もめない!困らない!事業承継するときの相続対策ポイントまとめ

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一般に相続対策というと、相続(争族)対策と相続税対策、そして相続税を支払う資金納税対策のすべて、あるいは人によってはそのいずれかを意味していることが多いように思います。相続対策は、大きく3つに分かれます。

相続(争族)対策は、家族でもめないように分け方を考えること。

相続税対策は、分け方を決めた財産に対してどのくらい相続税がかかるかを試算し、下げられないかを検討すること。

そして、相続税納税資金対策は、相続税を支払う納税資金の準備を検討すること。

今、国家的な問題になっている事業承継。財産をお持ちの方が事業をしていて、会社の株式や、個人事業者が所有している土地や不動産、事業で使用している資産の引継ぎを引き継ぐ場合は、特にこれら3つの相続対策の重要性が増します。

相続(争族)対策、相続税対策、相続税納税資金対策の3つに分けて、どのような対策が必要かを解説します。

第1章 事業承継の場面における相続(争族)対策

(1)自社株式や事業用資産は後継者が引き継ぐことが鉄則

事業承継を予定している場合に必ず検討しないといけないことは、後継者にどのようにして自社株式や事業用資産を承継するかです。

相続財産は法定相続分を基準に引き継がれるイメージをする方が多いですが、相続財産のうち、自社株式や事業用資産の占める割合が高いケースが多いです。

例えば、相続人が先代経営者の妻、長男、次男の3人で、相続財産の全額が3億円、そのうち自社株式が2億円で、長男が後継者だとします。

自社株式は、事業を承継する長男に全てを引き継ぐのが原則です。もし、先代経営者の妻(つまり長男の母)が自社株式の50%、次男が自社株式の25%を保有していたとすると、母と次男が結託して、株主総会で長男を経営者から降ろすことも可能になってしまい、安心して経営することができないからです。

歴史のある会社で、親戚や当時の役員が株式の一部を所有しているケースをみかけることがあります。「法人税申告書 別表二」で確認が可能です。

このように株式が分散している場合は、株主またはその相続人の方と交渉して、株式を後継者や会社が買い取るなどして、できる限り後継者に集中させるようにする必要があります。

また、先代経営者が個人事業者の場合であっても、事業用の資産は後継者である長男が引き継ぐことが理想的です。

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(2)もめないように遺言書を書くことが有効

先代経営者は、このようなトラブルを防ぐために、誰に何を引き継がせるかを遺言に残しておくとよいでしょう。

遺言書がなければ、すべての財産について、誰がどのくらい引き継ぐかという遺産分割の方法は、遺産分割協議と言って、相続後に行う相続人同士の話し合いによることになります。

せっかくそれまで仲の良かった家族が、自分の死後にもめてしまうのはとても悲しいことです。遺言書があれば、それに従うのが原則となりますので、遺言書で自分の希望を伝えるようにしておきたいものです。

(3)引き継いだ資産を「返せ!」と言われないための遺留分対策とは?

では、遺言で自社株式や事業用の資産を後継者に相続させると記載すれば、それで揉めなくなるのでしょいか。いえ、まだ解決すべきことがあります。遺留分対策です。

先代経営者が相続人である後継者に対し、遺言で自社株を集中して相続させたり、生前に贈与したりすると、他の相続人の遺留分を侵害する場合があります。

遺留分とは相続の際に、被相続人(亡くなった方)の兄弟姉妹を除く相続人に最低限の相続権を保証した割合を言います。法定相続分まではもらえないとしても、最低限、相続人にはこれだけの相続権は保証しましょう、という決まった割合を言います。

遺留分の割合は、全体で被相続人である先代経営者の財産の2分の1です(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)。

ここでいう「基礎財産」は、相続税の計算のもととなる相続財産とは範囲が異なり、先代経営者が相続開始の時に有していた財産の価額に一定の生前贈与した財産の価額を加算し、債務額を控除した金額で、これに遺留分の割合(2分の1)に、それぞれの相続人の法定相続分を乗じた金額が遺留分となります。また、生前に自社株式を贈与したとしも、この「基礎財産」に含まれ、遺留分の計算に入れられることになります。

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全ての財産が3億円で、そのうち2億円が自社株式、相続人は先代経営者の妻と長男(後継者)、次男である場合、妻の遺留分は法定相続分2分の1の2分の1なので、4分の1の7500万円、次男の遺留分は法定相続分4分の1の2分の1なので、3750万円。

妻と次男の引き継ぐ財産が、遺留分を下回っていても、受け入れてくれるなら問題ありませんが、妻と次男が遺留分減殺請求といい、受け取れなかった財産の額に相当する金銭を要求することも可能なのです。

長男はほとんど換金できない自社株式を引き継ぎ、相続税を支払った上に、妻や次男に金銭を渡さないといけないという大きな負担を追うことになります。

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そうならないために、例えば、先代経営者が長男が受取人になる生命保険に入っておき、遺留分減殺請求がされたとしてもお金を支払えるようにしておくなどの対策が必要です。

また、自社株式については、経営承継円滑化法の認定を受けて、遺留分の計算から除外したり、株価を固定化に同意してもらう方法を取り、遺留分の計算に与える影響を抑えることも選択可能です。

詳しくは、こちらの記事をご参照ください。
事業承継は先代経営者と後継者の問題だけではない。家族ともめやすい遺留分問題とは?

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第2章 相続税対策

次に、相続税自体を下げることを検討する相続税対策について解説します。特に、自社株式の財産全体に占める場合が大きい場合についてです。

自社株式にかかる相続税を下げる対策は、「下げる」「減らす」の2つです。自社株の評価を「下げる」こと、少しずつの贈与などを活用して「減らす」こと。

(1)評価を下げるには

儲かっていれば当然、株式の評価額は上がりますが、そのような状況でも、株式の評価額を下げるための方法をいくつかご紹介しましょう。

先代に退職金を支給する

ほとんどの会社では、配当、利益、純資産の3要素により株価が決まります。これらの要素で可能なものについて、引き下げることができれば、株価は下がります。

代表的な方法としては、先代に退職金を支給し、利益、純資産の2要素ともに引き下げる方法です。オーナー経営者に対する退職金は、会社の資金繰り状況にもよりますが、株価が高い企業ほど高額になりやすく、かなりの減益効果と純資産圧縮効果があります。

退職金を支給したときの株価が、直近で一番低くなることが多く、この低い評価額のときに、先代から贈与を受けるなどの方法がとられることがよくあります。

含み損のある資産を売却する

バブル時期に高値で購入した不動産があれば、売却することで、含み損を実現させることができます。利益と純資産ともに引き下げることが可能です。また、稼働していない資産の除却(廃棄)にも一定の効果があります。

不良在庫や不良債権を処分する

売れ残っていて売れる見込みがない、使える見込みがない在庫については、思い切って処分してしまえば、利益と純資産ともに引き下げることができます。また、焦げ付いた不良債権があれば、実質弁済可能な金額を除き、債権放棄をして処分してしまうことも引き下げ効果があります。

配当を控えめにする

自社株式の評価では、配当の金額も1つの要素を占めています。配当の金額をおさえることで、自社株の評価額を引き下げることが可能です。第三者的な株主がいる場合には、配当を期待していると思いますので、事前に伝えておく必要があるでしょう。

(2)株式を減らすには

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毎年少しずつ贈与をしていくことを繰り返す

一番スタンダードな方法です。毎年贈与税の非課税枠である110万円の範囲で、株式を先代から後継者に贈与していく方法です。

毎年決算ごとに株価を出し、贈与税がかからない110万円までの範囲で贈与をする方法です。株式贈与契約書の作成と、その贈与について承認する取締役会の議事録を作成すれば、贈与できます。

しかし、株価がかなり高い状態だと、毎年110万円ずつ贈与をしたとしても、2億円の株式評価額なら、かなりの年数がかかることになってしまいます。

このようなときは、相続税で引き継ぐ場合の税負担と、贈与での税負担とを比較検討したうえで、相続税負担率>贈与税負担率となる株式数を毎年移転することが有効でしょう。

事業承継税制を使い、贈与することも可能ですが、相続税の計算の際には、贈与した株式を相続したものとして相続税を計算します。そして、その相続税について納税猶予を受けることができるのですが、事業承継税制には猶予取り消しリスクが付いてきます。

詳しくは、こちらの記事をご参照ください。
ちょっと待って!知っておきたい特例事業承継税制をとりまくリスクと対応策

事業承継税制を使う前に、暦年贈与である程度(事業承継税制の使用要件を満たす範囲で)までは贈与をしておくと、猶予取り消しリスクを小さくすることが可能です。

従業員持株会を作り、先代オーナー経営者の持ち株を持株会に移転する

従業員持株会をつくり、先代オーナー経営者の持ち株の一部を、従業員持株会に売却する方法も有効です。従業員と親族以外の役員で、「従業員(役員)持株会」を作ることができます。具体的には組合の規約をつくればすぐにできますし、登記についても不要、税務申告も不要の団体となります。

そのほかの方法

持株会社いわゆるホールディング会社を作る方法もありますが、例外を除いて事業承継税制が使えなくなります。

また、投資育成会社を使うなど、先代経営者の持つ株式を減らす、あるいは先代経営者の株式割合≒議決権割合を下げる方法があります。

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第3章 相続税納税資金対策

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そして、相続税にかかる納税資金をいかに確保するかについて解説します。「相続税支払えるかな」という心配があって税理士に相談される方も多いです。

一番平和なのは、先代経営者が遺した現預金に、相続人の資金も合わせて相続税が支払えることです。また、先代経営者を被保険者とする生命保険を資金負担が重くなる相続人に支払えるようにし、相続税の支払いに充てるようにすることも有効でしょう。

しかし、自社株式を相続財産とする場合は、自社株式が相続財産全体に占める割合が大きいケースが多く、相続税を支払えるだけの資金が遺されていないこともよくあることです。

かといって、自社株式を受け取る後継者がそれだけの資金を持っているかというと、持っていないことが多いです。

このような場合は、どのように相続税納税資金を準備したら良いでしょうか。

(1)相続税の特例事業承継税制(事業承継税制)を使う

事業承継税制は、自社株式の引き継ぎ(贈与や相続)にかかる納税負担を納税猶予という方法でおさえるものです。

詳しくはこちらの記事をご参照ください。
事業承継にかかる贈与税や相続税の負担が軽減される?後継者は知っておきたい特例事業承継税制

ただし、5年間は事業を続けないといけないなどの制限もあり、要件から外れてしまえば猶予された税額を利子税とともに一括納付しなければならないというリスクもあります。

個人事業者の場合にも、事業用資産の相続や贈与について納税猶予を受けられる個人版事業承継税制も創設されています。

(2)金庫株を活用する

後継者が相続(や贈与)により引き継いだ自社株式を会社に買ってもらい、その代金をもって相続税の支払いの一部に充てるということも可能です。

詳しくは、こちらの記事をご参照ください。
自社株の納税資金対策や少数株主対策に活用したい自社株買い(金庫株)

(3)金融機関の支援を得る

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納税資金について、金融機関から借り入れを行うことも可能です。最近では、金融機関でも事業承継支援に力を入れているため、会社を引き継ぐために必要な資金として、贈与税や相続税の納税資金の融資を行っているところもあります。

担保が必要な場合も多いですが、保証会社の保証を使い、無担保で融資してくれる銀行もあるようです。

また、経営承継円滑化法による認定を受けることができれば、この法律に基づく金融支援の特例として、後継者個人を融資対象とする融資を日本政策金融公庫から受けることが可能です。

経営承継円滑化法に基づく金融支援とは?

経営承継円滑化法とは、民法の特例で、経営の承継をスムーズに行うための支援策を定めた法律です。主な内容は、事業承継税制や遺留分の特例、そして、金融支援です。

事業承継の際に代表者個人が必要とする資金の融資を受けることができます。

分散した自社株式を後継者に集中させるために買取るための資金や、自社株にかかる相続税や贈与税の納税資金、役員や従業員が、株式や事業の一部を買い取って事業の承継を行うための資金について、低利融資と信用保証を受けることが可能です。

事業承継に伴い、後継者個人が、相続税や贈与税の納税を行う場合の資金の融資を受けるには、経営承継円滑化法に基づく認定手続きとして、各都道府県知事の認定を受ける必要があります。

(4)延納の手続きを取り、相続税を分割払いにする

相続税は原則現金一括納付です。しかし、資金不足などの事情で、現金一括納付できない場合、納められない金額について、延納の制度を利用することができます。

延納には、延納額が50万円以上の時は担保の提供が必要などの要件があります。また、延納した金額には利子税がかかります。ちなみに、現在利子税は年1.6%の利率が基準です。(3)の金融機関の融資を受けるかどうかについては、銀行が設定する利率と延納の利率とを比較し、有利な方を選ぶとよいでしょう。

(5)戦略的に物納する

物納といって、不動産などの現物で納付する方法もあります。自社株式については、物納できないようなイメージを持ってしまいますが、実は、可能です。譲渡制限株式でなければ、自社株式を国に引き渡して、その金額相当の相続税の納付ができるということになります。

しかし、物納は、延納の方法をとっても、金銭で支払うことが困難であることに明確な理由がある場合でないと、許可を得ることができず、ハードルが高い方法となります。

また、国に株を持たせたままにせず、近いうちに国から買い戻したいものです。後継者でも会社自体でも、買い戻すことができます。そのためには、計画的に買取資金をためておく必要があります。

まとめ

相続対策と一口に言っても、円満な家族関係を維持するための相続(争族)対策、資金負担を下げるための相続税対策、そして、納税資金を準備するための相続税の納税資金対策の3つに分けられ、それぞれのフェーズで検討すべきことと選択肢があることをご理解頂けましたでしょうか。

いずれも先代経営者が亡くなってしまってからでは、できることが限られてしまいます。円満な事業承継と相続、そして、事業承継後のスムーズな経営のためにも、準備は早めに行っておくことが大切です。

準備をしていくには、家族で腹を割ってしっかり話し合うこと、そして、順序を間違えることなく望む方向へ導く専門家の力を借りること。これが一番時間のロスが少なく、「しっかり準備ができたな」と実感できる秘訣だと思います。

後悔のない事業承継と相続対策のために、ご参考になれば嬉しいです。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。

<関連サイト>
角谷会計事務所
未来を魅せる税理士 神佐真由美のブログ