自分のやりたいことを貫き通せ!圧倒的なスピード感を持った起業家になるために必要な「共感力」を学ぶ!
- 靴下の企画営業からウェブのベンチャー企業へ 人生を変えた転職
- 自分の価値観で、動く 自ずと出てくるリーダー・フォロワーの役割分担
- 圧倒的なスピード感は、圧倒的な本気度から生まれる!
伊藤)森田さんの活動の原動力というか、ルーツってどこにあるんですか?
森田)もともと父が地方でシンクタンクみたいなことをしていたんです。今でいう地方創生です。母も盲学校の教師をしていて共働きだったので、父がときどき自分の仕事場に兄や私を連れていくんですよ。保育園が終わった後に兄といっしょに上野発の夜行列車に乗せられて、降りたときには雪景色ですよ。父が役場で仕事をしているあいだ、兄と私は雪祭りで遊んだりしていました。そうやって地方に行くと自然と地元の子どもたちと仲良くなって、東京では出来ない体験をたくさんして。そういう幼少期の体験が今の私の原点だという感覚があります。
伊藤)大学を卒業されてからも教育のお仕事をやられていたんですか? 今の事業を始めるまでの経緯を教えてください。
森田)最初は靴下の企画営業会社に就職したんですよ。もともと、一からすべての工程に関わることができる「ものづくり」がしたかったんです。たとえば、「車を作ろう」と思っても部品だったり、タイヤだったり、全体の一部分しか作ることはできないじゃないですか。でも靴下の企画営業だと、一からすべての工程に関わることができるんです。資材の調達から、デザイン、POP作成まですべて関わることができるんですよ。
靴下業界は比較的年齢層が高かったので、そのなかで若くてガツガツ仕事している私みたいな人材が珍しかったのか、バイヤーに気に入られて、売り場の面積もバンバン増やしてもらえたんです。そうこうしているうちに、企画の中心軸になる部署への辞令がおりました。とても大きな事業につながる仕事だったのですが、ふと「これで首を縦に振ったら一生靴下業界にいることになるな…」と思ったんです。父の地方創生に関わる仕事や母の教育に関わる姿がベースにあったので、最終的にはその方向性というか場所は問わずコミュニティの活性化をやりたいとずっと思っていたんです。このままは違うのではないかと思い、辞令が出た次の日に会社に辞めると告げました。それが2011年の2月ですね。
伊藤)次の日に辞めたんですか?!本当に?
森田)本当です(笑) それで、転職活動を始めたんですが、最初、なかなかうまくいかなくて…そんな日々が少し続いていた時に、「東日本大震災」が起きたんです。その時に、SNSの有能さに気づいたんです。世の中のインフラは死んでるのにネットは生きていて、SNSを活用して支援物資を届いたりしているのを見て衝撃を受けました。もともと私はアナログな人間だったので、インターネットとかスマートフォンとかどっちかというと嫌いだったんですよ。でも未曾有の震災で、「こんなに役に立つものが世の中にはあるんだ」と実感したんです。そして、今後これをやっていかないと世の中から遅れてしまうと肌で感じました。まずは、SNSやウェブのノウハウを自分のものにしなければと思い、2011年の4月にウェブのベンチャー企業に入りました。
伊藤)まったくの未経験だったんですよね? よく入れましたね!
森田)30人弱くらいの会社だったので、営業ができるという点を買われて採用してもらいました。そこで3年間がんばろうと決めて、ちょうど3年後の2014年に独立しました。
伊藤)独立後は順調でしたか?
森田)最初は、もともとあった自分の人脈のなかからつなげてウェブコンサルの仕事をとっていました。自分のこどもにメシを食べさせなければいけないので、必死でしたね。でも、そのなかで自分のやりたいことをやっていかないとそれはまったくの無味乾燥な人生設計になってしまうと思って…それで、もうひとつの事業である体験型学習教室の仕事も始めました。
人生設計をしていくなかで自分が仕事に近づけるのではなく、自分のやりたいことに仕事を近づけていくという作業をしました。
伊藤)森田さんは志が本当にピュアだなって思うんです。それが行動ベースで落とし込まれているなと思っていて、それって起業家として素晴らしいなと思うんです。森田さんは課題を放置したりとか、次の日に持ち越すということをしないと思うんですね。共感力が高ければ高いほどそうなると思うんです。森田さんといっしょに行動しているとその力がとても強いなと感じます。この部分ってイノベーションの根源だったりとか、起業家にすごく必要なことだと思うんですよ。そういう共感力ってどう思います? 鍛えていけばどんな人でも身につけることができると思います?
森田)特に意識はしていないですね。起業家ってマーケットを用意して、どうしたらシェアを高くできるかとか、どうしたら売り上げの規模を拡大できるかを最優先に考えるじゃないですか。でも私の場合、そうじゃなくて自分の人生とか、どう生きるかみたいなところの方が大事かなって思っているんですよ。明日死んでも後悔しないために、自分のまわりの人間を幸せにする。その人たちが幸せだなと言っていることを見ているだけで自分も幸せになるじゃないですか。いきなり自分自身が能動的に「俺幸せ!」ってなるわけじゃない。どうしたらみんなが心的に豊かになるかと考えたときに、やっぱり自分自身が全力で楽しむことだと思うんですよ。
伊藤)その軸ですよね。森田さんとお話しているとそれはすごく感じます。これは面白いとか、こどもにこの体験をさせたら喜ぶとか、つねにそういうこと考えていますもんね。何をもって成功したといえるかというと、稼いだ金額だったりとか、幸せをどれだけ感じたかだったりとか、社会のインパクトだったりとか、いろんな観点があると思うんですね。それはどれがいいとかっていうことではないと思うんですけど、うまくいくためには自分の価値観に基づいて動くしかないんですよ。僕はわりと「どうすればお金になるのか」とか、そういうことも考えて行動している部分もあるんですけど(笑)森田さんは志のままに動かれていて本当にピュアだなと思います。
森田)私もこどもたちを食べさせていかなければならないので、もちろんお金のことは考えますよ。2ヶ月先が不安だっていつも思っています。順風満帆で経済的に余裕を持っているわけでもなんでもないので(笑)
伊藤)ここは役割分担ですかね?
森田)そうですね。私のやっていることってある種、歌舞伎の芸みたいなものだと思っているんです。父が地域に入って絶えず文化を根付かせていくっていう姿を自分は実体験としてもっているんですよ。その美学とか哲学が今の行動の根源だと思うんですよね。さっきの起業家の話じゃないですけど、哲学とか美学が初期設定のなかにないと、自分の理想を実現するというのはそうとう難しいと思うんですよ。さっきの歌舞伎でたとえると、役者だけでは興行は成り立たないんですよ。「松竹」っていうプロモーターがいてこそ、観客に芸を届けられる。こうゆう役割分担ができてこその成功だと思うんです。伊藤さんがロジカルに仕事を回しているのを見ると、こういう人と仕事をすればビジネス的にきっといろんな拡がりがあるんじゃないかと思っています。
伊藤)ご自身の役割をどれだけまっとうできるかってとても大切ですよね。森田さんが、やりたくないことをやって、違う役割を持ってしまうとダメになってしまうと思うんですよ。なので、お互いが補い合えるチームを作ることがとても大切だと思います。従業員を雇わなくても、今は仲間を集めることができるじゃないですか。森田さんみたいに志を持った人をサポートする起業家がもっと増えればいいと思っているんです。そういう動きの発起になる人が増えてほしいんですよ。何事も誰かが声を発しないと形にならないじゃないですか。リーダーって別に声の大きい人じゃなくて、声を発することができる人なんだと思うんですよ。
森田)本当そうですよね。最初に何かを動かすのって本当に難しいんですよね。そこが起業家にまず必要なことだと思っていて。まずは動いてそのあとは感性で動いていくということをやらなくてはいけない。銚子で私がやっているのはそういうことです。現地に行って、いろんな人を巻き込んでプログラムを立ててみる。動いた結果、いろんなところから意見をもらって新たな展開を見せていく。とにかくやってみないとわからないんですよね。
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