支配権を留保しながら自社株式の贈与が可能!事業承継における信託活用のメリット・デメリット

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事業承継が話題となることが多いなか、事業承継を考える経営者の間では、信託を活用する方法に関心が生まれているようです。

特に、身内に後継予定者がいるため、株式の贈与を考えているが、当面の支配権は確保しておきたいという経営者にニーズが高まっています。

今回は信託を活用した事業承継対策とそのメリット・デメリットについて、解説します。

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第1章 信託を事業承継で活用する場面とは?

(1)信託の仕組みとは?

信託とは、「信じて」「託す」という言葉からできているように、「委託者」が自ら所有する財産を、信頼できる「受託者」に託し、その財産から生じる成果を「受託者」に給付する仕組みです。

(2)どんな場面で使えるのか?

自社株式に関係する信託としては、次のような形式が考えられます。

  • 自己信託:議決権を自分に留保したまま、株式価値のみを後継者に生前贈与することが可能
  • 他益信託:議決権を信頼できる人に託して、株式価値だけを未成年の後継者に贈与することが可能
  • 自益信託:株式価値は自分にとどめたまま、議決権のみを信頼できる他人に託すことも可能

これらのうち、最も現実的で活用場面が多いと思われるのが、1つ目の自己信託です。

特に、業績がよく、年々自社株式の評価額が高くなることが予想できているため、早めに贈与などの手段で後継者に自社株式の所有権を移転させていきたいが、後継者がまだ十分育成できていないなど、全株式を渡すことに不安がある場合に有効です。

例えば、こんなケースです。

前期の決算で、含み損がある固定資産を売却し、また、長年勤めてきた役員の役員会退職金を支給したなど、臨時的な損失が発生したことにより、自社株式の評価が大幅に下落した。

数年前に後継者として会社に入社した息子に、自社株式の贈与をする大きなチャンスではあるが、まだ経営者としての資質は発展途上であり、現段階では株式の大半を渡すには、不安がある。

このような場合、自社株式の自己信託を活用し、議決権を自分に残したまま、財産的価値である信託受益権を息子に取得させることが可能です。

信託の設定により、財産の名義は委託者から受託者に移転しますが、自分が自分に託する「自己信託」であれば、委託者=受託者となり、自らが財産の管理を行うことができます。

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効果のポイントは下記の通りです。

後継者に株式の財産権を移転できる

自社株式の評価が低いうちに、負担少なく贈与をすることが可能です。

オーナーは、株式の議決権を引き続き行使することができる

財産権は移転したうえで、支配権を留保できます。

(3)自己信託の設定方法

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信託というと、信託銀行などの金融機関に依頼することがイメージしやすいですが、この自社株式の信託については、弁護士や税理士などの専門家のサポートを受けて、金融機関を介することなく、可能です。

具体的には、原則として、次の内容(信託法施行規則3条)が記載された公正証書を作成します。

  • 信託の目的
  • 信託をする財産を特定するために必要な事項
  • 自己信託をする者の氏名又は名称及び住所
  • 受益者の定め(受益者を定める方法の定めを含む)
  • 信託財産に属する財産の管理又は処分の方法
  • 信託行甥に条件又は期限を付すときは、条件又は期限に関する定め
  • 信託行為において定めた信託の終了事由(当該事由を定めない場合に合っては、その旨)
  • 前各号に掲げるもののほか、信託の条項

(4)生前贈与代用としての信託のポイント

自己信託であること(委託者=受託者)

オーナーが委託者として自社株式を信託し、自らが受託者となため、自社株式の名義人はオーナーのままであり、オーナーが議決権を行使することができます。

また、後継者は受益者とすることにより、実質的な財産の帰属を後継者とすることができます。つまり、この段階で後継者に贈与税が課税されるということになります。

いつ後継者が支配権を持つのかを設定できる

後継者に会社の経営を任せるために十分な育成ができたとき、またはオーナーが死亡したときなどに信託が終了するように設定をすることが可能です。

贈与税や相続税はいつ課税されるのか?

前述の通り、信託設定のときに、贈与税が課税されることになります。

十分な育成ができたときや、オーナーが死亡したときなどに、信託が終了した場合には、後継者が自社株式の名義人となります。このとき、信託設定をしたときに、贈与税がすでに課税されているため、改めて贈与税が課税されることはありません。

なお、信託の設定が、オーナーの死亡前3年以内であれば、相続した財産として計算をし直します。

また、信託の設定のときの贈与税の課税を、相続時精算課税を選択した贈与である場合は、相続した財産として、同じように計算をし直します。

3年以内贈与や、相続時精算課税贈与でなければ、相続税の財産として課税されることはありません。

第2章 信託を活用した事業承継のメリット・デメリット

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このように、議決権つまりは支配権を確保しながら、財産権については後継者に贈与できるため、後継者を育成しながら、株価の上昇を気にすることなく、経営に集中できる生前贈与代用としての信託を活用した事業承継は、ニーズに合っていればメリットが十分に享受できる方法です。

ここで改めて、この方法を使った場合のメリットとデメリットをまとめました。

(1)信託活用のメリット

生前贈与と同じ効果

財産の経済的な所有者は後継者(受益者)となるため、税金面では生前贈与と同じ効果があります。株価がこれからも上がることが期待される場合、株価が上がりきらないタイミングで贈与することが可能です。

財産の管理はオーナーであり、議決権の行使が可能

財産の管理は財産の名義人である受託者、つまりオーナーが行うことができます。オーナー(受託者)は財産(自社株)の名義人として、株式の議決権を引き続き行使することができます。

信託では受益者の通知は必ずしも必要でない

贈与では、財産をもらう側の承諾が必要ですが、信託では、受益者つまり後継者への通知は必ずしも必要とされていません。後継者の承諾なしに設定が可能ということになりますが、贈与税という納税負担が生じますし、現実には、後継者とよく話し合ったうえで、行うべきであることには変わりありません。

後継者に経営を任せるタイミングを見計らうことができる

後継者が若いなど、まだ経営を任せられる段階ないとしても、自社株式の評価が低いうちに贈与することができ、育成段階を見て、信託終了とし、支配権を課税なしに移転できます。

(2)信託活用のデメリット

支配権がないのに贈与税が課税

後継者の立場からいえば、信託の設定により、支配権を獲得しているわけではないのに、贈与税がかかります。

事業承継税制が使えない

事業承継税制は、自社株式の贈与や相続タイミングと、支配権の移転のタイミングが同じか、支配権の移転の方が先である場合について、贈与税や相続税の納税負担を納税猶予という方法で軽減するものです。

生前贈与代用として信託を使う場合、支配権はオーナーに留保されたままとなるため、信託の設定の際に贈与税がかかりますが、事業承継税制は使うことができません。

まとめ

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このように、相続税対策のため、自社株式の評価が高くならないうちに、後継者に贈与しておきたいが、後継者の育成に時間がかかるため、実質的な支配権は当面留保しておきたいときに、この方法はとても有効です。

昨年から特例事業承継税制が話題になっていますが、株式の贈与と代表の交代が要件となっているため、オーナー先代経営者が実権を留保しておきたい場合には、事業承継税制は不向きであり、その場合に信託による方法を検討することもあります。

何より大切なのは、後継者への意識づけと育成です。いつ、何をするのか、どんな風に後継者を経営者として育成していくのか、権限を移譲していくのか。家族や関係者で腹を割ってしっかり話し合うこと、そして、順序を間違えることなく望む方向へ導く専門家の力を借りること。これが一番時間のロスが少なく、「しっかり準備ができたな」と実感できる秘訣だと思います。

後悔のない事業承継と相続対策のために、ご参考になれば嬉しいです。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。

<関連サイト>
角谷会計事務所
未来を魅せる税理士 神佐真由美のブログ