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在22年の古参が見たベトナムの変化と「次のトレンド」~海外起業の現場から~

ポイント
  1. 地元・神戸でベトナムにふれる
  2. 低賃金目当ての進出は、もうありえない

目次 [非表示]

地元・神戸でベトナムにふれる

伊藤

まず、起業をするまでの、ベトナムとの関わりを教えてください。

浅井さん

私は地元が神戸市なんですが、近くの姫路市に当時のボートピープル、つまり難民の受け入れセンターがあって、難民申請されたベトナムの方がたくさんいたんです。それで学生時代にバイト先でベトナム人の友達ができて、そこの家族の方々とも仲良くさせてもらっていたりしました。卒論もベトナム関係の歴史をやって、卒業後はハノイに留学しました。

伊藤

地域的な面もあったのですね。

浅井さん

そうですね。ただ、なぜ留学したのかについていえば、私、大学時代は遊んでいて単位がたくさん残っていて、卒業できるレベルではなかったんですね。それが卒業間際に阪神・淡路大震災が起きて、被災した学生は震災恩赦として単位が全部出たんです。残っていた40単位、全部出ました。

ですが就職活動もしておらず、卒業即ニートみたいな状態になったので、じゃあ留学、という選択になったのです。

伊藤

留学のころから、将来ベトナム関連のビジネスに関わりたいというお考えはあったのですか。

浅井さん

それはもちろんです。留学するモチベーションとしてもね。私の場合はたまたまレールが全然なかったので、自分でやるようになりましたけど。

留学後は就職をして、97年にホーチミンに来ました。マリオット・グループのホテルを建てるというプロジェクトだったのですが、着任の頃にはもうアジア危機が起こっていて、1年足らずで帰国しています。当時はいろんな事件が起こり、大変でした。公安に立ち入られたりもしましたよ。

それからはちょうど父も脱サラしたので、地元で一品料理屋をやっていました。その間、ずっとベトナム人のコミュニティに関わりを持っていたのですが、その中で一番シンパシーがあったのが、IT技術者たちでした。

その友人たちがベトナムに戻ってベンチャー企業を立ち上げたりして、ベトナムのIT業界の黎明期を担ったのです。なので「俺にもやらせろ」ということで、2000年に私もホーチミンに渡って、彼らと一緒にベンチャーをやったり、IT業界の大きいところにいろいろ関わらせてもらって。

日本のIT企業の視察団の対応もしていたので、社長さん方から「せっかくだから開発もやれば」と。それでやらせていただいたのが、今の発端です。

おそらく日系のIT企業、特に受託型のオフショア開発企業としては私の会社が最初です。人間としても一番古い。ベトナムの在住がもう22年なんですよ。

伊藤

22年はかなりベトナム歴長いですよね。最初はどのような事業からスタートされたのですか?

浅井さん

最初にてがけた事業は、ベトナム人のIT技術者向けの日本語クラスです。神戸でベトナムのエンジニアたちと出会って、彼らがちょっとした片言の日本語だからという理由で、本当のポテンシャルの仕事をもらえていないという状況に、わだかまりがあったんです。20年前ぐらいなので、外国人というだけでもけっこう差別されますし。それで、日本語を徹底的に教えようと。

当時の生徒たちは今ほとんど、ベトナムの企業のいいポジションにいますよ。日系企業だけじゃない。IT企業のいいポジションにたくさんいます。ほぼ、どの会社にもいると思います。

伊藤

今の日系企業で働くベトナム人たちの、最初のムーブメントを作られたんですね。

浅井さん

そうですね。ただ、私はベトナムが今のように注目されるかどうかはわからずにやっていたんです。「先見の明がありますね」とかよく言われるんですが、そうではなくて、もとからベトナムにいたんです。彼らの成長、マーケットの成長に対して、私も一緒にがんばってきただけなんです。

低賃金目当ての進出は、もうありえない

伊藤

開発の拠点という形でベトナムに進出する会社は多いですが、どう思われますか。

浅井さん

オフショア開発はとにかくコストの抑制が必要なんですが、それって私の中では自己矛盾であって。ベトナム人の所得を上げるために、ベトナムに貢献するために来ているのに、彼らの所得を抑えなきゃいけない。ジレンマがあります。

ただベトナムの人件費は毎年10%上がっていますから、低賃金をあてにした進出はもうありえないんです。そのモデルは終わりにきています。そこに気づかずに「ベトナムって安いね」って出てこられている方々は、足元をすくわれるのではないでしょうか。

現に、特にIT業界ですが、出ては帰り、出ては帰りしています。撤退した話を去年だけで5、6社聞きました。ちょっと乱暴な言い方ですけど、日系のIT業界で進出されたところで、まあそうそう成功されてはいないですよ。うちも含めて。

伊藤

あまり成功される企業は少ないのですね。

浅井さん

はい。それに対して、ベンチャー系なんか特にそうですけど、コスト抑制のためではなくて、ベトナムのリソースを雇用しましょうという形。日本でチームメンバーが採用できないからベトナムで、という面もあるんですが、そういう企業からすると、ベトナム人の給料が上がったところで別に構わないわけで、じゃあがんばったやつは給料上げようとか。変な話、日本人より給料が高くてもいいわけです。

私としては、そういうのが一番成功に近い進出モデルだと思います。

ベトナムのニュータイプ、「新人民」たち

伊藤

20年以上前に初めてベトナムに行かれてからの変化を、肌で感じられていると思うのですが、いかがですか?

浅井さん

ほんとにこの1年か2年のあいだに、ホーチミンの一部の若者にニュータイプが出てきています。ベトナム人は「人民」なので、私は「新人民」と言っています。この変化は、私の中ではかなりインパクトがあります。

海外のことを、ベトナムの風習の障壁なく受け入れられる人たちと言いましょうか。例えばスターバックスの店員さんとかが近いんですけど、私の顔を見たら英語でペラペラって話してきて、私がベトナム語で返すと、ベトナム語で話す、そういう人たちのことです。

オールドタイプは、ちょっと英語を勉強している人は、私が「英語じゃなくていいよ」って言っても、英語で話してくる。逆に私がベトナム語しゃべると、「なんでベトナム語できるんですか」なんて言ってくる。ニュータイプにはそういうのが全然ないんですよ。

伊藤

他には何かありますか?

浅井さん

あとは、例えばエレベーターが開いた時に、降りてくる人を優先するとか、レジに並ぶとか。それからクラクションを鳴らさないとか、肩がぶつかったら謝るとか。ニュータイプの特徴です。

ただ、私にとっては古き良きベトナム人民が懐かしくもあって、そういう「ニュータイプ」が出てくるのは寂しい気持ちもあります。

伊藤

そういえば前回初めてベトナムに来たときに、クラクションを鳴らすのが半端なくて衝撃的でした。

浅井さん

伊藤さんはそう思われたかもですけども、ホーチミンは1人当たりのGDPが3千ドル超えているので、もうほとんどクラクションは鳴ってない状態ですよ。

まったくクラクション鳴らねえなみたいな。なんてスマートな社会になってしまったのかと。私、90年代の人民を取り戻す活動として、ずーっとクラクション鳴らしながら走っているんですよ。なんて乱暴な外国人だって非難されます。

伊藤

ベトナムの若い新しい世代の人たちは、国内と海外、どちらで働きたいと思っているのでしょうか。

浅井さん

そこはやっぱり儒教の国で家族主義なので、「最終的にはベトナムで」と言っていますね。

今、マンガやアニメのおかげで圧倒的な日本ブームで、そこから興味を持って日本語学校に行く学生が増えているんです。でも日本に留学したいという人は、ウン%いるかいないかです。しかもその日本に行きたいっていうのも、日本で働きたいとか暮らしたいとかいう強い思いではなくて、「ちょっと行ってみたい」なんですよね。

私は母校の支援をしていて、学生が足りないから留学生を入れようっていう、すごく短絡的な活動をしているんですが、だから大学でも留学生の誘致にはつまずいています。やっぱり学部の4年間、ガッツリ来る人って少ないんですよ。例えお金の問題がなくても。

そういう感じなので、これだけ日本が流行って注目されていても、それほど行きたいわけではないようです。

けど、欧米はちょっと違うかもしれないですね、アメリカに行こうと思っている人のモチベーションは、日本に行きたい人のそれとは、若干温度差があるかもしれません。

ベトナムでスタートアップを

伊藤

最後に、アジア進出を考えている日本の経営者の方々に、今後のベトナムにおけるポイントなどを教えてください。

浅井さん

AECが始まっていますし、アセアン全域に対してベトナムから物が出せる、サービスが出せるようなビジネスを展開すればいいと思っています。

それによって日本の会社が、特に日系企業としてブラッシュアップされますし、日系企業がアセアンのトレンドを出していけたら、また日本のかつてのポジションが復活すると思うんです。みんな全力で、日の丸のもとでやりましょうって思っていますよ。

オフショア開発とか、製造業の輸出確保とか、コストを削減するだけではもったいないです。現地をマーケットにして、ぜひお金を稼いでいただきたいと。もう日本の中だけでは回せないですから。

ここ近年、シンガポールでスタートアップする日本人が増えていて、バンコクでもけっこう出始めています。ベトナムでもできると思っています。次のトレンドは、ベトナムでのスタートアップとか、ベトナムからアセアン全域に発信するウェブサービスとか、そういうものになってくると思います。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

株式会社ウェイビー代表取締役社長
徳島大学客員教授
世界経済フォーラム(ダボス会議)メンバー


慶應大学卒業後、23歳の時、病気をきっかけに、小学校親友4名、資本金5万円で起業。

10年間で10,000人を超えるスモールビジネス支援の実績を誇り、
スモールビジネスが、「早く、大きく、強く」育っていける01クラウドシリーズを展開。

経営、マーケティング、マネジメント論に定評があり、全国多数の経営者に慕われ、
銀行、経営者団体、上場企業などからの講演実績も多数。

「自分で稼ぐ力を身につける本」や「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書6冊。
日経新聞、エコノミスト、NHKなどメディア出演多数。

浅井 崇氏

浅井 崇氏

Individual Systems Co., Ltd. 神戸市出身。 花園大学卒業後、ハノイ総合大学語学留学。 02年、インディビジュアルシステムズ株式会社を設立。 同社は日本から受注するシステムのオフショア開発が主事業。 東京と関西に営業拠点を置き、ベトナムでは日系進出企業向けのSI事業を展開。 創業時からベトナム人技術者の日本語教育に注力、プロジェクト管理者が日本語に対応できるのが強み。 ホーチミン兵庫県人会の世話役、ひょうご国際ビジネスサポートデスクホーチミンなどの役職も兼務する。