事業承継との向き合い方⑧ 事業=経営者個人からの脱却〜事業承継におけるハードル〜

ポイント
  1. 株式の移転
  2. 株式譲渡に伴う納税猶予制度
  3. その他の個人資産

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個人資産の承継

中小企業では、経営と所有はほとんど同一である。すなわち経営者が株式のほとんどすべてを所有している。このことで経営が安定するというメリットは大きい。

また、個人資産と事業用資産が混在しているケースは非常に多い。個人資産である不動産(土地・建物)を借りて事業用社屋・工場があったり、建屋は法人所有であるが、土地は個人の所有地だったりする。さらに、事業の運転資金を個人資産から調達したり、一方で事業資金を代表者個人に貸付けていたりする。

この「個人と事業は不可分」の体現は、経営基盤の安定や、ステークホルダー(とりわけ金融機関)からの信用・信頼を得られやすい(個人資産が大きければ)

しかし、事業承継を行う際には往々にして高いハードルとなる

株式の移転

法人形態の事業を承継する際、後継者が新経営者として将来的に継続して経営をしていくためには、その地位・施策を保全するために、最低限発行済株式の1/2以上、出来れば2/3以上をコントロール下に置かなければならない。法人(株式会社を想定)の最高意思決定機関は株主総会であり、役員の選任、議題(経営方針)の承認、また重要資産の処分等は株主総会の決議が必要で、議案の重要性に応じて必要議決権数(株式数)が1/2、2/3等と定めれれているからだ。

大抵の場合、親子間で承継されることが多いが、この場合では経営権の交代イコール株式の譲渡は必要ないかもしれない。しかし、そのまま放置して相続が発生すると、相続人間で株式が分散することがあり、後継者の株式数が株主総会の意思決定をコントロール出来ない事態も起こり得る。相続人間で揉め事が起これば、収拾に多大な時間とコスト、労力を費やさなければならなくなる。こうした潜在リスクを回避するためには、一定期間の間に親子間での株式譲渡は必要である。将来の憂いを完全に排除するためには100%の所有が望ましい

実は個人資産の承継の内で、一番の気がかりが株式譲渡である。先代経営者の努力によって積み上げられた利益の蓄積を初めとした企業の内部留保(純資産)が株価となって反映され、法人立上げ時に1千万円であったものが、承継時に1億円から数億円になっていたりする。不動産は予め見積もれるし、対策も講じやすい。しかし、株式は売却して資金化することも出来ず、多額の贈与税や相続税を捻出しなければならない多額な現金の流出が発生するのである。

株式譲渡に伴う納税猶予制度

事業承継が進まない大きな要因の一つとして、上記のような多額の現金捻出という高いハードルがある。

例えば、株価が1億円の株式を経営者の父親から後継者の子供に引継がせた(贈与した)場合、約5千万円の贈与税を支払わなければならない。仮に不動産(土地・建物)なら、最悪売って換価すれば資金は用意出来るだろう。しかし、中小企業のような未上場株式は第三者に売れない。(一般的に市場性がない)

贈与を受ける側は、自らで多額の贈与税を捻出しなければならないが、大抵は困難である。だから株式譲渡が敬遠され、事業承継が進まないのだ。

こうしたことから、国は事業承継による株式譲渡に関する租税の納税猶予制度を設けた。特に平成30年度税制では、今後10年間を事業承継促進集中期間と位置づけ、5年間の間に事業承継計画を提出し、10年間の間に事業承継・株式譲渡を行った場合、株式贈与に関する贈与税を猶予する制度を設けた

この適用を受けるためにはいくつかの要件をクリアする必要があるが、従前の要件に比べ平易な要件に見直され、この適用を受けられれば贈与税の支払いは全額猶予される。(猶予である以上、一定の事案が発生すれば贈与税が課税される)

この制度は期間限定の制度であり、また適用要件など制度の内容も今後変更されることが見込まれるが、何より多額の資金捻出が防げるメリットは大きく、事業承継を検討する段階にいる方には、この制度利用を是非検討されることをお薦めしたい。

その他の個人資産

事業承継時に留意すべき個人資産は、株式の他にもいくつかあるが、主な検討事項は不動産金銭貸借(法人と経営者間の金銭上の貸借)であろう。

まず、不動産については株式と同様に、親族間承継や友好的な従業員承継であれば、直ちに法人で買い上げるとかの権利移転を行う必要はないだろう。しかし、旧経営者に相続が発生した場合、取得者が現経営者以外となったら新所有者の意向によっては買い上げの請求や立ち退きの請求が起こる可能性がある。こうした不測の事態を招かないために、現経営者は事前に事業に使われている個人不動産を法人に移転させる検討を事業承継計画の中に入れておかなければならない

このことは金銭貸借も同様である。金銭貸借も相続財産の対象になる以上、出来ることなら在任中に整理をしておきたい

しかし、不動産や金銭貸借の権利移転などは金銭や租税の発生が絡んでくるので、顧問税理士のアドバイスを受けながら検討することが必要である。また、個人不動産には金融機関の担保設定がある場合が多い。この場合には事前に金融機関への相談が必要となる。

中小企業・小規模事業では「事業=経営者個人」として経営を続けてきた経営者が極めて多い。しかし、事業承継が一つの機会となって、事業と個人の資産の分離を進めることが、承継後の経営者にとっても経営が見えやすくなるのである

確かにいきなり個人資産を法人で買い取る、といっても法人にそれだけの資金力がないかもしれない。しかし、その「不足」を知ることが後継者には大切なのである。「不足をどう補うか」が後継者に経営課題として認識することこれに対する対策を講じ、行動することが、後継者が一人前の経営者になるための必要なプロセスなのである。

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著者プロフィール

西田 隆行

西田 隆行

中小企業診断士。1980年大学卒業後信用金庫に勤務。中小企業や小規模事業者へ資金繰りや財務のコンサルティングを行っている。また地域の中核企業、老舗企業の再生に深く関与。「事業を継続するための財務戦略」をメインテーマに活動している。2017年12月から、日本最大の起業・開業・独立者向けポータルサイト「助っ人」(www.suke10.com)の編集チームで、主に「銀行とのつきあい方、資金調達、事業承継」をテーマとしたコラムを担当している。