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独立・開業をともにするも「失踪」した創業メンバーが語る起業の真実

ポイント
  1. 自分の夢に対して困難が続くが仲間の手助けが大きかった。
  2. 助けてもらった仲間だからこそ気持ちをぶつけ合う環境へ。
  3. やりたいことはすぐさまに行動して失敗を恐れない。

目次 [非表示]

念願の起業。そして離脱へ

対談
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ウェイビーマンです!よろしくお願いします!まずは、起業までの経緯を教えていただけますか?

対談
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僕はもともと起業を志望していました。ある日突然、起業しようと思い立ったのです。2003年の8月27日、高校2年生の頃でした。なぜか、その記憶がずっと残っていて。ただ、それから7年間、何もしなかったのです。大学にも行かずアルバイトをしていて。

ですので、創業メンバー4人とは異なる動機で起業したと思います。そもそも、それぞれ想いは違うかもしれません。僕の場合、スピード違反で捕まってしまったとき、外の情報がシャットアウトされた環境で、「僕はなぜ起業していないのだろう」と気がついたのです。

それまでの自分は、何も挑戦していなかった。であるのなら、もう、やるしかない。成功も失敗もすべて自由なのだという感覚になりました。その後、創業メンバー4人で集まるたびに、僕はとにかく起業したくて仕方ない状態でした。

みんなそれぞれの生活があり、就職もしていましたが、「俺はやるよ」、と。今思い返せば、当時は鬼気迫るような感じだったと思います。その後、伊藤が病気をしたこともあり、タイミングがあって起業に至りました。奇しくもちょうど7年後の8月27日に。

対談
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起業後はどうでしたか??

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ただ起業後は、苦難の連続でした。どうしても周囲に比べて仕事ができないのです。あとから分かったのは、僕が発達障害(学習障害)だったこと。東大病院で調べた結果、判明したのです。大人でも、発達障害の人は多いようですね。

とにかく、それで仕事がうまくできなかった。もちろん当時は、理由が分かりません。それで簡単な仕事もできなくなり、危険予測やリスクに対する感覚、チェックもれ、それからモチベーションの低下もありました。生産性が下がってしまったのです。

仕事が終わらず、何日も寝られない日がありました。それで精神もボロボロになり、2012年の1月、ついに玄関から先に出られなくなりました。創業から2年目のことです。仕事のストレスが限界に達していたのだと思います。

仕事ができないので、仕事をすることは自分にとっても会社にとってもデメリットにしかならない。さらに僕の給料もどんどん下がっていき、将来への不安で精神的なバランスを欠くようになりました。さらに体調も悪化し、会社を去ることにしたのです

2年後、ウェイビーへ復帰

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その後、2年ほどして復帰されます。当時のことについて教えてください。

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ウェイビーを退社してからは、新しいパートナーと一緒に起業しました。ただ、その事業で失敗してしまって。アルバイトでもしようかなと考えていました。ただ、ウェイビーのメンバーとはその後も仲良くしていて、絆はそのままだったのです。

それでみんなに、「アルバイトでもいいから仕事させて」とお願いしたところ、どうせならフルタイムでやってほしいと言われ、復帰することにしました。当時は創業支援に力を入れはじめた頃だったと思います。

みんなも快く迎え入れてくれて、本当にありがたいと感じましたね。それからは、ホームページ制作を通じて、ビジネスコンテストやイトケン塾の集客に携わりました。すでに社内の役割分担ができており、伊藤が社長に就いていた頃だと思います。

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ウェイビーに戻られてから現在までの3年間についてはいかがですか?

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自分自身、急成長できたと思います。ただ、ネガティブな感情ももっていましたね。「自分は本当にダメだ」という確信のようなものが。もっとも、周りのメンバーがどんどん成長していく中で、自分も成長できた実感はありました。

この3年間、メンバーそれぞれが自分の得意分野を見出し、そこを伸ばしてきたと思います。伊藤はもともとリーダータイプでしたし、僕は猪突猛進型でこれと決めたことに対するコミットメントが強いタイプなので、その強みを生かして仕事をしてきました。

たとえば、うちが主催している「TERACOYA」というイベントが2014年に大阪でありまして。2週間ほど前に現地に送り込まれたのですが、目標人数が30~40人だったところ、60人ほどまで増やしました。まだイベントの名前も知れていなかったときの話です。

時間がなくても、難しいと思われても、集客のために全力投球する。当日でも頑張って10人規模の人を集客する。そのようにして、任された仕事に対して尽力してきました。とくに、ウェブやSNSでの集客で実績を積み重ねてこられたと思います。

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著者プロフィール

助っ人編集部

助っ人編集部

起業家を増やし、一緒に世界を楽しくするべく立ち上がった助っ人編集部。 起業家、起業を志す全ての方へ、全国の有力な起業情報をお届けします。 無料会員登録をしていただくと さらに多くのコンテンツをご覧いただけます! ホームページ: https://suke10.com/

馬場 聡

馬場 聡

株式会社ウェイビー大阪支社支店長 1987年1月12日生まれ 世界各国を転々と放浪してきて、「自分には何ができるのか?」と自問自答を繰り返し、その答えが起業にあるのではないかという結論に至り、23歳の時、伊藤と共にウェイビーを創業。 会社設立後、半年間全く売上が立たず、経済的にほぼ完全に破産状態に。 それでも諦めずに続けた結果、行政書士事務所により成功。 しかし、社内の中で誰よりも仕事ができず、自責の念から、一度、ウェイビーを脱退。 その後、ITについてより深く学ぶために、株式会社エスキュービズムに移籍。 圧倒的な頑張りにより、僅か3ヶ月でアルバイトから納品部長に昇格。 それでも起業の夢を諦めきれず、株式会社エスキュービズムを辞めた後、2013年、再度ウェイビーの皆に懇願し、入社させてもらう。 そして、ウェブマーケティング事業部のプロデュース最高責任者としての道を選択。 これまで、飲食業に7年勤め、サービススキルについても絶対の自信をもつ。 2009年ワタミとサントリー共同主催のサービスコンテストでは、全国の店舗の中で優勝したことがある。 飲食業時代では「お客様を全力で大切にする」ことを学んだ。 かつては世界を放浪していた時代に、韓国のカジノで人気のあるテキサスホールデムポーカーに強い興味をもち、1年間、毎週韓国に通った経験もある。 将来の夢は35歳までにAI開発業界において第一人者となり、ディープラーニング技術の開発を行い、世界にあっと驚くものを生み出すこと。