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タクシードライバーを経験し、本当にやりたかったファッションで勝負する起業家の軌跡~

ポイント
  1. 夢を追いかけルときの過酷な道を経験。
  2. 自分の思いが固まった時にやりたい事がぶれなくなった。
  3. 時にはみんなより逸脱した考えを押し通しても良い。

目次 [非表示]

月に300時間超の過激な労働を経て

助っ人編集部  

株式会社ウェイビーです。よろしくお願い致します!学生時代はどうのように過ごされていましたか?

原田氏  

中学性の頃は陸上の短距離をしていました。とりあえず一番になりたいという気持ちが強かったと思います。そのとき、どうすればもっと早く走れるのかと考え、筋トレやプロテインなどを試していましたね。中学校では1番でした。

ただ、どうしても勝てない相手はいるものです。そこで最初の挫折を味わいました。高校は土木工業の土木課です。父親が土木系の会社を経営していた、もう27期目になります。その影響で。

とくに母の対応は素晴らしかったですね。あいさつなどを含め、そこで経営者としての振る舞いを学びました。でも、やがて土木に対する興味を失ってしまって。兄も二人いるし、それからは好きだったファッションにのめり込み、専門学校に進むため上京しました。

助っ人編集部  

将来は何になりたかったのですか?

原田氏  

MEN’S non-noを見て、ファッションスタイリストなりたいと思っていたのです。ただ、スタイリストとして活躍している人はほんのひと握り。それでも専門学校を中退して、当時活躍していたスタイリストに弟子入りしました。

スタイリストの世界では、3年の下積み経験を経て独立するといった感じです。もちろんちゃんとした雇用形態ではなく、保険もありません。クビと言われたらクビ。厳しい世界でした。1円ももらえず、週7で働き、はては暴力まで……。

あまりに忙しく、5日間ほど寝られない日もありました。当時は19歳でしたが、平衡感覚が失われて道路で倒れたことも。最終的には、ミスをしてクビになってしまいました。

助っ人編集部  

壮絶な10代を経験されたのですね。

原田氏  

その後、いろいろなビジネスを経験しているとき、ある人に出会いました。32歳で年商15億。5つの事業を展開している会社の経営者です。そのとき、世の中にはすごい人がいるなと思いました。しかもイケメンでおしゃれ。

その人にお願いして入社したのが22歳の頃です。タクシーの運転手をしました。3ヶ月か4ヶ月でナンバーワンの成績をおさめ、結構な稼ぎを手にすることができました。月に300時間は働いていたと思います。

ただ、どうにも他力本願な気がして。このまま巨人の肩に乗って成功するのはどうかと思うようになり、23歳で脱サラします。当時はいろいろなセミナーにも参加し、たくさんの成功者にも会っていましたね。

助っ人編集部  

その後は何をされていたのですか?

原田氏  

その後は、輸入ビジネスに取り組みます。ある程度の成果をあげられるようになると、コンサルティングもはじめました。さらに収益を増やして、大きなスクールも行いました。26歳のときです。塾生は700人ほどいましたね。

でも、なんだか物足りなくなって。このままだと後悔するのではと思うようになり、事業をすべて人に任せることにしました。それから半年ほどかけて構想し、1年半ほど前から現在のビジネスに着手しています。

原動力は母への感謝

助っ人編集部  

もともと、社長になりたいという気持ちはありましたか?

原田氏  

ありませんでした。経営者になりたいと思ったことは、産まれてから一度もないです。ただ、自分のやりたい事を追及した結果、経営者にならざるを得なかった。好きだから続けてこられたというのはあると思います。

あとは、母親に対する感謝の気持ちが強くて。家庭ではいろいろあったのですが、親孝行したいという気持ちがわいてからは、ブレなくなりましたね。僕の場合には、母親のために頑張れているのだと思います。

これからは人を増やさなければならないので、初めて経営学を学ぼうと思うようになりました。本当に今年のことです。 学ばざるを得ないので学ぶという感じです。

助っ人編集部  

起業後についてはいかがでしょうか?

原田氏  

最初に会社をつくったきっかけは、税金の関係です。つくらざるを得なかった。輸入の事業が軌道に乗ってしまい、慌てて会社をつくりました。

逆に2期目は、ちょっと落ち着きました。それで3期目は、アパレルを本格始動しました。3期目でまた盛り返したような格好です。

僕がもっとも大事にしているのはコミュニケーションです。だからコミュニケーションに関しては多くのお金を使ってきました。自己投資として。結局、どんなに時代が変わっても、お金をもらうのは人だし、お金を払うのも人じゃないですか。

オフラインなのかオンラインなのかの違いもありますが、結局はコミュニケーションがモノを言うと思います。僕が事業を成功させてこられたのも、今の事業が口コミだけで広まっているのも、やはりコミュニケーションのおかげだと思います。

お客さまだけでなく、自分のことも考える

助っ人編集部  

過去に経験した、もっとも大きな失敗は何ですか?

原田氏  

組織化したときでしょうか。自分としてはスタイリストとして事業をできればいいと思っていましたが、組織化するとなると、モチベーション管理や数字の管理もしなければなりません。そこで「やばい、俺経営者になっちゃった!」、と。

あとは、思いのほかすぐに形になり、売り上げがあがってしまったので、嬉しい意味での想定外はありました。年間契約もたくさんいただいて。 みんなの協力も得られて、本当に感謝しています。

ただ、経営者としての生き方を想定していたわけではないので、今後についてはしっかりと考えなければいけませんね。パートナーを合わせると今は6名ですが、さらに拡大するとなれば、やるべきこともたくさんあります。

助っ人編集部  

原田さんのモチベーションはどこにあるのですか?

原田氏  

普通の人とは違うかもしれませんが、半分は、目の前の人のためになることをするのがモチベーションになります。あとの半分は、自分のためです。だから僕は、お客さま100%というよりは、自分のこともきっちり考えています。

自分と相手とのバランス。僕はこのバランスを大事にしています。相手のため100%となると、どこかで崩れてしまうしだんだん苦しくなってしまう。家庭も同じです。相手のためと言うのはたやすいですが、それだけでは続かない。

だからこそ、事業を行うにあたっても、ちゃんと自分の気持ちを大切にする。その上で、しっかりお客さまのことも考える。そういうバランス感覚を、常にもつようにしています。

需要側と供給側は、対等でいいと思います。ときには、提供する側が上の立場になってもいい。こちらも好きでやっているので、お互いが気持ち良くなれるように努力する。本当に自分が好きなものでなければ、人には勧められないですし、お客さまにも違和感を与えてしまいます。

社会や世の中より、目の前の人に貢献したい

助っ人編集部  

会社としての今後の目標はありますか?

原田氏  

とりあえず来年までに売上を倍にしようとは思っています。その後は、自分の時間もしっかり作ること。今はすべての時間を事業に投下しているので、少しずつ自分の時間も作ろうと思っています。例えば様々なファッションを観に海外へ行く時間を増やしたり。

売上は倍のまま平行線をたどるのか、更に上を目指すのかはわかりません。

ただ一つ強くあるのは、うちで働いてくれている従業員たちをずっと大切にしたいという想いです。一つの家族のようなものですから。 もちろん、お客さんも大切です。 うちの服に関わってくれている人全員に感謝しています。社会とか世の中という抽象的なものよりは、目の前の人を良くすることで、どんどん影響を与えたいと考えています。

助っ人編集部  

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

原田氏  

起業して、その道に選んだのなら、まずは自分の気持ち・想いを大切にすること。何かのためというのもいいですが、自分の正直な気持ちも大事にしなければうまくいかないと思います。

自分が本当にしたいと思うことは、自分にしかわかりません。でも、自分のために頑張れば頑張るほど、内側から力がわいてきます。自分に嘘をついて頑張っても、力にはなりません。

価値観でも行動でもいいですが、素直な気持ちで自分に向き合った上で納得して行うこと。あとは犠牲がでることを忘れずに。社会は思うようにいくことばかりではありません。捨てなければならないものもあるはずです。

その上でやることが明確になったらどんなことがあってもカタチになるまで考えながらやり続けることです。当たり前のことですが出来てない人が多いように感じます。

ときには常識だって捨てていい。誰かが決めつけた常識が大きく足かせになることがあるので。僕もまだまだですが、そんな柔軟な考え方の方がその方が早く成功できるのではないでしょうか。

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