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ベトナムでビビッと感じたのが起業のきっかけ~海外で挑戦することの意義~

ポイント
  1. テレビで見たアメリカの社長に、ノーアポで会いに
  2. 東南アジアの“食のインフラ”を目指して
  3. 多店舗展開できる業態を開拓したい

目次 [非表示]

テレビで見たアメリカの社長に、ノーアポで会いに

伊藤  

まず起業する前のことについて教えてください。

上村さん  

僕は福岡出身ですが、山口大学の、社会人向けの大学院に行きまして。同級生も社会人。大学に行かずにバイトして遊んでみたいな生活で、将来なにがしたいかわからなくて、「うーん」ってもがいていました。

そんなとき、たまたま見ていたテレビ番組に、アメリカで起業した日本人の社長が出ていて、その人に会いに行ったんです。ロサンゼルスで現地の日本人向けに雑誌を出している、「ライトハウス」という会社の社長です。

とりあえず航空券だけ買って、ノーアポでアメリカへ行って、電話して「お時間ください」って。秘書か誰かが出て「思いを文章で送ってください」って言われて。でもノートパソコンもないし、ネットカフェもない。とっさに日本人がいそうな語学学校に飛び込んで、「ちょっとパソコン貸して」って。それでバーッと書いて送ったら、本当に会ってくれたんです。

時間を割いても先方には全くメリットがないのに、真摯に丁寧に対応してくれました。本当に感銘を受けました。世界は広い、すごい人もいるなあと。人生の分岐点です。いい出会いでした。

伊藤  

日本に戻ってきてから、なにかされたのでしょうか?

上村さん  

日本に戻ってきてからは、大学院でベンチャーみたいなことをやりました。大学に付随するような出版会社で、教科書などを売っていました。

就職先も決まって、内定式から1週間ぐらいの頃でした。その「ライトハウス」の社長が日本に来ると聞いて、「近況報告させてください」といってお会いしたんです。そしたら日本に会社をつくるって話になって、「一緒にやらないか」って誘っていただきました。それで、会わせたい人がいるって。それが日本側の社長でした。

もっと東京とか世界に行きたいなという思いがあって就職先を変更することに決めました。その後、そのまま実家に帰って「会社変えました」って。それから東京に飛んで、就職するはずだった会社の人事に頭を下げて謝りました。そのときはまだ、会社もできていませんでした。なんにもないところに飛び込んだわけです。

伊藤  

その会社では、どのようなことをされていたのですか?

上村さん  

2つの事業をやっていて。ひとつはたとえば、美容学校の学生さんをハリウッドに連れていって、世界一流の人たちに触れあわせる、そういう自分を変える体験をさせる研修プログラムを販売する事業。

もうひとつは、海外に行った人が日本に帰ってきたときの就職支援。留学している人、海外で働いている人が帰ったときの人材紹介などの事業。僕はこっちの営業マンでした。

3年半くらいして、ライトハウスの社長に「アメリカに来ないか」って誘われて、それでロサンゼルスに転勤という感じで移籍しました。でも起業しようと思い、そこは1年3ヶ月くらいで辞めました。

伊藤  

起業に踏み切ったきっかけはなんですか?

上村さん  

もともと起業志向だったのですが、最初の会社にジョインするときに「3年ぐらい」ってなんとなく思っていたんです。そういう時間軸をきっていたのも大きいですね。

あとは、僕の頭はけっこうアジアに向いていたのですが、アメリカもステップとしてはいいかなと。アメリカン・ドリームだと。日本で起業するという選択肢はなかったです。山口から東京、ひいては世界だと思っていましたから。

実際、なにをやるかも決めていて、資金を出してくれる人も決まっていたんです。アメリカには4,000校ぐらい大学があって、大学で成り立っているような田舎の町もある。そういうところを選定して、大学の近くで飲食店を展開するというビジネスを描いていました。

ベトナムへ来たら、ビビッとくるものがあった

伊藤  

そこからなぜベトナムに来られたのでしょうか?

上村さん  

東南アジアが成長していると聞いていたので、見るだけ見てみようと。ベトナムのみならず、シンガポールやタイ、カンボジアとまわりました。そしたらビビッとくるものがあって。

ベトナムは、ミャンマーやカンボジアほど未発達でもなく、シンガポールやタイほど発展してもいない。チャイナリスクなどもあって、日系の進出も増えていました。若い人が多いし、アメリカや日本に比べるとないものばかりで、可能性あるなと感じました。それにここなら、自分の資金でもできそうだなと。

東南アジア全体でくくっても、どの国も上向きのマーケットには間違いないので、ベトナム拠点でやったほうがいい。あとはフィーリングです。相対的に肌に合うのか、ご飯も美味しいし、天気もなんかいいし。

前職の同期がこっちでビジネスをしていたことも大きいです。どの国でもそうですけど、現地でやっている人の情報に勝るものはないですよね。その情報をいろいろ聞いて、いいなって思ったんです。

伊藤  

ベトナムを見に来られてから、事業立ち上げまでどのくらいですか?

上村さん  

2011年の12月に見に来て、翌年2月にはここに来ました。それで1階がオープンしたのが3月26日。2階と3階が、4月11日頃です。

伊藤  

それはすごいスピードですね! 居抜き物件ですか?

上村さん  

居抜きでしたが、ほとんど壊しています。ここの前のお店は和食屋でしたが、家賃も上がってきたのでオーナーがやめたがっているという話を人づてに聞いたんです。それで、500万なら売るよって話からはじまり、そんな出せないよっていうのがスタートでした。

当時は外国人はサービス業を営めない法律で、現地の人とかを間に挟まないといけなかったんです。だから名義を借りて。お金もオペレーションも全部こっちだけど、書類上は名前を立てて。

開業の費用は1,500万ぐらい。それも僕が全額じゃなくて半分出して、もう半分は友人です。この立地でこの額は安いですよね。4m×16mぐらいの4階建てですから。

それからロサンゼルス時代の仲間がこちらにいて、レストランを経営していたので、メニュー作りを手伝ってもらいました。

東南アジアの“食のインフラ”を目指して

伊藤  

いろんな人からサポートを受けているんですね。黒字になったのはいつ頃からですか?

上村さん  

キャッシュフロー的には初月から黒字なんです。本当にラッキーパンチで。初めてのお店がそれだったんで、それが普通だと思っていたら、まわりをよく見渡してみるとそんなことは稀で。

ここは日本人街なんですが、この場所は本当に中心部なんですよ。目の前にファミリーマートがあって、向かいのビルにも日本人がたくさん住んでいて、「とりあえずファミマ集合ね」ってなるぐらい。

でも物件の良さについての認識は浅かったので、そこは全然、戦略的ではなくてたまたまです。運がとてもよかったのです。あとは個室があるお店が少なかったのと、夜遅くまであけていたのも要因でしょうか。

僕がオープンして半年ぐらいで、日系オーナーのお店が6店舗オープンしたんです。そのあとだったらやってないですよ。タイミング的にもギリギリセーフでした。

伊藤  

というと、最初の頃で特に苦労したことはないんですか?

上村さん  

そうですね。ただ、日本じゃ起こらないような、嘘でしょっていう話はけっこうありました。オープン初日のときも、まずエアコンが全部止まる。アンペアが足りてなくて。

暑いですから、お客さんをあおぎながら「すみません」って言っていたら、今度はダクトが止まる。煙が入ってくる。急きょ発電機をレンタルして置いたら、「音がうるさい」って近隣から苦情が来て、警察も来て。初日から賄賂を払わされました。

伊藤  

最初は上村さんも調理をやっていたんですか?

上村さん  

オペレーションはしましたけど、調理はやってないです。マニュアルがないから、スタッフには美味しいか美味しくないかだけ言ったり、盛りつけが汚いとか、こうしてくれとか。砂糖の量とかも、大体こんな感じで、って食べさせて。

ベトナム人って甘いのが好きだから、管理しないと味がブレちゃうんです。カルボナーラを甘く作って「どうだ、美味しいだろ」って言ってくる。だから「違う」って言って。ここは日本人街ですから、日本人が好む味つけにしているんです。

ベトナムのイオンモールに出店

伊藤  

2店舗目はいつ頃ですか?

上村さん  

2年後です。ピザファクトリーといって、ベトナムのイオンモールに入っています。でも最初はピザではなくて、小さいカフェをやるつもりでした。1店舗目が日本人向けだったから、ローカル向けに頭を切り替えたくて。

そのイオンモールの場所が、ここから1時間ぐらいかかる超田舎なんです。誰もそんなとこ行かないっていう前評判で、イオン側はテナント誘致に困っていたところでした。

オープン前のある日「上村さん、こっちに移ってください」って、15平米だったのが、200平米の大きな場所になりました。でもメインエントランスとは反対の、もうひとつのほうの入り口の近く。

さらに、小さいカフェのつもりが、「ピザやってください」って。やってくださいって言っても、ピザやったことない。ちょうどそのとき、イタリアン・レストランを経営している福岡の先輩がよく来ていたので、ピザできますかって聞いて。それで一緒にやろうってことになって、実現できました。

伊藤  

次から次へと想定外のことが起きますね!

上村さん  

そうなんです。ですが、このイオンモールは結構人が来て、多いときは1日800人越えとかありました。さっき言ったメインエントランスじゃない入口のほうが、人の流れが多かったんです。これもラッキーでした。いまイオンモール1号店で、多分一番いい場所です。店の前はKFCだし、ナショナル・チェーンじゃないと入れないような場所。それも、ただ海外でやっているからというだけで振ってもらえたのでしょう。

伊藤  

2店舗続けて、最初からうまくいってますよね!ピザ屋さんあとは、他の店舗をオープンされたのでしょうか?

上村さん  

そういう経緯だからイケるなって思って、イオンモール2号店では抹茶スイーツカフェをやったのですが、全然入りませんでした。そもそもモール自体に人がいない。

洗いざらい言うと、7店舗オープンしたうち2軒は閉めました。今もう1店舗、損切りをして離そうかなと考えています。だから成功ばかりでもないんです。

多店舗展開できる業態を開拓したい

伊藤  

今後はどのような事業展開をお考えですか?

上村さん  

今は点でバラバラなことをやっているので、やるべきことを集中させて、同じ業態でいこうと。ビジネスを大きくするには多店舗展開が大事ですから、それができる業態を開拓する。あとはデリバリー事業を考えています。

海外でやってみて思ったのは、やはり和の業態が一番いいなと。日本人なので、一番熟知していますから。そこで多店舗展開できるような価格設定と、現地の人々の望むものを融合させる。これがまた難しいんですけどね。

伊藤  

多店舗展開というと、ベトナム内でですか?

上村さん  

いえ、ベトナムに限ってはいなくて、直近では博多でベトナム料理をやろうと考えています。ベトナムでは本当にみんなが日本に来たがるんですよ。アメリカでは全く感じなかったのですが、ベトナムではまだまだ日本が憧れの存在なんです。だからそういう、ベトナム人が行ける場所を作りたいです。

伊藤  

最後に、起業したいけど悩んでいる方や、海外でなにかやりたいという若者層に向けて、メッセージをお願いします。

上村さん  

シンプルに言うと、興味があるなら1回見てみたらどうでしょうか。それで嫌ならしなくていいし、好きならやればいい。海外が正解ではないし、日本だからいいとか悪いとかもない。まず見て、現地の人と話をして、いろんな人に会ってみたらどうでしょう。

僕も起業した当初は、やってみないとわからないって気持ちでした。だめだったら仕方ない、日本でなんかお金稼ごうとは思っていましたけどね。

「ポステ」っていうベトナムの情報サイトを元同僚とやっているんですけど、そこにインターン生がたくさん来るんです。海外で就業経験したいって。それで、昨日も同じ話をインターン生にしたんです。やってみなさいと。正解かどうか、やらないとわからない。悩んでいる時間なんて、意味ないですよ。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

1986年生まれ、横浜出身、慶應大学法学部卒業。
23歳の時、病気をきっかけに、小学校親友4名、資本金5万円で株式会社ウェイビーを創業。

10年間で10,000人を超える経営者、起業家の「売上アップ」「組織づくり」に携わる。
中小、ベンチャー企業、独立希望者が、 早く、強く、大きく成長できる
01クラウドシリーズを展開中。

2016年10月より、世界経済フォーラム(ダボス会議)の日本代表選抜
2018年9月より、徳島大学客員教授就任
2020年4月より、iU 情報経営イノベーション専門職大学客員教授就任

「自分の力で稼ぐ力を身につける本」
元LINE社長の森川亮氏推薦の「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書6冊。
日経新聞、エコノミスト、NHKなどメディア掲載も多数。

上村 隆晃

上村 隆晃

Star Dinning Joint Stock Company 山口大学大学院技術経営研究学科卒業後、グローバル人材採用支援、教育関係のベンチャー企業に入社。 米国ロサンゼルス・隔週フリーペーパー「Lighthouse」での勤務を経て、2012年にベトナムへ。 「個室旬彩炙り あん」他4店舗の飲食店経営の傍ら、ベトナム日系No,1コミュニティサイトを運営する「ポステ」CEOを務める。