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「会社を辞めてタイに行きます」~Facebookでの呼びかけからすべてがはじまった、海外起業の経緯とは~

ポイント
  1. ワーキングホリデーで各国に滞在
  2. アーティストたちの成長に喜び

目次 [非表示]

ワーキングホリデーで各国に滞在

助っ人編集部  

バンコクに来たきっかけを教えていただけますか。

清弘さん  

大学3年の時に、2年間休学して、オーストラリア、カナダ、米国に行ったんです。ワーキングホリデーで働いて移動していました。米国ではインターンをして、その経験から海外で働いてみたいなと思って。一旦日本で就職したんですが、1年半ぐらいで辞めました。アジアに魅力を感じて、アジアの中でもタイがいちばん自分に合うと思い、やって来ました。

助っ人編集部  

アジアと他の国々は何が違って見えたのでしょうか。

清弘さん  

いちばんの違いは、米国やカナダなどの先進国は、特に僕がいなくても変わらないなと思ったんです。ほとんどが出来上がっていることに加え、ニューヨークでインターンしていた時は周りが優秀な人ばかりで、僕のポジションがわからなかったんです。

助っ人編集部  

インターンは、どのようなことをされていたんですか。

清弘さん  

広告代理店にいました。業務内容は言語以外は日本と変わらないですよ。ただその間にシェアハウスに住んでいたんですが、そこがニューヨークのアーティストの人たちが出入りする場所ですごい刺激的でした。向こうで美容室を開いている人、写真家やNHKに取り上げられる人までいました。その人たちを見ていたら、そういう場所で働いていくのは、僕みたいな学生かつ未経験者には厳しいと感じました。今でも本当のプロフェッショナルじゃないと難しいと思っています。

その経験の後、アジアを周り、今成長しているのを肌で感じ、いいなと思いました。アジアは、タイ、シンガポール、マレーシア、インドにも行きましたが、その中でタイがいちばん良かったです。肌にあったし、物価も安く、タイ人がいい人ばかりでした。

助っ人編集部  

タイに行こうと思ったのはいつのことですか?

清弘さん  

26になる時だったので、2013年の11月です。仕事を辞めるタイミングで、「誕生日になりました。会社辞めてタイに行きます。誰か知り合いいませんか」ってFacebookに書いたら、30人ぐらい紹介してくれたんです。その中の1人が越さんで、越さんの紹介で日本人の投資家の方に1月に会って、3月に会社をスタートしました。

その方がもう事業アイデアを持っていて。「タイにイラストのうまい子がいるから、一緒にやっていこうよ」と誘ってもらって、事業を始めました。実際うちでは、フリーランスを含めて40人程度のクリエイターがいます。

助っ人編集部  

ビジネス視点というよりは、暮らすという感覚ですか。

清弘さん  

そうですね。そもそも僕は、ずっと同じ場所にいようとは思っていないんです。タイに一生いようとも思っていません。

助っ人編集部  

絶対にこちらで事業を立ち上げようと思ってきているわけではないってことですよね?

清弘さん  

そういうわけじゃないですね。一旦日本の会社を辞めて、こっちに来て現地のスタートアップに入ってアジアで戦える力をつけようかなと思って来たら、出会った投資家に「そんなのいいからやろうよ」と誘われました。

イラストレーターを探している日本企業は多い

助っ人編集部  

立ち上げ時についてはいかがですか?

清弘さん  

とりあえず会社を作って、通訳を入れて、一緒に採用していきました。その子たちと一緒に作りながら、友達紹介してよって徐々に広げていって、今の人数になったという感じです。タイでイラストレーターを見つけ、日本に営業というのを繰り返し行っています。

助っ人編集部  

絵のテイストは、国によって違いがありますよね?

清弘さん  

うちは、日本向けだけに作っていて、日本に住んでいる人なら誰でも知っているような大手ゲーム会社様のゲームキャラも作ってたりします。会社名は「J CREATION(ジェイクリエーション)」ってつけて日本っぽさを出し、日本の案件を描けそうな、日本の好きな子ばかりを集めているんです。

僕なんかよりも日本の最新のアニメやゲームに詳しい子達ばかりで。タイには、絵の上手い人がたくさんいますね。日本のデザイナーさんよりは報酬が安いですが、日本の案件を受注することで、彼らに高い給料を支払えることに加え、日本案件をやることが彼らのモチベーションになるので、両者にとっていいと思います。

助っ人編集部  

日本での営業は、どのようにしていますか。

清弘さん  

こちらからコンタクトを取って、僕が行っています。タイでイラスト会社やっていますって言ったら、ちょっと会ってみたいって言われる場合が多いですね。今までは中国や台湾、韓国の人が描いていたんですが、中国は特に、中国のゲーム市場の方が日本よりも予算を持ってきて、賃金も上がってきているので他の国での制作を検討している企業様は多いです。

日本だったら他社とかぶるし、中国は描かなくなってるし、他のところがないかと探している会社さんは結構あるんですよ。今は、7社か8社から定期的に案件をもらっています。完全にゲームばかりです。

助っ人編集部  

イラストの方は、みんな基本的にタイ語ですか。

清弘さん  

タイ語と、英語と日本語です。英語は、うちの大卒の子はほとんど、日本人の大学生よりはできます。加え翻訳がいるので、彼が指示書から監修内容まで全て日本語に訳すので、お客さんはもちろん日本語だけで大丈夫です。彼自身も日本に留学していたので日本の文化・ゲームについても詳しく非常に助かっています。

助っ人編集部  

現在は、どのような1日を過ごされているのでしょうか。

清弘さん  

僕は起きたらパソコンをつけて、その日のすることをみんなに連絡します。遠い子だと片道2時間という人もいたり、そもそも夜のほうが捗る子もいるので出社はフレックスにしており家で作業をしているものもいます。ただ納期管理・スケジュール管理は私が行っています。制作はタイ人クリエイターが進め、僕は彼らのわからない情報を調べ教えてあげたりというのが一日の流れです。

アーティストたちの成長に喜び

助っ人編集部  

これまでの2年半で良かったこと、学んだことはありますか。

清弘さん  

良かったことは、スタートよりもみんな絵がうまくなっていることです。うちは、平均年齢が24、5歳ぐらいですが、年を追うごとに上達します。先生がついているから描く量も多くて、日本のフィードバックも厳しいので、それを繰り返していくと、上手くなる。そして、評価されてまた新しい案件ができるのはうれしいですね。

勉強になったのは、日本にいた時よりも、リスクに対して考えるようにはなりましたね。今日来るかとか、来ないかレベルですけどね。納期に間に合うか、ここまでできるかどうか、言うことを聞いてくれるか、それに対して何をすれば良いかというのはとても考えます。

助っ人編集部  

今後は、この事業を広げて他の国に行くのか、違うことをやってみるのか、展望を聞かせていただけますか。

清弘さん  

この事業自体は、どこでも広げられると思っているんですよね。言語もいらないですし、ヨーロッパや米国とかも全然あり得ると思っています。タイでは、日本の案件を描きたいという人がたくさんいるので、それはすごいポジティブかなって。別に日本のものでなくても、ほかの国の絵を描ける子がたくさんいます。そこに出していけるように進めていければと思っています。

助っ人編集部  

タイでどこまでやるなどの目標は決めていますか。

清弘さん  

タイはもうアーティストいっぱいいるので、うまく一緒にやっていければなと思いますね。ほかの事業も今考えているんですが、それはまた別の場所でやりたいと思っています。今やっていることに関して、僕は別にここにいる必要ないんですよ。管理する人も別にいるし、先生もいるし。ちゃんと納期までに納品できればいいよって、進めていますね。

日本で悩んでいる人は、ぜひ海外へ

助っ人編集部  

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

清弘さん  

オーストラリアへ行った時、まったく英語がしゃべれなかったんです。オーストラリアへ行ったのは、色々あって。名古屋の大学に行っていたんですが、自転車に乗っていたら急にタクシーにはねられて。それで何にもなく生きていたけれど、死んだつもりで新しいことをやろうと思って。ちょうどタクシー会社から保険金も来たし、それ使って何かをやろうと思ったんです。せっかくなら一番難しいことをやろうと思い、そのときはそれが海外でした。

僕はゴールドコーストという所に住んでいて、2、3分先にビーチがあったんですけど、朝働きにいこうとしたら、みんなサーフボード持って海に行って、サーフィンしている。一緒に住んでいた人は医者で、朝サーフィン行って、帰ってきて、釣りに行くみたいな。店は全部5時に閉まって、4時ぐらいからビールを飲んでいます。動けば動くほど、どんどん人生面白くなるかなって。そこでオーストラリアの後、カナダに行って、ニューヨークでも働いて。挑戦を続けていけば、少しずつステップアップできると実感しました。

そういうことを繰り返していけば、タイで事業を起こしたり、ほかの面白いことをやってみたり、そんなに難しくないのかな。今難しいなと思っていることでも、1つずつ解決していけば、問題ないかなと思います。海外へ行った時に思ったのは、若いうちの方がいいということです。失敗しても何も言われないし、向こうの人たちからしたら、日本人は本当に若く見えるんですよ。

特に僕ワーキングホリデーを使ったんですけど、ほとんどの国で30歳までなんです。僕は仕事ばかりしていましたが、それを使って、語学勉強に行ったりとか、遊びに使ったりとかしていますね。国にもよりますが2万円程度で誰でも通るので、それを使って行けるのは、いいなと思います。特にカナダだとかオーストラリアが有名ですが、デンマークや、最近ならポルトガル辺りでも増えているんですよ。日本人だったらいいよと。

日本人は、ビザの面でも、すごい優遇されていますし、うまく使ったらいいと思うんです。だから日本で悩んでいる子とか、適当にどこかの国を選んで行ってみるといいと思いますね。

助っ人編集部  

日本にどこかのタイミングで戻るというのは、考えていませんか。

清弘さん  

あまり考えていませんね。特に若いうちは外にいたほうがいいかなと思っていて。いつか、僕に子どもができても、英語は間違いなく勉強させるし、海外の大学行かせると思うし。僕たちの10歳下ぐらいの子たちは、多分みんなそうしていると思うんですね。

その子たちが出てきた時に、「あのおっさん使えないな」「英語がしゃべれないの」「そんなことしかしてないの」とか思われるのは、すごい嫌だなと思って。それなら、若い子たちがよく分からないことをしておきたいなと思って。その方が、自分の将来にも武器になると思っています。

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著者プロフィール

伊藤 健太

伊藤 健太

慶應大卒業後、23歳の時に病気をきっかけに小学校親友4名、 資本金5万円で起業。 お金がなかったため、知恵を絞った伊藤独自のマーケティング手法を多数考案。 8年間で、累計10,000件を超える起業・その後の事業支援に関わり、 全国、北海道~沖縄までコンサル先累計500社超を抱えるまでに成長。 全然売れていない(月商0-100万円)小さい会社や個人事業主の売上を 数か月~2年の間で、年商数千万円~10億円を超えるところまでに持ち上げた実績でいえば 国内でも間違いなくトップクラス。  2016年末に、世界経済フォーラム(ダボス会議)の若手リーダーとして日本代表に選抜。 2018年9月1日より、徳島大学客員教授にも就任。元LINE社長の森川亮氏推薦の「起業家のためのマーケティングバイブル」など著書5冊 NHK、日経新聞、エコノミスト、夕刊フジ、日刊工業新聞、CCTVなどメディア出演多数。

清弘 文哉

清弘 文哉

1987年、山口県生まれ。 大学在学中に休学をし、オーストラリア・カナダ・アメリカにて就労、広告代理店インターンなどを経験。 大学卒業後は、事業会社にて人事として勤務。 その後、タイに渡り、海外で培った経験を活かし、2014年3月J CREATIONを創業