成功の定石!他人の歴史から学ぶ賢者の「成功方程式」をフランチャイズでも活用せよ!

更新日:2018.02.07

愚者は経験に学ぶ 賢者は歴史に学ぶ

鉄血宰相をいわれたビスマルクは、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』という言葉を残しました。愚者は己の失敗だけから学ぶが、賢者は他人の失敗の歴史からも学ぶという意味です。自ら失敗することも当然大切な経験ですが、その一度の失敗が取り返しのつかないことになりかねません。それなら他人の数多くの失敗を参考にしない手はないという誠に合理的な考えです。

他人から学ぶものは何も失敗だけではなく、その功績を成し遂げた思考原理や行動原理からも私たちが成功するための様々なヒントを得ることが出来ます。実際に経営者の中には、歴史上の賢者の思考原理や行動原理を探求するうちに、三国志や戦国武将等に関する書籍を出版するレベルにまで極めた、まるで歴史学者のような方も何人か存在します。そしてこのような玄人はだしの経営者が舵を取る会社は、様々な環境変化への対応力に優れていて、すこぶる業績が好調であることがとても多いのです。きっと何百年もの間に培われた歴史の中から、逆境を跳ね返す術を学んだ成果なのでしょう。

しかし、ひとえに“歴史から他人の経験を学ぶ”と言ってもそう簡単なことではありません。それは自分の歩んできた歴史と、他の人の歴史を同一視することが中々できないためです。(同一視するためには、他人が持っていたものと同等の、目的達成するための大きな熱量が必要になります。)自身が関わっている(関わろうとしている)カテゴリーの歴史を深く考察しているのかどうかは、そのカテゴリー内で勝者になれるのかどうかと、同義語で、とても重要なことです。

よって、フランチャイズ起業家がフランチャイズ・ビジネスで成功したいのであれば、フランチャイズの歴史について学ぶ必要があります。そして学び精通することにより、フランチャイズ・ビジネスの本質を理解し、フランチャイズ・ビジネスで成功するための応用力を身に着けていくのです。今回はフランチャイズ起業家なら絶対に押さえておきたい、フランチャイズの歴史のポイントについて学んでいきます。


こちらの記事もあわせてお読みください。
元祖・起業家コミュニティ!? 数々の人材を輩出した松下村塾にみる人材育成論

フランチャイズ・ビジネスの発祥はアメリカ

ヨーロッパのギルドが起源であるとか、いやいや日本の家元制度こそがフランチャイズの起こりであるとか、とかくフランチャイズ・ビジネスの始まりについては諸説あるのですが、アメリカこそがその発祥の地であると断言して言いと思います。それはアメリカ国内の成功においてフランチャイズ・ビジネスが発展していったからです。

アメリカにおけるフランチャイズ・ビジネスは、19世紀後半に始まりました。当時アメリカは、やっと工業が発達し始めた頃で、まだまだ農業が主な産業でした。そこに農民に対してマッコーミック製の農機具を代理店組織によって販売する形態が現れました。これがフランチャイズ・ビジネスの原型だと云われます。その後、コカコーラ等のボトリング・システムや、フォードやGMがフランチャイズ・システムの販売組織を作りました。

アメリカ 第一次フランチャイズ

1920年代~ フランチャイズザーである大企業が、商標(トレードマーク)を広告して全米にナショナルブランドとして浸透させ、それをフランチャイズジーである中小小売業者が販売するシステムを第一次フランチャイズといいます。やがてこのシステムは進化し、フランチャイザーがフランチャイジーを指導するディーラー・ヘルプスもこの時代に誕生しました。

アメリカ 第二次フランチャイズ

1950年代~ フランチャイズ・ビジネスの目的が、特定のメーカーの製品を売ることではなくて、フランチャイジーの店舗経営を良くすることに劇的に変化しました。これが第二次フランチャイズです。これはマーケティングの主導権が、大企業から流通業者への移行に伴い構築されたもので、代表的なものにはマグドナルドやケンタッキー・フライドチキンがあります。これら企業のシステムは、ビジネス・フォーマット型フランチャイズといわれ、1960年代には爆発的にヒットになり、やがてその現象は日本にまで飛び火することになりました。

海を越えてやってきた日本のフランチャイズ

1963年に不二家が日本でのフランチャイズ第一号店を京都伏見に出店しました。同年にはダスキンもフランチャイズ展開に乗り出しました。この前後にヤクルトなども販売網のシステムをスタートしましたが、アメリカで主流だったビジネス・フォーマット型フランチャイズを明確に自覚して設立した不二家とダスキンの登壇がフランチャイズ元年ということになります。

日本 第一次フランチャイズ

1969年に実施された第二次資本自由化において外食分野が100%自由化されました。そしてこれ以降海外からのフランチャイズ・ビジネスの日本進出が急速に進むことになります。当然ながらファストフードである外食フランチャイズが8割以上を占めていました。

日本 第二次フランチャイズ

1990年代に入ると消費者のニーズの変化が起こり、コンビニエンスストアが急速にその店舗数を伸ばしました。セブンイレブンは1974年の初出店から10年後にはまだ数千店舗でしたが、90年代になると出店ペースを急激に伸ばし(毎年1000店舗ペース)あっという間に1万店舗を超えていきました。他のチェーン店も出店網を急拡大させたのが1990年代です。

日本 第三次フランチャイズ

2000年になると新興の外食フランチャイズが台頭してきました。これまで多店舗化してこなかった、焼き肉や焼き鳥、串カツ等、日本伝統の外食業態でのフランチャイズ化が進展し、その提供されるサービスもこれまでと一線を画したものでした。

日本 第四次フランチャイズ

2005年から、急速な少子化の進展により学習塾業界では個別指導型塾が、そして高齢化社会の進展及び介護保険法の制定により介護業界ではデイサービスがフランチャイズ・ビジネスとして店舗数を拡張していきました。10年以上経過した現在でもどちらもその店舗数を伸ばしており、近世を代表するフランチャイズ・ビジネスになりました。

以上はフランチャイズの歴史の一旦にすぎません。もっともっとフランチャイズの歴史は奥深いものです。フランチャイズ起業家はフランチャイズの歴史観を身に着けることによりフランチャイズ・ビジネスの本質をくみ取り、そして自らのフランチャイズ起業に活用するのです。そうすることが他人の歴史から学び、勝者になる賢者の方程式であり、失敗しない最短距離で成功することが出来るのです!

おすすめの関連記事

ーフランチャイズ起業で苦しむ家族からの理解ー
フランチャイズの成功に欠かせない「家族からの理解」を実現するスリーステップ伝達法とは?


ーランチャイズ起業家のビジネスの主要な部分はフランチャイズ本部選びー
フランチャイズ成功に欠かせない本部選び。フランチャイズショーで情報収集しよう!

プロフィール

中川 強

中川 強

大谷大学哲学科卒、そごう百貨店に入社。大手フランチャイズチェーン(FC)本部を経て、起業家を育成するコンサルタントとして独立。FC本部出身のコンサルタントにはない経験を磨くため、自ら飲食店系FC本部を立ち上げ計22店舗展開。自らも教育系FCに加盟し計17教室を展開した。現場に強いコンサルティング相談を打ち出し計52フランチャイズチェーンの各種FC企業の全国展開に寄与した。著書に「こうすれば成功するフランチャイズ起業」(自由国民社刊、2007年)など。


記事が役に立ったらシェアしてもらえると嬉しいです!

関連記事

メニューを閉じる