クリニック開業を希望するなら、知っておきたい事業承継という選択肢

現在日本では中小企業の事業承継を大きな課題と捉え、2018年から5年間を事業承継集中期間として、国を挙げて中小企業の事業承継対策に取り組んでいます。

地域医療を支えるクリニックでも例外ではありません。開業医の間でも少子高齢化の背景のもと、後継者問題を抱えているクリニックが増加傾向にあります。

一方で、毎年4千人の医師が増えるなか、病院の統合や閉鎖等により、勤務医のポジションは減少し続けています。勤務医は激務であることが多く、将来を考え、若くして開業を希望する医師も増えてきています。

イチから開業を目指すのもよいですが、これからますます重要な選択肢になるクリニックの事業承継について、メリット・デメリットと承継を考えるポイントを解説します。

第1章 事業承継(第三者承継)が有効な選択肢である理由

(1)跡継ぎ問題を抱えるクリニック

厚生労働省の調査結果(平成28年(2016年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況 統計表)によると、2016年のクリニック経営者の平均年齢は、61.2歳であり、2004年に同じ調査をしたときの59.4歳と比較し、1.6歳上昇しているそうです。

また、クリニック経営者のうち、60歳以上が52.6%を占め、70歳以上に絞っても18.6%となっています。一般に経営者引退年齢といわれる70歳を超えても医療機関を経営している医師が多いことがわかります。

地域に欠かせない存在となっているクリニック経営者には、廃業はしたくないけれども親族に継承させるべき医師もいないというケースが増えてきています。

一方で、医師の数は、国の政策により増え続けています。規模の大きい病院では勤務医のポスト不足やハードワークから、親や親族が医業経営でないドクターであっても、若くして開業を視野に入れるドクターが増えてきているようです。

(2)クリニックの事業承継メリット・デメリット 

メリット

低コストでの開業が可能
クリニックの閉院を考えている医師に対価を支払い、譲り受けることになります。イチから開業するよりも低コストでの開業が可能です。

初期からある程度の集患が見込める安心感
患者や従業員という新規開業ではすぐには確保できない財産を引き継ぐことができ、新規開業では頭を悩まされる集患問題から解放されることになります。初期からある程度の集患が見込めるため、調達する運転資金も少なく済みます。

開業までの時間が短い
クリニックの事業承継の場合は、開業を決意してから開業するまでの工程が新規開業に比べて少ないです。新規開業の場合は、開業場所の選定、土地の購入、建物の建築やビルテナントの内装工事など、開業準備に時間を要します。

それに比べ、継承しての開業なら、短い準備期間で済みます。

その他、継承元の実績があるため、融資が受けやすいケースがある、医師会への入会が比較的容易、などのメリットが考えられます。

デメリット

自分のやりたいことは後回しにし、先にクリニックや地域になじむ努力が必要
これはどんな業種の継承でも同じですが、多くの先代ドクターは、自分のときと考え方ややり方が大きく変わって、スタッフや患者に不安感を与えたくないと考えています。

もし、自分のやりたい医療やスタイルがあるとしても、一旦後ろにおき、まずは自分がクリニックや地域に溶け込むよう、努力しなければなりません。

先代ドクターには、ここまで長年開業医としてやってきたというプライドがあります。まずは、先代ドクターから徹底的に学ぶという姿勢で入り込むことが必要ではないかと思います。

そのなかで、クリニックのスタッフともコミュニケーションを多くとっていく必要があるでしょう。

自分でイチから開業すると、このように実践者から学ぶ機会がないため、いい機会だと捉えることができるといいですね。学ぶなかで、自分が希望する医療のスタイルを見出していくとよいと思います。

これからの競争の激化
開業医でも競争は激化しつつあります。ある程度の集患は見込めるものの、これからは自己責任でクリニックの経営をしていかなければならないことになります。しかしながら、国の打ち出した「地域医療構想」に対応でき、地域医療を推進し、介護事業との連携で地域の中に一層溶け込むことができれば、勝因は十分にあると考えられます。

第2章クリニック事業承継を目指す手順

次に、実際にクリニックの事業承継を目指す流れについて、解説します。

(1)承継するクリニックを探す

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現在「承継開業支援」「医院継承支援」と言って、すでに開業しているクリニックの跡継ぎを探すサービスを行う会社が増えています。

特に開業医と接点が多い会社で行われていることが多く、開業医に対して医薬品を卸す薬品会社、医療経営コンサルタント、M&A仲介業者、人材紹介会社などが支援をしています。

また、医師のネットワークを通じて医師会などで医業継承バンクを設置して、マッチングしている場合もあります。

医院の継承を希望するなら、まずは、これらのサービスや機関にアクセスしてみましょう。周りで開業しているドクターがいれば、信頼できる先を紹介してもらえるかもしれません。

承継するクリニック選びは一生を左右する選択です。実績や経験が豊富で信頼ある仲介サービスや機関を、面談を繰り返しながら自分の目で選びましょう。

次に、引継ぎ元が定まってきた場合の引き継ぎ検討ポイントについて解説します。

(2)個人開業医の引継ぎ検討ポイント

資産・負債の承継

クリニック経営にかかる土地や建物などの不動産は、継承元から購入するか、賃貸してもらうかという選択肢があります。また、これらのほかに、医療機器や備品などを引き継ぐ必要があり、これらをいくらで引き継ぐかを検討する必要があります。

引き継ぐ側、引き継がれる側の双方が納得した金額でないといけませんし、どちらかが利益を追求しすぎて交渉決裂となってしまっては元も子もありません。公正な価格決定のために、専門家に間に入ってもらう必要があるでしょう。

承継する側は、承継金額の妥当性を吟味することや、会計帳簿には記載されていないリスクが潜んでいる可能性も検討する必要があります。

営業権の承継

上記の資産や負債だけでなく、既に地域の患者を受け持っていることから「超過収益力」として双方が認めれば、「営業権」を設定し、譲受するケースもあります。

事業用定期借地権の転貸

先代のドクターが事業用定期借地でクリニックを開設しており、これを第三者に引き継ぐ場合は、契約の内容を確認しておきましょう。当初の契約に、第三者への転売(建物を売却)や転貸する場合の条項が定められていることがあります。契約に定められた方法で、土地所有者の承諾を得るなど、調整が必要です。

(3)医療法人で経営をしているクリニックの引継ぎ検討ポイント

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医療法人で経営をしているクリニックの場合は、持分ありの場合は、いくらでその持分を譲受するのか、行政との調整などがポイントとなります。

資産の査定

多くの場合、先代ドクターと後継ドクターの両社の税理士やコンサルタントが介在し、資産査定をすることから始まります。

先代ドクター(理事長)をはじめ、他の理事(理事長の親族であることが多い)に退職金を支払い、持分を理事長等から買い取ります。

この退職金と持分が実質譲受代金となります。

このとき、すでに後継ドクターが、医療法人の構成員の1人である「社員」になっておく必要があります。

持分のない医療法人の場合には、持分の譲渡という形態がありませんので、実質的に退職金や、承継後に実態を整えて、先代ドクターに非常勤の医師給与等の継続支払等も加味しての清算が考えられます。

行政の認可

承継する場合は、行政の認可を受ける必要があります。具体的には、理事の退任と新理事の就任、診療所名称の定款変更などについてです。

リスクや債務の把握

医療法人の承継の場合、医療法人に属する一切の資産と負債を引き継ぐことになります。その際、隠れ債務や過去の医療事故、診療報酬不正請求などのリスクの危険担保や、借入についての理事長個人保証の整理をしておく必要があります。

信頼できる税理士などの専門家に介在してもらうことが望ましいです。

(4)共通して大切なこと

経営が成り立つラインのシミュレーションは必須

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個人開業医を引き継ぐのか、医療法人を引き継ぐのかに関わらず、当初かかるお金をどのように調達するのか、そして、十分返済ができ、自分が生活できる場合の医業収入はいくらなのか、患者さんは何人来てもらうことが妥当なのか、というシミュレーションは必ず必要です。

承継後5年間の中期経営計画は必ず策定するようにしましょう。専門的な知識やスキルが必要となりますが、イチから勉強する必要はありません。税理士や医業経営コンサルタントなどの専門家に相談し、納得のいく経営ができるような未来の見通しを立てておくことが大切です。

まとめ

昨今、開業を目指すドクターにとって、より有効な選択肢となりつつあるクリニックの事業承継による開業。本人のメリットも多く、後継者のいなかったドクターにとっては、老後資金が確保でき、自分のしてきた医療が引き継いでもらえます。また、地域の患者にとっては、医療インフラが保たれるという大きな意義を持ちます。

一方で開業するということは、他の起業と同じく、経営にかかるリスクをすべて自分が追うという経営者ならではの責任もあります。

引き継ぐからにはリスクを背負ってでも「引き継いでよかった」とドクター本人が実感できる経営ができることが理想です。承継元の選択や承継のプロセスは専門家の支援を受けながら、納得できるまで取り組んでみられることをおすすめします。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。