事業承継は先代経営者と後継者の問題だけではない。家族ともめやすい遺留分問題とは?

ポイント
  1. 事業承継で自社株を引き継ぐときには必ず他の家族(相続人)への配慮は必要。
  2. 最悪のケースでは、後継者が他の家族(相続人)から多額の金銭を要求されるおそれがある。
  3. トラブルを避けるためには、先代経営者の存命中の話合いと遺言の作成、民法の特例の活用が有効。

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事業承継の際に起こりうる経営者の頭を悩ませる大きな問題の一つが、身内でのトラブルです。
せっかく覚悟を決めて事業承継したのに、会社を引き継がなかったきょうだいから、多額の支払いを要求されてしまうこともあります。
ここでは、「遺留分対策」と呼ばれる具体的な対応策について、詳しく解説していきます。

第一章 事業承継で自社株引き継ぐときの問題点

(1)こんなに?自社株を引継ぐのにかかる税金とは

中小企業を承継するということは、その中小企業の株主としての立場についても承継することでもあります。
先代経営者から後継者が、自社株を贈与や、相続という方法を経て、引き継ぐのです。

驚かれる方も多いのですが、自社株は上場株式のように、市場価格があって、他社と売買できるものではないにもかかわらず、自社株には評価があり、財産だということで、人から人への移転には、財産が移転したとして、税金がかかります。
具体的には、先代経営者から後継者へ贈与されるときには贈与税、相続で引き継ぐと相続税がかかるのです。

贈与税はいくらぐらいかかるのでしょうか。

「暦年課税」だと、例えば1億円の評価の株式を承継しようとすると、
 (1億ー110万円)×55%-640万円=4,799.5万円もの贈与税がかかります。

一方で「相続時精算課税」を選択すると、これまで一度も「相続時精算課税」での贈与を受けていなかったとすると、
(1億円ー2,500万円)×20%=1,500万円の贈与税がかかります。

相続税では、後継者が相続で引き継いだ自社株の評価額に応じて(他の財産もあれば加算して)、10%~55%の税率でかかります。

いずれにしても、自社株を引き継ぐには、多額の贈与税、相続で引き継げば、相続税がかかります。

(2)株式は後継者に集中させるのがベスト

それほどに贈与や相続に税金がかかるのは、株式の所有を1人に集中させるからではないか、他のきょうだいをはじめ親族でも株式を所有させてはいかがか?という疑問もあると思います。しかし、会社経営がスムーズに進行するには、支配権を伴う株式は、後継者1人に集中させることがスタンダードです。株式の所有が分かれていると、特に、経営者である後継者に株式が集中していなければ、他のきょうだいや親族が結託して、株主総会にて、経営者の解任の決議がいつでもできることになってしまいます。それでは、安定した経営ができないでしょう。

事業承継においては、会社の重要事項を決定できるよう、後継者に自社株(ここでは議決権と同じと定義しています)を集約することが必須となります。実際に、先代経営者が亡くなった際に、株式は先代経営者の妻が1/2、長男・次男が1/4ずつ相続し、長男が後継者として社長になりましたが、次第に折り合いが悪くなった次男が母親(先代経営者の妻)と結託し、株主総会で長男を解任するというケースに直面したことがあります。

歴史のある会社で、親戚や当時の役員が株式の一部を所有しているケースをみかけることがあります。法人税申告書 別表二」で確認が可能です。このように株式が分散している場合は、株主またはその相続人の方と交渉して、株式を後継者や会社が買い取るなどして、できる限り後継者に集中させるようにする必要があります。

(3)もめたくない!自社株の評価が高いほど他の親族に配慮が必要

事業承継では、この特例事業承継税制をはじめとした税制に目が行きがちで、巷のセミナーでも、この点にフォーカスしたものが多いように思います。しかし、現場目線で考えると、事業承継は必ずしも先代経営者と後継者だけの課題ではなく、取り巻く親族、先代経営者の相続人にも大きく影響を及ぼします。税務対策だけに意識を向けていると、思わぬ失敗を招くことになります。

(2)で説明したように、事業承継においては、先代経営者が保有している株式や事業用資産を、後継者・後継候補者に円滑に承継させることが必要不可欠です。そのためには、遺留分対策」を検討する必要があります。自社株の評価が高いほど、先代経営者所有の財産の価額は高いことになり、先代経営者の財産、すなわち遺産分割すべき財産が多いことになります。他の相続人が抱く相続でもらえる財産についての期待が大きくなりますが、自社株の割合が多いと、後継者に引き継ぐ財産の割合が多いことになり、他の相続人が「後継者ばかり財産を多くもらい、不公平だ」といって不満をつのらせるかもしれません。

また、第二章で詳述するように、他の相続人にも「最低限、ここまでは相続する権利」が民法によって保証されているので、事前の対策を怠れば、権利の主張のし合いが相続後に起こり、トラブルになるケースも少なくありません。自社株の評価が高いほど、税金対策や税金を支払う資金対策も必要になるのですが、他の相続人についても、相続が「争族」にならないように、配慮する必要があります。では、どのように「争族」を回避することができるでしょうか。

第二章 争族にならないようにしておくべき遺留分対策とは

(1)遺留分対策とは

先代経営者が相続人である後継者に対し、遺言で自社株を集中して相続させたり、生前に贈与したりすると、他の相続人の遺留分を侵害する場合があります。遺留分とは相続の際に、被相続人(亡くなった方)の兄弟姉妹を除く相続人に最低限の相続権を保証した割合を言います。法定相続分まではもらえないとしても、最低限、相続人にはこれだけの相続権は保証しましょう、という決まった割合を言います。被相続人の好き嫌いで、特定の相続人への相続財産が与えられないとしても、最低限相続できるとする割合です。

・遺留分とは?

最低限の相続分を保証するための制度で、民法第5編第8章に定められています。
遺留分を持っているのは、相続人のうち、配偶者、子、直系尊属で、兄弟姉妹には遺留分はありません。

遺留分の割合は、全体で被相続人である先代経営者の財産の2分の1です(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)。

ここでいう「基礎財産」は、相続税の計算のもととなる相続財産とは範囲が異なり、先代経営者が相続開始の時に有していた財産の価額に一定の生前贈与した財産の価額を加算し、債務額を控除した金額で、これに遺留分の割合(2分の1)に、それぞれの相続人の法定相続分を乗じた金額が遺留分となります。すなわち、生前に贈与した自社株についても、この「基礎財産」に含まれ、遺留分の計算に入れられることになります。

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(2)遺留分減殺請求をされるとどうなる?

遺留分が問題になるケースを、下記の図で紹介しています。

先代経営者である父は、長男に事業承継をさせるために、生前に長男に対し、6億円(全株式の60%)を贈与していました。そして、数年して父が亡くなりました。遺産は自社株10億円とその他の財産2億円です。相続人は事業を承継した長男と、次男及び三男。
遺産分割案では、会社を引き継ぐ長男が自社株10億円、次男及び三男がその他の財産を1億円ずつとなりました。

この場合、次男と三男の遺留分は、下記のように、民法上の遺産相続を基礎に考えますから、民法上の遺産相続である18億円を3人で割ったものの半分、3億円となります。よって、本来ならば次男と三男には3億円の遺留分が保証されており、引き継ぐ権利があります。しかし、相続した財産は1億円。この場合、次男と三男は、差額の2億円について、長男に遺留分を要求することができ、これを遺留分減殺請求といいます。長男は、この分の株式を渡すか、金銭を渡す必要があります。

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第三章 遺留分対策として、なにをすべきか?

先代経営者がせっかく決意をし、長男に自社株を贈与し、事業承継をしたのに、他の相続人から遺留分として金銭を要求され、事業に対する意欲を阻害してしまうおそれがあります。また、事業承継ののちに長男が努力により業績を伸ばし、自社株の株価が高くなると、同時に他の相続人の遺留分が増えるため、他の相続人に支払うべき代償金の額が高くなります。よって、長男が頑張れば頑張るほど、自分の首を締めることになり、事業への意欲を削いでしまうおそれもあります。このような阻害要因を取り除くために、どんな手を打っておく必要があるでしょうか。

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(1)遺言書の作成

とてもスタンダードな対策方法の1つです。事業承継にあたっては、遺留分対策として、他の相続人の遺留分に配慮しつつ、相続人である後継者に自社株式等を相続させる遺言を遺したいものです。遺産分割の場にあっては、基本的に被相続人の意向が尊重されます。遺言のしかたには複数の方法がありますが、法的効力に影響し、失敗は許されませんので、事業承継においては「公正証書遺言」によることが望ましいでしょう。

(2)遺留分の事前放棄

相続の開始前であっても、各相続人が遺留分を放棄することができます。しかし、各々の権利の問題となりますし、家庭裁判所の許可が必要となります。また、事前放棄が許可されなかったり、家庭裁判所の判断が異なることがあります。

(3)除外合意と固定合意 ~経営承継円滑化法に定める遺留分算定の特例の適用

中小企業の経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)では、後継者を含めた先代経営者の推定相続人の全員で協議し、先代経営者が後継者に贈与した株式については、

遺留分算定の基礎財産から除外する合意をすること(→除外合意といいます)

遺留分基礎財産に算入する価額を合意時の時価に固定する合意をすること(→固定合意といいます)

が認められています。

・除外合意

除外合意ができれば、後継者が贈与を受けた株式について他の相続人が将来、遺留分を主張できなくなり、株式の分散を防止できたり、遺留分減殺請求で多額の金銭の要求を回避することができます。

・固定合意

固定合意ができれば、将来の遺留分減殺請求権に対応した価額賠償(ほかの相続人に支払うべき代償金額)の額が固定化されるため、後継者はこれに対応した準備が可能です。

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(4)保険の活用などで資金の準備を

(3)のように除外合意と固定合意ができれば、将来の遺留分減殺請求権の金額が明らかになり固定化されますから、その金額に対して、先代経営者を被保険者、後継者を受取人とした生命保険で準備をすることができるようになります。また、その金額を支払えるように、役員報酬を増やして手元のお金を増やしておく、後継者が保有している自社株を会社に買い取ってもらうなどの資金作りも考えられるでしょう。

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(5)特例事業承継税制を使う際にも遺留分対策を

特例事業承継税制は、2018年税制改正において創設され、自社株の引継ぎにかかる贈与税や相続税について納税猶予を受けることができ、実質ゼロ税負担にできるとのことで、高い関心を寄せてきました。昨年だけで1,300件を超える申請があり、今後も申請件数の増加が予想されます。

税負担を実質的にゼロで自社株を引き継げるということで、とてもメリットが大きい制度ではありますが、一方で納税猶予取消のリスクや、その後の届出を管理するコストなど、あらかじめ考えておかなければならないデメリットも多いです。適用した方がよいかどうかは、ケースバイケースだと思います。詳しくはこちらをお読みください。

事業承継にかかる贈与税や相続税の負担が軽減される?後継者は知っておきたい特例事業承継税制

特例事業承継税制を使うケースは、自社株の評価額が大きいケースだと考えられますので、他の相続人の遺留分も当然に多くなるケースがほとんどです。特例事業承継税制を使う場合には、他の相続人の遺留分対策についても、策を講じることを忘れないようにしましょう。

(6)何より先代経営者の生前の家族会議が重要

ここまで事業承継にまつわるトラブルを遺留分対策にフォーカスを当てて説明してきましたが、何よりも先代経営者が存命のうちに、家族会議を開いておくことが、「争族」回避につながります。

先代経営者にとっては、特に創業者の場合は、会社は子どものようにかわいいもの。手塩をかけて育ててきた会社を後継者が引き継いでくれる。これほどうれしいことはないはずです。しかし、その事業承継をめぐって、また業績を伸ばしてきたからこそ高くなった自社株のために、家族が不仲になることは、だれも望んでいないはずです。

事業承継というと、どうしても「終わり」をイメージさせるため、後継者から切り出して家族会議を促すのは、なかなかハードルが高いように感じられるかもしれません。しかし、会社に対する想いや、どうしていきたいのか、どのように次世代に託していきたいのかについて、先代経営者から直接聴き、家族で話し合う機会は必要です。一族の歴史は会社の歴史でもあるわけですから、みんなが協力して、先代から引き継ぐ事業、家業をどうしていくかを腹を割って話す場を設けることをおすすめします。

このときに、ぜひ作って頂きたいのが、事業承継計画書です。どのように先代経営者から後継者へバトンタッチしていくのか、自社株のことだけではなく、経営者としての仕事を引き継いでいくのか、また、他の家族への財産の移転をどのようにしていくのか、年表形式にまとめたものです。このようにいつ、何を行うのかを年表形式にしておけば、共通の認識を持つことができます

先代経営者がお元気なうちに、家族会議を持っていただき、事業や財産をどうしていくかを、家族全員で話し合い、年表にまとめることです。このような家族会議を複数回、ぜひ開催してください。専門家のファシリテーションを利用してもよいかと思います。「こんなはずじゃなかった」から、「話し合ってよかった、事前に対策ができた」と安心して事業のバトンタッチができ、立場の違う家族同士が助け合える関係性を保って頂きたいと心から願ってやみません。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。

<関連サイト>
角谷会計事務所
未来を魅せる税理士 神佐真由美のブログ