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38歳で初の海外進出!大切なのはチャレンジ精神~言い訳をしないと決めた日から成長を続ける市川代表に聞くフィリピン起業の経緯~

ポイント
  1. 自分の力で見出した起業の原点。
  2. 新たな力を求めて海外へ。
  3. フィリピンと日本の明確に違うところ。

目次 [非表示]

独学で学び続けた起業の原点

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起業されるまでの経歴をお聞かせください。

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大学を20歳で中退して、アパレル会社の正社員になりました。大学時代から、自分が何をやりたいのか、大学で何ができるのかを考えていて、結局大学に行く意味がわからなくなってやめたのですが。自分は服やデザインが好きだからファッションデザイナーになりたいと思い、アパレル会社に入社したわけです。

オリジナルデザインの衣料品を作成から販売までしている会社で、グラフィックデザインをやるようになったのですが、誰も教えてくれる人がいなくて。日々戦いながら独学で習得していくしかなかったのですが、そこに自分の原点があると思います。

販売もしていたのですが、そちらの方はどうも向いていなくて……。それで、今度はWEBサイトを作るように言われました。当時パソコンの電源のつけ方すらわからなかったのですが、「できなかったらクビ!」と言われていたので、ただいろんな人に聞いたりしながら、がむしゃらにやっていくしかなかった感じです。やはり、このもがき苦しんだ時代に僕の原点を感じます。

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そこが市川さんの原点なのですね。

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はい。そして入社してから3年ぐらい経ち、いろいろあり会社を辞めたのですが、その時にまた次のステップを考えたときに、今まで「デザイン=芸術・パリコレ」のような感じに思っていたのですが、商業デザインとか面白そうだなあと思い始めました。パッケージングで人をひきつけ購買意欲を掻き立てる、そんな力がデザインにはあるのだと。

そんなときにちょうど妹のバイト先の広告制作会社が人を探しているということで、そちらにお世話になることになりました。1年半くらいいたのですが、印刷物の知識はすべてそこで得たという感じです。家にも会社よりもいい機材を揃えて、早く家に帰って仕事の続きをやりたくて仕方なくて、一日中ずっと仕事しているような状態でした。とにかく楽しくて、寝る間を惜しんでやっていました。

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そこからなぜ起業しようと思ったのですか?

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ふと昔の自分を振り返ることがあって。アパレルの時、売り上げが出なかったりすると、「雨が降ってお客さんが来なかったから」と、自分に言い訳することが多かったことに気づいたのです。

言い訳って麻薬みたいなもので一度使うと便利だから、ずっとそれに頼って逃げていた自分に気づいたのです。「言い訳していたら成長できない!」と思い、言い訳しないと決めました。

言い訳しないと決めてからはかなり前向きで積極的になり、印刷に関しても、本を読み漁ったり、印刷会社の見学に行ったり、できる限りのことをたくさんやるようになって、どんどん成長していくのがわかりました。

「自分でやればいいんだ!」「もっと成長できるぞ!」と思ったのが原点です。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

慶應大卒業後、23歳の時に病気をきっかけに小学校親友4名、 資本金5万円で起業。 お金がなかったため、知恵を絞った伊藤独自のマーケティング手法を多数考案。 8年間で、累計10,000件を超える起業・その後の事業支援に関わり、 全国、北海道~沖縄までコンサル先累計500社超を抱えるまでに成長。 全然売れていない(月商0-100万円)小さい会社や個人事業主の売上を 数か月~2年の間で、年商数千万円~10億円を超えるところまでに持ち上げた実績でいえば 国内でも間違いなくトップクラス。  2016年末に、世界経済フォーラム(ダボス会議)の若手リーダーとして日本代表に選抜。 2018年9月1日より、徳島大学客員教授にも就任。元LINE社長の森川亮氏推薦の「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書5冊 NHK、日経新聞、エコノミスト、夕刊フジ、日刊工業新聞、CCTVなどメディア出演多数。

市川 厚

市川 厚

大学中退し、アパレル企業、広告制作会社勤務を経て26歳で独立起業し、株式会社ライオンハートを設立。 経営者兼デザイナーとして、Webサイトや印刷物など広告物の制作会社を運営。 経営者としてマネジメントを経験しながら、現場のプロジェクトに応じてデザイナー、アートディレクター、プランナーと様々な立場を経験。 (かっこ良く書いているけども何度も倒産しかかる・・・そしてその度しぶとく生き残る) 創業10年前後からは、経営者からの相談も増え始める。 そういった案件では、経営者・デザイナーの経験を活かし、お客様経営者の実現したいことを整理し、具体的なアウトプットとして提案できる稀有な存在として頼られるようになってきた。 結果、企業ブランディングのお手伝いと提案型受託開発まで事業領域が広がって今に至る。 現在は創業メンバーに社長を任せ、株式会社ライオンハートでは会長職となる。 2016年、自社の人材リソース不足を解決し、発注スキルも高めていくことを目的に、フィリピンのマニラにアウトソーシング先としてLH&creatives Inc.を設立。 同社の社長となり、1年のほとんどをフィリピンで過ごす生活に。 プライベートではマニラ(マカティ)にある総合格闘ジムのムエタイコースで汗を流す。 そこでは、フィリピン人とのスパーリングでは連戦連敗・・・ 目下、「いかにフィリピン人に打ち勝つか!?」が仕事以上の関心事項になってしまっている。