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20代で年収1,200万円 という キャリアを捨て、海外へ転職→クビになって失業、そして海外で起業へ

ポイント
  1. 新卒でIT企業に入社後、経済の立役者の「人」に目をつけて人事の世界へ
  2. 進みたい世界への願っても無いオファーにすぐに飛びついた。
  3. 失敗は失敗で終わらさず次へのバネへ。

目次 [非表示]

オファーからわずか2分後に転職を決意

対談
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現在はシンガポールにいらっしゃいますが、まず現在までのキャリアの変遷について簡単に教えてください。

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2008年の3月に大学を卒業し、米国系IT大手シスコシステムズの日本法人に就職し、東京で法人営業の仕事をしていました。2012年に、人事コンサルティングやアウトソーングを専門に行う国内の会社から誘いがあって、転職しました。 中国で現地法人の立ち上げや経営、その後シンガポールで顧客企業の人事システム導入関連、採用支援の仕事などをしていました。その後、失業という挫折の後、2014年にシンガポールで海外エリート採用のコンサルティングに特化した会社を設立し、来年で4期目に入ります。

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元から人事の分野に興味があったのですか??

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シスコに入社する直前くらいから、人事に興味を持ち始めました。大学では経済学を専攻していたのですが、「マクロ的な観点」から日本の将来的な国力を考えたときに、日本の人口減による長期的な市場の衰退は避けられないものだと思っていました。

というのも、人口動態というのは不確実性の低いトレンドです。たとえば、50年後の原油価格などを予測することはとても難しい ですが、50年後の人口を予測することは、比較的簡単だと思います。今年生まれる赤ちゃんの数が50年後の50歳人口に直結してくるのですから、長期的な人口動態に関しては、もうすでに答えが見えているものと言えます。

当時(2012年頃)厚労省が出した試算で、2060年までの約50年の間に日本の総人口は約1/3減少、労働力人口はいまの半分ぐらいになると発表されていました。私はその分野の専門家ではありませんが、この予測の通りに進むんだろうと思っています。

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新卒でIT企業に入社した後に、人事領域にキャリアを変更したのはなぜですか?

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日本は国土面積も狭く、天然エネルギー資源なども少ないとされていたなかで、高度経済成長を支えた立役者の一つは、私たちの大先輩にあたる世代の人たち 、言うなれば「人」だったと思います。

労働力人口が半分になれば生産力も市場も減ることになるので、国力を維持・成長させていくためには 人ひとり当たりの生産性を高めることが求められます。そこで、人材育成やキャリア開発などに携わることで社会に貢献したいと思ったのが、人事領域に興味を持った最初のきっかけでした。

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転職ではなく、シスコ社内の人事部門への異動などは考えませんでしたか?

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それも考えていました。当初、新卒の営業とエンジニアを育成するプログラムがワールドワイドで走っていたので、そこの 育成マネージャーになることを数年先の目標にしていました。が、 リーマンショックの影響があって、リーマンショックの2年後くらいに、そのプログラム自体が一時解散してしまったんです。(笑)

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ああ、なるほど、、確かにリーマンショックの後は、影響大きかったですね!

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そこで、 会社の外で人事系のキャリアを積むことを考え始めました。当時は27歳だったのですが、①30歳までに人事系へキャリアを変更し、②35歳までに海外へ移住し、③40歳までに事業を自分で起こすか、どこかの企業の事業部を任せられるようになる、ということを目標にしました。

そんな時に、 2年ほど仕事でご一緒したことのある方を通じて、日系の採用コンサルティング会社から声をかけていただきました。海外展開を本格的に進める2人目のスタッフとして、シンガポールや中国への駐在を前提としたポジションだったので、「①30歳までに人事、②35歳までに海外、③40歳までに大きな事業の責任者をやる」という目標に一度にぐっと近づける、願ってもないオファーだと思って、話をもらってから2分で転職を決めました。

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2分。(笑)  転職を思いとどまる気持ちとかはありませんでしたか?

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シスコでは数多くのことを学ぶことが出来ましたし、上司や同僚も大好きでした。成績も残せていたので、「シスコを辞めたい」っていう動機は全くありませんでした。ただ、それよりも「次のチャレンジをしたい」という気持ちが強かったです。しいて挙げるなら、年収ですかね。当時27歳で、1,200万円くらいになっていたので、転職する時には600万円くらい下がりました。

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年収半分ですね。なぜそうまでして 転職に拘ったのですか?

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やっぱり、自分の長期的なキャリアを考えた時に「こういうことをやりたい」というものにぴったり一致するチャンスが目の前にあったので、チャレンジしてみたいと思いました。それに、年収が一時的に下がったとしても、数十年とあるキャリアを考えると、間違った選択だとは思いませんでした。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

株式会社ウェイビー代表取締役社長
徳島大学客員教授
世界経済フォーラム(ダボス会議)メンバー


慶應大学卒業後、23歳の時、病気をきっかけに、小学校親友4名、資本金5万円で起業。

10年間で10,000人を超えるスモールビジネス支援の実績を誇り、
スモールビジネスが、「早く、大きく、強く」育っていける01クラウドシリーズを展開。

経営、マーケティング、マネジメント論に定評があり、全国多数の経営者に慕われ、
銀行、経営者団体、上場企業などからの講演実績も多数。

「自分で稼ぐ力を身につける本」や「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書6冊。
日経新聞、エコノミスト、NHKなどメディア出演多数。

坂野 敦郎

坂野 敦郎

1984年生まれ。慶大経卒。 2008年に大学を卒業後、米国系IT大手シスコシステムズの日本法人に入社。 法人営業の基礎を叩き込まれる。2012年に国内の採用コンサルティングファームから声がかかり、転職を決意。中国に移り住み、海外事業の中核メンバーとして現地法人の設立や事業企画に携わる。 翌年、グループ会社の社長としては史上最年少で中国法人代表に就任。就任直後の拠点閉鎖やシンガポール赴任直後の失業といった挫折を転機に独立し、2014年にHAKU Pte Ltdを設立。 シンガポールで現地企業向けの採用支援や、日本企業の海外採用に特化したコンサルティング事業を手がける。採用を語り出したら止まらない。