだけ大きくなったのはモディファイやカスタマイズがうまかったからだと思います。まあ、スマホが出てきたというタイミングも大きいですから、そういう時節を見極めるという嗅覚も、ビジネスにおいては必要ですけどね。

(続く)

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著者プロフィール

ikekayo(池田佳世子)

ikekayo(池田佳世子)

関西を拠点に活動するライター。 その人のもつ無形の価値に輪郭を描く仕事をしています。