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地方起業家インタビュー

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地方起業
地方×インタビュー
福島県
2019.04.17
【福島県で起業!】福島で一番料金が高い美容室!?自分が10億稼ぐよりも1億稼げる起業家を10人育てたい!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 福島県から発信したいイケてる起業家は、(株)髪研代表取締役の鈴木和敏さんです。福島一、料金が高い美容室として有名なカミケンの創業者である鈴木さん。福島県内で8店舗の経営をし、現在はサロンワークを離れて美容室向けの経営コンサルタントとしてご活躍されています。昨年にはご自身の経営ノウハウが詰まった「脱・職人経営」をご出版されました。 1億稼げる起業家を増やしたいと語る鈴木さん。時間、利益、働き方。地方ビジネスにマッチしたその戦略は、美容室にとどまらずあらゆるビジネスシーンで応用可能なものでした。 ー早速ですが鈴木さんが美容師を目指されたきっかけを教えてください。 鈴木)もともと単純に起業したいなって気持ちがあったんです。高校生の時には将来は起業しようって決めていました。僕の父親が銀行員で、転勤族だったんですよ。学生時代は中学校を3つくらい渡り歩いてましたなので、会社員は会社の都合で振り回されるっていうイメージがありました。それが嫌だった僕はとりあえず自営業をやりたいなって考えました。 当時の僕は手先の器用さだけには自信がありました。学校の図工の成績の評価がいつも5だったんです。そんな手の器用さを活かして美容師か建築士になりたいなと考えたんですが、美容師を選んだ理由は他にも3つあります。 1つ目は当時カリスマ美容師ブームだったこと。2つ目は美容師だったら若くして独立出来そうだと思ったこと。 最後の理由はカリスマ美容師ってなんか女の子にモテそうじゃないですか。(笑) これは美容師になるしかないって決めました。 ノリで出店した3店舗 美容師になって初めて就職したのは東京の美容室でした。でも僕、すぐに挫折してしまったんです。とにかく労働条件が悪すぎて。 朝は先輩よりも早く出勤して練習、帰りは終電みたいな毎日で、休みもほとんどなかったです。それなのに給料がとにかく安い。そのうえ先輩を見ていると5年目なのにまだスタイリストデビューしていなかったりして。下積み時代を5年もやらなきゃいけないのかと思ったら耐えられなくなって、結局地元の福島に戻ることにしました。 福島に戻って地元の美容室で3年くらい働いたら、なんとかスタイリストになることが出来ました。美容師は技術職ですから、スタイリストになってからはもう一生勉強なんです。そしたら少しでも早く店持ったほうがいいよねって、カミケン1号店をオープンさせました。僕が25歳の時でした。 ーそこから3店舗まで拡大したきっかけはなんですか? はじめは一人でやっていてそれなりに楽しかったんですけど、考えていたより儲からなかったんです。忙しい割には儲からなくて、この忙しいのが50歳60歳まで続くって考えると厳しいなって。じゃあお店増やせば儲かるんじゃないかなって、起業からわずか6年で2号店3号店を出しました。ノリで3店舗目まで出しちゃったわけです。 経営者としての働き方を本気で考えるきっかけをくれた3つの出来事 ーノリで3店舗まで出されたなんて!そこから現在の8店舗に拡大するまでは順風満帆だったのですか? 2011年、東日本大震災が起きました。スタッフやお店は無事だったものの、3週間もの間、電気・ガス・水道が止まってしまって営業が出来なくなりました。実質1か月くらい売上がない状況になって、その月の給料の支払いが難しくなってしまったんです。結局、事業者貸付でなんとか支払えましたがもう一度この状況になったらと考えると乗り切る自信はありませんでした。 それまでの僕はちゃんと経営を考えずにお店をやってたんです。ただお客さんを安くかわいくしてれば儲かるかなってノリでやっちゃってたんです。でも、このままではいけないと強く思うようになりました。さらに、僕自身が結婚をひかえていたことや、手荒れがひどく、ドクターストップがかかっていたということもあって、そこから本気で経営を学んでいったんです。 職人経営から脱職人経営へ ー経営を学ばれてどのような変化がありましたか? まずは、サロンワークを減らして経営の勉強をすることにしました。脱職人経営の第一歩です。最初は不安の方が大きかったのも事実です。毎日のようにつぶれるつぶれるって弱音を吐いては、スタッフに慰められることもしばしばでした。けれど、僕が現場に立つことを減らして経営を学んでいけばいくほど、経営状態がどんどん良くなったんです。 客単価も上がって効率がよくなっていって。店もポンポン増やすことが出来て、現在では福島県内に8店舗まで広げることができました。僕が職人経営をやめた結果、会社の年商や利益が右肩上がりになって。高待遇の労働環境を実現できて、スタッフが定着するようになりました。僕自身も重要な業務だけにフォーカスできるようになって、家族と過ごす時間も確保できるようになりました。 仕事とプライベートが充実している、理想的としていた生活も手にすることができました。そんな経験をベースに書いた本が、昨年出版した「脱・職人経営」です。 ライバル不在のポジションをとれ ーカミケンが地方で成功した秘訣を教えてください。 僕が経営をあまり考えずにノリで出した店がやっていけた理由は、ライバルがいないポジションを狙ったからです。当時、深夜営業と個室での個別対応を売りにしてやってたんですよ。提供するサービスは同じでも、時間軸をずらしたことで集客がうまくいきました。アイデアひとつでマーケットは変えられるんです。 地元福島で起業を決めたのも、土地勘のない他の場所で起業するより圧倒的に有利だと感じたからです。地域の人間性や空気感を理解してるし、繋がりもあるからやっぱりやりやすかったです。あとはなんといっても福島っていい人が多いから、福島で起業して本当によかったです。 そういう意味では地元で起業するっておすすめですよね。生まれ育ったところでやったほうが有利だと思います。 自分が10億円稼ぐよりも、1億円稼げる経営者を10人育てたい ー鈴木さんの現在のお仕事について教えてください。 脱職人経営をした僕は、いつしかサロンワーカーとしての時間と経営者としての時間が逆転。完全にハサミを置いて、サロンワークを卒業したのは3年前のことでした。 現在の僕の仕事は、経営とコンサル業です。美容室経営者向けにコンサルをしています。 美容師業界は全体的に待遇が悪いんで、美容師さんたちが働きやすい待遇のいい会社を増やしたいんです。 コンサルをはじめたのは、僕自身が店舗を増やすよりも、そういう経営者を増やしたほうがたくさんの人を幸せにできるから。例えば僕の会社が10億の売上を出すよりも、1億円事業の仲間が10人いたほうが幸せになれると思うんです。今のところコンサルさせていただいて年商1億を達成できた会社は13社で、勝手にコミュニティまで作っちゃいました。「脱職人マスタークラブ」っていうんですけど。 1億稼げる仲間を100社まで増やすことが目標です。 コンサルをやって3年になりますが、「鈴木さんに会って人生が変わりました」とか、「脱・職人経営の本を読んで人生変わりました」って言ってもらえるとやっぱり嬉しいですね。こんな田舎者の美容室経営者だけど、都会の経営者の方が相談に来てくれたりするんです。 しかもそれが僕がかつてあこがれていた元カリスマ美容師だったりして。この構図は素直にうれしいですね。とてもやりがいがあります。 働く時間を減らして利益を最大化する ー鈴木さんが経営者として大切にしていることはなんですか? 僕は、現場で働く時間を減らして利益を上げる美容室経営を目指しています。それは利益を出すことがビジネスの目的ではなく、自分が本当にやりたいことを実現することが真の目的だと考えているからです。大切なのは人生をどういうふうに歩みたいかということ。 利益を出すことはただの手段であって、目的ではないのです。僕の場合、家族との時間や自分の時間が何より大切で、これを他人に左右されたくないんです。でも、それにはお金と時間に余裕が必要なんですよね。 そのために徹底的に行っていることはプライオリティセッティングです。優先順位をとにかく明確にすることを意識しています。例えば、僕が来年のスケジュールを作るとしたら、まずは家族の旅行や嫁さんの誕生日、子供の誕生日、結婚記念日なんかを必ず休みにします。 そのあとに仕事のスケジュールを入れるというわけです。 シャンパンタワー理論 ー鈴木さんの家族を一番に考えている働き方はとてもかっこいいと思います。 家庭をもったときから、何よりも大切にしてきたのは家族との時間でした。 結婚しても結局は赤の他人同士だから、嫁さんのことは一番大切にしないといけないなって思うんです。親子であれば無償の愛でおのずと繋がってると思うんですが、配偶者はそうはいかない。 僕の考えでは、大切にしないといけない人の順番は、まずは自分、その次が配偶者、そして子供、親、スタッフや一緒に働く仲間、その次にお客さん、そのあとが地域社会、国家って感じなんです。そういう順番で近い人を幸せにすればするほど、ビジネスって絶対にうまくいくと思っていて。 シャンパンタワーみたいに、一番近い人のコップに幸せをあふれるくらい注げば、その下の人にも届いてどんどん広がっていく。このことはスタッフにも常々話していて、一人一人が家族を大切にしてほしいと思っています。 ー素敵な考え方ですね。 カミケンのファンが多いことも今のお話を聞いて納得しました。地方ビジネスにおいてファンの獲得というのは一つ重要なポイントではないかと思います。 カミケンのファン戦略 ひとりひとりを大切にするっていう考えは起業当初から変わっていません。うちだと施術中はお客さんを掛け持ちせず、個室でマンツーマンの個別対応ってスタイルをずっと続けています。それは人と人との繋がりを重視しているからです。これからは人口が減少していく時代なので、集客勝負のビジネスはどんな分野でも厳しくなっていくと思っています。 ひとりひとりを大切にする理由は、ひとりのお客さんに多くの価値を提供できればお金も多く支払ってくれるということを知っているから。「カミケン」はひとりのお客さんが一年間でいくら支払うかっていう年間支払額を基準にしています。数を増やすことではなく、ひとりのお客さんと深く付き合うこと。これは地域でのビジネスでは特に重要なことだと思います。 ーこれからビジネスをはじめたいという人が、強気な値段設定で勝負するためには何が必要ですか? まずはなんでもいいから高額なメニューを考えてみるといいと思います。 例えば100万円とかのサービスを1人のお客さんが喜んで買ってくれるとしたら、どういうことが出来るか。高価格なサービスを想定して、その値段にみあうようにすることを追求していく。おのずといいアイディアが浮かんでくると思いますよ。 (株)髪研 代表 鈴木和敏さんwebサイト 福島一料金の高い美容室「カミケン」 執筆者:佐藤紗織  おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
愛媛県
2019.04.17
【愛媛県で起業!】みんなで企てる会員制のコワーキングスペースで「ヒミツキチ」をつくりたい!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 「みんなで企てる会員制のヒミツキチ」という思わずワクワクするようなキャッチコピーのコワーキングスペース「コダテル」を運営するのは、愛媛県八幡浜市の浜田規史さん。 実は「コダテル」はコワーキングスペースだけではなく、コラーニングスペースや宿泊施設とても使われています。そんな多様な場所を運営する浜田さんに起業のきっかけや地方の魅力についてお伺いしてきました。 学ぶ、働く、交流の要素を持つ「コダテル」 ーコダテルとはどんなところなのでしょうか? 浜田) コダテルは「学び場」「働く場」「交流の場」の3つの機能を持っていて、「みんなで企てる会員制のヒミツキチ」としています。 「学び場」であるコラーニングスペースはプログラミング教室やセミナーを開催する場所。「働く場」のコワーキングスペースはフリーランスの人や、会社員で起業、副業する人などが主に利用れています。 「交流の場」は宿泊機能がついた施設で、地域内の会員さんと地域外の人が交流できる場所となっています。「ここから企てる」という意味から「コダテル」という名前になりました。実は他にも、「子が立つ」などの意味も含まれているんです。 ーひとつの場所に3つの要素があるなんてすごいですね! コダテルは2018年の1月にオープンして、ちょうど1年が経ちました。 「学び場」「働く場」「交流の場」の事業のみに止まらず、20名ほどいる会員さん同士で事業を行ったり、商品開発やプロモーションビデオを作ったりと、様々なことを行なっています。 地域の活動に対して、地域外の人が来たときに一緒にやったりすることもあるんですよ。 コダテルでは、たとえばプログラミング教室が開催されていても、少し離れた他のフロアではフリーランスの人がパソコンで仕事しているように、お互いが交わるような空間になっています。 やりたいことを企てることをもっと自然にしたい ーそもそも創業のきっかけはなんだったのでしょうか? 僕は小学生のときから企画を立てることがすごく好きだったんです。僕自身もそうだったんですけど、今は個人の時代と言われているのに、上司の目や会社の看板を気にして「やってみたいけどできない」ということが多いと思うんです。 「やりたいことを企てることをもっと自然にしたいな」と想いが強くありました。起業などをするとなるとお金が必要になることもあると思うんです。でも、お金を借りること自体のハードルが高いんですよね。 これは僕が金融機関に勤めていたときに感じことなのですが、実際にお金を借りに来る人は、すでにある程度計画ができているんです。だけど、その前の段階の「ひらめき」の部分をサポートする場所や機能がないので、そういった場所を作りたいなと思いがあって、コダテルを作りました。 今は旅をしながら仕事をしている人も増えているので、そういった人の拠点になったらいいなというのもありますね。 商売の楽しさを教えてくれた地元に恩返しがしたい ー愛媛出身の浜田さんは県外の大学卒業後に帰郷されていますが、地元に戻るつもりだったのでしょうか?   大学在学中から、卒業後は愛媛に戻ろうと考えていました。 高校生のときに部活動の一環として、商店街にお店を作る活動があったんです。その中で商売の楽しさや難しさを知ることができたので、地元に恩返しができたらいいなとは漠然と思っていました。 でもそのときはまだ「コワーキングスペース作ろう」とか具体的なことはまだ考えてなかったですね。大学在学中にインキュベーションセンター(起業や創業をするために活動する入居者を支援する施設)で起業家の方にたくさん会ったんです。そのときに、「地元に戻らず東京とかで起業しても面白いかな」と考えていた時期もあったのですが、やっぱり「一度地元に帰りたい」という想いが強く、愛媛に戻りました。 地方で起業するメリット&デメリット ー地域で起業することの良さはどんなところだと思いますか? 地域で起業することのいいところは、自分のホームなので知っている人が多いことですね。金融機関に勤めていたときに取引のあった個人の方も、いまだに繋がりがあります。助けてくれる人が近くにたくさんいて、すごく助かっています。他にも広報誌に載せてもらったり、近所のおばちゃんがゲストハウスの布団を干してくれたり、さりげなく支援してださることが多いですね。 ー逆に悪いところはどんなところでしょうか? 悪いところとしては、コダテルのある八幡浜ではそれほどではありませんが、地方では新しいビジネスに対して拒絶反応を示す方も多いという現状があります。 たとえば、新しくラーメン屋ができるとなればみんなすぐわかりますよね。でも「コワーキングスペース」と言っても「コワーキング」という言葉を聞いたこともない人が多いから、それが何なのかわからない、というようなことが起こってしまいます。 なので、概念から理解していただく必要が出てきます。そういったときは言葉を変えて「学習スペース」や「習い事」のようにわかりやすく伝えるようにするといった工夫をしています。 あとはやっぱり人口ですね。特に若い人が少ないことが不利になってしまうことはどうしてもあります。僕の場合は地元だったのでいろんな人との繋がりがありましたが、地域との繋がりがないまま地域で起業するのはハードルが高いかなと感じます。 ー運営する上でうまくいかなかったところはありますか? コダテルはプログラミング教室から宿泊までいろんな機能が盛りだくさんな場所です。 それらが同時平行なので、どれも中途半端になってしまった時期は大変でしたね。オープンしてからの1年間の中で事業を雇用やインターン、もしくは業務委託などで一つでもどこかに任せられるようにしたいと思っていたのですが、まだできていないという課題があります。 本当に注力するべきところに注力できなかったので、体制を整えておけばよかったなとは思いますが、難しいですね。 あとはオープンしたときにWEBだけではなく、紙媒体にももっと広告を出しておけばよかったなというのもありますね。 コダテルは小さなことでも大きなことでも全力で応援します ーコダテルの売りや魅力はなんだと考えていますか? コダテルに来てもらえたら、ぼくを含めてスタッフ、メンターさんがあなたのやりたいことを実現するために全力で応援する、あらゆる方法で応援するというところが売りですね。やりたいことというのは、起業や事業を作ることのような大きなものでなくてもいいんです。来週行く家族旅行の行動予定表を作ることのような、どんな些細なことでも立派なやりたいことですよね。 たまたま東京から来た人がコダテルに泊まって「こういうのあるよ」「こういうのどう?」というふうにアイデアが出てきたりすることもあって、地域外の風を吹き込めるのが面白いですね。 ーコダテルがあるのはどんな場所なのでしょうか? 愛媛県の八幡浜市は港町で、コダテルの前もすぐ海になっています。暖かいし、新しいことに挑戦する人が多い地域なんです。四国で最初に電灯が通ったり、愛媛県で最初に銀行ができた場所でもあって、昔から我先にと動いていた地域なんです。 今でもその雰囲気が残っているので、新しいことへ挑戦しやすい環境ができているんですよね。やりたいと思っていることがあったら絶対にみんな応援してくれるので、ぜひ気軽にコダテルの扉を叩いてほしいですね。 ーコダテルの施設はもちろん、愛媛県の八幡浜という地域全体がすごく魅力的ですね。今後コダテルをどうしていきたいというのはどう考えていますか? まずはコワーキングスペースの会員さんの数を増やしたいですね。今は20人ですが、50人くらいを一つの目安に。 既存の会員さんのコミュニティを活性化させて、会員さんの満足度、居心地の良さを上げられるように考えています。そして、会員にならなくてもまずはファンになってくれる人がどんどん増えたら嬉しいですね。学び場であるコラーニングスペースは、親御さんへプログラミング学習の必要性などをもっと伝えていきたいですね。 交流の場となる宿泊施設は東京や都市部から来て、仕事をするような人たちを引き込みたいです。観光で来ている方より、旅をしながら働いている人のもう一つの拠点となるようにというイメージです。 これらの今行っている事業のことだけではなく、コダテルとしてできることをもっと増やしていきたいですね。たとえばシェアカフェや会員さんのものを売るネットショップだったり。今ちょうどスタッフやメンターを入れるために動いているので、これから人員的にも厚みが出てくるのかなと思ってます。 興味のある方は、ぜひ一緒にやりましょう。 ー他の地域との繋がりはどのように作っていていますか? 嬉しいことに、広報誌やWEB掲載などで地域外の方や企業さんから問い合わせしていただくことも多いですね。東京で仕事をしている愛媛出身の方がコダテルをSNSなどで見つけて、「新しくこんな場所ができたんだ」と戻ってくることもありますね。これは想定してなかったのですが、けっこうあるんですよね。 Twitterなどでも積極的にコミュニケーションを測ることも心がけています。 今後は地域内の企業・団体とのコラボも仕掛けていきたいですね。 執筆者:伊藤美咲 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
茨城県
2019.04.17
【茨城県で起業!】人づくりから、まちづくりへ。つくばの未来を作る挑戦!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 つくばを拠点に、行政のコンサルティングやまちづくり、コワーキングスペースの運営のほか、筑波大学生向けクラウドファンディングプラットフォームを運営する一般社団法人TFFの理事も務める堀下さん。昨年には二社目となる「合同会社for here」を設立し、2つ目のコワーキングスペースをつくば駅前にオープンしました。 ―早速ですが、堀下さんが起業を考えた経緯について教えください。 堀下)僕、1年浪人しているんです。その時、予備校の生物の先生にすごくお世話になっていて、こういう人になりたいなと思いました。 その人は自分で塾を経営しつつ、大学の客員教授をやりながら、僕の通っていた予備校に週一で来ていました。経営者であり、自由でした。そうした生き方がいいなと思い、自分も起業家になりたいと思いました。 その後筑波大学に入学したんですが、その時から起業したい、お金を稼ぎたい、塾を作りたいと思っていました。なので、1年生の時に、ベンチャーの塾に企画書を持っていったところ、「それウチでやりなよ」と言われて、そのままその塾にジョインしました。 ―今コワーキングスペースの運営をしている堀下さんからは想像しづらいですね。 そうかもしれないですね。ですが、そんな1年生の3月に東日本大震災が起こりました。 筑波も震度6強で2回揺れて、ライフラインが止まり、スーパーやコンビニからは物がなくなりました。そうした状況に直面した時、「あぁ、お金があっても人は案外簡単に死んでしまうな」と思ってしまいました。 そこから、人と人とのつながりが大事なんじゃないか?と思い、コミュニティデザイン領域に入っていきました。 2年生の時に塾の執行役員とは並行しつつカフェを立ち上げ、3年生からはフリーランスとして開業し、商店街の活性化に取り組み始めました。 その後、休学したタイミングで塾は辞め、行政コンサルティングの仕事を受けながら下地を作り、休学2年目に、1社目となる「株式会社しびっくぱわー」を起業しました。その会社では行政のコンサルティングや筑波大学前のコワーキングスペース「Tsukuba Place Lab」(以下、Lab)の運営をしており、今は2社目の「合同会社for here」を江本という共同代表と立ちあげて、つくば駅前のコワーキングスペース「Up Tsukuba」の運営もしています。 ―大学生の起業は、筑波では多いんでしょうか? 大学別の起業家数で言うと、東大・京大についで、筑波大は3番目に多いとは言われています。 実際、筑波大でも起業家を生むようなプログラムが単位認定されていたり、地銀が大学生向けのプログラムを提供していたり、バックアップはかなり強いんじゃないでしょうか。 何かを始めようという時は、僕も理事をしているTFF(筑波フューチャーファンディング)という筑波大生向けのクラウドファンディングプラットフォームがあり、キュレーター的な立ち回りで、最初の資金調達やアーリーステージまでサポートをする体制もあります。 もともと、つくばは研究学園都市として国の計画で出来上がりました。 国立が30ほど、民間も入れると約3百の研究所があり、人口23万人に対して、博士号を持っている人が8、9千人、研究者が約2万5千人、筑波大生も1万2、3千人、140か国からの留学生や研究者がいるので、やはりそういう下地はあると思います。 今まであまりイノベーションが起きなかったのは、各研究所内にそれぞれが孤立していて、なかなかビジネスマインドには向いていなかったからです。 慶応・早稲田のような資金調達をゴリゴリにやって半年スパンで一気にexitまで行くようなITベンチャーではなく、特許や知財をどう扱うかまで含めて、10年、20年スパンで育てるビッグベンチャーが、筑波の気質に合っているんだと思います。もちろんいろんなタイプはありますが、研究所発ベンチャーならそっちを狙うべきで、そういった文脈が近年はうまく合致してきているのかな、という印象があります。 ―今まで閉じていたものが、ここ最近ベンチャーとして始まることが多いのは閉じていた部分が少しずつ開かれてきたということなんでしょうか? そうだと思います。ひとつは、純粋に協定の組み方が多様化してきています。 筑波大の場合、大学発ベンチャーと言っても先生が起業するケースも多いです。例えば、筑波大学学長補佐兼、ピクシーダストテクノロジーズ代表取締役の落合さんが、大学と組んでいる契約もすごく面白いです。 落合さんは大学の先生ですし、ご自身のゼミも持っていますが、実は大学に雇用されているわけではありません。彼は、ピクシーダストの代表取締役として筑波大学と契約を結んでいて、彼の知財は全てピクシーダストに所属して、大学には付属させていません。 その代わりに、第三者割当で株を増資するときは筑波大が優先的に買う権利があり、大学としては、落合さんの研究が伸びれば伸びるほど、株を先に買うことができるから利益を上げられる、落合さんも知財を自分の会社に有せるからどんどん増やしていけるっていう利害関係を結んでいるんです。 これは時代の最先端ですし、行き過ぎているかもしれないですけど、でもそういう兆候が少しずついろんなところで生まれているのを感じます。やっぱりこうして開いていかないと、ビジネス的にスケールしないっていうのはどこも分かっていることだからこそ、少しずつ規制緩和が進んで、表に出てきているのかなって印象は受けています。 ―私立大学なら分からなくもないんですが、国立大学でそれができるのがすごいですね。 その他の分野でも規制緩和は進んでいるのでしょうか? スタートアップという面で言うと、つくば市が今年度スタートアップ推進室を立ち上げて、行政の中に、起業してexitした経験のある人を雇入れるというかなり先進的な取り組みをしています。 それに、行政の若さはあると思います。市長もまだ39歳、副市長が28歳。当選したのは26歳で当時最年少の副市長でした。 筑波は出る杭を打つ人が少ないと思っているのですが、それはやっぱり今の研究学園都市ができてからはしょせん40年しか経っていないので、みんなビギナーなんです。だから新しい人、若い人が来て新しい取り組みをしていることに反感を持つ人は少ないかもしれないですし、社会増減が激しい町なので、風通しはいいのかもしれないです。 23万の人口に対して毎年2万人が出入りしているのが日常です。筑波大が毎年2500人ほど入ってきては3千人くらい抜けていくのをずっと繰り返し続けているし、お仕事で大人が出入りすることもかなり多い。歴史・文化がいい意味でないので、なにか始める時にその人を叩くような人は少ないのかな、と思います。 ―お話を聞いていると、筑波はいわゆる地方というような印象ではないように思います。 地方ではあるけど、東京が近いですし、地方っぽくはないのかもしれないですね。アクセスなんでしょうか。つくばエクスプレスで秋葉原まで45分で行けますし。 僕も熊本出身なので、地方の感覚はすごく分かります。 僕は仕事で札幌によく行くんですが、札幌は200万都市で人口規模、経済規模で言えば大都市ですが、東京と遠いというだけで地方だというのは感じます。 つくばなんて人口は札幌の1/10ですが、東京とのアクセスだけで持っているアドバンテージはあるな、というのは確かに思います。 ―今のところ東京で起業する人が多く、地方での起業も注目され始めていると思うんですが、つくばはその中間にあるような印象を受けました。そうした状況の中、つくばで起業することのメリットと課題はなんだと思いますか? なにで起業するかにもよると思うんですけれども、今筑波で起業して最大の恩恵を受けられると思うのは、テック系スタートアップか、ものづくり系です。 テック系に対しては、行政も各研究機関もアクセラレータプログラムを用意していたり、繋ぐ先がかなりあります。筑波のアクセラレータプログラムで優勝したチームがそのままIVSへの出場権を得られるような協定を結べるように、僕も今サポートを進めています。 そういう風に、起業した出口は提供できるようになってきていますし、特にテック系スタートアップ向けはかなり充実しています。 あとは、ものづくり系です。例えば水中ドローンの会社は水中で実験をしないといけないけど、なかなか実験地がないんですよね。あっても、すごくお金がかかる。ですが、つくば市がそこを規制緩和して、市で有している貯水池を無償提供して実験をできるようにするなど、そういった規制緩和は、市がかなりテコ入れしています。 あとは、なにより製造ラインとして面積を必要とする時に、地方なので純粋に地代が安いです。東京と比べれば土地は余っているので、面積を要するような企業体はメリットがあるかと思います。 課題でいうと、東京と比べて人材の密度は低いです。起業家同士や投資家と出会う確率はやっぱり低い。 ですが、それに対しても今いろんな人がテコ入れしています。民間であれば僕らが、行政であればスタートアップ推進室、研究所だったら産総研のアクセラレータプログラム事務局などが動いています。 ―地方だと、その立場を担うような人が少ないように感じます。 まさにそうです。鶏と卵のような話になってしまうんですが、その役割は大事とはいえ、地方では仕事にならないんです。そもそも起業家がいない中で、繋ぐ仕事がしたいですと言ってもなかなかできない。密度が低いとは言いつつも、筑波は今起業への機運が高まっている転換期だから成り立つお仕事だと思います。 ―そういう意味でも、実際にコミュニティの空間を持っているのが強いと感じます。 これまでの活動をするなかで、意識していたことはありますか? 僕の仕事は売り上げで言うと、行政のものが中心です。市と連携してスタートアップを推進していくとか、県と一緒に創業支援をやっていくとか、その枠組みに僕自身が入っているので、Labはコミュニティとしてあればいいと思っています。 昨年オープンしたUp Tsukubaもですが、それをビジネスとして回転、展開させる先を今は作っているので。 Labが7時から23時まで開いていて、必ずスタッフがいる状態にしているのは、人と人とをつなぎ、新たな価値観に出会って、意見を自由に言い合いながら成長するための場を提供したいからです。それには、つなぐ人が必要だから必ずスタッフがいるようにしています。 お金は取らないと無責任になるので、無料の場所は運営したくないと思っていたんですが、お金が理由で機会を得られないのは嫌なので、学生は300円、大人もいろんな人が来てほしいから500円で自由に使えます。貸し切りも4時間3,000円で貸している上、企画や広報も手伝います。 僕は純粋に、「やりたい」を応援したいんです。。 10億の資金調達も応援したいけど、初めてのおつかいとかも応援したいし、不登校児もなんとかしたいと思うし、障がい者の方にも来てほしい。どれも一つの生き方として応援したいので、スタートアップ支援や場づくりは、僕にとっては一つのツールなんです。 なので、いろんな場を展開したいっていうのはあるかもしれない。もしかすると、コワーキングスペースじゃないやり方があるかもしれない、飲食のほうがいいかもしれないし、映画館のほうがいいかもしれない。それをつくばでやってみたいと思います。 ―なるほど。最後に、堀下さんの今後の目標を聞かせてください。 僕は、短期のリターンより、長期のリターンが欲しいと思っています。目先に利益より、それが10年後、20年後に違うかたちで帰ってきたらいいと思います。 一つ具体例で言うと、昨年度Labを利用してくれていたすごく優秀な子がいるんですが、彼はジンジャーエールをいつもLabで飲んでいて。そしたら卒業して大手IT企業に就職してから、毎月Labにジンジャーエールを送ってくれているんです。それ自体はすごく小さいことかもしれないですが、その積み重ねだと思っています。そういうことを掘り起こしたいです。 関わるみんなのその先までを見たいです。それが複合的に重なった時にまちがどうなっているか、ひいてはまちの文化を作りたいです。 たしかに、まちは建物だけでなく、人がいて初めてまちになっているわけですもんね。堀下さんは、人をつくることから、まちをつくる、まちの文化をつくっているんですね。 本日はありがとうございました。 執筆者:北嶋 孝祐 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 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地方×インタビュー
岡山県
2019.04.17
【岡山県で起業!】若者の集まれる場所をつくりたい!岡山のカフェから広がる夢
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 岡山県でカフェ事業を始めとしたビジネスを展開する、小田墾さん。中心事業である、うのまち珈琲店の「クレームブリュレの季節パフェ」は美味しくてインスタ映えする、看板メニューです。昨年12月には奈良県に2号店をオープンさせ、今や岡山の枠を飛び越え活躍中の小田さん。 「岡山の知り合いの数は、同世代に比べて多い方だと思う」と話す小田さん。そんな小田さんが岡山で起業され、なぜ県外に進出されたのか。うのまち珈琲店・奈良店でお話を聞いてきました! ー今日はよろしくお願いします!いきなり質問ですが、小田さんは高校卒業後、最初は就職されたのですよね? 小田)元々は進学を考えていました。大学名は伏せますが、「食堂から海が一望できる」という理由で行きたいと思っていた大学の偏差値が低く、三者面談で親に大反対されて。それで「じゃあ進学はしないでいいか」と考え、求人誌で見つけた適当な会社に入り、営業の仕事をしていました。その時点では、飲食店を始めるとは全く想像もしてなかったですね。 今で言う超ブラック企業で、朝一で出社して終電で帰るけど、完全歩合だから結果が出ないと給料がゼロ円の環境でしたね。「もう一回やれ」って言われたらやれないですけど、がむしゃらに仕事をやっていた期間は割と楽しく、その時に得たものは結構大きいなと思います。 ーでは、起業のきっかけは何だったのでしょうか? 高校を卒業して、1〜2年すると僕みたいに高卒で働いている者同士で会う機会が増えてきました。夜な夜なファミレスに集まり、「うちの会社がさ〜」と仕事の愚痴を言い合っていました。それが次第に「じゃあ、俺たちで会社作っちゃう?」と夢物語に変わっていきました。ただ、本当にやろうってなった瞬間は覚えておらず、「なんかお金稼ぎみたいなことはできるだろう」とふわっと始まりました。 ーその後ファミレスで語り合った仲間たちとは、どのようにして起業したのでしょうか? 最初に始めたのは、当時全国的に流行っていたフリーペーパーを作ることでした。岡山県内でもいくつかフリーペーパーが発行されていたので、まずはどうやってフリーペーパーが成り立っているかを調べました。当時はスマホがなかったので、パソコンを使って「広告をとって、印刷代を賄っているんだ」と知識を得て、友達3人と意気投合して始めました。 ただ、フリーペーパーだけでいきなり生計が立つとは思っていなかったので、まだ仕事は続けていました。みんなで休みを合わせて取材をしたり、街角スナップを撮ったりしていました。最初はトントンもしくは労働分赤字でしたが、知り合いの人が広告を出してくれて、何とか数冊発行することができました。 ーその後フリーペーパーからカフェへと切り替わるきっかけは何だったのでしょうか? フリーペーパーを何冊か発行していると、メイン企画のネタが無くなってしまい、どうしようかと会議をしました。そこで出た案が、「お店を作って、その過程を記事にしたら2〜3冊分くらい持つんじゃないか」という考えでした。物件探しから、工事の様子、オープンの告知までフリーペーパーですれば、ネタになる上、お店の宣伝になるから、やってみようとなりました。 ーこの時点でお店の業態はカフェと決まっていましたか? いえ、まだ決まっていませんでした。3人のうち、1人のお父さんがラーメン屋やっていたので、ラーメン屋の案もありました。 ーでは、なぜカフェに決まったのでしょうか? フリーペーパーを作っていた時に、いろんな人とのつながりができました。当時SNSといえばmixi全盛期でしたが、今ほど人とつながるのが簡単ではない時代でした。mixiの世界観でしか人とつながれない時代の中で、フリーペーパーに載せていた連絡先にメール頂いたりして、そんな状況を面白いなと思いました。 それでお店をやるなら「人とつながることができるお店にしたいな」と考えました。ラーメン屋さんの話に戻るのですが、「そういえば、ラーメン屋さんで店員さんとじっくり話したことないな」と思い、いろんな人とつながる目的だったら、カフェの方がいいんじゃないの、という結論になりました。 ー小田さんがそこまでして人とつながりたい理由ってなんですか? もし店が潰れても、知り合いがいっぱいできれば1人くらい「うちの会社来る?」と誘ってくれる人がいるのではと考えていたからです。笑 ーカフェを開業してみて、どうでしたか? 文化祭の屋台レベルのノリでお店を構えてしまったので、オープン初日に「カフェラテってどうやって作るんだ?」と言いながらパソコンを叩いていました。それと友達のたまり場化して、気付いたらテレビとプレステが持ち込まれて、ゲームセンターみたいになってしまいました。後に飲食業界の先輩にそのことを話すと「俺は、信長の野望やってたわ」と返ってきました。ちなみに、僕の場合はウイイレを一生分遊びました(笑) けれども、実店舗を持った影響は大きかったです。「めちゃくちゃなお店が、岡山のはずれにあるらしいよ」と多少なりとも話題になりました。今もお世話になっている経営者の方とも1店舗目のカフェがきっかけでつながることができました。ただ、経営的にはめちゃくちゃで赤字続きでしたが、勉強代としてはものすごくいい投資をした、と思いたいです。笑 最初のお店はなんだかんだ、2年続きました。僕自身はカフェ運営が楽しかったのですが、3人の方向性の違いから、解散を決意しました。いろんな人から言われてはいましたが、友達と一緒にビジネスをするのは、リスクが大きいことを実感しました。 ーでは、友達と別れた後の展開を教えてください。 岡山の街中に移動して、僕一人で新たにカフェを始めました。カフェをやりながら、人とつながるために地域活動には積極的に参加し始めました。そうしていると岡山県の飲食業界隈で、兄貴的存在の先輩とつながることができました。するとその先輩が市議会選挙に出馬すると言うので、選挙活動のお手伝いをすることになりました。 ーその先輩は当選したのでしょうか? はい。見事に当選し、今も岡山市議会議員をされています。先輩が出馬するというので、僕みたいにお世話になっているカフェ・居酒屋・バーのオーナーさんと選挙活動のお手伝いをしました。みんなで朝の歩道橋で旗を振るのですが、バーの人は朝6時まで働いているので、半分寝ながら振っていました。笑 先輩本人は「選挙もイベントの一つ」と捉えていたらしく、まさか当選すると思っていなかったみたいです。開票速報もパブリックビューイングみたく、同業種の人で集まって盛り上がっていました。 その後先輩は、政治の世界に移ることになり、急遽経営されている店舗をいくつか手放すことになり、今僕が大家をしているAROW&DEPARTMENTのテナントに入っているカフェを先輩から引き継ぐことになりました。 ー同業種の先輩を選挙で当選させてしまうなんて、岡山県の飲食業界のつながり、すごいですね! 主観的ですが、岡山の飲食業はすごく仲がいいと思います。みんな集まって廃校を借りてイベントをしていましたね。以前は排他的な空気があったそうですが、先輩たちの頑張りで今の環境を作ってくれました。僕ら世代は軋轢を感じることなくやらせていただいたなと思っています。「ちょっと祭りやるから、おいで」と言ってくれるいい先輩がたくさんいる、岡山県ですね。 ー先ほど話に出てきた、AROW&DEPARTMENTの説明をしてもらえますか? AROW&DEPARTMENTは岡山市問屋町にある複合テナントビルです。元々、問屋町は卸センター街として栄えた倉庫街です。しかし卸業が全国的に廃れていくにつれて、ゴーストタウン化した街になってしまいました。   そんな街に1軒のカフェがオープンし、「倉庫リノベーションカフェ」として流行し、街全体が2〜3年でカフェ街になりました。AROW&DEPARTMENTも廃業した会社の社屋をリノベーションした複合ビルです。 僕は二代目大家なのでリノベーションしたのは、岡山で居酒屋を経営されていた先輩です。リノベーション後は、11店舗のテナントに小分けされ、美容室・雑貨屋さん・アイスクリーム屋さんなどが入りました。 ーでは、小田さんがAROW&DEPARTMENTの二代目大家になるきっかけはなんだったのでしょうか? 選挙に当選した先輩から譲り受けたカフェをやりながら、ここでもまた盆踊りなどの地域活動を手伝っていると、問屋町でいろんなつながりができました。次第に色々任されるようになり、問屋町60店舗くらいのテナント会の会長を引き受けることになりました。会長職をやっていると、AROW&DEPARTMENTの初代大家さんが海外展開されることになり、「面倒見きれんから頼む」と言われ、引き継ぐことになりました。 ーAROW&DEPARTMENTの大家になった小田さんが、うのまち珈琲店を出すきっかけはなんだったのでしょうか? 問屋町のテナント会長をしていたときに、テナントの事務局長をされていた服屋さんのオーナーさんからの紹介でした。その方から「僕の地元のショッピングモールがリニューアルするので、出店しませんか?」と話をいただきました。 理由を聞くと、僕が問屋町で盆踊りやハロウィンイベントを催していたのと同じように、玉野のショッピングモールでやってほしい、と言われました。そのオーナーさんはショッピングモールの運営会社の人に話を持っていったそうで、その会社の部長さんが会いに来てくれて、説明を受けました。 ーすぐに決心されたのでしょうか? その話を聞いたのが2017年の1月末で、ショッピングモールのリニューアルが2017年4月と言われ、「冗談強いな」と思いながら話を聞いていました。ただ、部長さんの熱量が高く、悩んだ末に2月の中旬に出店を決めました。 ーオープンまで1ヶ月半しかありませんが、どう間に合わせたのでしょうか? 急遽スタートしたので、その時の記憶があんまりないんですよ。笑勢いに任せてがむしゃらに準備して、開店に間に合わせました。 9、名物パフェ誕生 ーうのまち珈琲店の名物メニューといえば、『クレームブリュレの季節パフェ』ですが、誕生秘話を教えてください! 実は開店当初はメニューになかったんですよ。 玉野市は高齢化が進む過疎エリアなので、ディベロッパー側から若者を集めてほしいと依頼されましたが、爆発的な話題にはなりませんでした。 ショッピングモールの目の前が市役所・隣が病院という立地だったので、病院帰りのおじちゃんが点滴打ちながら、「コーヒーあるんか」と言いながら店内にやってくるんです。オープン2〜3ヶ月後はいわば、老人スターバックスでした。 ディベロッパーの人からは「前より若い人来てくれています!」と言っていただけてましたが、若者を集めるミッションを負ってきたので、流石にまずいな、と思いましたね。そこでキャッチーな新メニューを作ろうと思った時に写真映えするパフェを作ることになりました。実際パフェを始めてから、SNSに写真を載せてくれる方が増えたので、狙いたかったことがうまく、ハマったなと実感がわきました。 ーその後、今取材をさせていただいている奈良県橿原市に2号店を出店されました。なぜ岡山を飛び出す事にしたのでしょうか? 奈良に来るまでずっと岡山でビジネスをしてきました。出身が岡山なので、県内の知り合いの数は多い方だと思っています。その繋がりはお店を始める時や、続けていく上でものすごく助けになりました。 ただ僕がお店をやっていけるのは、岡山にいて、岡山の友達がお店に来て売り上げを作って、口コミもしてくれて…と思った時に、これ以上発展して行きようがない予感がしてしまいました。小型飲食店は知り合いで成立する形態が多いかもしれませんが、僕がいないとお店は成立しません。 僕はうのまち珈琲店をビジネスとしてどこでも成り立つ業態にするために、岡山県外に出て勝負してみようと思いました。地元の知り合いがたくさんいる環境は居心地良いですが、スケールするチャンスを失うのではと考えたので、それを確かめられたらなと。 ー出店先を奈良県に決めた理由はなんでしょうか? 色々ありますが最終的には、大家さんがすごいいい人だったからです。修学旅行レベルでしか奈良県の知識が無かったので、ネットでは得られない情報を長年地域に住んでいる人から得ることができればなんとかなるかなと思い、ここに出店を決めました。 ーでは最後になりますが、うのまち珈琲店のこれからを教えてください! 今後も他の地域に出店したいなと考えており、欲張りな希望ですが、地域の人や大家さんが、若者が集まる事に前向きな地域に行きたいですね。可能性を作れるポジションにいる人は限られていますし、そのような地方を僕みたいに狙っている人は割といると思いますが、チャンスがあれば出店したいですね。 小田墾さん Twitter Instagram Facebook 執筆者:吉田陽樹 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
沖縄県
2019.04.17
【沖縄県で起業!】沖縄の魅力を世界へ!フリーランスライターが伝えたいこと
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回取材させていただいたのは沖縄県でフリーライター・編集者として活動している、遠藤美弥子さんです。埼玉でツアーコンダクターとして働いているときに、度々訪れていた沖縄に魅力を感じて移住。ライターとして記事を書くだけではなく、メディアの編集長やライターコミュニティの運営もされています。沖縄での活動の仕方や地域の魅力についてたっぷりお伺いしてきました。 ツアーコンダクター時代に訪れた沖縄に魅力を感じ沖縄へ移住 ーまず、遠藤さんの現在活動内容を教えてください。 遠藤)本業は、フリーライター・編集者として活動しています。現在は、4月末までの期間限定で沖縄発のWebメディア「Feel OKINAWA」で編集長を務めていたり、「OKINAWA GRIT(オキナワグリット)」というライターのオンラインコミュニティも運営中です。沖縄を拠点にして、実家がある埼玉にも月に1度帰っています。 「Feel OKINAWA」は月に1回編集者とライターでミーティングをしていて、「こんなことやろう!」といろんな企画を出しています。1月は初詣の記事を企画して、沖縄の北から南までライター陣が散っていろんな神社に行ったり、2月は車1台で辺野古の集落とその周辺へ取材に行ったりしました。「Feel OKINAWA」の編集長は期間限定で終わりが見えているので、全力で走りきれそうですね。 ー沖縄に移住したきっかけはなんだったのでしょうか? 埼玉でJTBのツアーコンダクターとして働いていたときに、沖縄に時々訪れていたんです。その後、2年間ほどツアーコンダクターとして冬の沖縄に1〜2ヶ月滞在して旅行者を受け入れたり、本島も離島も隈なく周遊していました。 リゾートの沖縄というよりは、時間が止まったようなのんびりとしている沖縄ならではの空気感が好きですね。車で走っているとおもしろい看板や銅像のようなものを突然発見したりと、地域の文化の面白みが感じられて、沖縄に住んでみたいと思うようになりました。 もともと寒いのが苦手なのもあり、南国のように冬でも暖かいところに住んでみたいという思いがあって、沖縄にもツアーコンダクターの仕事があると聞いて移住しました。沖縄は人も面白いし、沖縄料理も美味しくて好きだし、料理のメニューにあった「ちゃんぽん」を注文すると、麺ではなく白米が出てくる独特さだったり、「なにこれ!?」という新しい発見があって深堀していくのがおもしろいんですよね。 ツアーコンダクターの仕事を経て、WEB制作会社でHTMLコーダーとディレクターを経験後、2014年9月にフリーライターに転身しました。 取材を通して知らない沖縄の魅力をどんどん知るように ー沖縄でフリーライターになってからはどのように活動されていたのですか? 東京の「株式会社CINRA」さんが運営している「HereNow」というメディアでは、沖縄のキュレーターがお薦めするスポットを取材・執筆して、自分の知らなかったカルチャーを発信するカフェや宿、ライブハウスなどに行かせてもらいました。そこでは今までとは異なる感性というか、違う沖縄の景色が見え始めたんです。たとえばコーヒーショップに取材に行ってコーヒー豆愛を語る店主の話を聞いていると、その熱量の高さに2時間くらい話し込んでしまうときもありましたね。活動の裏側にある背景を聞いてしっかりと情報を落とし込んで発信する、ライターとして仕事をする醍醐味を感じました。 ライターになって取材を通して沖縄のカルチャーやその面白さを発信していくのは、今までと別の角度から見ることができて非常におもしろいんです。気づかなかった沖縄の魅力も発見できるし、今まで興味のなかった分野も取材を通して価値や深さを知ることができました。 期間限定で編集長をしている「Feel OKINAWA」では、メディアの若手編集者の育成もおこなっていて、外部の編集者としては、普段はあまり口出しをしないデザインやレイアウトの部分にもたまに改善点を提案しています。編集者としては、ライターさんに厳しめのフィードバックをしていますが、強みを褒めたり、「〇〇さんならできるよ」と伝えてモチベーションが下がらないよう、工夫はしていますね。 沖縄と東京のスピード感の違い。相手に合わせたペースで仕事をする ー埼玉や東京で活動するときと、沖縄という地方で活動するときの違いはどういったところに感じますか? インターネットの発達によって、沖縄にいてもSNSやチャットツールで簡単に連絡が取れるようになりました。フリーライター・編集者として外部委託で仕事を受注しても、今のところは全く支障がないですね。今の時代、ライターや編集者であれば、どこでも仕事ができるのではないかなと思っています。 沖縄はネットリテラシーの普及がまだまだ行き届いていない部分を感じていて、情報や一部の技術が東京よりは、5年ほど遅れているような気がしています。私の場合、主にTwitterで東京の著名な編集者やライター、稀にインフルエンサーなどをフォローして情報収集することが多いですね。しかし、私が運営しているWebライティング講座の受講生に話を聞くと、SNSを使いこなせていない分、情報感度の低さが伺えることも。東京の人たちと比較すると、仕事のスピード感は、少しのんびりしている印象はありますね。 沖縄で仕事をするときは、チャットだけでは足りないなと思っていて、もともとの経験値やインプットした知識の情報量の違いから話が通じないこともあったりするので、テキストコミュニケーションよりは、リアルに会って話した方が理解してもらえますね。会って打合せをしたいと言う人も多いので、オンラインとオフラインを上手く使い分ける必要はあります。 沖縄や地方ではリアルで会う時間を大事にしている人が多いんですよね。ネットを介したやり取りを必要としていない人もいて、SNSを使いこなしておらず、SNSのアカウントさえ持っていない。そもそもSNS発信を必要と思っていなかったり。でも実際には、ネットで情報を発信する価値を知らないだけの人もいるので、「今からでも、Twitterはやった方がいいよ」と伝えています。 相手のスピード感に合わせて仕事をするのも大切ですね。チャットが既読にならず、数日返信が来なかったら、2〜3日後とかにリマインドしてます。そこで「なぜ返事が遅いんだろ?」と文句を言ってもしょうがないので、どうやったら相手が動いてくれるのかを考えるようにしています。沖縄のライターコミュニティでも実践しているのですが、みんなが動いてくれるようになると全てのことが上手く運び、自分の時間に余裕ができるので、相手に気持ちよく動いてもらうことが大事だなと思ってますね。 ー沖縄以外の地域の人との仕事はどうしていますか? オンラインだけで連絡を取っている場合が多いです。今はネット会議もできるし、月に1度、東京へ行くタイミングで打合せをかねて企業訪問するこきもあります。東京の人はスピード感がある人が多いので、すぐに連絡も返ってきますし、地方に住んでるからといって苦労することは、ほぼないですね。 ー沖縄のライターコミュニティである「OKINAWA GRIT」ではどのような活動をされているのですか?? 「OKINAWA GRIT」のコミュニティは運営メンバーが4名、総勢42名で活動しています。若手ライターの育成やチャレンジできる場づくりをしていて、ライターのお悩み相談やライター同士が交流できる場をと通して、仕事を生み出すことまでを視野に入れてます。 基本はSlackを使ったテキストコミュニケーションです。でも、沖縄のような地方だと、オンラインだけではコミュニケーションが不完全なので、月に1回のペースでオフ会や勉強会を開催してリアルでも会える機会を設けています。オンラインツールのZoomを使ってネット会議で勉強会もして、そういった会議自体新しい体験をしてもらうのもコミュニティの目的の一つだと考えています。 「OKINAWA GRIT」のオンラインコミュニティでは部活を5つ立ち上げていて、お題を決めて一緒にブログを更新する「オキグリnote部」、テーマに沿って写真を投稿する「オキグリ写真部」、公式Twitterを運用する「Twitter運用チーム」、いイベントページの立ち上げを体験できる「Facebookページのイベント部」、イベント情報を集めてイベント運営の体験ができる「イベント情報発信部」があります。それぞれ運営メンバー1名が統括し、数名のアシスタントを募って、メンバー全員が自由に楽しく参加できる工夫を考えて、ゆるゆると活動しています。 もっとライターさんを育てて沖縄の情報を発信していく ー遠藤さんはこれからどのように活動してきたいと考えていますか? 文章力を上達させたいと思っている若者や初心者ライター向けに始めたライター講座からコミュニティへと発展して、今後は新人ライターをデビューさせたり、自分たちで仕事を作っていきたいと思ってます。あと、せっかくWebで記事を執筆したならSNSで拡散しないと、誰にも記事を読んでもらえません。ですから、SNSで発信するチカラを身につけてもらうまでが一連の目的ですね。 発信する方法としては、「Twitterは必ず使ったほうがいい」と伝えていたら、受講生やコミュニティのメンバーが率先してアカウントを作ってました(笑)。だから、まだフォロワーが100名いない人もいて。けれども継続して発信することでアカウントの存在を知ってもらえたり、検索で誰かの目に止まったりするので、毎日継続することが大切。まずは、自分で体験してその先に何が起こるのか、発信する価値を身を持って知ることが大事なのかなと。多忙になると、Twitterの発信が止まる人も出てくるので、「最低でも1日1投稿しよう」と声をかけていますね。 自分の思いや考えを発信してもらうことで、沖縄のリアルな情報が増えていくので、積極的に発信する人たちを増やしたいといった思いは強いですね。ライターでいえば、きちんと取材をして執筆する大切さを経験してもらうために、自分たちの足で現地に行って、自分たちの手で情報を深掘りして、その一次情報を元にしっかりした記事を書いてほしいし、増やしていきたいです。いいライターを発掘したり、育成できたらメディアにも紹介できるし、ネット上にもいい記事が増えますから。 2018年に沖縄で開催したWebライティング「みやねえ講座」では、人に伝わる文章力を身につけるだけでなく、Webメディアで執筆したい人向けに3回目の講座を開催して、記事化するために必要なネタ出しから記事の構成までを落とし込んで、実際にWebメディアで記事を書いてもらいました。すべて私の編集付きなので、読み物として成立するレベルまで持っていった状態で入稿してます。今年もまた同様のやり方で講座を開催するならば、次は違うWebメディアとコラボしたいなと考えていて、新人ライターの記事を掲載してくれるメディアを探してます。毎回異なるメディアとコラボすれば、講座の存在やコミュニティの活動が広く認知されていくのと、沖縄情報の記事がほしいメディアにも貢献できるので、そこの需要と供給が一致するメディアとコラボできたら、と考えています。 関わる人たちが増えるほど、面白い化学反応が起こると思っているので、1つのメディアだけに留まらず、2つ3つと関わるメディアを増やして、いろんな相乗効果を狙っていきたい。とにかく先のことしか見てないですね。 ー最後に、地方で活動したい人に伝えたいことはありますか? いい指導者に出会えるかどうか、ですかね。やっぱり指導者の存在が大事なんじゃないかなと思ってます。ここ最近、沖縄でもデザイナーやプログラマー向けのWeb系イベントが増えてきたので、そういった講座やトークイベントに参加して考え方が変わって動き出せる人もいると思うんです。でもそういう影響を受ける指導者に出会うには、まずは外に出ないと出会うこともできないから、興味を持ってどんどん行動することですね。 そして、指導者側にいる人は諦めずに若手を育ててほしいですね。指導を受ける側の若手の目線まで降りていって、相手のペースに合わせて教えることが大切。こんな小さなことに引っかかって動けなかったのかとか、指導者側も初心に帰るというか、小さいけど大事なことが見えてきます、根気を持って丁寧に対話をして教えていかないと育たないと思っています。 若手は何か新しいことにチャレンジする機会が増えて、同時に指導する側も新たな気づきが増えていく。いいこと尽くしかなと(笑) 執筆者:伊藤美咲 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
福井県
2019.04.17
【福井県で起業!】福井の伝統工芸、鯖江のモノづくりを次世代に!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 福井県から発信したいイケてる起業家は、合同会社匠市代表の熊本雄馬さんです。会社員時代に経験した世の中に新商品を生み出す価値、鯖江のモノづくりの魅力に惹かれました。そして福井に根付く伝統技術や鯖江の技術を次世代に継承していきたいというビジョンが生まれました。福井県の職人技術を使った新商品開発から販売、福井の技術を集結した福井の匠ファッションショー、伝統工芸弟子入り体験などモノづくりに関わるプロデュースを手掛けています。 今回は、代表の熊本さんに事業にかける想いや地方で起業するに至った経緯を伺いました。 眼鏡の材料商社での経験が、起業のきっかけに ー現在の事業や起業の経緯を教えてください。 熊本)匠市では、伝統工芸やモノづくりの支援活動を行っています。 伝統技術を使った商品の販売代行と鯖江の眼鏡素材を使用したアイテムなど、開発から携わり販売をしています。また、自社で開発したもの以外でも「私が気に入り世に広めたいもの」を販売しています。 2018年に起業し、社名の「匠市」には、職人たちの匠の技を市場のように集め販売していきたいという想いを込めています。 mat 起業のきっかけは、勤めていた鯖江のメガネ材料商社でメガネ材料、技術を使ったモノづくりに触れたこと、また伝統工芸の職人と一緒にモノづくりを通じて地域貢献していきたいという想いが生まれたからです。 眼鏡材料商社時代は眼鏡に使われる金属材料、樹脂材料、メガネ部品などをメガネ工場に卸す仕事をしていました。会社は順調に売上推移していましたが、ある日突然リーマンショックが発生し、眼鏡業界の売上も会社の売上も半分ほどまで落ち込みました。 このままでは会社が業界と共倒れするのではと危機感を抱き、「自分たちの会社でモノをつくり自分たちで販売をしよう。これからは、自分たちで生きる道をつくる」というコンセプトをメガネ業界の仲間たちと掲げた活動を始めました。 鯖江メガネーランドにて 活動当初は眼鏡の材料商社だからこそできる、眼鏡材料と鯖江の技術を生かしたアクセサリーを作り始めました。2012年にはセメントプロデュースデザインさんと運命の出会いがあり会社で扱っていたカラフルさが特徴のセルロースアセテートという綿花由来の樹脂を基に「鯖江ミミカキ」という商品を共同で作り上げました。 それが、グッドデザイン賞を頂き、日経デザインを始め様々なメディアから注目を浴び「鯖江ミミカキを作った眼鏡材料商社」として知名度が上がり、会社全体の売り上げを押し上げました。 「メガネからカタチを変えたモノづくり」をモットーにノウハウや実績を積んでいたのですが、福井県には眼鏡以外にも1,500年前から続く伝統工芸もあることに気づき興味を持っていくこととなります。 そして、福井の伝統を、鯖江のモノづくりの技術を次世代に残したい!という想いが生まれ1年前に起業を決断しました。 ーものづくりに魅せられている熊本さんですが、福井で起業したのはなぜですか? 私は三重県いなべ市の出身です。福井の大学進学をきっかけに福井の人の温かみに触れ、住みやすい県でもあり、妻の実家が福井だったこともあり、福井で暮らすことを決めました。山も川もあって、豊かな自然がある。さらにモノづくりの文化が根付いている地域であることに大きな魅力を感じています。 私はヨソ者ですが、その視点が生きていると思っています。地元にいる方たちにとって、伝統工芸が身近にある生活は当たり前ですが、私は1,500年も続く伝統技術があることは地域の誇るべき魅力であると感じています。そういった地域の良さをヨソ者目線で見ることで、地域や伝統工芸の新たな気づきに繋がります。 ー高級耳かきの商品開発に携わって、今の事業に続く気づきはどこにありますか? 私は、昔からモノづくりに興味があったわけではありませんでした。眼鏡の材料商社に勤めることになった当時も眼鏡について詳くなかったのですが、仕事を通じて 鯖江のモノづくり、 職人の技術に触れていきます。そしてセメントさんや職人たちで作った商品がグッドデザイン賞の獲得につながったり雑誌に取り上げられるなど、注目され評価されました。黒子である私たちや、今まで下請けの産地で目立たなかった地域も優れた商品があれば表舞台に立てるんだと、気付かされました。 SNSやメディアを駆使して商品や技術を広めることで、販売にもつながり、鯖江のモノづくりや伝統工芸を知ってもらえる機会も創出できる、プロデューサー的な視点で取り組んでみたいと思いました。 福井のモノづくりを知ってほしい、その想いが新たな取り組みへ ー具体的になにか取り組みが生まれたものはありますか? 福井県には、経済産業大臣指定の越前漆器や越前和紙といった7つの伝統的工芸品があります。福井県の7つの伝統工芸の職人を集め、2014年に「福井7人の工芸サムライ」という若手職人グループを立ち上げました。伝統や技術を継承するため時代の流れにあわせ、産地の枠を超えたコラボやイベント等を企画、発信しています。 県内はもちろん、全国規模の新聞、「ガイアの夜明け」に取り組みを取り上げていただき知名度が上がりました。活動している職人たちも、伝統工芸に対する問い合わせが増え忙しくしているようで、広く知っていただいたことによる効果を感じています。 ー現在は、商品をどのような形で訴求されていますか? 鯖江市の協力のもと、ふるさと納税サイトで漆タンブラーなどを扱ってもらっています。 その他にも藤巻百貨店でメガネピンなどネット販売が中心となっています。 伝統工芸は30年前と比べ業界の売上や労働人口は5分の1にまで減少しています。 ネット販売だけでなく、付加価値をつけ伝統工芸を伝える、「来て、見て、触れる」という体験を通してモノづくりを知ってもらう機会をつくると同時に、しっかりと経済が循環していく仕組みが必要であると感じています。 挑戦するなら、とことん追求する ー地方起業でよいと感じている点、苦労している点があれば教えてください。 会社員時代以上に、さまざまな分野の方たちに出会う機会が増えたこと、各方面から情報が入ってくるようになりましたが、大都市と比較すると人々の目に触れるチャンス、販売経路が少ないことを実感しています。 そして私の事業は、社会貢献度は高いですがマネタイズが難しいです。 だからこそ、モノづくりの支援活動を積極的に発信し、まずは知ってもらい仲間を増やしいろんな知恵や意見を取り入れみんなが幸せな活動になることを大切だと感じています。 ー事業を行うにあたって、どのようなことを大切にしていますか? ビジョン(夢)を大切にしています。私のビジョン(夢)は「福井の伝統工芸、鯖江のものづくりを次世代に」としているのですが、これまで先人たちの想いが脈々と受け継がれてきた伝統や想いを私たちの代で途絶えさせたくないという強い気持ちがあります。ビジョンがあるからこそ、さまざまな壁にも挑戦できます。 ーこれから地方で起業をしようとする人、新しい挑戦をしようとする人に向けてメッセージをお願いいたします。 「得意なことを追求すること」が大事です。私は伝統工芸やモノづくり支援活動を尖らせることによって、いろんな方に触れてもらう機会をつくり、知名度が上がり化学反応が生まれています。ひとつだけ尖らせることに注力するといいと思います。それが利益がうむ柱になれば、なおいいですね。 あとは、地方だからこそ「発信」は大切ですね。まずは伝統工芸やモノづくりは知ってもらうことからですね。そして世の中から興味関心を持っていただき、エンドユーザーに知ってもらい気に入り、買って頂くことで事業に広がりが生まれると思います。 執筆者:草野明日香 おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
神奈川県
2019.04.17
【神奈川県で起業!】需要が高まる運送業のコンサルで地元を元気にしたい!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 神奈川県座間市で運送や物流に特化した人材採用コンサルタント、運送業、飲食店、シェアスペースを並行して経営美濃口集さん。自分が起業することで地元の活性化につばがればと話されます。そんな美濃口集さんに地元愛たっぷりの起業話をうかがいました。 ーまずは簡単に自己紹介をお願いできますか? 神奈川県の座間市で運送業のコンサル業務をメインに事業を行なっている「株式会社アスティ ASTY INC. 」を運営している美濃口集と申します。 2018年の4月に開業したので今年の4月でちょうど1年目になります。 ー運送業のコンサルってイメージがあまり湧かないんですが、具体的にどのようなことをされているのですか? 事業をはじめた当初は運送業のブランディングやマーケティングをメインにやっていこうと思っていたのですが、実際に運営していくと、人材不足に困っているという企業がとても多かったんです。求人募集を出しても応募すら無いなんてこともあるらしく… お客さんの困っていることを解決することが一番だと思い、現在は人材採用のコンサルを主に行なっています。 今、どこの業界もそうですけど、深刻な人材不足なので… 中でも運送業はネットショッピングが普及している現代においてかなりの需要があるにも関わらず、人が足りていないんですよね。 具体的なサービスとしては、組織強化のための、採用設計から育成に関わるシミュレーションやスケジュール作成の支援。ご希望される方には、面接代行、説明会運営、選考プロセスに至るまでをトータルサポートしています。 ーそもそもなぜ運送業に特化してやろうと思ったんですか? 運送業に特化したビジネスをしようと思うよりも、起業したいという思いの方が先でした。 僕はもともとスポーツをしていたので、アスリートが自分の身一つで生計を立てている姿に憧れがありましたし、自分もそうあるべきだと考えていました。 自分には何ができるのか、何が向いているのかと考えた時に、自分と同じように体育会系の方が多い運送業が向いているのではないかと思ったんです。 そこで、運送業について勉強していって、たくさんの方々の話を聞いていく中で、業界の課題を見つけ、そこにマーケットがあると思い開業しました。 ーなるほど!運送業にこだわりがあったわけではないんですね!もともと起業を考えていたとおっしゃっていましたが、起業に到るまでのストーリーを教えていただけますか? 大学を卒業してからは就職はせずスノーボードの選手として、海外の大会に出場したり、国内外を転戦していました。 起業をしたいという気持ちはずっとあったのですが、25歳の時に結婚をきっかけに一度は社会に出てみようと思い外資系企業、ITベンチャー企業に就職しました。 その後、2017年の9月から本格的に起業の勉強をはじめて、2018年の4月に運送や物流に特化したコンサル業を開業しました。 自分も実際に運送業をやってないと説得力がないと思い、運送業も同時に開業しました。 ー実際に開業してからの集客はどのように行なったんですか? 大変でしたよ! コンサルの経験も実績もなかったので、なかなか集客もできなくて… 時間もあったので、開業当初はひたすらブログを書きまくっていました。 これは、成功している起業家の方が創業当初にやっていたことなんですけえど、僕は何をするにしても成功者の完コピをするのが成功への近道だと思っているので、その方の真似をしたんですよ。 今思えば下手くそなブログだったんですけど(笑) 続けていると面白いもんで、突然立命館大学の先生と名乗る方から会社に電話がかかってきたんですよ。 運送に特化した採用コンサルっていうのが珍しいっていうことで声をかけてくださったようなのですが、何度かやり取りをして、京都で会う約束までしました。 最初は詐欺かと思いましたけど(笑)、実際に京都駅に行くと本当にいらっしゃって。 話してみると、物流などの情報に特化した輸送経済新聞に運送業社の採用に関することを掲載したいから話を聞かせてほしいとのことだったんです。 このお話をきっかけで仕事にも繋がるようになったんです。 現在も続けているブログ ーブログも侮れないですね! そうなんですよ! 今では、コンサルに関しては自分で集客することはなく、知り合いからの紹介で仕事を引き受けています。 ー運送業のコンサルという事業は、神奈川県だけではなく、他の県でも需要があると思うのですが、全国展開なども考えていますか? そうですね。コンサルのノウハウは全国に通用すると思っているので、広めていきたいですね。現在は宮城県の仙台市に営業所を出そうと思っています。 営業所を出すとしたら関東の次は大阪、その次は名古屋で最終的に福岡という流れだと思うんですが、僕はみんなと同じことがするのは好きじゃないので、次は北海道に攻め込もうかと考えています(笑) ー美濃口さんは運送業のコンサルの他にも飲食店の経営などもされていますよね?  はい。飲食店を始めたのは2018年の10月頃ですね。「TSUDOI(つどい)」というバーを運営しています。 僕の住んでいる座間市にはシャッター街のような場所があって、お店も少なくなっているんですよ。 気軽にお酒を飲めるお店もあまりなくて…1つでもお店が増えたら地域活性化にも繋がるのではないかと思って、はじめました。 名前の「TSUDOI」は僕の名前の集からとったのですが、その名の通り、現在は地元の人がたくさん集まる場になっていますね。 今は金土日曜日しか開けてなくて、他の日は事務所として使っているんですけど、できれば週5〜6日は開けられたら良いなと思っています。 他にもシェアスペースの運営も行なっています。こちらもバーと同様に座間市には外で仕事をしようと思った時に使える場所がなかったので、そういう場所を作りたいと思いはじめました。 これらの運営は利益のためではなく、社会貢献になればいいなと思って行なっています。 ーいろいろな分野で事業展開されていますね! ある意味何でも屋ですよ(笑) あまり1つの事業にこだわるということはせずに様々な分野をやってみようと思っています。 あとは、単純に僕が飽き性というのも大きいかもしれません(笑) 今は毎日違う仕事をできているから飽きることはないですね。 ー美濃口さんは、なぜ座間市で起業しようと思ったのですか? これはもう「地元に恩返ししたい」という一言に尽きますね。 僕は中学校三年生までは地元にいたんですけど、高校は仙台の方に行ったので、青春時代は座間市を離れているんですよね。 なので、ホームシックじゃないですけど、座間を恋しいと思う気持ちが強くなって愛が強くなったんだと思います(笑) コンサルの仕事はどこにいてもできる仕事ではあるんですけど、地元で起業すれば地元は少しでも盛り上がりますから、会社を起こす場所は座間以外は考えてなかったですね。 ーなるほど。では、地元で起業することのメリットとデメリットについて教えてください。 やっぱり一番は固定費が安いことですね!東京と比べたらかなり安く済ませれていると思います。これは地方ならではの利点ですね。 僕は今31歳なんですけど、座間市では僕より若くて自分で会社を作った人って商工会とかにいってもあまりあったことがないんです。 東京で31歳で起業しているっていってもそこまで目立ちませんが、地方だとものすごく注目されるんですよ。 そういった部分も地方で起業する際のメリットかなと思います。 ただ、もっと若い起業家が増えて欲しいと思うのと、やっぱり東京に比べてメディアなどへの露出も多くはないので、そこはデメリットかもしれないですね。 ーやっぱり地方での起業ってメリットもデメリットもありますね… でも僕はこの座間市で起業できてよかったと思っています。 地元のみなさんとの関わりも起業する前より深くなりましたし、バーに来てくれるお客様やコンサルのお客様が知り合いを呼んで来てくれたりするので人脈も広がりました。 他にも起業してからは前よりも地元を歩くことが増えたので、今まで見えてなかった地元の良いところが見えるようになったことも良かったことですね。 ーお話をうかがっていると本当に地元愛を感じます(笑) 美濃口さんが事業する上で大切にしていることはなんですか? とにかく”実行”することですかね。 ”行動”は、ただとりあえず動いてみること、”実行”はきちんと計画をたててから動くことだと思っています。 もちろん、最初は何もわからないのでとりあえず行動をしまくってたんですけど(笑) 今はただ行動するのではなく、実行することを大切にしています。 ー最後に地方で起業をしようと思っている人に一言お願いします!ー 僕は地方で起業する人がもっと増えて欲しいと思っています。 地方で活躍する起業家が増えることで横の繋がりができますし、それぞれの考え方や、地方で起業しているロジックなども聞いてみたいですね。 もちろん地方での起業はいい面と悪い面がありますが、マーケティングや集客をきちんと行い、その地方の良いところ、悪いところをしっかり理解した上で、悪いところを良いところに変えられる仕組みを作れば、地方であっても成功する可能性は十分にあると思います。 座間市で起業する人も増えてくれたらと思っているので、とにかくやりたいと思ったら”実行”することが大切だと思います! ー本日は、ありがとうございました。 執筆者:小柳こうき おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
北海道
2019.04.17
【北海道で起業!】長期インターンシップで「学生・若者の選択肢を増やす」
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 地域社会から日本を盛り上げようという動きが強まりつつある2019年。今回は北海道を代表して、NPO法人北海道エンブリッジの代表理事である浜中祐之さんにお話をお伺いします。北海道エンブリッジは「学生・若者の選択肢を増やす」ことをビジョンとしているNPO法人です。浜中さんのお話をお伺いしながら、起業家マインドを探っていきます。 「仕事は楽しい」と伝えたい ―こんにちは、今日はよろしくお願いします。まずは浜中さんの会社の概要をお伺いさせてください 浜中)こんにちは、「NPO法人北海道エンブリッジ」代表理事の浜中です。当法人のメイン事業は、学生と企業の長期インターンシップを総合的にコーディネートすることです。具体的には、提携企業の中に新規ミニプロジェクトを立ち上げて、そこに学生を長期インターンシップとしてコーディネートしています。長期インターンシップを通じて、学生に「仕事は楽しい」「つくるって面白い」というのを経験して貰いたいと思っています。札幌でインターンシップを普及させて、起業も含めて学生の選択肢を増やしていきたいです。 真剣に、楽しむ「北海道エンブリッジ」 他には、「Into the Local」という事業も行っています。北海道エンブリッジは札幌を中心に事業展開をしていますが、「Into the Local」では北海道庁と連携することで、札幌だけでなく北海道全域に大学生が挑戦する機会をつくっています。また、「mocteco【モクテコ】」という高校生・大学生の創業支援のためのアイディア・場所を提供し援助する事業も行なっています。 大学生の創業支援にも積極的 ―北海道エンブリッジに関して、長期インターンシップ生が新規ミニプロジェクトに関われるのは貴重な機会ですね。 その通りだと思います。これまで継続していた事業のお手伝いをするのと、新規事業に関わるのでは、経験できる内容が大きく異なると思います。実は企業の中には、新しく立ち上げたいけど人手不足で取り組めていない事業案が眠っているものです。私たち北海道エンブリッジは、そういった事業案を掘り起こし、学生・企業と我々の3者が協力して1つの事業立ち上げを行います。企業さんとの打ち合わせでも「そのプロジェクトは面白そうですね」とか「もっとこういうアプローチをした方が良いのではないか」と意見交換をしながら、設計から実現していくまでコンサルタント的な業務も継続して行ないます。この長期インターンシップ制度を通じて、学生だけでなく企業にとってもチャレンジングな企画になるように心がけていますね。半年のインターンシップの間で一定の成果を上げることを目標にしているため、3者とも必死です。時間が限られている中、必死で努力するからこそ、得られる成果物も良くなると思っています。 起業のきっかけは”インターン”に参加したこと ―なるほど、インターンシップのコーディネートを企業と学生側、両者の視点に立って行なっているわけですね。浜中さんがこういったインターンシップ事業に興味を持ったきっかけを教えてください。 そうですね、大学2年生の前半までは結構遊んでいて、飲み会・サークルを楽しむ普通の大学生でした。当時は漠然と、「社会の先生になりたい」と考えていて、まさか自分がインターンシップ事業で起業するとは夢にも思っていませんでした。2年生後半頃、「このまま社会の先生になって良いのだろうか。将来のイメージが湧かない」と悩み、それをゼミの先生に打ち明けました。すると「大人が集まっているところに参加してみたらどうだ」とアドバイスを頂き、とある会合に参加させて頂きました。その集まりで出会った広告業の若手社長の話を聞いていると、すごく面白そうで。「タダで良いから働かせて欲しい!」と懇願しました。その結果、「いいよ!」と二つ返事を貰うことができたので、2年生後半からそこでインターンシップ生として働いていました。 参加したその企業はいわゆるベンチャー企業でした。人数が少なかったというのもあって、初日から飛び込み営業をやらされていましたね(笑)でもそれが嫌だったわけでは決してなく楽しく働いていました。1ヶ月くらい飛び込み営業をしていたら、初めて「お兄ちゃん面白いから契約してあげるよ」とようやく広告が売れそうになり、会社に戻ると「契約書もお前が作れ」と言われました。実際に契約書を作って営業先に持っていくと、ハンコはあっさり押してもらえて、契約の頭金も振り込まれていました。そこでずっと高いと思っていたビジネスのハードルが、意外に身近にあることに気づきました。 インターンシップ時代の事業が新聞に掲載 この企業で数ヶ月働いた時、社内で「インターンシップのコーディネート事業を立ち上げる」というタイミングがあり、手を上げてコアメンバーとして、インターンシップのコーディネート事業の立ち上げに参画しました。自分自身がインターン生として働いていたので、インターン生と企業を繋ぐ事業は非常にやりがいを感じました。これがインターンシップに関わるようになったきっかけですね。 ―インターン生として参加していた企業で、自らインターンシップ事業に携わるとは興味深いですね!とはいえ、ずっとその企業でインターンシップを続けることもできたと思うのですが、なぜ自らNPO法人を立ち上げたのでしょうか? 実は私のインターン先の企業は、経営の方針が徐々に変わり、大学4年次に解散することになったんです。最後は社内も代表と私の二人だけになって、会社に行っても私しかいないことも多々ありました。事業をたたむ準備をしていると、大学や企業、学生から「インターンシップに取り組みたい!」と言う声が多くありました。学生のために何とかインターンシップを継続させてやりたい。そんな想いから「社長がいなくても自分だけでこの事業を続けていくことはできるのではないか」という思うようになり、社長から許可も頂けたので、既存のインターンシップ事業を引き継ぐ形で起業するに至りました。 起業をするなら今しかない ―壮絶な経緯ですね、、、。そして浜中さんの学生への真摯な気持ちが起業に繋がったのがよく分かりました。ということは一般的な就職を経ずしての起業だと思います。不安はなかったのでしょうか? そうですね、不安はもちろんありましたし、それ以上に親やお世話になっていた社会人の方からも大反対されましたね。当時は大手広告代理店への内定も決まっていたので、「就職して3年ほど勉強してから起業するのでも遅くはない」と、幾度と無く言われました。ただ自分の中では「今やりたいことがあるのにそれをやらないのはどうなのだろう」「身軽な時にチャレンジできなかったらずっとチャレンジなんてできないだろうな」という想いがありました。就職して3年も経てば結婚して子供もいるかもしれませんし、会社でもそれなりの仕事が任されるようになっているかもしれません。そうなれば、起業というリスクを背負うことに躊躇してしまうのではないかと思いました。 それならば若くてもリスクの取れる今のうちに起業しようと考えたんです。 ―実際に起業してみていかがでしたか? 今までは企業の名前で勝負できていたことに改めて気づかされました。個人で営業してもすぐには信用を得られず、最初のクライアントが見つかるまで半年間かかりました。営業する感覚や、小さくても売上を立てていく感覚は学生時代に経験できていたので、自分が食っていく分くらいは稼げるという確信もありました。半年はかかりましたが、食べて行くことへの不安は少なかったように思います。 一方で、自分が起業家としてちゃんと成長できるのか、ダメな大人になってしまわないかという不安はつきまといました。起業すると全てが自由なので、全部自分で決める必要があります。怠けようと思えば、いくらでも怠け続けられますし、目標を下げることも自由です。学生時代に一人で立ち上げるからこそ、自分が育つ環境を自分で構築することには力を入れていました。例えば、定期的に打ち合わせして頂ける先輩起業家や、日報や週報を提出すると日々の活動にアドバイスしてくれるメンターの存在もありました。学生時代にお世話になったご縁で、東京など自分のフィールドの外から札幌に来てアドバイスをいただくこともありました。 自分で好き勝手ににやりたいから起業したいという話もたまに聞きますが、僕はそうではなかったので、積極的に内外から意見を頂くようにしていました。 起業当初のワンシーン 起業初期に頂いたアドバイスで大事にしていたものがあります。それは「10年間は依頼された仕事は全部やる」というアドバイスでした。この10年は様々な仕事をやりました。仕事がよくわからない時代から選り好みしていると、自分の仕事の幅や可能性が広がりません。本当は成長の機会に繋がるのに、未熟であるが故に気づかずに断ってしまうかもしれません。判断ができるまでは全ての依頼を「やります」とした上で、必ず提案で返す。様々な事業に関われたのは良い経験になったと思います。 ―貴重な起業初期の話をありがとうございます!最近ではInto the Localという北海道全道でのインターンシップ事業を立ち上げましたね。浜中さんは北海道という地域性に強いこだわりを持っていると感じたのですが、地域で起業することの良い面・悪い面ってありますか? 僕は、起業するのに場所は関係なくなってきている、と考えています。地域で起業しようが、都市で起業しようが関係ないということです。「面白いことができているか」と思えば、東京や海外からわざわざ札幌にインターンシップに来る子もいます。移動経路が整い行き来しやすくなり、場所の障壁は超えやすくなっています。 とはいえ、北海道に拘っていないわけでは全くないです。ですが、北海道は他の地域と比較しても、海産物のような資源が豊富だったり、温泉やスキーが有名だったりと、多くの特徴を持っています。そういった「北海道ならでは」を生かした事業を展開することで、東京のような大都市とも差別化できる良い面があると考えています。 林業に挑戦する大学生 地方では「人口が減っていく、高齢化が進んでいく」という外部要因により、地域の中だけで完結する商売は縮んでいく可能性があります。しかし、地方の外とも繋がりやすい世の中ですから、面白いコンセプトで共感が生まれれば、どんな場所でも商売ができるようになると思います。その上で自分の育った地域に少しでも貢献できるように頑張っていきたい。これが現在の私の回答ですね。 次世代の起業家へメッセージ ―東京や海外から札幌にインターン生が来ているのは驚きました。「起業するのに場所は関係ない」というのも納得です。これまで多様な経験をされてきていますが、その経験を踏まえて、将来起業家を目指す若者へメッセージはありますか? 起業するなら「なぜ」を大事にしろとよく言われますが、「なぜその事業をやりたいか」という、いわゆるVISIONは、あっても良いですが、無くても構わないと思っています。 「なぜやりたいか」はやっていくうちによりクリアになっていくと思うからです。進んでいく上で磨き上げられて、最初の思いとは全く違う想いで事業をしている人も多く知っています。 私の場合も漠然と「教育に関わりたい」とは思っていましたが、最初からインターンをやって起業しようとは微塵も思っていませんでした。目の前にあることから一つ一つカタチにして、気づいたら自分の「やりたいこと」に目鼻が付いてくるのだと思います。 直感的で良いから、行動量・情報量を増やすようにすると良いと思っています。 ―最後に、今後の展望をお願いします! 今後も「学生・若者の選択肢を増やす」というミッションに注力していきたいと考えています。そのためには私のようなコーディネーションができる人材を育成することが重要です。北海道内だけでも端と端では東京・大阪間くらいの距離があるので、一人で回していくのは困難です。 最近では国が副業解禁を後押ししているので、役場や大学で働いている人のような、若者とつながりの強い方々と協力して事業展開していきたいなと考えています。若い頃の私がそうであったように、若者にはぜひ選択肢を持って欲しい。そんな若者を応援していきたいですね。 執筆者:戸谷豪志 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 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地方起業
地方×インタビュー
兵庫県
2019.04.17
【兵庫県で起業!】地元はりまで農業に挑戦!目指すは儲かる農家
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 兵庫県でいちご農家を経営されている音瀬陽一さんにお話を伺いました。儲かる農業とは?に迫ります。 金儲けが好き!から農業に ―まず、音瀬さんの今の事業を教えてください。 音瀬)加古川市の神吉町というところで、いちごをメインに栽培している音瀬技研農業を営んでいます。 高校まで、地元の学校を出ました。大学は流通科学大学の商学部経営学科です。 金儲けの話が好きで、経営の勉強がしたかったんですよね。 金儲けというと語弊があるかもですが、世の中の経済のしくみが知りたかったんです。 ―そこからどうして農業を? 大学3年生くらいのときに、兵庫県佐用町の豪雨災害がありました。 僕の母方の祖母が佐用で農家をやっていて、僕も田植えや稲刈りを手伝っていたのですが、豪雨災害で農家を辞めちゃったんですよね。 「農業は儲からへん」って言っていたのがずっと引っかかっていて。 そこで大学の卒業論文では、「農業が儲かるためにはどうすればよいか」をテーマに論文を書きました。 「農業は儲からへん」という言葉の謎解きをしたかったんですよね。 農業の物流などを調査して、儲かる農業のためには物流が鍵という内容を書きました。 その後、就職のときには農業系ばかり受けたのですが、ことごとく落ちてしまって。 結局、信用金庫に入社したのですが、やっぱり面白くなくて、信用金庫は1年半で辞めました。 そこから8ヶ月くらいニートをして、農家の道に入りました。 農家の方は「農家は儲からへん」というのに、農業という産業はずっと続いている。本当に農家は儲からないのか、試してみたくなりました。 そして、農業が続く理由も知りたくなりました。 ―なぜ8ヶ月ニートをしていたんですか? その年に地元の祭りの青年団長をしていたので、熱中するためには仕事がないという環境はちょうど良かったんですよね(笑)。 祭りが終わった後は、工場で派遣として働いていました。 その後、6月に工場の仕事を辞め、兵庫県の緑公社がやっている楽農生活センターの就農コースを1年間受講しました。 修了してから、土地を探し農業の道へ進みました。 ―なぜ、加古川市で農業を始めたんですか? 消費者との距離が近い関係のところでやりたかったんです。 兵庫県は北に上がれば農地はいくらでもあるけれども、消費者とは遠くなるんですよね。 それを考えれば、農地もあって消費者の顔も見れるのは、実家近くの播磨地方かなって。 それに、大きな農地でたくさん作るのではなく、高単価高収益でやりたかったので、少ない農地で売り上げが上がる、近郊農業を選びました。 僕は出身が高砂市なんです。なので、本当は高砂で農業がしたかったんですよ。 でも、兵庫県の職員さんから、「農業するのであれば高砂はやめといたほうが良い」と言われたんです。 高砂は農業を支援する体制が整っていなかったんですね。それでどこがいいのか考えた時に加古川市か稲美町がいいということになったんです。 土地を探す中で加古川市神吉町にいい場所があったので、そこに決めました。 いちご農家への道 ―なぜいちごを作ろうと決めたんですか? それは、赤色が儲かるって言われたからです。そこで、トマトといちごとで悩んで、いちごにしました。 ーいちごを栽培するのってそんなに難しいんですか? 僕には師匠がいるんですよ。県の事業で「親方制度」(※1)っていうものがあるんですね。期限付きの制度でしたが、今でもいろいろと教えてくれるので、いい師匠に出会ったなと思っています。 師匠は20年以上いちご一本で飯を食っている人。それで子どもを大学まで出した、尊敬できる人なんです。 僕の師匠は、「いちごは毎年1年生」ってよく言います。天候に左右されやすく、毎年課題が異なってくるんです。 だから何年育てていても、毎年新しい課題に直面するし、その都度向き合っていかないといけない。 前年のことが通用することばかりではないんですよね。 ※1:兵庫県の「就農スタートアップ支援事業」:非農家出身等の新規就農者に対する地域のベテラン農家(以下、親方農家といいます)の応援活動を支援する制度 でも、いちごって、毎日食べるものではないじゃないですか。 たまに食べる、プチ贅沢みたいなもの。だから、外れを引かせたくないんです。僕たち生産者にとっては毎日同じ作業だけど、買う人にとっては特別ですよね。 そういうところを大切にしたいなと思います。 小学校での食育講座 ―小学校での食育講座もやってるんですよね? お世話になっている農業委員会の方からお話をいただき、現在4つの小学校で行なっています。 最初はいちごを作っているところを見学したいと小学校から依頼があったんです。そこから、じゃあ食育講座もやりましょうかという話になって始まりました。 食育講座の目的は農業を知ってもらうことです。 農業って地域でするものなんですよ。昔は学校でも田植え休みとかがあって、自然と子どもの頃から農業が身近にあったんですよね。だけど、今はそうではないので、子どもたちはどうやって作物ができていく過程を知らないんです。 今は農業が遠くなってしまっている。それを変えるために、食育講座をやっています。 具体的には、野菜がどのようにできるのかといったことを伝えたり、米づくりの体験を行なっています。 いちごがなっている様子を知っている子どもも多いですが、ブロッコリーなどがどうやってできるのか知らない子どもも多いんです。けれども、その成長過程を知ると、野菜に親近感が沸いて、嫌いだったものが食べられるようになったりします。 また、米作りで田植えから稲刈りまで体験して、できたお米を給食でいただいたり。 食の大切さを実感してきているようです。 儲かる農家は実現できる!? ー現在、儲かる農家になるために行なっていることはなんですか? 正直、まだまだ儲かってはいないですけど… 僕は農業を行う上で、経営的な視点を忘れないように心がけています。小さな農業を目指して、消費者に近いところで売っていけば、必ず儲けが出てくると考えています。 これまで、農家の販路はJAが握っているところが大きかった。農家にとってJAはとても力を持っていたんです。 農家は農作物を作るだけで販売はJA任せ。個人で販売を行う人もいましたが、まず相手にされないということが続いていました。 農家の人は自分の作った農作物誰の手に渡って、どのような形で食卓に届けられているのか知ることができなかったんです。 けれども、これからは農業の市場も限られた範囲で小規模になっていくと考えています。 なので、僕はいちごをたくさん作るよりは、たくさんの種類の野菜を作り、近い消費者に買ってもらうことを目指していきたいと考えています。 ―これからの展望を聞かせてください。 僕の父は音瀬計装有限会社という会社を運営しているんです。 主に機械ユニットの調整や計電装指導を行なっている会社なのですが、事業の一貫として、人材派遣業務も行なっているんですよ。 今後日本は人材不足を解消するために、外国人労働者の雇用が盛んになります。農業も例外ではありません。 そのため、今は音瀬技研農業という名前でやっているのですが、ゆくゆくは親の会社と一緒にしたいなと思っています。 農業を行いながら、必要な人材の派遣も行うことができる会社にしていけたら、人材不足に悩むことなく農業を続けることができるのではないかと考えています。 そして、ゆくゆくはいちごだけでなく、野菜の総合商社みたいな事業をしたいんです。 「音瀬技研農業に行けばどんな野菜もあります」という場所にしたい。 それが結果として日本のためになればいいかなと思っています。 ー最後に今後、地方での起業を考えているかたにメッセージをお願いいします 小さな市場でも地道に考えながら経営していると、きっと良い方向に進むと信じています。 一緒にがんばりましょう。 執筆者:島津明香 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
石川県
2019.04.17
【石川県で起業!】「大人になることがワクワクする塾」からまちづくりを!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 「大人になることがワクワクする塾」というコンセプトの学習塾が石川県にあるのをご存知ですか?そこは成績を上げるための勉強だけではなく、社会についても学べる学習塾です。今回はそんな一味違った学習塾である「タビト學舎」を運営する、飯貝誠さんにお話を伺ってきました。 タビト學舎は勉強だけではなく社会についても学べる学習塾 ータビト学舎はどういった場所なんですか? 飯貝)「大人になることがワクワクする塾」をコンセプトとした高校生向けの学習塾となっています。数学や英語の勉強を教えるのはもちろんですが、高校生に社会との接点を提供する塾なんです。 ー高校生に社会との接点を提供するとは、どのようなことを行なっているのでしょうか? たとえば高校生が大学生や社会人と接点を持つ機会を設けたり、合宿と称してきれいな海や山の中の限界集落に連れて行って地域について知る体験を提供しています。夫婦でバックパッカーをしていた経験を活かして、世界についても伝えていますね。タビト學舎の「タビト」とは、旅(タビ)と人(ヒト)を掛け合わせた造語なんです。 形態としては学習塾ですが、このように社会との接点を提供する、一風変わった塾です。 ー確かに一般的な学習塾とは少し違った形の学習塾ですね。 さらに学生が学校に行っている昼間は学舎を使っていないことを利用して、大学生のイベントの場になったり、哲学カフェを開催したりと、大人向けの機能もある場所となっています。 ー学習塾としても少し特殊ですが、さらに大人向けのコミュニティスペースにもなっていたり、さまざまなことを行なっているのですね! 地元が嫌いだった。でも世界を回ったことで地元の魅力に気づけた ーそもそもタビト学舎ができたきっかけはなんだったのでしょうか? 元々は東京でSEとして働いていたのですが、結婚を機に退社し、夫婦でバックパッカーをしていたんです。 その後夫婦2人の地元である石川県に帰ってきたときに、ご縁があった学習塾で勉強を教えることになったんです。そこで忙しい高校生が、適当に大学を決めていく様子を目の当たりにしました。 特に地方というのもあって、高校生はどんな大学生がいるのか、社会にはどんな仕事があるのかなど、あまり知らない状態だったんです。そのときに自分が高校生だったときと変わっていないこの状況を変えたいと思いました。 僕自身も大学に入る前に社会についての情報が欲しかったなと思うので、この自分の経験も活かして高校生に何か届けられればと思っています。タビト學舎が学びの拠点になったり、もっと面白い人が増えて盛り上げれるようにしていきたいですね。 ーバックパッカーや東京でサラリーマンの経験もあったんですか!東京や世界を見たあとに地元に帰ってくるなんて、地元愛が伝わってきますね。 実は元々は地元が嫌いだったんです。地元は閉鎖的なイメージがあって、どこか違う地域への移住を検討してたんです。でもたまたま地元に帰ってきたとき、教育や飲食、農業など、ここで何か始めたいと思っている同世代の人達と出会ったんです。そこに刺激を受けて、閉鎖的だったはずのイメージが「何か始まりそうなここでやってみたい、地元を盛り上げたい」という気持ちに変わって、起業という道を選びました。 ー地元で起業しているのに、地元が嫌いだったなんて意外でした。 東京で働きバックパッカーとして世界中を回ってきて、やっと地元の良さに気づきました。山も海も温泉もあって、子供のころはわからなかった魅力がたくさんあります。世界中見てきたからこそ、自分で納得感がありつつ選んだ感じがありますね。 それに今はいろんな業種の人と関わっているので楽しいですね。東京でサラリーマンだったときは仕事も飲み会も同じ会社の人でしたけど、今はいろんな人がいるので刺激を受けたり、いいインプットができています。 高校生から大人まで誰でも集まれるのがタビト學舎 ー実際に起業して苦労した点はありましたか? 今まではただ勉強の成績を上げるための学習塾しか地元になかったので、「大人になることがワクワクする塾」というキャリア教育的なコンセプトがウケるのか心配でしたね。学習塾である面と、社会的な部分の見せ方のバランスを取るのが難しかったです。 最初はやっぱり学習面をメインで出して、信頼ができてから、徐々に社会的な部分の割合を多く出していってます。 ータビト學舎はこういう人に来てほしいというイメージはありますか? 高校生向けの学習塾はどんな子でも受け入れるようにしています。 特に好奇心があったり、将来どんな選択肢があるか知りたい子、勉強にプラスしていろんなことを知りたい子に向いている塾です。逆に、将来に興味をもてないという子に来てほしいとも思っていますね。 大人向けのイベント「大人の学び合い講座」では、日本酒の作り方を学び地元のお酒を飲み比べる会などさまざまなイベントを開催しています。「地域のことを何か学んでみたい」「いろんな人と交流したい」という人におすすめですね。金沢など遠くから来る人もいるんですよ。 ー高校生から大人まで本当にいろんな人が集まる場所になっているんですね。 そこから新たに生まれたこともあったりしますか? たとえば酒屋さんと一緒にワークショップを開催したら、他の場所でも開催してほしいと声がかかって、いろんなところで開催するようになりましたね。そうやって地域の人たちが自分でイベントを開いたり、自分で好きなことをやるきっかけになるのは嬉しいです。 タビト學舎は学習塾とコミュニティスペースだけではなかった! タビト學舎では主に学習塾と大人のコミュニティスペースの2つの事業を行なっているんですけど、同じ学舎を使って地域の人たちがやってみたいことを支援する、まちづくり学校というものもあります。起業する人もいればイベントを開催する人、様々な人がいます。僕は1期生で、そのあとは事務局として支援する側になりました。 さらには地域の「子育て若者支援財団」を作りたいとなったときにも声をかけていただきました。財団の理事として助成事業を行ったり、タビト學舎の場所を事務所として運営をみんなでやっています。 ー昼間は地域のことを、夜は学習塾の運営と幅広く活躍されているんですね。 地域の仕事を行うことは信頼に繋がりますし、学習塾にとってものいい影響があると思っています。やりたいことを勝手にやっているような人が地域にいっぱいいたら、住んでて楽しいですよね。 地方で人口が少ない分、競合が少ないと捉えることができる。 ー地方での起業することのメリットはどこだと思いますか? 人口が少ない分、大手が参入してきておらず競合が少ないところですね。あとは地元なので物件を借りる時点で信頼があったり、空き家を探すときも思いもよらないところから支援をもらえたりしました。 建物を市の空き家バンクに問い合わせたことから、市役所から「学習塾ならここがいいんじゃない?」と紹介してくれたり、リノベーションの費用を助成する補助金を紹介してくれたりと、かなりバックアップしてくれましたね。 実はもともと診療所をだった場所の天井や受付をぶち抜いて、リノベーションしたんですよ。 ー診療所だったところをリノベーションしていたとは驚きです!まさに地域全体で作ったという感じですね。逆にデメリットになってしまう部分はどう感じますか? 人口の減少は見えているので、どう捉えるかですよね。現状、生徒は集まっている方ではありますが、高校のクラスが減ったりして人口が減少しているのはわかっているので、時代に合わせていろんなことをやっていく覚悟は必要かなと思います。 ーやはり地方は人口の少なさがどうしても気になってしまうところですよね…。これから事業をどうしていきたいというのは考えていますか? 今は高校生向けの学習塾と大人のコミュニティスペースがメインですが、同じ拠点の空き時間を活用して、もっと事業を展開していければと思っています。 もともとバックパッカーだったので、ローカルツーリズムなどの観光業にも興味があります。学習塾と何かをかけあわせたり、大学を卒業して大人になった教え子とも何かできるようなベースも作れたらいいですね。 他にも近くの空き家を使ってゲストハウスを作ったりして、海外の人とも交流できたらおもしろいかなと。周りが温泉地なので、海外の人もけっこう来たりするんですよね。 起業でしか経験できないことがある。やってみたいならリスクを取ってでもやってみよう ー起業したいと思っている人に伝えたいことはありますか? 僕は地元に帰ったときに唐突に決めて起業したのですが、起業しない限り経験できなかったことがたくさんあったと思います。 自分で集客をすることや、全ての責任を持って何かを決定するというのはサラリーマン時代なかったので。不安だったけど、実際に体験しないと絶対におもしろさも楽しさもコツもわからなかったなと思います。企業に所属しいる限り、起業に必要な動作の全てを経験するのは難しいと思います。 どうしても起業するにはリスクはあるし、今でも集客など難しいなと感じる時もありますが、やりたいと思うならリスクを取ってでもやってみるべきだと思います。 ー起業するときにリスクがあるのでどうしても不安な部分があると思いますが、どうやって乗り越えましたか? 先輩起業家が「自分が借金を抱えることはリスクとは思わない。命に関わることだけがリスクだ」と言っていたんです。それまでは一度の失敗も許されないと恐れていたんですけど、その言葉を聞いてから「起業の失敗ってなんだろう」と考え始めたんです。もっと言うとバックパッカー時代の方がよっぽど危ないことしていましたし、チャレンジして失敗しても、大丈夫かなと思えたんです。 ー「大人になることがワクワクする塾」であるタビト學舎。私が高校生だったら通いたいと思うほど魅力が伝わってきました。また起業するときのマインドも、起業を志している人は参考にしてほしいです。飯貝さん、ありがとうございました! 執筆者:伊藤美咲 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
和歌山県
2019.04.17
【和歌山県で起業!】世界遺産「熊野古道」から、世界を狙う若き起業家の挑戦!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 昨今、「生まれたまちに貢献したい」と地方に魅力を感じている若者が増えています。今回は、和歌山県を代表して、一般社団法人kumano.coの川端佑典さんにお話をお伺いします。 ーまずは川端さんの会社の紹介からお願いします。 川端)こんにちは。一般社団法人kumano.co 代表理事の川端佑典です。 kumano.co(くまのこ)は、世界遺産「熊野古道」で有名な熊野と呼ばれる地域の魅力を発信することで、仕事を生み出し、その結果、若者が地方で生きる・働く選択を当たり前にできる社会をつくることに取り組む集団です。 私たちは熊野と呼ばれる地域の中でも、和歌山県田辺市本宮町を拠点に、飲食店「くまのこ食堂」やゲストハウス等の事業などを通じて、熊野の魅力を発信していきたいと考えています。 ー由緒ある地域で活動をされていることですが、川端さんは元々、田辺市のご出身だったりするんですか? いえ、私は大学生になるまで、田辺市とは縁もゆかりもありませんでした。当時通っていた、関西大学のプログラムで大阪府堺市の子どもたちと一緒に、田辺市を訪れるというものがありました。そこが田辺市と最初に関わり始めたきっかけです。 その後、毎年のように田辺市に訪れるようになりました。地域の方々と接していく中で、地域の方々に対して「カッコいいな」という憧れや尊敬の念を持つようになり、自分もこの地で何かチャレンジをしたいと思うようになったのが、起業したきっかけです。本当に起業が現実味を帯びてきたのは、2017年の夏でした。自分たちで物件を見に行ったりしているうちに、ますますイメージが湧いてきて決断することにいたりました。 ーそういう背景があったんですね。ちなみに、大学生の時から起業しようと思っていたんですか? いつかは起業をしようと思っていたんですが、普通に就職をする予定でした。学生時代は、いくつものベンチャー企業をインターン生として渡り歩いていました。当時、インターンをしていた会社でそのまま就職する予定だったんですが、会社が倒産してしまい、その後どうしよう?と考えていたときに、大学の先輩・後輩と一緒に起業をすることを決断しました。 ー地域でビジネスをやるということは、これまで居たベンチャー企業とは真逆のような環境だと思うのですが、何故、このフィールドに飛び込んだのですか? それは、都会にある企業が見落としている”市場”が地域にあったことや、自分たちじゃないと出来ないと思える”テーマ”が地域にあったからです。 私は19歳のときに、世界一周を経験しました。。当時、諸外国と日本を比べてみたときに、日本の経済は「沈みゆく船」のように、衰退していることを肌で感じました。ただ、日本の持つ歴史や文化というものの価値は、非常に可能性があるなと思ったんです。 おそらく、これから多くの地域は衰退し、消滅していく可能性があると思っています。しかし、テクノロジーが発達して、人がどこにでも住める時代がやってきたときに、人々の移住先の選択肢に地方が入ってくると思いました。 また、日本という国だけで考えると地方の現状は悲観的にみえてしまいますが、世界の視点から考えると大きな可能性があるなと思っています。実際に今、熊野古道はインバウンドの入込客数が増えてきています。しかし、供給する側のプレイヤーは少なくなってきているので、自分たちのチャレンジするいい機会だなと思っています。 現在は、飲食店も経営しいるんですが、僕たちがお店をOPENするまで本宮町には、「夜ご飯」を食べれる飲食店がありませんでした。そして、本宮町には地域で活動していく若者が少なかったんです。だからこそ、「俺たちがやらないと」と強く思えて、実行まで移せたんだと思います。 ゲストハウスには、外国人観光客も訪れる ー確かに、地域というのは見落とされがちではありますが、沢山のチャンスが転がっていますよね。ちなみに、kumano.coとしては、今後様々な事業を手かげていきたいとお考えだと思いますが、何故、最初の事業を「飲食店」にしたんですか? ある日のくまのこ食堂の定食 飲食店と言うと、食事やドリンクを提供するだけと考えがちなんですが、私たちは、「飲食店」をある種プラットフォームのようなものだと思っています。様々な人が集い、地域内外のあらゆる情報が集まってくるというのが飲食店の魅力でもあるなと思っています。 僕らが飲食店を選んだのは、大きく2つの理由があります。1つ目は、これから地域であらゆる事業を仕掛けていく上で、「コミュニケーション」が生まれる場所を作りたかったということです。人と人が繋がり、コミュニケーションを取ることで、鮮度の高い情報が入ってきたり、逆に伝えていったりすることで、良いアイデアを生み出すことができます。 2つ目は、地元の人と繋がるために「目に見える取り組み」を行いたかったからです。地域の人から信頼を得るためには、「目に見える取り組み」を行う必要があると考えていました。僕たち世代だと、ネットで何かやったりするのが潮流ではあると思うんですが、地域の人にとっては、「何やってる奴か分からない」ってなるんですよね。 飲食店のような分かりやすく、誰でも出入りできるような拠点を作ることで、地域の方々に応援してもらえるようになりました。いまでは「若者が頑張っている」というのでいろんな情報を教えてくれたり、時には手伝ったりしてくれたりしています。 ー地域の人から信頼を得るということは、地域で事業をする上で大きなカギを握る部分ではありますよね。ちなみに、川端さんと地域の方々はどのような関係性なんですか? 有り難いことに、地域の方々にはたくさん応援していただいています。 特に、地域のキーパーソンと言われるような方が熱心に応援していただいているので、私たちの活動も比較的やりやすかったりします。 ただ、はじめからそうだったわけではありませんでした。 地域の方々との良好な関係を作るためにのコミュニケーションを欠かさないように意識をしていました。例えば、ちゃんと「挨拶をする」とか、地域の掃除や祭りとかに参加するとか、困っていることがあれば相談をするとか、小さいことかも知れませんが、基本的な部分をしっかりすることを心がけていました。 それが功を奏して、地域の方々に応援してもらえることに繋がったのだと思います。こういったアナログなことをやっていけるかどうかが、地域で活躍できるかの鍵なのかもしれません。 地域の方から農業を教わっている光景 ー小さなことからコツコツとやっていく姿勢を見て、応援に繋がったわけですね。川端さんのように地域の方に応援されていると、いろんな地域の良さを享受していると思うんですが、具体的にはどのようなものがあったりしますか? まず挙げられるのは、地域には、自分たちの困りごとを発信をすると助けてくれる人が多いということです。例えば、DIYをしていたときには、木材を譲ってくれた人がいたり、食材が足りなくなってしまったときは、食材を分けてくれた人がいたりしました。こういった形で、支えてくださる方がいるから、私たちは地域で継続して取り組み出来ているんじゃないかなと思っています。 あとは、地域には競合他社となるプレイヤーが少ないので目立ちやすい部分はあります。例えば、新しいチャレンジを始めると大体テレビや新聞が取材に来てくれたりします。東京や大阪でやっていたら、そんな機会はないかも知れないけども、地方ならそういった形で取材を沢山していただけるのは有り難いですね。ただ、メディアに取り上げられるほど、「虚像」が出来てしまい、現実と乖離してしまうという部分は少し難点ですが。。 ー確かに、目立ちやすいというのはありますよね。では、一方で地方でビジネスをしていく中で、ネガティブに感じる部分ってあったりしますでしょうか? その部分で言えば、自分たちに近い境遇の先輩がいないと言うことですかね。今、地元に残っている人というのは、「仕事や家業」があるから残れていると思っているので、地域内に自分たちのように、「仕事を作っていく」人たちが少ないというので、相談が出来なかったりする部分ですかね。 ただ、有り難いことに地域外にはベンチャー企業時代の仲間や、高野山であった地方創生会議などで知り合った人たちが居て、彼らと継続的に情報交換をしたり、相談をしたりしているので、地方に居てもいろんな情報を得ながら活動できているなと思っています。 ー最後に読者の方に一言いただけますでしょうか? これからの時代は、一人ひとりが自分の生き方を見つめ直さないといけない時代になってくると思います。自分にとっての「幸せとは何か?」「豊かさとは何か?」という事に向き合う必要性が出てくると思います。そんなときは、是非kumano.coに来て、ヒントを探しに来てくれればと思います。皆さんに来ていただくのをお待ちしています! 執筆者:濱田祐太 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
福岡県
2019.04.17
【福岡で起業!】「プログラマーってかっこいい」子供の目が輝く世界を福岡県から作り上げる
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回は福岡県を代表して、株式会社プレディが運営するITeens Labの創業者である近藤悟さんにお話をお伺いします。ITeens Lab. は福岡県にある子供向けプログラミング教室。「バンドマンから起業家へ」と、異色の経歴を持つ近藤さんだからこそ語れる、起業論に注目です。 ギタリストから起業家へ、近藤さんの人生の転機 ―こんにちは、今日はよろしくお願いします。まずは近藤さんの会社の概要をお伺いさせてください。 近藤)こんにちは、ITeens Lab. の近藤悟です。現在はメイン事業としてITeens Labという子供向けのプログラミング教室を開講しています。2014年の開校以降、2019年2月現在11教室まで増えましたね。授業のスタイルとしては個別指導です。子供達一人一人の性格や特性を踏まえた上で授業を行うのが良いと考えているからです。またオンラインでのプログラミング授業も始めたので、遠方から授業を受講してくださる方もいます。 最初は子供向けプログラミング教室として起業しましたが、現在はこの事業を軸に、多様な展開をしています。 ーありがとうございます!元々は音楽をこよなく愛するバンドマンだったようですが、なぜ子供向けプログラミング教室を開くことになったのでしょうか? 元々は九州大学の芸術工学部に進学し、大学院まで進んでいました。その大学院時代には特に音楽にのめり込んでいましたね。楽しすぎて、「今が人生のピークだなぁ」と感じるくらい、充実した生活を送っていたのを覚えています。 Xanaduとしてのライブ Xanaduではギターを担当 その大学院生時代に所属していたバンド「Xanadu」が解散することになりました。元々、バンドのリーダーを務めた古林とバンドの運営を一緒にやっていたので、この解散をきっかけに、一緒に何か事業を起こそうかという話になりまして。やりがいがあることを探すこと1年程でしょうか。 古林の実家が元々パソコン教室と学習塾を経営していたこともあり、子供向けプログラミングスクールが良いのではないかという話になりました。元々僕は教育に興味があったし、バンド時代から言っていた「社会をよくしたい」という理念にも叶っている。こういったきっかけで子供向けプログラミング教室を開業しました。 バンド時代を人生のピークにしたくないというのも起業した理由の1つですね。「もうイッパツ当てたい!」みたいな感覚で起業を決心しました。 ITeens Lab. を軸に広げる活動の幅 ー人生の新たなピークを探し求めていくわけですね!ITeens Lab. やその他の事業について教えていただけますか? 子供向けのプログラミング教室というのは比較的最近できたものです。例えば、2014年当時は福岡県どころか九州にもほとんど子供向けプログラミング教室はなかったと思います。都内には既に何個かの子供向けプログラミング教室があったので、いわゆる地方・田舎というのは最先端なものが届きにくいという問題を抱えていることを目の当たりにしました。他の人たちと被らないことをしようと思い、大学時代を過ごした地域福岡県に焦点を当てて、子供向けプログラミング教室を作りました。この教室を通じて、子供のIT教育に関われたら良いと思っています。 ITeens Lab. 関連だと、「ITキッズフェスティバル エクサキッズ」というイベントを開催しました。これは子供達にプログラミングの力を競わせるイベントです。。いわゆる大会や発表会のようなものをイメージしています。実はこれまで、子供のプログラミング技術が陽の目を見る機会ってなかったんですよね。例えばピアノの習い事をしていれば、当たり前のように発表会があって、それを親御さんが見に行って、子供の成長を感じることができる。でもプログラミングって何をやっているのかイメージしづらいから、これまで子供達が発表するような場所・機会って整えられていなかったんですよね。そしてコンテストに付随してワークショップやブース展示、講演会などを合わせて子供とIT教育のフェスを作りました。 エクサキッズでは子供たちが大活躍 まずはITeens Lab. に通っている子供達、親御さんを集めて発表会を行ってみたら、想像以上の手応えがありました。「こりゃあいけるな!」と思い、公的なイベントとして「エクサキッズ」を開催しました。開催初年度にも関わらず、3000人もの参加者が集まる、大きなイベントになったと思います。今は子供へのプログラミング教育に注目が集まりつつある、業界の過渡期みたいなものです。こういった大会を通じて、業界全体を盛り上げていきたいと思っていますね。 ー3000人集まったのはすごいですね!他にやっている活動はありますか? 実はITeens Lab. はプログラミング業界に参入したきっかけに過ぎなくて、他にも様々な活動を展開しています。例えば、日本社会が抱える問題点に、IT関連のインフラは整ってきていますが、ホワイトハッカーの数自体が足りていないことがあります。ホワイトハッカーというのは、善意的な活動をしている、コンピューターに関する技術知識を持つ方々のことです。このホワイトハッカーの数を少しでも増やし、インターネットを使う人が安全で幸せになることに貢献できたら良いと思い、ホワイトハッカーをテーマに有志で勉強会を行なっています。 ホワイトハッカー養成所での勉強会 他には、サイバーセキュリティの啓蒙活動の一環として、ハッカーの映画を撮っています。もう上映することも決まっていて、タイトルは『電気海月のインシデント』です。大学時代の後輩に映画監督がいるので、チームを組んで一緒に作り上げました。脚本などもその監督が主に書いていていろいろと話し合いながら決めていきました。こんな突拍子もないアイディアを思いついた背景には、過去の僕の体験が活きています。例えば昔、「テニスの王子様」や「ヒカルの碁」というアニメがありましたよね。あのアニメがお茶の間に浸透するまでは、テニスや囲碁をやっている子供の数はあまり多くなかった。どちらかというと、メジャーではなくマイナーな印象があったと思います。しかしそういったアニメが出てきてから、子供、特に小学生からテニスや囲碁をやる人は増えたし、「かっこいい」と思ってもらえるようになったんじゃないかと思っています。 サイバーセキュリティを普及したいとの想いから生まれた映画『電気海月のインシデント』 何かを世に広く広めたいと思った時には、行政からのアプローチを取ることもできますし、儲かるからといって、やや強引なアプローチで推し進めることもできます。しかし僕たちはクリエイティブなやり方、つまりエンタメからのアプローチによって、サイバーセキュリティの啓蒙活動をおこなっていこうと思っています。 クリエイティビティの原点 ー映画の話、オリジナリティに溢れていますね!その近藤さんのクリエイティビティはどこから湧いてくるのでしょうか? 実はこのクリエイティブなことへの意識はバンド時代に養われたと思っています。僕がやっていたバンドのジャンルは「ミクスチャーロック」というもので、ロックとヒップホップといった、音楽ジャンルの掛け合わせたものです。。音楽のジャンルを複数掛け合わせて行く過程で、創作性を高めていくんです。 実はビジネスも一緒で、ロックの中にヒップホップを混ぜても良いし、メタルの中にジャズを混ぜても良いのです。意外な組み合わせなほど、新しいものが生まれることもありますからね! 僕が事業を起こす時には、このようにジャンルの掛け算を行います。そうすることで、新感覚のものを生み出しやすいと思っています。 ーその発想力があれば、東京でプログラミング教室を開いても成功できたと思うのですが、なぜ地域で起業し都会は避けたのでしょうか? 一番単純な理由でいうと、僕が子供向けプログラミングスクールを立ち上げた際には、東京には類似のものが既にありました。市場の取り合いはしたくないので、その時点で東京で子供向けプログラミングスクールを作るという構想は消えています。でも、プログラミング市場は今後絶対に盛り上がりをみせることはわかっていたので、新しくできる市場に乗っかりつつ、自分にしかできないことをやろうと思い、当時子供向けプログラミングスクールがほぼ無かった福岡県でスクールを始めたというわけです。 楽しく、みんなで学べるITeens Lab. 以前、わざわざ宮崎県から福岡県のITeens Lab. まで通ってくれている子がいました。地方には必要なものが未だに揃っていないんですよね。そういう子達のために、オンラインで授業を受けられるコースを作成してはいます。「友達みんなが一緒に集まってプログラミングできる場所」っていう空間づくりも大切だと感じています。 今後は福岡県以外にも少しずつITeens Lab. を作っていきたいと考えています。 起業家として持つべきマインドセット ー順風満帆な起業家人生を歩んでいるように見えるのですが、失敗したこと、苦労したことってありますか? うーん、、、特に大きな失敗はないですね(笑)やっている最中、かなり大変でもう辞めたいなと思うことは多々ありましたが、なんとかなっています。秘訣があるとすれば、どの企画もすごく正直に・誠実にやっていることかなと思います。僕が何か企画を建てる場合、人を丸め込むような策略を考えていないんですよね。僕の行動のベースには「社会をよりよくしたい」という想いがあるので、そこに正直である限り、大きな失敗は避けられると考えています。 ーどこまでも誠実であることが重要なのですね!これから起業家を志す若者にメッセージをお願いします! パンクバンドで「ラモーンズ」というバンドがいます。彼らは、「うまくなるまで待っていたら、ヨボヨボのジジイになってしまうよ!」と言っていました。僕の心を強く打った言葉です。起業家もバンドマンと同じように、最初はみんな何者でもないわけです。行動し挑戦する中で成長していく。「練習する前にステージに立て、ステージにたってからゲームを理解しろ!」これが起業家になるのに重要だと考えています。 とはいえ、ただただ行動だけしても、面白いものを作れないということも事実です。この原因は、物事の構造を理解できていないことにあります。物事の構造、ルール、フォーマットを研究し、分解し、再構築する。その過程で自分のオリジナリティを混ぜていくことが重要なんです。行動するだけではダメだし、机の上で勉強するだけなのもダメです。行動と思考の両輪を適切に回してはじめて、成長につなげることができます。 まずは動きながら物事の大枠の構造・ルール・フォーマットを知ること。そして既存事業の欠点やマーケットとして空いている「穴」を見つけること。そして再構築の過程で、自分にしかできない要素を織り交ぜていく。いわゆる守破離的(※)な考え方を実践すれば、起業家として成功できる可能性も高くなると思います。応援しています! ※守破離・・・日本において芸事の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想で、そのプロセスを「守」「破」「離」の3段階で表す。 ー近藤さんの今後の展望を教えてください! 正直なことを言うと、具体的なプランはあまりないです(笑)こういうビジネスやプロジェクトやりたいなぁとか、音楽またやりたいなぁとか、やりたいことはいろいろありますが。10年後のプランを立てて逆算して行動していく、みたいなスタイルが苦手なので。ただ、「どうせなにか新しいことを始めてしまう」という病気なので(笑) また新しい何かを、クリエイティビティを発揮しながら作っていきたいと思いますね。 執筆者:戸谷豪志 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 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地方起業
地方×インタビュー
富山県
富山市
2019.04.17
【富山県で起業!】地方は作家にとって作品を製作しやすい環境〜ガラス作家の独立までの道!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 「将来的には地方で作家やクリエイターとして活動したい」このように思っている人は意外と多いのではないでしょうか。陶芸家、絵描き、伝統工芸職人など様々なクリエイターさんがいる中で、今回は富山県富山市でガラス作家として活動している西村青さんにお話をおうかがしました。僕は日常的に使われているガラスができあがるまでのプロセスを知らなかった。 —まずはじめに自己紹介していただけますでしょうか。 西村)西村 青と書いてにしむら せいと読みます。本名です。富山県でガラスの専門学校に4年間通った後、ピーターアイビーさんというガラス作家のアシスタントを5年間しています。 —ガラス作家のアシスタントさんとのことでしたが、最初にガラスに興味を持ったのはいつなのでしょうか。 今は富山県に住んでいますが、元々は奈良県出身で、高校までは奈良県にいました。今過去を振り返って考えてみると、自分は何かモノを作ってないと生きていけない性格で、気づいてたら絵を描いていたり、ダンボールで工作するような子でした。 なので将来的にはずっとものづくりの仕事をしたいと漠然と思い描いていました。 まずは、自分の手で何かを作る分野か、図面や設計図を書いて依頼するデザイナーや建築士という選択肢がありました。 その中でも、自分の手で何かを作るものづくり系の大学への進学を考えていくと、文系理系どちらにするか決めるように、どういう素材を扱うかというのが進路選択の分かれ目になるんです。 —自分はものづくりとは縁がなかったので、初耳です。素材というのは具体的にどういったものでしょうか。 素材でいえば、金属、木材、ガラスなどですね。 どういう素材を扱うか。素材選びになった時にふと思ったんです。「ガラスは普段から使っているのに、作る段階のガラスを知らないな。」と。 どうやって作られてるのかという興味から、ガラス作家の道にいくことに決めました。 実は、高校卒業の段階ではどの素材を選ぶか決めれず、浪人して、3ヶ月はイタリアに行ったりしていました。 ガラスに決めてからは、富山の専門学校に4年間通っていました。 イタリア留学中に住んでいたボローニャの街並み 1日20の作品を作る。いいと思えるものはそのうち1個あるかないか。 —今は富山県の工房でアシスタントとして活動されているとおっしゃっていましたが、具体的に何をされているのでしょうか。 師匠であるピーターがデザインして考えたものを、自分が代わりに制作したり、ピーターが制作している補助をする仕事です。 小さな集落の中にある日本家屋の工房で仕事をしています。町内のど真ん中にあるので住民の方との距離も近いので、パーティーをやったりもします。 火を扱う仕事で外国人ということもあり、初めは警戒されていたようですが、今はすごく良好な関係を築けていると思いますね。 —だいたい1日にどれくらいの時間工房にいて、いくつくらいの作品を作るものなのでしょうか。 土日は休みで平日は週5で朝8時から午後3時まで作品を作るのが基本です。昼休みも入れるとだいたい6時間程度でしょうか。 時期によって制作する作品は決まっているので、1日単位では同じサイズ同じ形のものを作り続けます。 1作品をつくるのにだいたい15分から20分ほどかかり、だいたい1日で合計で20個は作りますね。 —そんなに多く作るんですね。失礼ですが同じ作品を作り続けることで飽きてくるなんてことはないんですか? 飽きませんね。自分としては、スポーツをやってる感覚にかなり近いです。 技術的にできる・できないの壁があって、毎回クリアするたびにステップアップして、いいものだけが作れるようになる。同じものを20個作ることで、手が慣れてきて、制作がスムーズになるといったメリットもありますし、自分自身が向上してるのが感覚としてわかるんです。 なので、技術の向上に繋がってると思いますよ。 —スポーツと言われると納得できます。一歩一歩進んでいる感覚が作品を作る中であるんですね。1日で作る20個の中でいいと思える作品はどのくらいあるのでしょうか。 よかったと思うのでは20個のなかで1個あるかないかですね。できればそれだけを作りたいのですが、納得いく作品を作るのは難しいです。ガラスは途中で修正はできても、修正してる時点で完璧ではありません。 いい作品というのは、最初の段階から気を抜かず完璧に工程クリアできた時に産まれるんです。 だからこそ、自分で納得できるいい作品ができてきているなと思うときは気持ちいい感覚がありますね。 今後は自分の中でいいと思える作品の割合を増やすことが目標です。 地方は作家にとって空き家も多く工房も持ちやすく、作品を製作しやすい環境 富山の景色はとても雄大。立山連峰に守られて生活をしている。 —なぜ数ある地域の中で富山県富山市を選んでいらっしゃるのでしょうか。 まず自分の中では、ガラスの専門学校があったのとピーターさんがいることが富山県に住んでいる一番の理由です。 「ピーターさんに技術を伝授してもらえますし、アシスタントが自分以外にもいるのでガラスに関する情報が入ってきやすいです。」 そもそもガラスの専門学校ができたのも「富山市にガラスを根付かせよう!」というまちづくりの一環としてやっていることが始まりだったりします。なので市も協力的です。 ガラス作家に限っては、富山県は起業しやすい環境が整っているのではないでしょうか。 —富山市がまちづくりの一環としてガラスを根付かせようとしていたのは知りませんでした。今後も富山市もしくは富山県を拠点にしていく予定なんですか? そのつもりです! 富山県は非常に空き家が多いので、住宅兼工房を持ちやすいです。 総務省が出している持ち家比率は47都道府県の中で1位なのですが、若い人が都会に出たり、高齢化が進んだことで空き家が増えました。 ただ問題があって、その空き家が誰のものなのかがわからないことが多いんです。 自分も空き家があるか市役所に聞きにいったことがあるのですが、「個人情報なので教えられない。」と言われました。 空き家を手に入れるのはそこまで簡単ではないですが、土地も狭く高い都会よりは、はるかに作家が拠点を持ちやすい環境だと思います。 東京だと売れるものが、地方にいると売れない。定期的に東京で価値を再確認する 作品名は「Gblet -X-」イタリアの伝統的な技法を用いている。 —今回のインタビューのテーマは地方と起業です。先ほど富山県を絡めて地方のメリットとして工房を持ちやすいとおっしゃっていましたが、逆にデメリットなどは感じますか。 デメリットはいくつかありますね。一部の観点から見ると、東京が羨ましいと思うこともあります。 例えば、情報の違い。東京は一番新しいモノが次々と入ってきます。ビジネスや販売を考えると、自分の拠点の近くに都会や大きな市場がある方が常にアンテナを張ることができます。 あと、価値観の差も大きいように個人的には思いますね。 特に作品の価格で感じるのですが、高い金額でも作品を買うという感覚は東京の人が多く持ち合わせており、地方だと高くても買うという価値観の人が少ない印象です。 その結果、地方にいると「良いものなら高くても売れる」という高いクオリティのモノを作ろうという意識レベルを常に保つのが難しいというデメリットが出てきます。 —東京は人口が多いのは確かですが、高級志向がある人も多いのかもしれませんね。ー 地方の価値観に染まりすぎないためにも、あくまで目安として、都会に行った際はどういう作品が売れてるのかを知ることは大切だと思います。 もちろん各地方でも良いものを良い価格で販売しているお店も多くあるので、一概に地方と東京という括りにはできません。 ただ、都会で制作するとなると人混みや物価などとストレスが多そうですし、僕は地方の暮らしをしながら作品作りをしていく方が性に合っていると感じていますね。 都会に行かなくても、他の作家がどんなものを作っているかなどインターネットを使えばわかるものはリサーチすることができますし。 そういった意味では地方であろうが都会であろうが、どこに住もうとも情報は素早く入ってくる時代なのではないでしょうか。 自分の作品制作時間が独立・起業の目安になる。 ―今はアシスタントとしても活動されていますが、独立はいつ頃を考えていますか? 私自身は独立に焦りを感じていなく、ステップバイステップなので長い目で捉えてますね。 5年後かもしれないし10年かかるかもしれません。独立のタイミングは、自分の作品に対する需要と供給が増え、アシスタントの仕事の時間よりも自身の作品制作の時間が上回った時だと考えています。 すぐには結果も出ないので日々の積み重ねと新しい作品のことを考えることをやめないことを大事です。 ただ、ガラス工房はガラス溶解炉を動かすだけでランニングコストが破格な為、売れもしない作品のために工房を持ってまで制作することはできません。 また、個人工房の運営には、工房の維持管理、制作、検品、発送、営業全て自分でしなければならないので、無知での独立はほぼ不可能だと思います。 そのため工房運営に必要なノウハウを学ぶ必要があり、アシスタントとして働きノウハウを吸収しているとも言えます。 ーアシスタント以外に、独立に向けて取り組まれていることはありますか? 全国各地で催されるクラフト市に出店し、作品を販売しています。 一般のお客様だけでなく、ギャラリーやセレクトショップのオーナーが来場され、オーナーの方々はそれぞれ気に入った作家に声をかけお店で取り扱いを始めたりされます。 私自身も昨年のクラフト市をきっかけに、東京のセレクトショップでのグループ展に参加することが決まり、福井のセレクトショップでも作品の買い取りが決まりました。 このように自分自身が直接お客様に販売する場合もあれば、作品を気に入っていただいたショップに販売していただく場合もあります。 徐々に自身の作品が多くの方の目に触れ、世に広まっていくことで販売ルートを広げています。 しかし、数が売れればそれでいいわけでもなく、作品に表現した美しさが、最大限魅力的に感じられる空間に置かれ、お客様にも美しいと感じ取って使っていただきたいと思っています。 そのため、取り扱っていただくかどうかはショップやギャラリーのポリシーやコンセプト、人柄を踏まえた上で自分で決めています。 こうした自分の作品を最大限広げることのできる取り扱い店舗や作品の販売数を徐々に増やしていくことが独立に繋がります。 常に新しいものを試行錯誤して制作しているので、事業がうまく回り始めるまでには時間も資金も必要なため、応募できる支援金などの市のサイトや商工会の情報などリサーチもしています。 まとめると、独立のためにアシスタント活動、クラフト市での販売、そしてお金や他の作家さんのリサーチを行っています。 自分の作品で工房を回し、自分の作品で生計を立てる。それが僕の目標です。 —富山県で富山市でガラス作家として続けていく予定の西村さんの今後のビジョンを教えていただけますでしょうか。 繰り返しになってしまいますが、自分の作品で工房を回していきたいです。まずは自分の作品で生計立て、長く愛され続ける工房を作りたい。 今、アシスタントとして働いている職場は師匠のピーターが下の若い世代を支える場所となっているので、できれば自分もそういう場所になればと思います。 そしてその目標は、明日作る作品を全力尽くしてうまく作ることから始まるので、目の前の一つ一つを大切にガラス作家として活動していこうと思います。 —最後になりますが、この記事を読んでいる、西村さんと同じようにこれから作家として地方活動していきたい人向けに一言いただけますか。 何するにしても、自分がどうなりたいかを大切にして欲しいですね。様々な情報が溢れていますが、流されず、自分の意思で決めて欲しいです。 作品が売れなければ作家としては、売れないし評価もされません。誰も買ってくれなければその作品はただの自己満足です。 そんな葛藤と戦いながらも、作品を制作し続ける職業。それが自分が選んだガラス作家という仕事なのだと感じています。 何年も作品づくりを続けてどんな作家に自分がなりたいかがわからない限り、どこに身を置いて作家活動するかも決められないですね。 もし東京で活動した方が、自分が目指すべき作品を作れるなら東京を拠点に置けばいいし、自分のように弟子入りしたい作家さんがいるなら、その地域に移住して活動するのも一つの手だと思います。 西村青さん;公式HP 執筆者:中村創  協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? 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地方起業
地方×インタビュー
奈良県
2019.04.17
【奈良県で起業!】バスハーブで「生産者・就労弱者・疲れている人」に幸せを届けたい
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回は奈良県を代表して、バスハーブ「jiwajiwa」を販売している、チアフル株式会社代表の松本梓さんにお話をお伺いします。元々は大手住宅メーカーに勤務し、突如起業することに至った松本さんだからこそ話せる起業論について探っていきます。 起業のきっかけはテレビ番組 ―まずは松本さんの会社の概要をお伺いさせてください。 松本)こんにちは、チアフル株式会社、代表の松本梓です。チアフル株式会社ではjiwajiwaというブランド名で「お風呂のハーブ」という商品の企画販売を行っています。この「お風呂のハーブ」は、奈良県産自然素材だけを使用しているので、自然の香りと癒しを体感できると好評です。これまでに5種類販売しています。 また最近、合成着色料や香料・防腐剤を一切含まない無添加石鹸の販売も開始しました。奈良吉野ひのきを使った石鹸なので、こちらもゆったりとしたお風呂の時間をアシストしてくれます。 ゆったりと安らげるバスハーブ、jiwajiwa ーいつ頃から起業について考えるようになったのでしょうか? 起業する前は、神戸大学の法学部を卒業後、大手住宅メーカーに就職して働いていました。その企業で3年間営業として働いたのちに、本社の宣伝部に所属することになります。そこではブランド戦略管理部門に所属していたのですが、全国を出張する機会がありました。都内への出張に度々行って気づいたのですが、都内ってたくさんのお店があって、人がいて華やかだけど、どことなく疲れている雰囲気があると感じたんです。 なら、地方はどうなんだと考えてみた時に、地方には地方らしいお店はあまりなく、チェーン店が目立っているんですよね。その土地の魅力を感じられる場所は既に廃れつつあると感じました。 全国出張のタイミングで都内と地方のギャップを経験して、どうにかこの2つを繋ぐことはできないかな、と問題意識を持つようになりました。このことがきかっけで、これまで興味がなかった地元について興味が出て、もっと奈良県のことを知りたいなと思いました。 この体験は非常に重要なものとなりました。 都内と地方のギャップについて考えを膨らませている時に、転機が訪れます。それは、とあるテレビ番組をみていると、「地方から日本を元気に!」と謳っている企業を見かけました。その番組を見て直感的に、「あ、この企業面白そうだな」「一緒に働いてみたい!」と思ったんですよね。その企業のホームページを確認してみると、「起業家を募集」との文言が。「え、いきなり起業家!?」とも思いましたが、その企業に応募書類を出し、面接なども無事通過。どのような事業を起こすかもプレゼンしたところ、トントン拍子で出資を受けられることになり、起業家になることが進んでいったのです。 選考を通過してから1ヶ月間の猶予をもらい、本当に今の会社を退職し、起業するのか、悩みに悩みました。 考え抜いた結果、「やらないと後悔するな」という想いが強く、起業家としての人生を歩んでいくことに決めました。当時の私はまさかこんな形で起業家になるとは夢にも思っていなかったので、「気がついたら起業していた」というほうが正しいかもしれません。 初めての起業は未知と苦労の連続 ーテレビをきっかけに起業したというのは珍しいのではないでしょうか!実際に起業してみていかがでしたか? 起業するといっても、何をしたら良いか全くわからなくて。起業に関する知識もなければ勉強もしたこともなかったので、苦労の連続でした。住宅を売っていた経験はあるものの、小売り事業の経験もなければ、商品開発の経験もありません。応募書類として出した企画書には「奈良県から靴下を届ける」というコンセプトを書いていたのですが、既に靴下事業は競合他社がひしめく業界で、私の参入するポイントはないと気づきました。 そこで、一体何をやるのが良いんだろうと悩むこと数ヶ月。以前私が感じた「都会と地方のギャップ」を思い出したんです。都会の人は、華やかな世界に生きているのに、どことなく疲れている。そんな人々に、地方から安らぎを与える商品を届けたい。こう思ったんですね。 私の中で、1日のうち最も安らぐことができる時間はズバリ、お風呂の時間です。1日頑張った疲れを癒してくれていたのがお風呂でした。このお風呂の時間をもっと良いものにできる商品を作れば、日々の疲れから解放される人が増えるのではないかと考えました。 お風呂の時間を豊かにしてくれるものの代表例といえば、入浴剤です。そこで、奈良県の素材を用いた、自然派入浴剤はどうだろうかと考案し、入浴剤メーカーに取材にいきました。そこで大量の入浴剤が機械で量産されているのを見て、私がやりたいことと違う感じがしました。どことない違和感があり、せっかく商品を作るなら、真心を込めて丁寧に作りたいと思いました。 奈良県は薬草の産地として有名 奈良県産の自然素材って何があるんだろうとリサーチしていると、奈良県は薬草が有名な土地であることを知ります。昔の人達は、体調が優れない時は薬草を満たしたお湯に浸って、体調を整えていたそうです。「あ、これだ」と思いました。このあとは原材料の仕入れ先の確保やパッケージのデザイン、可愛い巾着型の布の中に奈良県産のハーブを入れるという構想があっという間に固まりました。構想から半年で商品開発を終え、販売までたどり着きましたね。 jiwajiwaに込める想い ーわずか半年で販売開始はすごいですね!jiwajiwaが他の入浴剤と異なる点というのは何でしょうか? 先程紹介した、奈良県産のものを使用していることや、入浴剤を巾着状にして、購入した方々が少しでもウキウキしてくれるような工夫をしています。 また、こちらは消費者の方々からは見えない点なのですが、商品の生産方法にもこだわっています。巾着のなかにハーブを詰めて、巾着を結ぶという工程は機械には難しいですし、大量生産に耐えられるだけの原材料の入手は困難です。そこで、jiwajiwaは大量生産せず、1つずつ丁寧に作ろうと思いました。例えば巾着を結ぶ工程は、完全に人力で行なっています。最初はこの作業を内職屋さんに頼もうかと考えましたが、ふと、自分の母親が障害者施設でボランティアしていたことを思い出しました。せっかく私が物作りをするのであれば、障害者福祉施設の方々もご協力いただいて、一緒に商品を作っていこうという発想に至りました。 jiwajiwaはひとつひとつ、手作りで作られる 自分たちが丁寧に作った商品が、実際に百貨店や大手セレクト系書店などで販売されて、人々の生活を豊かにしていることを体験できるのは、障害者の方々にとっても喜びとなっていると聞いています。jiwajiwaを届けるまでの過程で、就労弱者の方々を勇気付けられるような活動を行なっているというのは、他の商品にはない特徴かと思いますね。 ー商品ができるまでの全ての工程に、松本さんの想いが詰まっているのですね!素晴らしい商品を作るまでは様々な苦労があったかと思います。 知らないことだらけの世界に突如参入したので、苦労はたくさんしましたね。失敗ばかりしているように思います。どうやって乗り越えているかというと、どんなときも諦めない気持ちを持って取り組むことです。強い気持ちを持って行動していると、困った時に人は助けてくれますからね。 また起業した当初は、「自分でなんとかしなきゃ!」と躍起になっていました。 これは良くなかったです。自分一人でできることなんてたかが知れていて、すぐに限界がきてしまいます。そこで「みんなの力を借りよう」という発想の転換に至ってからは何事もうまく進むようになりました。こうしていろんな人を頼って、いろんな人を巻き込めるようになると、成功する確率も上がるし、ヒントを得られるスピードが上がります。こうして、事業そのものを助けてくれる仲間や立場を同じに考えてくれる起業家仲間、が増えていき、数え切れないくらい助けられました。そのおかげで今があると思います。 起業に大事なのは準備、そして行動力 ー確かに、個人ではアイディアも行動できる範囲も限界がありますよね。今後の展望をお聞かせください! 今後の展望としては、「ものを売ることの先」を見据えていきたいと考えています。地域の農林産品に新しい販路ができ、就労弱者の方々に誇りある仕事を創出することです。私たちの活動が成功を収めれば、他府県に展開しやすいロールモデルができます。そうすると、より多くの原材料の生産者や就労弱者の方々を支えることもできるし、商品を通じて安らぎを得られる人数も増えるでしょう。 こういった関係人口を増やして、もっと大きな活動にし、多くのひとに安らぎの時間を届けたいと思っています。 ー最後に起業家を志す若者にメッセージをお願いします。 これから起業を志すのであれば、しっかりと準備をした上で起業して欲しいと思っています。なぜなら、私はあまり準備しないで起業し、後悔している側面があるからです(笑) 具体的には、起業にまつわる書籍を読むことと、起業家の人の話を聞きにいくのが良いと思います。 日本全国、探せば起業家向けの公演はたくさんあるので、人に会う機会はあるし、ネットに落ちている情報から学ぶのでも良いと思います。そしてある程度の準備・勉強ができたら、あとは悩まず起業してみてください。もちろん机の上での勉強も必要ですが、まずはやってみるのが大切です。そこからフィードバックを得て成長していけば良いのですから。 過去の迷っていた自分には「やりたいと思うことがあったら、とりあえず腹をくくってやれ!」って言いたいですね。 執筆者:戸谷豪志 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? フランチャイズで起業。メリットとデメリットを熟知しよう! フランチャイズオーナーが知っておきたい労務関係の基礎知識~社会保険編~ フランチャイズと直営店の違いは?おさえておくべきポイント フランチャイズで起業しても失敗してしまうことってあるの? コンビニ起業するならどこがおすすめ?フランチャイズのメリットとデメリット 個人起業にはない、フランチャイズ起業、独立のメリット
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地方起業
地方×インタビュー
栃木県
2019.04.17
【栃木県で起業!】地方ベンチャーと呼べる会社を宇都宮から!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回お話を伺うのは、宇都宮大学で農業を学びながら、麹(糀)を販売する会社を手がける小泉泰英さん。彼のキーワードは、「22才・大学生・起業家・地方」大学生ながらに起業したメリット・デメリットはもちろん、頭が柔軟だからこそ出る斬新な販売アイデア、そしてより広い範囲の地産地消など小泉さんだからこその思いついた意見をお聞きすることができました。 近い将来起業したいという方はもちろん、大学生且つ地方で起業を考えている若者に有益になる情報がたくさん詰まっています。 飲み歩く日々から、宇都宮から東京に通いインターンを開始。見つけた糀(こうじ) 茨城県に移住した際お世話になった農家さんとの一枚 ー本日はインタビューよろしくお願いします。お若いですね。 小泉)小泉泰英です。現在22才で、大学生でもありながら、栃木県宇都宮市で「アグクル」という会社を経営しています。販売しているのは、子ども達向けの発酵食品の調味料「おりぜ 」です。 ー勉強不足で申し訳ないですが、糀(こうじ)という言葉に聞き覚えがなくどのようなものなのかわからないです... 「糀」は味噌や醤油に加え、みりんや酢、日本酒などの大基にもなっている日本の和食や伝統的食文化を築いてきた発酵食品のことです。 糀には唾液同様に消化酵素があり、消化活動を助ける役割があるので、お子様にも優しい発酵食品になっています わかりやすくというと、糀は唾液と同じような効果があるんです。例えばお米の場合、口の中に入れて噛み続けると甘くなってきますよね。これは唾液のちからでデンプンを糖に変えているからなんです。糀もこれと同じような作用を持っています。 ー糀との出会いはなんだったんでしょうか。 僕は高校卒業後、農学部に進学したのですが、正直農業に興味があったわけではなかったので、大学入学後は飲み歩いて遊んでました。 でも、それにも飽きて、「せっかく農学部に入学したんだから、農業系のことで関わってみようかな」という気持ちが芽生えはじめました。 そこから茨城に半年間移住して農業に携わってみたり、東京の神社お寺の投稿サイト「ホトカミ」DO THE SAMURAIという企業にインターンを始めてみたりと自分なりに動き出しました。 さまざまな経験のなかで「自分はやっぱり食や農に関心があるんだ」と気づき、起業したいという想いも強くなっていったんです。 食や農業で起業をする方法を調べていくと、トマトやレタスをハウスの中で育てるテック系ベンチャー企業はあったのですが、発酵などの食文化の切り口から食と農に関わるベンチャー企業は少ないなと気づき、発酵の分野で起業することを決めました。 そこで、糀と出会ったんです。 熱い想いや素敵な理念をもつ人たちとお付き合いをする。 「おりぜ」を一緒に製造している糀店さんにて発酵させている糀 ーアグクルさんで販売している糀の商品はどのように作られているんですか? まずは農家さんからお米を購入します。それから、購入したお米を栃木の糀屋さんに委託して加工てもらいます。 できた糀を自社の工場で塩や醤油をブレンドし、パッケージ化して販売するという流れです。 ーお付き合いする農家さんや麹屋さんを選ぶ基準はこだわりはあったりするのでしょうか。 農家さんや糀屋さんを選ぶときには、品質以上に人柄をみています。なぜかといえば、人柄が品質を決めていると考えているからです。想いを持ってお米や糀を作っている人は、温度や天候への気遣いはもちろんのこと、細部に対しても丁寧さを感じます。 そのような熱い想いや素敵な理念をもつ人たちと一緒に製品を作っていきたいと思っています。 糀商品の広げ方はヤクルトレディーを参考に。地域だからこそのブランディングを。 アンバサダーのご家族との一枚 ーできた麹はどのように販売してお客様に届けているのでしょうか。 販売方法としては、2種類あります。 1つ目はインターネットでの販売です。こちらはお客様に公式ホームページから購入していただけます。 2つ目がアンバサダー制度。イメージはヤクルトレディーです。 ヤクルトは、お母さんが「うちの息子がヤクルトを飲んでからお腹の調子がよくなりました」と体験を元に販売していくことで広まったと言われています。 自分たちも、おりぜシリーズを使ってくださったコアユーザーの方に広めていただいています。みなさんおりぜに対して愛を持ってくださっていて、「おりぜくん」なんかとも呼ばれています。またアンバサダーさんにはおりぜくんを届けていただいた数に応じてお気持としてのマージン(手数料)をお渡しをして、一緒に広めていこうという仕組みを作っています。 ーヤクルトレディーのように紹介や口コミから広げていくのは非常に面白い試みですね。コアユーザーの方ならそこに製品への愛もありますしね。 あとは、販売方法としてではないのですが、宇都宮市とコラボしてふるさと納税認定企業として、活動したこともあります。 こちらのリンクがその時の記事ページです。 最終的には、2,013,000円も集まりました。納税していただいた方へのリターンとして、販売しているおりぜシリーズを設定しました。 このように宇都宮市と連携することで、製品に対する信頼を得ることにつながり、結果的に認知やブランディングにいい影響を与えています。 市役所などの行政と連携して行うふるさと納税を利用したクラウドファンディングは地方ならではのブランディング・販売方法だと思いますね。 大学生起業家であることの利点と難点 ー大学生という肩書きを持ちながら企業することで、よかったことも多いんじゃないですか? そうですね。 地方なので、ありがたいことにまだ何も大きなことはしてないのですが、注目してもらいやすいです。 栃木県には若手の起業家あまりいません。そのため多くの方にアドバイスをいただけたり、ご協力いただけたりするのですが、ときに全然取り合ってもらえないこともあります。 ですが、大きな声では言えませんが、大学生という理由で舐められているという部分もあるかもしれません。 例えば、自分たちの会社で作っているおりぜくんをある地域スーパーに置いていただけないかと営業に行ったことがあるんです。 商品の価値でスーパーに置く・置かないの判断をしていただけるかと思いきや、「君はまだ若くて未熟だから」といった理由で拒否されたことがありました。 そのときは自分の力不足を感じながらも、若いというだけで断られることに違和感を覚えました。 また、大学内でも全員が全員起業に対して応援ムードというわけではないですね。 大学側として、民間企業への就職実績や公務員の合格実績を上げていきたいということもありますしね。 たしかにその気持ちはすごくわかります。ただ、もう少し学校全体として「起業もあり!」という風潮をつくってもいいのかなとも思っています。 アクティブラーニングなどの教育が当たり前になってきている今日としては、起業やアントレプレナーシップ精神をもっと本気で醸成することは結果的に大学側の新しい価値にもなると思っています。 とはいえ、多くの人たちは応援してくださっていて本当にありがたいし、嬉しいなと思っています。結論から言うとネガティブな面もありますが大学生で起業することは必ずいい面があると思いますよ。 地方ベンチャーと呼べる会社を宇都宮から。中央集権から地方分散へ。 ーここまで小泉さんのこれまでのお話を中心に聞いてきましたが、今後のビジョンや目標などはありますでしょうか。 最近は、地方で活躍するフリーランスといった個人の人が増えていると一方、地方から大きい企業は出てきてないと感じています。 地方からベンチャー企業と呼ばれるような会社が出てくれば、中央集権の構造から地方分散に繋がっていき、日本全体にいい影響があると思います。 アグクルの長期的な目標としては、150年残るような企業にすることです。発酵食品で事業を展開していくというのはあくまで手段の一つなので、時代の流れに合わせて変化しながら次の150年、いや300年、500年後も遺っていく会社をつくっていきたいですね。 ー最後に今後地方で起業を考えている人に向けて一言お願いします。 起業というのはあくまで手段です。まず挑戦してみたいアイデアがあるなら、自分ができる形でやってみるといいと思っています。 思いついたアイデアに挑戦すると地方ではみんな温かいので応援してもらえやすいですし、注目もされやすいのかもしれません。(注目されやすいのはときに負担にもなりますし、それが地方の落とし穴だったりする部分もありますが…) 生活に関するコストを抑えながら、自分のアイデアを実践する場として、地方はもってこいなのでおすすめです! 執筆者:中村創 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? フランチャイズで起業。メリットとデメリットを熟知しよう! フランチャイズオーナーが知っておきたい労務関係の基礎知識~社会保険編~ フランチャイズと直営店の違いは?おさえておくべきポイント フランチャイズで起業しても失敗してしまうことってあるの? コンビニ起業するならどこがおすすめ?フランチャイズのメリットとデメリット 個人起業にはない、フランチャイズ起業、独立のメリット
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地方起業
地方×インタビュー
島根県
2019.04.17
【島根県で起業!】東京から一番遠いまちで3つの会社を運営する秘訣
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 「東京から一番遠いまち」 あなたはどこかのまちが頭に思い浮かびましたか? 地理Aの教科書で「東京から一番遠いまち」と記載されているのは、島根県江津市です。そんなまちで、ゲストハウスやパクチー栽培、地域活性のコンサルなど複数のプロジェクトを手がけている江上尚さんにインタビューをしました。ビジネスコンテストで大賞をとり、紆余曲折ありながらも江津市へ移住。移住してからは顔と名前を覚えてもらうため、顔写真入りのビスコを配った経験もある江上さん。 面白く、そしてアクティブに活動する彼だからこそ話せる、地方での仕事の進め方や地方特有の文化への適応方法、またプロジェクトベースの地方での仕事についてお伺いしました。 プロジェクトベースで動く仕事。共通点は全て自分と地域にとって初めてなこと 自然あふれる江津市の風景 ーまず最初に自己紹介していただいてもよろしいでしょうか。 江上)江上尚です。高校の地理Aの教科書のコラム欄で「東京から一番遠いまち」と紹介されている、島根県の江津市に移住し、会社を経営しながら地域活性化に取り組んでいます。よろしくお願いします。 ちなみに島根県江津市が「東京から一番遠いまち」といわれる所以は「東京から本州各地への鉄道による移動時間」で江津市が一番時間がかかるためです。 ーそうなんですね!初耳でした。江上さんはそんな江津で会社を経営されてるとのことでしたがどんな事業をされてるのでしょうか。 会社自体は3つあります。 1つ目の会社が、地域活性化に関するコンサルティングです。2つ目がゲストハウスやコワーキングスペースを運営する会社。3つ目が農業と旅行業の会社で水耕栽培によるハーブを生産しています。 会社を3つ立ち上げている理由は、それぞれ事業目的が違い、スポンサーが異なるからです。 ー3つも会社を経営するとなると忙しそうですね。基本的にはその3社が中心なのでしょうか。 当然のことながら、自分の会社を中心としていますが、最近の働き方のスタイルとしては、舞い込んできた案件をプロジェクトベースで回す感じになっています。 自分の活動のキーワードをざっとあげてみますね。 ーかなり多様なワードがたくさんありますね。地域活性はもちろんのこと、観光や教育、マーケティング、イベントなどが中心になってくるのでしょうか。 キーワードだけ見ると、一貫した共通項がないように思われるかもしれません。でもこれらの仕事は、自分にとって初めての挑戦であり、なおかつ地域にとっても初めてという共通点があります。 パクチー栽培も、江津市で栽培されてないですし、知名度もあまりなかったので、地域ブランディングのためにやってみようという流れです。 地元の人も食べたことがなかったパクチーを栽培 ー自分にとっても地域にとっても初めてのことをやるというのは非常に面白い視点ですね! 例えば、江津高校の魅力化プロジェクトの統括プロデューサとしては、東京にいるデザイナーさんや地元で活躍するカメラマンやイラストレーターの方と協力しながら、学校案内のパンフレットを魅力的にする仕事だったり。 地域外の方とも協力してプロジェクトを進めていくことで江津市に不足しているプレイヤーは補完できますし、関係人口も増やしていくことができ、ひょっとしたら移住してくれるかもしれませんよね。 自分がワクワクするかどうかというのも判断基準として大切にしてます。 ビジネスコンテストで大賞を取り、注目度が変わった。 ビジネスコンテストで大賞を取られた際の江上さん ー江上さんはビジネスコンテストで大賞を取られたとお聞きしたのですが...? そうです。最初は、「ビジネスコンテスト出ませんか?」とお声がけいただいたのがきっかけでした。当時は、新規事業開発の仕事をしていましたし、経営大学院にも通いビジネスアイデアもいくつか持っていたので、挑戦することに決めました。 その中の選択肢をいくつか提示したところ、ゲストハウスの反応が良かったので、ゲストハウスのプランを提出しました。 ービジネスコンテストだと移住が前提だったりすると思うのですが、江上さんは移住を考えていらっしゃったのでしょうか。 最初は、ビジネスコンテストで勝ち抜いても移住するつもりなんて全くありませんでした。 一次審査通過して本戦に出ることになりプレゼンテーションをして大賞を取ることができ、賞金も振り込まれました。 ただ、自分は東京で仕事をしながら、江津にパートナーを持って経営していこうと思ってましたね。 その後、頻繁に江津市の行政の方から連絡をいただき、都内で会ったり、江津に通うようになりました。でもまだ移住の決意はできておらず... 最終的に、「江上さんの力が必要」と行政の方に言われたのが移住の決め手になりました。仕事も一段落して大学院も卒業するというタイミングも重なったので、2016年の5月に江津に移住して、会社を始めたという流れです。 ーあなたの力が必要と言われると、嬉しいですもんね。ビジネスコンテストの影響は何かありました? ビジコン経由で起業するのと、普通に起業するのは圧倒的に注目度が変わると思います。 具体的には行政・金融機関・メディアの人からの注目度が変わった実感がありました。 私の場合は、ビジネスコンテストも行政が中心となり動いていたため、ビジネスプランコンテスト出場者への起業支援は市役所が積極的にお世話してくれました。例えば、地域のキーパーソンへの挨拶まわりに同行してくれたりしましたね。 メディアの人たちに取り上げてもらうことで、地域の住民の方の認知度も上がりますし、市広報誌の特集で取り上げて書いてもらうこともありました。 そう考えると、ビジネスコンテストで大賞をとったことによる恩恵はあったと思います。 移住1年は地方特有の文化にイライラしたり、焦ることもあった。 ーここまでお話を聞いていると、かなり順調に起業がうまくいってると思ったのですが、移住してから都心部との違いなどでギャップを感じることはなかったんでしょうか。 さすがに移住して1年目はイライラすることもありましたよ(笑)特にサラリーマン経験者としては、理解できないこともありました。 例えばアポイントメント。こっちではアポを前もって取る習慣がないんです。サラリーマンだったら、企業訪問にいく時や誰かとMTGする時は、数週間前に日時を調整して指定された時間の5分前には伺うじゃないですか。 でもここではいきなり私のオフィスに訪問する人がいて、しかもそれが朝の7:30だったりすることもあって... 最初は「アポイントなしで訪問してくるのは珍しいな」と思っていたのですが、だんだんとこれが標準ということに気づきましたね。 他にも請求書がいつまでも発行されなかったり、支払い期限が決められていないということには驚きましたね。顔も分かっているのでもちろん踏み倒されるなどといった問題はないのですが、さすがに焦りました。 ただ、そんな地方の文化も見方を変えれば、プラスになる部分になった経験があります。 例えば、ゲストハウスの古民家をリノベーションした時は見積もりを取らずにやりましたが、結果的にそれで良かったと思います。 アサリハウスのリノベーション作業の様子 ーサラリーマン経験者からすると、見積もりを取らないというのは考えられないですし、後々問題になる予感しかしないのですが...(笑) 結果を先にお伝えすると問題は起こらなかったですね。 ゲストハウスのリノベーションの際は、地元の企業にお任せをしましたが、リノベ関連に対応できる業者が少なく、相見積もりが取れないといっていました。 言ってしまえば、建材やユニットバスも今時ネットで安く購入できるじゃないですか。でも本体を買って取り付けだけ地元企業にお願いすると、作業賃金しかお金が発生しないわけです。つまり地元企業からしたら雀の涙程度のお金しか入らない。 最終的には、値段は自分でネットで購入して取り付けてもらうよりも高くなりますが、地元の工務店に、本体の購入から取り付けまでお願いしました。そうすると思わぬメリットが出てきました。 不具合が出た時に、すぐに直しにきてもらうことができるんです。 電気量販店でユニットバスを購入して壊れたら、○年保証などと期限が決められて、それを過ぎると直してもらえないのが普通です。ですが、アフターケアも地元の工務店さんにお願いすると、保証期間を契約してるわけではないので、ずっと対応してくれる。 リノベーションが終わったアサリハウスの館内 ーそうなると、見積もりが出てこないようなデメリットもあるし、逆に永久保証のようなメリットもあるわけですね。 そもそもですが、見積もりを飛ばして請求書がきたとしても、法外な請求はこないですね。こちらの支払能力を知っているので(笑) 基本、人間と人間の信頼が構築されてない場合は貨幣でしか測れないですよね。 でも、田舎に行けば行くほど人と人との関わり方が深くなってきて、地方の信頼関係を図るのが貨幣以外のものになっているんです。 ー貨幣以外となると、何が信頼関係の指標となるのでしょうか。 人と人との関わりですね。そのような関係性・経済の流れのが大きくなってる。日常的に食料がスーパーで買わなくても手に入る。 僕は野菜作ってるので、ご近所さんに配ったりしています。そしたら今度は、漁師さんがサバを食べきれない量持ってきてくださったりして。さばいて一夜干しにしてご近所にまた配って。 そしたら、大根漬けたやつを交換でいただいたり、柿が食べごろだから庭に勝手に入って好きなだけ持って帰ってと言われたり。 契約書や貨幣以外の信頼関係で暮らしが成り立っているいい例だと思います。 顔写真入りのビスコを配り住民の方に顔と名前を覚えてもらった。 地元住民の方と食事を囲みながら積極的に交流も行なっている ー先ほど、地方は信頼関係で成り立っている部分が大きいとおっしゃっていましたが、移住する上で何か心がけたことはありますか? まずは、当たり前なことから始めることですね。顔と名前を周りの方々にしっかりと覚えてもらうことは大切だと思います。 自分がやったことで言えば、新聞に記事として取り上げてもらったり、ケーブルテレビに出演したり、市の広報誌に掲載してもらったことが大きいですね。自分から掲載をお願いしたメディアも中にはあります。 あとは、自分の顔写真入りのビスコを作って、配りまくったこともあります。 江上さんの名前と顔が入ったビスコ。 ー面白いですね!そんなことやってる方聞いたこともないです! 実際、ビスコを配った後から、近所のスーパーで「江上さんですよね」と話しかけてくださることが増えましたね。いちおうツッコミどころを含ませるために、新宿御苑の芝生の上で昭和アイドル風にカメラマンに撮ってもらった写真を使っています。ご近所には60代以上の住民が多いですからね、既視感を狙いました(笑) 他にも、移住した夏にゲストハウスでビアガーデンをしたりしました。地域のおじさんたちとコミュニケーションとる機会にもなりますし、一緒にビール飲みながら、「こういうことしてる」と伝えることもできます。 あとは、今までの価値観をいきなり最初から否定しないようには心がけています。 信頼をつくるという観点だと、地元の人たちにはできないけど自分にはできることをやってあげることですかね。 例えば自分の世代はITに強いですが、地元の高齢者の方は苦手な人が多いです。 「孫からLINEやれと言われてるけど設定方法わからない」だったり、商品の検索はできるけど、インターネット通販で注文ができない」という問題を抱えていました。 なので、LINEの設定を手伝ってあげたり、私が代わりに注文したこともあります。そうすることで、結果的に信頼に繋がったと思います。 島根県の西部石見地方のエコシステムをアップデートする。それが私の志。 ー最後に江上さんの今後の目標を教えていただけますか。 目標というより、自分の使命・志として掲げているのが、「島根県西部に位置する石見地方のエコシステムをアップデートする」ということです。 誰とどのようにいつまでに実現するかは決めていませんが、間違いなく今やっていることが繋がっていくと思います。 この記事を読んで、2人でも3人でも刺激を受けて、繋がって、また新しい取り組みをして、自分の考えに共感してくれる人が増えてほしいなと思います。 その結果、江津市でやる仕事が増え、関係者人口も増えていき、志である「島根県の西部に位置する石見地方のエコシステムをアップデートする」が達成されると思っています。 アサリハウス:公式HP 執筆者:中村創 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? 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地方起業
地方×インタビュー
鳥取県
2019.04.17
【鳥取県で起業!】「大学生と地域をつないでそこに価値を生み出す」優しさとGIVE精神で鳥取を盛り上げたい!
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回は鳥取県を代表して特定非営利活動法人学生人材バンクの中川玄洋さんのお話をお伺いします。 ー早速ですが、中川さんがされている事業についてご紹介いただけますでしょうか? 中川)学生人材バンクでは「大学生と地域をつないでそこに価値を生み出す」ことを軸に事業を行なっています。 人づくり・場づくり・縁づくりの3つが事業の軸で、例を挙げると、地域の中小企業へのインターンシップを運営したり学生が地域で活動する学生プロジェクトの伴奏支援を行なったり、農山村へのボランティアの派遣などを行なっています。 大学生以外向けの活動でいうと、地域おこし協力隊の支援も行なっています。 ー学生人材バンクは2002年設立ということで、NPOの中では老舗の部類に入るかと思います。NPO経営は難しいと言われることが多いですが、どのように経営をなされてきましたか? 経営面でいうと、人づくりと縁づくりが主な収入源になっています。 人作りとしては人材育成や研修、インターンシップの企画運営など、縁づくりではボランティアのコーディネートや人材獲得支援を行なっています。 色んな経験を積みたかったり仕事を探したりしている若者と活気や人手を求めている企業とを繋いだり、人と組織の問題を解決することでお金を稼いでいますね。 最初の頃はマネタイズのことを考えずにやっていて苦しい思いをしたので、理念だけでなく経営とのバランスが大事だなと考流ようになりました。 同じことで苦しんでほしくないので、後輩にもマネタイズについては色々とアドバイスをしています。 ーありがとうございます。なんだか地域に特化した人材系企業のようですね。「若者×地域」をメインに事業を展開されていますが、どのような思いで創業されたのでしょうか? そうですね、鳥取大学在籍時代に地域の人と繋がりがあったんですけども、それが創業のきっかけになっています。 「お前面白いな!」みたいに色んな人に言ってもらえて地域の仕事とか色々とお手伝いしているうちに学校では教わらない社会の話を聞くことができて、それが面白かったんですよね。 で、「この経験を色んな人に広めたい」と思ってサークルみたいなノリで立ち上げました。 ー地域の方との繋がりが創業のきっかけだったのですね。そこから今まで20年近くもの間、色々と難所はあったかと思うのですがどのように運営されてきたのでしょうか? 最初はサークルノリで活動してたんですけども、2005年頃から活動を本格化させていきました。 覚悟を決めたのは修士課程2年目の時でしたね。 そのころは、人材バンクの仕事がうまくいってきて就活をおろそかにするようになっていました。研究室の先生もいなくなって好き放題していたんですが、1月には仕事も就活も受験も全て頓挫してしまいました。 当時は人材バンクの仕事は片手間程度に思っていたのですが、この機会に事業についてよく考えました。 「地域の人から仕事で声をかけてもらえるし、大学生は機会がなかったらテキトーに大学生活を過ごしてしまう。この事業にはやる価値がある!」と考えるようになり、バイトしながらになってでもいいからこの事業は続けていこうと思いました。 もちろん最初は人材バンクの仕事だけで食べていけなかったので、非常勤での仕事も個人でしていました。 当時は意識してませんでしたが、今でいう複業をしていたことになりますね(笑) ー大学を卒業するタイミングで大きな決断をされたのですね。経営者として世の中の流れをキャッチアップするとなると、地域と都会ではどうしても情報格差が課題になるかと思います。そういった部分はどのように解決されていますでしょうか? 情報交換でいうと、コミュニティをうまく使っています。 昔たまたまNPO法人ETICのイベントを紹介されたことがあって、それをきっかけにチャレコミに参加するようになりました。チャレコミはチャレンジコミュニティの略で「地域における挑戦の生態系作り」に参画している人たちの集まるコミュニティです。 この場所が自分のネットワークの土台になっていますね。チャレコミの人達からいろんな情報をもらったり講演に呼んでもらったりということもよくあります。 ーコミュニティを活用されているんですね!どのようにしてコミュニティに馴染み、自分のポジションを作っていかれたのでしょうか? ネットワーキングやコミュニティへの貢献に関して、できることはなんでもやるという気持ちでやっています。最近はあまりできていないけども名刺交換した後はお礼メールを送ったり、ファシリテーションも板書も司会もやるようにしています。 あとは、「情報は発信するところに集める」ということで簡単なメルマガを週1ぐらいで送ってたこともありました。貢献することで声をかけてもらえるようになりましたし、まずはGIVEをするというのがポイントかなと思います。 ー実際、後輩の相談に乗ったり若者向けにnoteなどで記事を書かれているところからもGIVE精神を感じます。若者向けの事業をされていることにも関わりますが、ご自身よりも年下の世代の方とはどういうことを意識して関わっているのでしょうか? デジタルネイティブとかもそうですけど、基本的に自分たちより若い世代の方が優秀だと思ってるんですよね。 みんなチャンスがあるのに、モチベーションみたいな問題で進めなくなってしまうのは勿体無いなと思っていて、そういった問題を一緒に乗り越えるサポートをしようという気持ちで若い人と関わっています。 ーnoteでも若者に優しい言葉をかけていて相手のことをよく思っているのが伝わってきます。中川さんが今後挑戦していきたいと考えていることについて教えていただけますでしょうか? 今提供しているプロジェクトは期間が長めのものが多いので、期間が短いものも企画してコーディネートしていきたいなと思っています。 長期のものはもちろん色んな体験ができるという意味では良いのですが、参加する双方にとって負担があるのも事実なのでもう少し手軽に参加できるプロジェクトを作ることでより多くの方に機会を提供していきたいです。 ーこの記事をご覧の方は地域や起業に関心のある方が多いと思います。そのような方に対して何かメッセージがあればお願いします。 鳥取で20年近く活動していて色んな知見やコネクションがあるので、鳥取で何かしてみたいという方はぜひお声掛けください! 昔「会いに行ける玄洋さん」という企画をしたぐらいですし、本当に気軽にお話しできればと思います。 一緒に鳥取を盛り上げていきましょう! 執筆者:濱田祐太  協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い ソーシャルビジネスとは、定義、事例多数!〜社会起業家を目指そう!  地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめ  農業生産者になりたい!農業で起業したいあなたのための 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜  地方起業は、今どんな分野がおすすめ? 地方ではどんな動きが起きている?地方起業の失敗と成功とは 和歌山県の起業家が事業承継で組織改革と地域ブランドの確立に成功した話 『九州パンケーキ』の生みの親・村岡浩司に学ぶ起業とまちづくり 鎖国させない地方起業・地方創生の成功ポイント
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地方起業
地方×インタビュー
長崎県
2019.04.17
【長崎県で起業!】町のデザイナーは町医者のようなもの『景色デザイン室』から発信する新しいまちづくり
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 長崎県の島原半島でデザイン事務所『景色デザイン室』を営む古庄悠泰(ふるしょう ゆうだい)さんに、地域に根ざしたデザイン事務所の可能性やお仕事へのこだわりを伺いました。  大学の授業がきっかけで移住 ーさっそくですが、古庄さんのお仕事を教えていただけますか? 古庄)長崎県の雲仙市を中心とした島原半島でデザイン事務所をやっています。クライアントは幅広くて、パンフレットも作るし、商品のパッケージも作っていて、グラフィックデザインを幅広く取り扱っている事務所になります。 ーもともとこのあたりのご出身なんでしょうか? いえ、出身は福岡県で大学までは福岡にいました。ここに来たきっかけはシンプルで、大学生のときに講義に来てくれた先生に憧れたんです。 ミラノでデザイナーとして活躍されていた城谷 耕生(しろたに こうせい)さんという方なんですが、ミラノから帰ってきて地元である雲仙市でデザイン事務所を開業されたお話が、めちゃくちゃカッコイイなぁと。それで大学の人から連絡先を聞いて、城谷さんのところに飛び込んだんです。 そのままインターンをさせてもらって、卒業後は城谷さんの事務所に就職しました そこから3年半くらい働かせてもらって、独立は26歳のときですね。 ー城谷さんはいまも雲仙市にいらっしゃるんですよね?デザイン事務所からの独立というとクライアントの取りあいであったり、あまり良いイメージが浮かびにくいのですが、その後の関係性はどうなんでしょうか。 よく言われるんですが、実はとても仲良くさせていただいてまして。そもそも、他に働いていた人も独立や転職が当たり前のところだったので、特に違和感もないんですよね。 最初から『独立してやるぞ!』というつもりで働いたわけではありませんが、働いているうちに将来は独立することが自然と浮かんできた感じですね。 あと、城谷さんはどちらかというと建築や商品プロダクトのデザインが中心で、僕はロゴやパッケージを作ったりグラフィックデザインが中心なので、最近だと一緒にお仕事することもありますね。 よく一緒に食事もさせていただいてるので、とてもいい関係だと思います。  町のデザイナーは町医者のようなもの ーお仕事のクライアントはやはり地元が中心なんでしょうか? そうですね。7割くらいが島原半島の案件で、残りもほとんどが長崎県内です。最初は少なかったんですけど、数珠繋ぎのようにどんどん紹介していただけるようになって。今ではほとんどが紹介のお仕事ですね。 ー紹介される秘訣というかポイントはどこなんでしょう。 城谷さんからの受け売りなんですが、町のデザイナーは町医者のようなものだと思ってるんです。 ほら、町医者って自分の専門分野じゃない症状でもとりあえず聞かれたりするじゃないですか。まちにお医者さんが一人しかいないから、病気や調子が悪かったらとりあえずこの人に聞こうということになる。 デザイナーも同じだと思っていて、例えば雲仙市の人口は4万人ちょっとなので、デザイナーってそんなにたくさんいないんですよね。 なので、デザインが絡むような話はとりあえず古庄くんに聞いてみようという感じで、話しが回ってきていると思っています。 だから僕もいろいろできるようになってきました。グラフィックデザインとWEBデザインって結構違うんですけど、WEBデザインもできるようになりました。 そもそも大学ではプロダクトデザインが専門だったので、グラフィックデザインも後から学んだ形ですね。 ーまさに地域に根ざしたデザイン事務所のロールモデルですね。 ありがとうございます。とても楽しくお仕事させてもらっています。 ー古庄さんがお仕事でこだわっている部分を教えてください。 僕はデザインを作るときヒアリングや調査に多くの時間を使うようにしています。1から10の作業があるとしたら7くらいまではヒアリングですね。 とりあえずカッコいいの作ってください!みたいなお仕事は引き受けないか、そういったことを求めてくるクライアントさんからは距離を置くようにしています。 クライアントの想いや商品の魅力をジブンゴトにできるまで調べるし、とにかく話をいっぱい聞きます。 だから案件が終わるころにはその商品についてめちゃくちゃ語れるようになってるんです。 職人気質でインタビューがあまり得意じゃない人がいて、雑誌のインタビューで代わりに説明したりもしました。 例えば、僕の事務所から徒歩3分くらいにある『アールサンクファミーユ』というお菓子屋さんのロゴや商品パッケージを作らせてもらったときは、使っている素材や調理はシンプルだけど奥深い味わいが魅力だなぁと感じました。 その人の想いや商品の魅力からインスピレーションをもらって、ロゴやパッケージを作らせていただきました。 いっぱい話しているから気持ちもわかるし、もともと地元で近所に住んでいるので、継続してお仕事をもらいやすいんですよね。 まさに町医者のように、ちょっとデザイン関係で困ったらとりあえず相談してくれるような関係になれている人が多いです。 『景色デザイン室』っていう屋号に込めた想いは『やがてその街の〈景色〉になるような” ものごとをお届けしたい』なんですけど、地元に根付いてずっとやってきて、少しずつ想いが現実になってきています。 ー順風満帆ですね。ただ、このままいくと人口減少もありますし、大きな事業拡大は望めないと思うのですが、そのあたりはどう考えていますか?東京や福岡に行きたいとか。 あまり考えてないんですよね。東京や福岡に行きたいと思ったことはないです。『めちゃくちゃ稼ぎたい!』ということだったら都会に行った方がいいのかも知れないですけど、それはあまり求めていないので。 ここにいると生活コストも安いから無理をしなくてもいいので、じっくり自由にやれるのがいいですね。 あ、でも『雲仙市や島原半島を盛り上げたい!』みたいな想いはあまりないんです。よく『地域を盛り上げてエライね!』とも言ってもらえるんですが、それはあまり意識してないというか(笑) 単純に面白いんです。地元だから僕とクライアントの言葉だけじゃない、地域の空気感だったり、その環境も含めたインスピレーションがもらえるというか。 地元のデザイナーが地元のクライアントを担当するからいいアウトプットを出せてると思っています。 あと人口減少については確かに人口は減るんでしょうけど、そもそも僕のクライアント数は独立してからの3年間を合計しても50くらいなので、まだまだ伸びしろがあると思っています。 毎年、ご紹介でお仕事が増えていてリピーターも多いので、人口が減っても当面のところはあまり心配してないですね。 もちろん何十年先とかになるとわからないですけど、それはもうしょうがないですよ。 楽観的な性格なのかもしれないですけど、あまり考えないようにしています。 ー独立してからを振り返るとしたら、ここまでにはどんな苦労がありましたか? 城谷さんが地盤を作ってくれていたこともあるので、もしかすると他の地域よりはマシなのかもしれませんが、最初はなかなか仕事が見つかりにくかったです。 クリエイティブ関係だとどの地域でもある話かもしれませんが、デザインのような無形のものにお金を出してもらいにくいというか。 特に僕の場合はヒアリングのところに多くの時間を使っているので、その部分の価値を理解していただくのは工夫しましたね。 最初に詳しく説明もしますし、請求書でも『制作費』っていう一文じゃなくて、ヒアリングの部分も含めた内訳を細かく書くようにしています。 ヒアリングも大半は雑談が多いので、それが無駄な時間ではなくて、あのときの雑談からこのアイデアが浮かんだんですよみたいな話もしますね。 県外にはあまり出ない。それよりも地元でじっくりと。 ークリエイティブの業界だと都会との繋がりも重要だと思うのですが、県外の繋がりや 情報収集はどのようにされていますか? それがほとんど外に出ないんですよ(笑)『こんなイベントが東京であるから行こうよ!』って誘われることもあるんですが、ほとんど行かないですね。 県外に行くと交通費だったりいろんなお金がかかるので、そのお金があるんだったら地元の人との繋がりに使いたいというか。県外の繋がりがどれくらい自分のためになるのかあんまりわからないんですよね。 もちろん東京のお仕事はこないんですが、地元のお仕事だけでもいまのところは十分なので、これでもいいのかなと考えています。大きな拡大を目指しているわけでもないので。 情報収集は人の繋がりというよりもほとんどネットですね。本を読むのも好きなので、美術系の専門書とかをよく読んでます。 あと、新しい案件が始まるときにはその業界のことを本を読んだりしてインプットするんですけど、クライアントのジャンルが幅広いので、それでもかなり視野が広がってる感覚はありますね。 何を目指すかは人それぞれですし、他の人にもオススメするとかではありませんが、僕の場合は県外の繋がりを広げるよりも、地元できっちり仕事を進めていくことに時間やお金を使っていきたいです。 執筆者:小幡和輝 公式HP 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? フランチャイズで起業。メリットとデメリットを熟知しよう! フランチャイズオーナーが知っておきたい労務関係の基礎知識~社会保険編~ フランチャイズと直営店の違いは?おさえておくべきポイント フランチャイズで起業しても失敗してしまうことってあるの? コンビニ起業するならどこがおすすめ?フランチャイズのメリットとデメリット 個人起業にはない、フランチャイズ起業、独立のメリット
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地方起業
地方×インタビュー
大分県
2019.04.17
【大分県で起業!】年間300人の起業相談を受けたからわかる地方での起業論
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回は大分県別府市で、年間300人以上の起業相談を受けながら、シェアオフィスAlliance Social Share Office Beppuを運営している宮井智史さんにインタビュー。多くの未来の起業家を見てきたからこそわかる、地方で活躍できる起業家の特徴やビジネスアイデアの見つけ方、起業家同士の繋がり方や情報収集についてお話していただきました。 シェアオフィス、Alliance Social Share Office Beppuの室内。レトロな雰囲気が漂う。 シェアオフィスを運営しながら、年間300人の起業相談 ーまずはじめに宮井さんの自己紹介をお願いします。 宮井)宮井智史です。大分県の別府市で、シェアオフィスAlliance Social Share Office Beppuを運営しながら、起業支援をやっています。だいたい年間で300人の起業相談を受けています。 もともとは福岡出身で、大学卒業後フリータを経て、ITベンチャーの初期メンバーとして半年間働いていました。その後、縁あり、弊社がシェアオフィスを運営させていただいているビル、アライアンスタワーZのオーナーのお誘いで大分県別府市に移住し、8年勤めさせていただきました。 さまざまな経験を経て、5年前に独立しました。 ー別府でこういう事業がしたいからというよりかは誘われたから来たというような印象を受けたのですが、いかがですか? そうですね。正直、最初はノリで大分に来ました。 別府は温泉もあるし、海も山もあるし行こうかなくらいのテンションでしたね。完全に(笑) 別府にきて8年経っても、心の中では、いつか福岡に戻ろうと思っていました。 大分県と福岡県は隣ですが、方言が抜けずに「福岡の方?。」などと移住しても言われました。移住当初は誰も知り合いがいませんでしたしね。なので、ずっと別府にきたよそ者の感覚でした。でも、独立して自分でやっていこうと思った時に、どこで事業を行うのかと改めて自身に問い、別府を選びました。いつの間にか別府人になっていたのでしょうね。 今は別府のために貢献したい気持ちが強いですし、地域活動にも積極的に参加しています。 地方でうまく活躍できる起業家はとにかく頑張ってるし、明るい 別府の街並み。温泉はもちろんのこと海も近い。 ー年間300人の起業相談にのっているとなると、起業してうまくいく人の特徴などわかるようになりますか? なりますね。 地方でうまく活躍できる起業家の1番の特徴としては、とにかく頑張っていることですかね。何ヶ月も会ってなくても、ゴリゴリやってるんだろうなと感じれる人はうまくいってます。効率を追求するのも大切ですが、とにかく頑張る。これに尽きます。 あとは、明るいこと。明るい方が周りの人から好かれますし、うまくいく人の特徴ではあると思います。 ーでは反対に、うまくいかない人の特徴としては暗い人なのでしょうか。 暗いというより、物事を決めきれない人はうまくいかないですね。 結局悩んでいるだけで、前へ進まないから、起業したとしても何も成し遂げられません。物事を決断するためには、自分が何をしたいか、ビジョンを明確にしておくと進めやすいと思います。何がしたいかわからなくなって、どちらの方が儲かるかを基準にしたり、常に楽な選択をし続ける人はすぐ諦める人が多いです。 地方でこれだと思えるビジネスを見つけるためには、自分の人生を思い返すことが必要。 イエメン出身の元留学生が別府で起業。大分県庁で知事を囲んでの集合写真。 ーでは、地方で自分のやりたいことであり、これだと思えるビジネスを見つけるためにはどうするのがいいでしょう。 自分の人生を思い返して、起業したいと思った最初のターニングポイントを把握することですかね。 なぜその事業を行おうと思ったのかが重要なのです。 例えば道路に転がっている石を見て、「危険だ」と思ってそれを解消するために事業を始める人もいると思います。起業のきっかけは必ずしも人生が変わるような大きな出来事である必要はないと思いますね。何に気付いたから事業を始めようと思ったのか。、それを知ることが大切だと思います。 私は起業したい人には必ず「あなたの人生はどんなだった?」と聞くようにしてます。 なぜなら人生の中のどこかのポイントで感じたことを事業の軸になるからです。深くその経験を思い返してみて、そのテーマにたずさわりたいのであれば、あとは自分を信じて進んでいく必要があります。あとは何より、自分の実体験を元に熱い思いを持って事業を始めようとしてる人は応援したくなります。 コミュニティに加入しキープレイヤーと繋がっていれば、多くの人と繋がれる。 創業セミナー後の飲み屋での一枚 ー起業のアイディアを見つけた後に必要になることはなんですか? 起業家の横の繋がりですね。 ただ真面目なイベントだけに参加するのではなく、イベント後の飲み会に参加することが大切だと思っています。飛び込み営業でどれだけの人と知り合いになっても本当の意味での関係は構築できないじゃないですか。 飲み会で本音で話すことで、表面上だけではない繋がりができますね。あとは、別府に遊びに来たい人を案内したり、移住計画というコミュニティにも入っているので全国の人たちと繋がる機会があります。もちろん飲みにもいきます。 情報収集や、横のつながりを強化したい人は気の合う友達を作る感覚で自分が楽しめそうなイベントやコミュニティに参加してみるのがいいんじゃないかな。 ー宮井さんご自身はどのように情報収集を行なっていますか? 最新の情報という観点だと、正直そこまで自分から拾いにはいってないです。 ただ、年に一回は地域の勉強会に参加するようにしてます。 どうしても特定分野の最新情報が欲しいとなれば、地域にいる詳しい人を探したり、紹介してもらえますし、自分より専門家がいくらでもいるので、最低限の範囲で、全てを自分で持とうとは思ってないですね。必要な情報があれば、周りの専門分野を持った人に聞いてみるのが一番近道かと思います。 民間事業者同士は話し合えば、しがらみは生まれないと思う。 よく昼食を買いに行く総菜屋など。何気ない景色が多くある別府はたまらない。 ー地方での起業を考えた時にしがらみなどネガティブな問題もあるかと思うのですが、宮井さんの周りではあったりしますか? 特に感じないですね。 民間や個人事業主同士は話し合うことができますし、仮に事業アイデアが似ていても共存できると思います。また、行政ともお仕事をさせていただく際も、役割がきちんとわかれていれば問題は回避できています。 しかし、大手企業が別府のような地域に入ってくると驚異的ではありますね。金銭面や人手ではなかなか叶わないですから。大手企業に負けないためにも、僕たちは地域内での横同士の繋がりなどソフト面の強化をしています。 繰り返しにはなってしまいますが、地方で起業するにあたって、人との繋がりは大切にした方がいいですね。 起業支援から発展して、別府のまちに還元していい環境にしていきたい ーここまで多くの起業家の相談にのってこられたと思いますが、宮井さんの今後の目標は何でしょうか。 最近は地域の子どもたちを。伸び伸びとしたいい環境で育てたい思いが強いです。また、起業支援から発展して、地域にも還元していきたいです。 子どもの学校のPTA会長もやっているのですが、これも地域に還元したいとの思いからです。 地域への還元としては、今はまだない新しいものをつくり続けたいと思っています。 例えば、別府は観光地として旅行者が訪れるスポットは多いのですが、地元の人が屋内で遊べる施設が少ないんです。 今後はそういう場所をつくってみたいですね。 ー最後にこれから地方で起業する人に向けてアドバイスをいただけますか。 起業は大変ですし、お金の面でも厳しいことが続きます。起業せずに、会社員として雇われていた方が幸せな場合もあります。それでも、起業をしたいというなら私は全力で応援します。大変ではありますが、楽しい世界がそこにはあるはずです。 起業したいが決断はできていなくて迷ってる人、特に別府や九州で起業を考えている人は、話を聞きますので、ぜひ相談にきてください。 別府のシェアオフィスAlliance Social Share Office Beppu:公式HP 執筆者:中村創 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? フランチャイズで起業。メリットとデメリットを熟知しよう! フランチャイズオーナーが知っておきたい労務関係の基礎知識~社会保険編~ フランチャイズと直営店の違いは?おさえておくべきポイント フランチャイズで起業しても失敗してしまうことってあるの? コンビニ起業するならどこがおすすめ?フランチャイズのメリットとデメリット 個人起業にはない、フランチャイズ起業、独立のメリット
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地方起業
地方×インタビュー
静岡県
2019.04.17
【静岡県で起業!】ブログで浜松の魅力を発信したい!ブロガーが教える地元の魅力
地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。 今回取材させていただいたのは、静岡県浜松市で活動されている風間諒平さんです。会社員としてものづくりの事業に携わりながら、ブロガーとして発信したり、地域の若者やイベントを支援して活動されています。そんな風間さんに、静岡県の魅力をたっぷりお伺いしてきました。 ー風間さんの現在の活動内容を教えてください。 風間)「おくりびとになろう」(旧:かぜさいと)というブログを静岡県浜松市で運営しています。東京で生まれて横浜や福島での生活を経て、就職を機に静岡の浜松市に来ました。今は会社で働きながら、ブロガーとしても活動しています。 今住んでいる静岡県浜松市は製造業が盛んで、会社ではものづくりの事業に携わっています。 ーブログを始めたきっかけはなんだったのでしょうか? 会社員としての仕事もすごく好きなのですが、それ以外のこともスキルアップのためにさまざまな経験を積みたくて、ブログを始めました。実は僕の最終的な目標は宇宙に行くことなんです。 ソフトバンクの社長の孫さんが、20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐという「人生50年計画」を掲げていたんです。 そこでまず名乗り出ることが大事だと思い、やりたいことを発信したり、自分のことをアピールできる媒体が必要だと思ってブログを始めました。 もともと学生の頃からブログは書いていたのですが、仕事が忙しくて離れてしまったので、再開しようと思って2014年にまた立ち上げたんです。 ーブログではどのようなことを発信しているのですか? テーマは特に決めていなくて、書きたいことを書いています。他のプロブロガーさんと違って、収益はあまり重視していません。 マネタイズを怠っているわけではないのですが、書きたいことが書けなくなってしまうので重点を置きすぎないようにしています。 書評やホテルレビューなど、さまざまなことを書いていて、不特定多数の1000人に向けるより、10人にしっかりと届けられるように意識しています。 ーブログを書く以外の活動は何かされていますか? ブログの収益を使って起業家やクラウドファンディングの支援、イベントの協賛をしています。事業やイベントをやること自体がすごいことだと思うので、積極的に支援していますね。 浜松では月に1回、25歳以下の若い人たちが10人ほど集まって会議が行われています。会議といってもかた苦しいものではなく、自分の住んでいる地域の知識を深めたり、何を作りたいかなどを自由に話し合っています。 大学生を中心に会議を進めつつそこに高校生も加わっていて、若い世代がどんどん活躍していますよ。僕は25歳を超えているので発言はできませんが、若い人たちの考えはこれからの財産や希望になると思っているので、サポートしているんです。 僕は20歳のとき早く就職して稼いで遊ぼうくらいにしか考えられていなかったので(笑)今は就職だけが選択肢じゃないですし、何かやりたかったらSNSで繋がって簡単になんでも実現可能なので、いろんなことに積極的に挑戦してほしいですね。 他には自分でも地域に特化したオンラインサロンを3月2日から本格的にスタートしました。利用料は無料で、幅広い世代で使われているグループLINEを活用しています。 忙しくてイベントに足を運べない大人にも面白い情報を知ってもらうことや、学生の夢や希望をどこにいても共有できる場を作ろうというコンセプトです。 スタートしたばかりでまだまだ少人数なので、当面は僕から浜松に関するコンテンツとなる読みものを原則毎日発信しています。これから参加者を増やして地域最先端のオンラインコミュニティにしていく目標です。 これから浜松をもっと盛り上げるためのことなども話し合ったり、オフラインイベントも開催したいですね。 ー今までで上手くいかなかったことや苦労したことはありますか? シェアハウス運営です。最近さまざまな地域で若者を中心としたコミュニティが生まれていて、その拠点としてシェアハウスが続々と誕生していますよね。 そこで、私の住んでいる浜松でも新しい滞在の場を設けたいと考えたんです。浜松の強みである豊かな自然や風光明媚な場所を活かして、ゼロからシェアハウスを作ることに決めました。 ツイッターで「シェアハウスづくりで最も大切な要素は何か」とアンケートを行なった結果、立地が最も多くの票を獲得したんです。公共交通機関のアクセスに優れた場所を前提に浜松市の多くの場所を廻り、1年がかりで実際の候補地に足を運び、調べました。 調べた結果、空き地はたくさんあるものの、シェアハウスの運用で大切なことは立地であり、最有力となる立地にたどり着けなかったんですよね。 それにはじめからシェアハウスを建てるからして、それに見合った仕様にすることが必須条件であり、一般的な住宅を建てただけではシェアハウスの魅力が訴求できないんです。個室をたくさん用意するなど工夫が必要ですが、費用がかかりすぎて自己負担では賄いきれなかったんです。既に浜松の街中ではシェアスペースやレンタルスペースが複数登場していて、これらが新しいユーザーのニーズを満たす役割を担おうとしています。これらがあって、ゼロからシェアハウスを建てる必要性は小さいとの判断に至りました。 ー静岡の魅力はどんなところでしょうか? 自分の好きなことや興味のあることに挑戦できる環境であることですね。浜松市では仕事も遊びも没頭できていますが、東京や大阪の主要都市で活動していたら忙しくてそんな余裕なかったと思います。海と山と湖と川に囲まれていて、それぞれ90分以内で行けるのも魅力です。 浜松市では晴れてる日が多くて、雪も全然降らないので、こんなに天候に恵まれているのは日本で探してもここだけなのではないかと思うほどですね。東京から移住してきた起業家さんは毎朝サーフィンしてから仕事に行くそうですよ。 東京、大阪、名古屋、どこにでも行きやすい場所にあるのも静岡で良かったところですね。新幹線や車で日帰りで各地のイベントなどに行くこともできるんです。人口もそこそこで、自然も多くて、他の地域にも行きやすい地域で活動できるのはすごくいいことですよ。 ー逆に地方で感じるデメリットはありますか? 競争相手がいないことですね。たとえば名古屋はブロガーさん同士が集まってたりしています。静岡ではみんなが公表してないだけかもしれないけど、どんどん新しいブロガーさんが出てくるようなことはあんまりないんですよね。 静岡でももっとブロガーさん同士が集まるような、コミュニティや作業できるところを作りたいですね。もちろんブロガーさんに限らず、興味を持った方が集まっていろんな活用の仕方ができればいいと思っています。今だとYouTubeなどもありますし。 まだ日の目を見ない人たちが生まれる土壌を作っていきたいです。 ー静岡の魅力はどんなところですか? 引っ越してきた当時は静岡から離れたくて、東京に行きたいと思っていました。ですが今は静岡県浜松市に来て11年が経って愛着もわいて、東京に住みたいとは思わなくなりましたね。 今はインターネットが普及して情報のスピードが東京と変わらないですし、物もすぐ届くようになったし、何かあれば主要都市にも2、3時間で行けます。浜松市は都会的な場所もあってバランスもいいんですよね。通信が4GGから5になったときに、田舎や地方はより便利になって大都市の差がなくなってくると思ってます。さらに地方都市が大都市より優位になる可能性も十分考えられます。 たとえば地方都市は家賃が安いです。 東京だと駅に近い3畳ワンルームで家賃が8万円ほどするようです。でも僕が今住んでいる家は2LDKで駐車場に2台車が停められる他、畑もあって月に6万円です。 家賃を下げることで固定費が抑えられたら自分のやりたいことなど、他のところにお金も回せますよね。ときどき果物をもらったり、僕も自分の作ったじゃがいもを渡したりと物々交換もできるのも、地方の醍醐味だと思います。深夜にトラックが走ることもないし、静かで本当に住みやすいですね。 ーこれからやりたいことはありますか? コワーキングスペースなど、一緒に作業して学んで共用できる場を作っていきたいです。生まれた新しいものを、他の地域に発信して繋がっていけたらいいですね。楽しく充実して過ごしていれば、宇宙に行きたいというような自分の思っているところに繋がっていくと思います。 浜松で生まれ育っていたら、こんなに住みやすくて素敵な街であるいうことに気づかなかったと思んですよね。他の地域から移住した自分が思うので、これから来る方達にも思ってもらえるはずなので、オススメしていますし、浜松に恩返しもしたいです。 インターネット上で「地方に移住しよう」と言っても、全体的な流れはまだまだ都会にありますよね。まだ地方に人を呼ぶのは難しいかもしれないですが、可能にするために発信していこうと思います。他の地域の人も同じように進めていけば、もっと日本全体が面白くなります。 SNSが普及して、点だった地域と地域がやっと繋がって線になってきたイメージがあるので、もっと繋がって線が面になっていけばいいと思います。4月に初めて浜松に来たときに、浜名湖の景色に惚れ込んだんです。最初に飛び込んできた景色というのはずっと忘れないですよね。浜松は晴れの日が多いので、いい印象を与えてくれる確率が高いです。 ここでは語りつくせないので、もっとオフラインでも伝えていきたいのはもちろん、僕もまだ知らないことがあるので、もっと浜松市のいろんな場所を見たり学んだりしていきたいですね。 ー風間さんありがとうございました! 浜松在住者、出身者が集まるフリーサロン「#はまくら」は登録無料です!最先端の場に触れたい方はLINE@にご登録を。参加についての詳細が届きます。 「#はまくら」に入るためのLINE@はこちら 執筆:伊藤美咲 協力 ローカルクリエイターラボ おすすめの関連記事 全部言っちゃうフランチャイズ経営の失敗や原因 初めての起業におすすめ!フランチャイズ厳選7選 起業するならコレ!人気フランチャイズ5選 フランチャイズ起業でも起業支援は受けられる? フランチャイズで起業。メリットとデメリットを熟知しよう! フランチャイズオーナーが知っておきたい労務関係の基礎知識~社会保険編~ フランチャイズと直営店の違いは?おさえておくべきポイント フランチャイズで起業しても失敗してしまうことってあるの? コンビニ起業するならどこがおすすめ?フランチャイズのメリットとデメリット 個人起業にはない、フランチャイズ起業、独立のメリット

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副業
2017.08.04
地方で生活したいフリーランサーのための田舎暮らしあるある
地方×フリーランス 今日は敢えて、一見ネガティブ?な話をします。ので、「元気な人」は読まないでください。 この記事を読んでいる皆様の多くは、東京や大阪、名古屋などの都会暮らしをされているのではないでしょうか。都会暮らしは色んな人に会えるという面ではとても楽しいですよね。…と楽しさの押し売りをするつもりはありません。 この記事を書いている私は、実は東京に10年間暮らしていました。若い内は、色んな人に会えて、色んな体験ができてとても楽しかったのですが、だんだん年を取るとともに色んなことに疲れてきました…。 その一つが満員電車での通勤です。 東京に住んでいた当時、私は乗り継ぎも含めて片道1時間半、満員電車に揺られて通勤・退勤していました。満員電車というと普通は朝のラッシュをイメージされると思いますが、結構終電近くも朝ほどではないですが、混むんですよ。特に金曜の終電や、土曜の始発は混んでました。 (たまたま、空いている車両を見つけて乗ろうとしたら、そこには、物凄い臭いと巨大な○○の海が…) そして、その後とある地方都市に転勤を機に引っ越しました。 (その当時はサラリーマンでしたが、今はフリーランサーになっています。) 職場まで、徒歩で通勤したのですが、物凄い解放感に満ち溢れた記憶が今でも鮮明にあります。また、普通に東京で暮らしていた時と同じ勢いで出社したら常に職場で一番乗りでした。ところで、私にはスウェーデン人の友人がいるのですが、朝の満員電車に乗って「クレイジー」だと叫んでいました。 とまあ、話が脱線してしまいましたが、言いたかったことは、私たちが普通と考えていることは、世界標準で見るとおかしなことが結構あるのではということです。満員電車がその一例だと思います。 今でもたまに東京に行って、満員電車に乗ることもあるのですが、「今までよく普通にこんなのに乗れてたな…」という思いで一杯になります。 ちなみに、私の職場での給料は、年収ベースではそこそこな金額(1.5近くです)だった一方で、残業時間は多い時で月200時間以上の(勤務時間ではありません。)。そして、「名ばかり管理職」でもあったので、残業代は0。 ある時本当にバカバカしくなり、自分の年収を時間単価で割り返してみました。そして、その後、気分転換に職場の近くの丸の内にある、某有名なコーヒーチェーンに入ったのですが、そこで目にとまったのが、アルバイト店員の募集ポスターです。なんと、自分の給料よりも、アルバイト店員のほうが時間単価では高かったのです! そして、もう一つ気が付いたことがありました。その当時、東京都の郊外に住んでいたのですが、同じ東京都内でも郊外にあるお店よりも時給が300~400円ぐらい高かったのです。そこで、今思えばアホな行為だったと思いますが、店長らしき人を見つけて、なんでこんなに時給が高いのか聞いてみました。 返ってきた答えが2つ 1つ目は、賃金の安い外国人を雇うとブランドイメージと合わないから (決して差別的な意図は筆者にはありませんし、答えてくれた店長にもなかったと思うのでご容赦ください) 2つ目の答えが、ポイントで、東京の中心部だと「都心まで出てくるのがかったるくて、アルバイトが集まらない」ということだったのです。 満員電車に揺られるのに、だんだん疑問を感じ始めていた当時の私は妙に納得してしまいました。基本この記事を読んでいる方は、ポジティブで活力に溢れている方ばかりだと思います。が、敢えて都会暮らしに疲れたあなたのために、本当に超ド田舎で生活していた経験のある私から、田舎でフリーランサーとして独立開業する際に知っておきたい田舎暮らしの実態をお届けします。(前振りが超長くなってしまってごめんなさい。) ちなみに、この記事は個人または夫婦単位でやっていくことを想定していますので、人を雇ってビジネスを起こしていきたいと思う方は、地方起業のメリット・デメリット・おススメの起業業種のまとめを読んでください。 1.田舎暮らしに適した業種とはまず、場所を選ばないような業種ですね。言い換えれば、在宅勤務可能な職種です。 例をあげると… ■SE(システムエンジニア)  ■プログラマー  ■CADオペレーター  ■ライター  ■イラストレーター  ■デザイナー   ■アフィリエイター ■データ入力・チェック(記帳代行、給与計算など) なんかですかね。要するにクラウドソーシング系のビジネスは全般的に田舎でも可能です。 あと、田舎でしかできないビジネスもあります。 ■農業 ■民泊(観光地であることが前提ですが…) などですね。 田舎と都会を行き来するのであれば、 ■地方の特産品のアンテナショップを都会で開く ということも考えられるでしょう。 これらのうち、「農業」での独立については奥が深いので、また別な機会に説明するとして、まずは、クラウドソーシングを行うための前提である通信環境が整っているか、そんなことが果たして可能なのか説明します。 2.意外に通信環境は本当にド田舎でも整っている! 例えば、地方の本当にド田舎出身の貴方!もしくは、親戚がド田舎に住んでいる、または住んでいた貴方! 光ファイバー網が届いているかどうか試してみてください。…届いていませんか? 届いていない?では、4G回線はどうですか? ほら、届いているでしょ。(山間部はさすがに無理ですけどね。) ということは、光回線が無理でも、無線通信でWeb環境を構築することが可能ということです。 (まあ、どうしても光回線が必要だとすれば、ただ単にもう少し田舎の中でも市街地に出ればいいだけの話なんですが…) これは筆者の勝手な予測ですが、今後は整備やメンテナンスコストのかかる有線通信網よりも、無線通信網の整備のほうにシフトしていくと思います。自動車の無人走行やIoT促進のためには無線通信網の発達が必要不可欠ですからね。なので、通信環境の整備状況に関しては現時点でもほぼ心配ない状況となっています。 3.情報格差がハンパない! 筆者は、現在とある政令地方都市に住んでいます。周りから見れば、結構な都会なはずなんですが、東京と比べると情報が5年ぐらい遅れている感じがします。なので、定期的に東京などの大都市に出て、最新の情報を仕入れる必要があります。 4.おすすめの移住エリアは? 定期的に東京に行くとなるとどうしても気になるのが、航空代金。そこで、お勧めの地域としてLCCが成田に向かって飛んでいる空港の近くに住むことを提案します。 ちなみに、「近く」とはどのくらいをイメージしますか? 地方だと、片道50Kmなんて近所のイメージ。車で一時間とかかりません。(制限速度は守りましょう。) なんかの記事で、「イオンモールまであと100Km」という看板を見た方はいませんか?あれは、都会の人から見れば???かもしれませんが、地方の人の感覚だと別に「フツー」なことなのです。少し話は脱線しましたが、東京との行き来が頻繁に必要なのであればLCCが成田に向かって飛んでいる空港の近くの地域がお勧めです。
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地方起業
地方×インタビュー
徳島県
2017.05.15
徳島で起業した先輩との距離が遠い~徳島県における起業環境の実態とは~
1.サラリーマンからの起業 ー「徳島県を中心に様々な地域でご活躍ですね。まずは簡単に自己紹介をお願いします。」 畑「畑英文と申します。私はもともと22年間、創業間もないある種のベンチャー企業や上場企業で働いていましたが震災を機に働き方・人生の過ごし方を深く考え、熟考の末、サラリーマンをやめる決意をしました。 地元徳島の人や企業と一緒にできる仕事、地元徳島という地域に密接にかかわることができる仕事をしてみようと思い立ち、会社を始めました。当時、立ち上げはとても大変でしたが、東京の企業さんからすぐにお仕事をいただくことができました。 ちょうどサラリーマンをやめる決意をした2011年の7月に、徳島県で「サテライトオフィスプロジェクト」が立ち上がりました。 サテライトオフィスプロジェクトとは限界集落の再生プロジェクトとして、徳島県でスタートしたプロジェクトです。震災を機に、日本の中で会社経営のあり方、ワークライフバランスが考え直され始めた時期でしたので、このプロジェクトはその時流に乗っかり、今では全国に波及する新しい働き方の代名詞ともいえる程大きく成長しました。私は、このプロジェクトに最初からボランティアとしてかかわっていまして、もうかれこれ五年がたちます。」 ー「現在はどのようなお仕事をされていますか?」 畑「今、私は3つの仕事をしています。1つ目の仕事は、先ほど述べたサテライトオフィスプロジェクトでの企業誘致を行っていたのですが、その時の実績を評価して頂き美馬市や鳴門市その他地元の自治体の企業進出場所としてのプロモーションや誘致活動を支援しています。また、このサテライトオフィスプロジェクト関連で集まってくる県外企業の経営者さん達から経営スタイルや経営手法のアイデアを頂き、自分の中で再構築して、様々な企業さんに情報提供しています。 2つ目は、地元企業のお手伝いです。地元のネットワークを使い、人を介してお話を頂き、22年間のサラリーマン時代に得た経験を基にして、企業のお手伝いをしています。例えば、上場準備、海外進出、経営ブレストのファシリテーション、採用、社員教育リーガル支援、予算作り等を行っています。事業活動においてスペシャリストを要するものの永続的には必要としないようなプロジェクトや仕事、またそのリソースが一定期間だけ足りない、そうしたスペシャリストを育てたいという企業への支援です。 そして3つ目は、創業の支援です。これが一番やりたいことなのですが、私の事業としてはなかなか難しいです。なぜなら創業時には資金もショートしがちで、そうした創業者にサービス料を頂くことが難しいわけです。 それら以外では、徳島県在住のフリーランスのエンジニア達とアプリケーション開発やシステム開発のチームを作り、プロジェクト毎に最適なメンバーをその都度組成して開発にあたります。いわばランサーズさんの、顔の見える地域コンパクト版のようなものです。これまで、植物工場の照度管理ソフトや、野菜の出荷管理ソフト、スポーツ店が扱うユニフォームデザインのシミュレーションソフト等を開発し、徐々に地元での活躍の場が広がってきました。 ー「畑さんは起業支援を行っていますが、徳島に同業社さんはいますか?いるのであれば、具体的にはどのようなことをされていますか?」 畑「私のようなフリーランスで企業支援を行っている人は、あまりいないでしょうね。やっていても、金融機関の中の創業支援窓口のようなセクションや中小企業機構さんのような少し公的な場所で起業相談は行っています。 具体的には、どういった補助金があるのか、その補助金を得るためにはどうすればよいのか、事業計画はどのように作成するのか、営業の仕方や、税金のお話といったテクニカルな相談に乗ってくれる場所です。ですが、創業者にとって、もっとも必要とされることは、深い関係に裏打ちされた精神的な支えとなったり、仲間作りをしたり、さらには仕事を提供できれば、それが最高だと思います。机上の話ではない、リアルな苦悩にどれだけサポートしてあげられるかが大切と考えています。」   2.起業をしにくい空気を打ち破る ー「徳島県の起業環境をおしえてください。」 畑「徳島は、起業しようという雰囲気が満ちているとは言えません。起業し成功した先輩達と、これから起業しようとする人との距離が遠くて、特別なことと感じている人が多いと言うことかも知れません。そういった状況ですので、環境は未熟であるといえます。実際、起業する人は県外からやってきている人が多いです。 しかし、悪い面だけではなくいい環境もあります。たとえば、徳島の起業環境の特徴として、ネット環境を他県と比較した場合、群を抜いて整備されていることが上げられます。実際に、県外からやってきたサテライトオフィスとして進出した企業が42社になりました。徳島県に魅力がなければやってこないし、これだけの企業が徳島県に目を向けてくださっています。」 ー「未成熟な環境について言及されましたが、一番の原因はなんでしょうか?」 畑「先に述べたとおり、一番足りないのは徳島で起業し、成功した先輩達が身近に感じられていないということです。成功した先輩たちの話を聞いたり、成功した事業の現場を見たりする機会もほとんどありません。起業セミナーということで、東京から起業家さんがいらっしゃいますが、セミナーが終わればすぐに帰ってしまいますので、聞き手と深い関係になれず、むしろ特別な存在として映ってしまい、逆効果です。 また、そうしたセミナーでは失敗談を題材にすることは少ないです。起業した人たちは、人一倍失敗や苦労していると思います。けど、そういった話は中々表に出てきません。私は自身の独立後の苦労や、これまで見てきた失敗事例を紹介するようにしていますが、成功だけでなく失敗を含めた実例を知る機会が少ないのも原因だと思います。」 ー「では、それらを解決するためにはどのような解決策があると思いますか?」 畑「現在、徳島市は、同じ徳島県内の美波町や神山町といった過疎の地方と比較した場合、むしろ起業環境面で遅れているのかもしれません。ですから、そのような一歩進んだ場所から人材を輸入して、徳島市、徳島県全域を底上げして盛り上げていけばいいと考えています。サテライトオフィスから誕生した起業家さんたちは、先進的な考え方をしていています。ですので、彼らに手伝って頂けたらいいですね。 今年の目標として、私は起業家を結びつけるハブになるような場所を作ろうと考えています。現在、徳島市内には起業家が集まって熱い思いを語り合う場所がありません。そのような場所を作ることで、徳島市の起業環境を活性化していきたいと考えています。それだけでなく、従来から徳島市にいる企業の社長さん達と彼らを会わせることも考えています。現在、そのような交流自体がありません。 私は、起業家と地元企業の社長双方の交流を促すことで、地元企業は起業家から気づきを得られるだろうし、起業家さん達も新しいことを学ぶことができると考えています。それだけでなく、相乗効果で新たなビジネスが誕生するだろうと考えています。このような企業間の交流を図り、起業環境の改善に邁進していくつもりです。 以上のようなことだけでなく、今、私は「企業における社員の交換」を各所に提案しています。どういうことかというと、社員が一社にずっといるのではなく、いくつかの会社に行って働くといった新しい働き方です。 なぜそのようなことを提案しているかといえば、例えば、新卒の人が東京で就職をしようと思ったとき、一社にしか就職できません。しかし、新卒の人はどの会社がいいか悩んでしまうこともあります。そこで、この制度を使うと同時に三社入社ができますよ、といった面白い・新しい働き方ができる。それによってIターン、Uターン促し、若い子を地元へ呼び戻す。社員の交換で、若手社員の知識や経験の幅を増やす。 その結果として、ビジネスパーソンとしての生産性も向上しますし、起業も促進できると考えています。行政として動いてもらえるところはどんどん提案して環境を変え、自然と起業しようと思えるような枠組みであったり、起業しやすい雰囲気を作っていきたいです。あとは「心根(こころね)」のサポーターを増やして生きたいです。お金や人脈を求めて支援するわけではなく、心からその人の事業や熱い思いを応援していきたいと思うサポーターを増やしていきたいと思っています。」   3.コンシェルジュへコンタクトを取ってみる ー「この記事を見て「何かしたい」「チャレンジしたい」と思った人に対して、どのようなアクションを次の一歩としてオススメしますか?」 畑「やりたいことを、とことんはっきりさせること、そしてそれを誰かに話してみることだと思います。何をしたいかって、意外と突き詰めることなく、行動することが多いかも知れません。京セラ創業者の稲盛さんの言葉に、「準備は悲観的に、行動は楽観的に」というのがあります。悲観的というのは暗く考えると言うことではなく、周到に慎重に行うということです。その企画や準備を周到に行うためには、徳島のような地方の環境でじっくりと考え抜き、そのやりたいことを誰かに聞いてもらうことで、気づきがあるし、勇気ももらえるかもです。そんな「誰か」が徳島にはたくさんいます。 ー「徳島県で起業したいと思う人たちに何かメッセージをお願いします。」 畑「私は今、「ナイストライ」をキーワードにしています。まずは、地元徳島を何かにチャレンジしたこと自体を称えられるような場所にしたいと考えています。 失敗しても責められたり、蔑まれることなく、褒め称えるという人や土地の空気を創造したいのです。チャレンジする年齢も関係ありません。ある種、良質な徳島の変態がきっとサポートしてくれますし、背中を押してくれるものと思います。 今年50歳となる私も、自らが実践して、多くの人に勇気が与えられるような働き方をし、行動していきます。」 プロフィール 氏名 畑英文 職業オフィスBAMSO 代表 経営コンサルタント インキュベーションマネージャ 経歴: 徳島県徳島市出身。 大学卒業後、ベンチャー企業に入社。ベンチャーの創生期から成長期に経営に従事した経験を活かして、創業支援と、地域企業のプロジェクトサポートを行う傍ら、地元徳島を盛り上げる様々な活動に取り組んでいる。 おすすめの関連記事 ー四国で起業してみたい方へー 「地方を1から私たちと一緒に作っていきませんか?」~ 徳島県美馬市行政機関の起業支援とは~ ー何も知らない状態でのスタートー 「自分達でもできる」と言う成功マインドを沸き起こす~地方創生で必要なこととは~  
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地方起業
2017.10.17
これからの農業に活力を!農業関連の起業家インタビュー
どうなる?これからの食糧自給率 日本の“食”を担う第一次産業。しかしここ数年、日本の食糧自給率はズルズルと低下しています。 農林水産省が発表しているデータによると、昭和40年の段階では生産額ベースの食糧自給率は86%、カロリーベースの食糧自給率は73%あったとされています。それが現在ではどうなっているのでしょうか。 平成28年度はなんと、生産額ベースの食糧自給率が68%、カロリーベースの食糧自給率が38%にまで落ち込んでしまっているのです。グラフにも現れているように、自給率の減少は、年々、進んでいるのが実情です。 日本における農業の現状 その背景には何があるのでしょうか。もちろん、海外からの輸入品が多いという原因もありますが、それは今にはじまったことではありません。 むしろ、日本における農業従事者の減少が、日本産農産物の縮小をもたらしていると考えた方がいいかもしれません。というのも、日本における農業修行人口は明らかな減少傾向にあります。 (参考:農林水産省 農業就業者の動向 2000年代には389万人いたものが、2011年にはなんと260万人にまで減少。しかもこの数字は、年を追うごとに少なくなっています。また、従事者の平均年齢もあがっているのです。 未来の農業はどうなっていくのか このような現状を踏まえると、これから先、日本の農業はどんどん衰退していってしまう可能性があります。 政府としても、いくつかの積極的な取り組みを実施していますが、将来的にどのくらいの成果をもたらすのかは未知数です。農業就業人口の減少、そして農業従事者の高齢化がこのまま進んでいけば、いつの日か、日本の農作物はほとんどなくなってしまうかもしれません。 そうなると、すべての作物を輸入に頼ることになり、安定供給への不安も高まります。 農業に着目した起業家たち このような農業の現状に危機感を抱き、課題解決に挑戦しているベンチャー企業があります。今回インタビューを敢行した5社は、いずれも農業に関わるビジネスやサービスを展開されている企業ばかりです。背景には、すでに述べた農業の現状があります。 それぞれに展開しているサービスはさまざまですが、その特徴として、販売や流通の部分で農業を支援しているのが目立ちます。各インタビュー記事を読んでいただければわかりますが、これは、日本の農業が抱える構造的な問題が関係しています。 取材先企業 今回、インタビューをお願いした企業は以下のとおりです。 ・「株式会社ヴァカボ」 広告代理店でありながら、アミューズメント施設をはじめとする農業プロモーションを展開。 農産物の新しい販売に挑戦する。 ・「プラネット・テーブル株式会社」 世界の農業・生産者支援に取り組むベンチャー企業。ICTを活用した需要予測など、 飲食店と農家との効率的な連携に取り組んでいる。 ・「株式会社ポケットマルシェ」 旬の食材を、生産者から消費者へ直接とどけられるサービス『ポケットマルシェ』をリリース。 スマホアプリからでも利用可能。 ・「株式会社KOMPEITO」 人が集まる場所であるオフィスに着目し、その場で食べられる野菜を提供する 『OFFICE DE YASAI』サービスを展開。 ・「株式会社農業総合研究所」 「農家の直売所運営」「農産物流事業」「農業コンサルティング事業」の3事業を柱に、 幅広い観点から農家を支援している。 起業というカタチで農業の活性化に挑戦する 農業を活性化することによって、食の未来を守っていくこと。それは、消費という部分でも、あるいは雇用という部分においても重要なことです。それでは、日本の未来を守るために、挑戦を続ける起業家のインタビューを見ていきましょう。 今回の対談 ・野菜を集客のきっかけに!365マーケットを展開する株式会社ヴォカボ代表長岡氏インタビュー ・生産・販売・流通を経て。誰よりも農業の現場を知る農業総合研究所・及川氏が描く農業の未来とは ・生産者と消費者をつなぐ!ポケットマルシェCOO・本間勇輝氏インタビュー ・農業の現場に山積する課題に挑戦!新しい農業の仕組みを提供するプラネット・テーブル株式会社菊池紳社長インタビュー ・オフィスで野菜という新提案!株式会社KOMPEITO川岸代表インタビュー ・編集後記―私たちの暮らしに根付いた「農業×ベンチャー」の活躍 おすすめの関連記事 ー農業で稼ぐにはー 農業は稼げる?~農業起業の成功法則〜 ー脱サラからの農業は?ー 脱サラして農業は失敗する?失敗してる人と成功してる人の違い
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地方起業
地方×インタビュー
2017.09.19
地方ベンチャーと市長に聞く!地方起業の現状と未来@四日市
2017年8月4日に三重県四日市市で開催されました『ふるさと起業カンファレス』(詳細は記事最後にあります)の対談記事となります。 まずはじめに自己紹介 = 神谷さん = みなさんこんにちは。 モデレーターを務めさせていただきます、龍馬プロジェクト会長の神谷宗幣と申します。 (参考:Wikipedia龍馬プロジェクト) 2010年から大阪を中心に20-40代の政治家や経営者を集めた超党派の政治団体で、政治のことや街づくりに取り組んできましたが、足元の経済を良くしていかなければいけないと思い、このイベントを共催させて頂きました。 それでは登壇者の森市長から、自己紹介をお願いします。 ― 森智広さん ― 四日市市長の森です。 公認会計士として東京で監査法人で勤めたあと、市議会員を経て現在は四日市の市長をさせて頂いております。公認会計士と行政などの経験からこれからの四日市の話をできればと思っております。 (参考:四日市市役所の公式ホームページ) ― 山添卓也さん ― 株式会社中村製作所、代表取締役社長の山添卓也と申します。 元々はコンビナートの部品加工をしており、オイルショックで会社が傾いたのを機に展開を変えて、現在では航空宇宙・防衛・ディズニーランドのアトラクションの部品などを製造しております。 ― 野呂純也さん ― 野呂食品株式会社 株式会山武館 代表取締役社長の野呂純也と申します。 1951年に祖父が雷おこしの原料加工、製造会社として創業した「野呂食品」を、二代目の父が1989年に「しいたけ栽培」へと転換し、現在ではしいたけ栽培の会社として事業を展開しております。 詳しくは長くなりますので、最近出版させていただきました「しいたけの逆襲」をお読みください。笑 ― 伊藤健太さん ― 株式会社ウェイビーの伊藤と申します。 年間3000件以上の企業と経営を支援させて頂いており、地域の起業をその地域全体で取り組んでいかなければならないと思い、今回のイベントを共催させて頂いております。
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地方起業
香川県
2018.02.11
香川県でIUJターン・移住・起業する方必見!押さえておくべき基礎知識!
香川県の概要 四国の北東にある香川県には、降水量が少なく日照時間が長い典型的な瀬戸内海式気候のもと、人口96.19万人(2018年10月1日現在)が暮らしています。最近では「うどん県」のプロモーション活動や、「瀬戸内国際芸術祭」など、香川らしさを前面に押し出した特徴的な活動にも注目が集まっています。 県下では多彩で豊かな海産物や農産物が育まれ、世界トップシェアを誇る製造業が県内の産業を牽引しています。県土は1876.73 km2で、全国で最も小さいことでも有名です。県下の瀬戸内海には100を超える島が点在し、「直島」や「小豆島」を筆頭に、瀬戸内海に浮かぶ島々が織りなす風景はまさに絶景です。 起業面では創業を目指す人を後押しする補助金や融資制度が整うだけでなく、起業のアイディアを実現したい人に向けた起業塾が用意されています。移住面では、子育て支援や移住者に対する補助金制度が揃い、香川県の恵まれた環境で新しい暮らしを実現したい人をバックアップする体制が整っています。 香川県の気候  1年を通して晴天が多く降水量が少ない瀬戸内海式気候です。日照時間が長く、製塩に向く気候のため、古くから塩田の盛んな土地としても知られています。四国の北東に位置し、降水量が少ない夏場は、水不足となることも多く、県内には水不足に備えるため池が数多く存在しています。 香川県の観光・地域資源 「世界の宝石」とも呼ばれる美しい瀬戸内海を堪能できる香川県。 瀬戸内海を隔てて、日本の歴史の中心地であった畿内にも近く、県内に数多く存在する史跡や文化財などが歴史の激動を物語っています。代表的なのは、古くから「さぬきのこんぴらさん」として親しまれる金刀比羅宮。 海の守護神としても多くの参詣者を集めていますが、境内には由緒ある御社や御堂が点在し、文化財が多数存在することから、観光スポットとしても有名です。香川県坂出市と岡山県倉敷市を結ぶ全長9368m瀬戸大橋は、鉄道と道路を併用する世界最長の橋です。 丸亀城は1658年より明治維新に至るまで京極氏丸亀藩6万石の居城でした。その石垣は60mを超える高さで日本一です。最近では瀬戸内国際芸術祭の開催によって、アートの県としても広く認知され、国内外から観光客を集めています。 香川県の交通 空の玄関口は高松空港です。 東京と沖縄便が就航しています。高松は他の四国の都市と比べ、国際線の種類が豊富です。ソウル、上海、台湾、香港と高松を結ぶ便が揃っています。 陸路では、JR岡山駅から約1時間で移動が可能です。所要時間は東京駅からは約4時間半、新大阪駅からは約2時間かかります。高速バスだと、新宿—高松線が約10時間半、大阪—高松線が約3時間半です。県内の移動の際にはJR四国の高徳線(こうとくせん)や土讃線(どさんせん)が便利です。バス路線では、ことでんバスや大川バス(大川自動車)が使いやすいです。他に、神戸港と高松東港を結ぶジャンボフェリーを始めとするフェリー航路も充実しています。 香川県の主要産業 平成27年度香川県県民経済計算推計によると、県内の名目県内総生産は3兆7780億円で、2年連続で上昇しました。香川県の産業別構成比は、特に第三次産業が占める割合が高く7割を超えています。業種別では製造業・卸売・小売業・不動産業の順に売り上げが大きいです。製造業では、建設機械、造船、自動車部品など、世界や国内でトップのシェアを誇る企業が多数あります。農業では温暖で日照時間が長い気候を生かし、はだか麦やレタス、ブロッコリー、柑橘類など幅広い作物が育てられています。豊かな海域特性を生かした水産業も盛んです。 香川県の有名企業・老舗企業 香川県の総事業所数は、2016年現在で4万7893事業所(出典:平成28年経済サンセス)です。県内の有力企業は、東証一部上場企業で、クレーンメーカーの株式会社タダノ。次に世界有数のシェアを誇るクレーンメーカーの日プラ株式会社。ほかに、東かがわ市に本社を構える医薬品メーカーで、湿布に用いるパップ剤のシェア世界一である帝國製薬株式会社などです。 香川県の起業・独立、起業支援情報 平成27年の国勢調査によると、香川県内の労働人口は約47.1万人でした。平成29年就業構造基本調査によると、香川県内の収入を得ることを目的に働いている有業者49万1200人のうち、3万8500人が自営業もしくは会社役員などの起業家です。有業者のうち、約7.8%が起業家です。 起業支援団体 公益財団法人かがわ産業支援財団では、創業を目指す人を対象にした「かがわ創業塾」ほか、相談窓口を設け個別の相談にも乗ってくれます。ほかに、「かがわ6次産業化 ビジネス塾」という第6次産業に特化したビジネス塾など特色のあるイベントなどが開催されています。 融資・補助金 香川県内で創業を目指す人や、創業間もない人を対象にした「起業等スタートアップ支援補助金」があります。要件を満たす人は、初期投資に必要な経費の一部を最大50万円補助してもらうことが可能です。他にもベンチャー企業に対する融資制度なども整っています。 女性起業支援 香川県では日本金融政策公庫や百十四銀行が、起業を目指す女性を応援する制度を設けています。セミナーや相談デスクなどで、各々の目的にあった内容を相談、実現に向けた手伝いをしてくれます。 セミナー 香川県や関係団体は、起業・創業を目指す人を対象にしたセミナーやイベントを随時開催しています。最新のイベント情報は、県公式HPや各団体のイベント情報でチェックしてください。 香川県のIUJターンなどの移住に関するサポート 助成金 香川県の各市町では、住宅・子育て・起業など移住する人を対象にした様々な助成金制度を設けています。移住した人を対象にした家賃補助制度は好評です。助成金の詳しい情報はこちらからご確認ください。 子育て 地域全体で、子育て支援を行っています。NPOの活動も積極的に展開され、移住した人でも気軽に相談できる体制構築を目指しています。6歳未満児の医療費の無料化などにも取り組んでいます。詳しい情報は香川県健康福祉部子ども政策推進局の「子育て県かがわ情報発信サイト Colorful」に集約されています。 移住体験事業  IUJターンの人を対象にしたイベントが随時開催されています。特徴的なのは「お試しかがわ暮らし」です。コーディネーターがそれぞれの希望や知りたいことに沿ったプランを練ってくれる制度です。イベント情報はかがわ暮らしに更新されるので、最新の情報を確認してください。 おすすめの関連記事 ー地方起業を学ぶ!ー 地方ベンチャーと市長に聞く!地方起業の現状と未来@四日市 ー田舎で暮らそう!ー 地方で生活したいフリーランサーのための田舎暮らしあるある

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