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銀行員から起業家の道へ。外国人をターゲットにする難しさと、見えてきた成功のカギ

ポイント
  1. 大手銀行で働くが自分の夢を追う事を決める。
  2. 様々な困難にぶつかりながらコミットしていく。
  3. 足を使いヒアリングを行うことで課題解決。

目次 [非表示]

大手銀行を辞めて起業の道へ

助っ人編集部  

株式会社ウェイビーです。よろしくお願い致します!まずは、自己紹介からお願いします。

播氏  

もともと留学に興味があり、大学在学中にアメリカへ留学しました。ジョージア州に1年間です。ちょうどリーマンショックあったときでした。その後、新卒で三井住友銀行に入り、法人営業部に配属。法人の融資に携わりました。

その後、出向というカタチで内閣府系のシンクタンクでも働きました。国際金融情報センターというところです。そこでは日銀や政府系の組織など、幅広い組織の方々と一緒に仕事をしていました。出向期間は丸2年です。

その後、出向の任期が終わったタイミングで銀行を辞め、起業しました。そもそも起業を考えていたのは学生時代からです。ただ、とくにやりたいことも見つかっておらず、社会経験も積みたかったので銀行に入りました。

助っ人編集部

 

起業しないという選択肢はなかったのですか?

播氏  

仕事が好きでしたし、SMBCも楽しいところでした。同期もノリがいい人が多く、最初の2年はとにかく遊んでいましたね。週末になれば楽しいお誘いに負けてしまって。

ただ、「このままでいいのか」という気持ちはずっとありました。3年目に入る時に出向になり、あらためて自分のキャリアについて考えてみたのです。その結果、このままでは起業できないと危惧して行動に移すようになり、2年後に起業しました。

助っ人編集部  

起業するにあたり、準備などはしましたか?

播氏  

出向で東京に来たのですが、そもそも東京には友人も知人もいなかったので、がむしゃらにビジネス系の交流会に参加しました。ただ、怪しいビジネスの集まりだったこともありましたね。1年目はまともなコミュニティを探すのに苦労していました。

また、プランがあったわけでもありません。海外に対する想いはありましたが、先にあったのは「起業する」という気持ち。そのあとで、何をするかを考えればいいと思っていました。

ですので、イベントに参加したり、ビジネスプランを考えたり、脈絡もないままに行動していたと思います。準備と言えば、起業資金は少しずつ貯めていました。あとはシステム開発の見積もりの取得や、ホームページの作成などでしょうか。

仮説検証の大切さを学ぶ

助っ人編集部  

銀行を辞めてからはどうでしたか?

播氏  

ある意味、孤独でした。とくに仲間がいるわけでもなく、共同創業する人もいなかったので。2月に1人ではじめて、そこから1人の期間が9月ぐらいまで続きました。その頃は、大田区のほうのシェアオフィスで作業をしたり、あとは営業で飲食店を回ったりしていました。足を使っていたことが多かったと思います。孤独ではありましたが、希望に満ち満ちていましたね。

でも、実際にスタートしてみると、なかなか思いどおりに進まないこともありました。銀行を退職したのが5月。当初、7月にはサービスをリリースする予定でしたが、開発が遅れて気がつけば11月。

開発が遅れてしまったのは、僕のディレクション能力がなかったことが大きいです。要件定義も甘かったですし。飲食店に営業をしながらだったので、途中で追加の要望を投げてしまうということも多々ありました。

助っ人編集部  

この期間は売上なしですよね。不安はなかったのですか?

播氏  

開発の遅れに対するイラつきはありましたが、あまり不安はなかったです。すでにサイトのデザイン案をもって営業には行っていました。紙ベースの資料をもって。リリース前でしたが、それで契約がとれていたので。飲食店側の反応も悪くありませんでした。普通に会ってもらえるし、拒絶されることもあまりなかった。

ただ、実際に11月の後半にサービスをリリースしてからは、様々な困難にぶつかりました。

助っ人編集部  

どのような困難があったのでしょうか?

播氏  

訪日外国人向けに作った飲食店の予約サービスなのですが、外国人へのリーチが想定していたよりも難しかったです。今年の2月にテレ朝のニュース番組で少し取り上げてもらったのですが、放送後にユーザーが増えなかったのにはビックリしました。

サーバーを増強して待ち構えていたのですが。

僕たちのターゲットである訪日外国人は日本のテレビ番組なんか見ないので、よくよく考えれば当然の事でした。

また、広告を打ってもなかなか予約に結びつかないということもありました。たとえ予約が入っても、収益と広告費との折り合いがつかないということも。

助っ人編集部  

そこから、どのように動き始めたのですか?

播氏  

そうした中で、外国人向けの英語メディアを立ち上げて検索の自然流入を増やすなど、地道にサービスを拡大してきました。

現在は新サービスの開発にも注力していて、引き続きインバウンドの食の分野で勝負するつもりです。事業に取り組む中で、これまでと違ったニーズも見えてきました。

次は、ベジタリアンやイスラム教徒、食物アレルギーがある人など、「食事に制約がある人」の課題を解決するサービスに取り組みたいと考えています。

ヒアリングと集客が今後のポイントに

助っ人編集部  

これまでを振り返って、思うことはありますか?

播氏  

起業前も起業後も、いろいろな方から助言をいただいていました。こうしたほうがいい、ああしたほうがいい、と。でも、ほとんど耳に入っていなかったのです。それが起業の怖いところですね。

「自分はこれがやりたいんだ。自信があるんだ」、と盲目的になってしまう。それらの助言を素直に受け入れられていれば、避けられた失敗もあったと思います。

助っ人編集部  

どのような失敗がありましたか?

播氏  

例えば、ユーザビリティーテストの実施。

自分が「使いやすい」と思って設計したサイトデザインであっても、実際のユーザーに使ってもらうと、どこがクリックできるのか分からなくてサイト上で迷子になっているということがありました。せっかくサイト訪問しても、使いづらくて離脱してしまったユーザーが当初はかなりいたと思います。

テストを実施してこれに気がついたのは、リリースしてしばらく経ってからでした。思えば、もっと早い段階で忠告してくれいた人もいたのですが、耳に入っていませんでした。

今では、周りからの助言を少なくとも一度は検討してみる余裕もできました。

助っ人編集部  

今後は、1年目の経験をどのように活かしていきますか?

播氏  

まず、お客さんとなりうる人の意見をしっかりと聞くこと。徹底的にヒアリングをします。あとはユーザーを集めることですね。

最初に人を集めてしまえば、レストランの予約もできますし、他の方向に流す事も出来る。ユーザーを確保すれば、いろいろな手法が考えられます。

あとはマネタイズですね。いくらユーザーがいても、顧客獲得単価と収益が見合わなければビジネスになりません。そのあたりの金銭感覚をシビアにする。そうしなければ、結局はボランティアのサイトになってしまいますので。

助っ人編集部  

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

播氏  

僕は今、自分が本当にやりたいと思える事業に取り組んでいます。そのおかげで、人に対して「自分がなぜこの事業をやりたいのか」を語れます。だからこそ、付いてきてくれる人がいる。一緒にやりたいと言ってくれる人がいる。

そういうビジネスプランを選んで、本当に良かったと思います。普通、お金を出してくれないスタートアップになんて、人が集まることはないですから。していることに価値がなければ、だれも共感してくれないと思います。

もちろん、起業して後悔はしていません。起業して本当によかったと思えるようにするために、さらに頑張るつもりです。

たしかに、銀行時代のことはいい思い出です。ただ、あのままずっと残っていて、動けずに過ごしていて、どこかでふと振り返ったとき「もしかしたら、別の道もあったのではないか」と後悔するのが怖かった。

もう、その心配がないと思えば、気が楽になります。万が一、これからまたどこかの会社に所属することになったとしても、「あのとき起業しておけば良かった……」と悔やむ可能性はないのですから。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

株式会社ウェイビー代表取締役社長
徳島大学客員教授
世界経済フォーラム(ダボス会議)メンバー


慶應大学卒業後、23歳の時、病気をきっかけに、小学校親友4名、資本金5万円で起業。

10年間で10,000人を超えるスモールビジネス支援の実績を誇り、
スモールビジネスが、「早く、大きく、強く」育っていける01クラウドシリーズを展開。

経営、マーケティング、マネジメント論に定評があり、全国多数の経営者に慕われ、
銀行、経営者団体、上場企業などからの講演実績も多数。

「自分で稼ぐ力を身につける本」や「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書6冊。
日経新聞、エコノミスト、NHKなどメディア出演多数。

播 太樹

播 太樹

株式会社フレンバシー / 代表取締役 神戸大学国際文化学部から米ジョージア大学への留学(1年)を経験。11年に三井住友銀行に入社し、神戸で中小企業融資や貿易支援に携わる。13年から内閣府管轄のシンクタンク国際金融情報センターに出向。ハンガリー・モロッコ担当のエコノミストとして、日本政府や金融機関等にカントリーリスクの情報提供を行う。バックパッカーとしてこれまで20か国以上を巡り、旅行者の視点で世界と日本を比較する中で、日本の外国人受入れ体制に問題意識を持つ。15年、フレンバシーを創業して訪日インバウンド事業を開始する。