ストーリーで知る!そもそも事業承継とは?間違えてはいけない事業承継のステップ

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事業承継についての施策はたくさんあり、どのテクニックを、どう使うかが注目されやすいのですが、一番大事なことは、会社を持続的に成長発展させ、後継者にとって魅力的な承継しやすい会社にしていくことだと感じています。

ある会社の親族内承継のストーリーを通して、理想的な事業承継のプロセスを1つご紹介したいと思います。

第1章 継がせる覚悟はあるか?

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私は、精密機械の製造業を経営している経営者だ。年商は2億円、従業員は13名。25年前、35歳のときに中堅メーカーから独立する形で今の会社を創業した。早いもので、今年還暦を迎える。

世の中で後継者不足や事業承継問題が叫ばれるに伴ってか、同年代や少し上の世代の経営者では、事業承継をどうするかが、もっぱらの話題である。

ある会合でも、懇意にしている経営者仲間の一人が、従業員を後継者にし、取締役会長に就任したと聞いた。

「会長ご就任おめでとうございます」

「ありがとう。まだ後継者の伴走をしなければならないからね、あと5年は頑張らなきゃならんのですわ」

「しかし、事業承継するのに、5年も前から取り組まれていたのですね」

その会長は現在65歳。私と同じくらい、60歳のころから、後継者探しを始めたそうだ。

「私もそのときは全く乗り気じゃなくて。自分はまだまだ元気だし、会社は自分の子供のようにかわいいからね。引退というとまるで手放すような感じがするでしょう。

でも、顧問税理士の勧めで事業承継計画を始めました。

うちの場合は、割とすぐに後継者が見つかって、順調に進んだものの、それでも5年です。

代表を交代したものの、しばらくバックアップは必要ですから、事業承継を考えるのは、早い方がいいと思いました。

御社では、息子さんがいらっしゃるし、継がれるんでしょう?私のように焦る必要はなさそうですね」

「いやいや、33歳の息子は、まだまだ社長になる器ではありません。会長の話を聞いて、うちもそろそろ準備をしなければと思います」

税理士には、決算のときだけお願いしているだけで、それ以外はほとんど顔を合わせない。事業承継はわが社にとって重要なことだ。ここは思い切って、会長から税理士を紹介してもらうことにした。

第2章 継ぐ覚悟はあるか?承継準備って何をするの?

数日後、私は会長から紹介された税理士に相談するために、事務所を訪問した。

「一応、息子に継がせたいと考えているのですが、何をどうすればよいのでしょうか」

「はい、事業承継は、半年や1年ではできません。ステップがあるので、ご説明しますね」

税理士からは事業承継に向けたステップのイメージを示された。

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中小企業庁 事業承継ガイドラインより

「うちはこの親族内承継のステップで進めるわけですね」

「そうですね。ステップ1の事業承継に向けて準備の必要性の認識はお持ちですので、まずは息子さんや奥様とも話をして、お互いどう考えているのかを共有するところから始めてみてはいかがでしょう?」


事業承継について、考えてはいるものの、誰にも話していないことに気がづいた。さっそくその晩、家族会議を開くことにした。

「今日は大事な話をしたい。俺はもう60歳になる。まだまだ元気だし、あと10年は会社を頑張るつもりだ。だが、そろそろ社長交代の準備もしなければならないと思っている。

後任には、息子であるお前を考えているが、どうだ?その気はあるか?」

「なんだよ、急に改まって。驚いたじゃないか。

まぁ・・・いずれは・・・、俺がやることになるんだろうなとは思っていたけれど・・・」

長男から会社を継ぐつもりがあると聞いて、少し安心した。しかし、

「でも、この子が会社を継ぐことが、本当にいいことなのかしら?」

妻がいぶかしげな表情でこう言った。

「なにっ!?」

まさか、ずっと支えてきてくれた妻がこの話に不安を唱えてくるとは思わなかった。

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第3章 事業承継のハードル

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私は自分が創業して育ててきた会社を、息子に継いでもらえることは、とても喜ばしいことだと思っていた。自分が長男の立場だったとしたら、きっとそうすべきだろうなと思うだろう。

まさか、これまで25年間苦楽を共にしてきた妻から、難色を示されると思っていなかったから、正直ショックを隠せない。

妻はこう続けた。

「心配なのは、仕事の大変さや責任の重さだけじゃなくてね。

あなた、会社の借金の保証人になって苦労してきたじゃない」

確かに、会社を立ち上げてからは、すべては自己責任。現在に至るまでに厳しい局面は何度もあった。その都度、資金繰りの心配をし、ときには個人の預金を会社に貸して、資金繰りを回してきたこともある。

家を売らねばならんのか、というところまで追い詰められたこともある。

そう言われれば、こういう大変なことは、心配させまいと、長男には話さずにいたことに気づいた。

「親父と一緒に働くようになって、仕事のことはよくわかるんだけどさ、そういう会社のお金や借金のことは、まったく知らないや。気にはなってたんだけど」

うちの会社もずっと順調なわけではなかったし、ここ数年は売上を何とか横ばいで維持している状況だ。決して次期社長が楽なポストではないことはわかっている。

しかし、長男が継がなかったら、会社はどうなるんだ?俺の引退と同時に廃業か?それはそれで、長男も困るんじゃないか?どうしたらいいのだろう。

家族会議で結論が出なかったので、数日後、全員で税理士に相談しに行った。

税理士はこう言った。

「奥様の不安も、息子さんのご心配も、ごもっともですよ。実際、家族にも継げずに、経営者が高齢化となり、止むを得ず廃業する会社も多いです。社会問題にもなっているくらいですから」

「ということは先生、うちも事業承継は難しいんですか?」

「いえ、そうではありませんよ。

これまで一緒に仕事をしてきた親族内の承継であっても、資産や経営状況、経営課題などを息子さんと共有して、認識し合わなければ、息子さんの不安や疑問は解消しないでしょう。

まずは、これらを「見える化」しましょう。これが先日のステップの2です。

そして、何より大切なのは、後継者が継ぎたくなるように、会社の価値を高めること。それが、ステップ3の「磨き上げ」ですよ」

第4章 会社の価値を高めよう!

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会社の価値を高める「磨き上げ」。磨き上げとはどんなことだろう。

「何ですかそれ?そんなことが簡単にできるんですか?」

「要は会社の業績や財務体質を改善させることです。従って容易なことではありませんし、3年から5年の期間で考える必要があります」

なるほど、だから今の時期から事業承継に備えるべきなのか。今60歳、長男は33歳。5年後を見据えて、今から磨き上げに取り組むことができれば、5年後には、長男が継ぎたいと心から思える会社にできるかもしれない。

そんな希望が見えてきた。

会社の「磨き上げ」とは、自社の強みを見つけて伸ばし、従業員に情報共有をして、業績への意識を向上させること。つまりは全社一丸となって、会社の収益力の改善に取り組むことだ。

それによって、働いている人の給料も上げることができれば、これからの人手不足にも抗うことができるかもしれない。

息子が口を開いた。

「確かに、うちの会社の財務状況がわかって、改善することができて、会社の価値が高まったら、俺も安心して継げますよね」

方向性が揃ってきたように思える。それが今の私にはとても嬉しかった。

税理士がこう答えた。

「ただ、会社の価値が高まると、自社株式の評価も上がります。自社株式の承継にかかる贈与税や相続税の負担も増える点には注意する必要があります。

このあたりの対策には、ころあいを見て、社長への退職金を出したり、場合によっては事業承継税制の適用を考えたりすることによって、随時、試算とシミュレーションをしてご提案いたします。ご安心ください」

会社の価値が高まれば、その分自社株式の評価も高まる。だから、今話題の事業承継税制といって、贈与税や相続税の納税猶予を受けて、税金負担を軽くする方法があるんだな。何かと事業承継に対しては、手厚い施策があるのだなと感じた。

妻が心配そうな表情でこう言った。

「あの、私が一番心配なのは、会社の借入のことです。

社長は、会社の借金を個人で保証しているのです。社長を交代したら、息子も保証を引き継ぐことになるんですよねぇ…?」

妻はこれが一番心配だったのだ。金融機関からお金を借りるときには、必ずと言っていいほど、社長個人が連帯保証人となってきた。会社のお金を借りるのに、個人の実印と印鑑証明が必要だったのはそのためだ。

中小企業は信用力に乏しい。だから、個人も併せて保証を行うことによって、融資を受けることができた。しかし、この連帯保証を求められるということは、万が一会社が傾いて返せなくなれば、社長である私は、私財を投げうって、自宅を手放してでも弁済をしなければならないということだ。

事業承継すれば、これも当然、長男に引き継がれるのか?そこまでの負担を強いるのは、重すぎるのではないか。いや、経営者とはそういうものなのか。

「金融機関の判断にもよりますが、その可能性は高いですね」

「やっぱりそうなんですね」

妻が一層心配そうな表情を見せた。

「しかし、それも「磨き上げ」によって、財務体質を改善させれば、経営者保証を外してもらえる可能性は十分にありますよ」

「そうなんですか!」

税理士が言うことはこうだった。金融機関には国が定める「経営者保証に関するガイドライン」を考慮した対応が求められているとのことだ。

もう少し詳しく言うと、会社がある3つの要件を満たすことで、「経営者保証なしでの新規融資」や「経営者保証の解除」を受けられる可能性があるということだ。

その3つの要件とは、次の通りだ。

法人と経営者との関係の明確な区分・分離

経営者個人と法人の業務、経理、資産所有等に関して明確に区分・分離されていること。

具体的には、法人と経営者の間の資金のやりとり(役員報酬・賞与、配当、オーナーへの貸付等)を社会通念上適切な範囲を超えないものとする体制を整備することだそうだ。

中小企業は会社と経営者個人とが一体となっていることが多いため、経営者が持つ不動産の賃料が世間相場とかけ離れていたり、あってはならないことだが個人経費が会社に計上されていることも見受けられるそうだ。

会社と経営者(社長)個人の一体性の解消に努めることが必要だ。

財務基盤の強化

会社にある資産や、会社が持つ収益力で、借入金が十分に返済できると判断されると、経営者保証を外すハードルはぐっと低くなる。

財務状況の正確な把握や情報開示などによる経営の透明性の確保

毎月正確な月次決算をし、金融機関に開示すること。できれば、会計専門家の監査を受けたものであるとより信頼性が増すそうだ。

会社の経営の情報開示・透明性を社内、社外に対していつでも説明できる状態にしておくことが大事なようだ。

こうやって考えると、税金面の対策よりも、いかに継続できる会社に磨き上げるかということが、誰に承継するにしても大事なことのように思えてきた。

そして、この「磨き上げ」というプロセスは、息子と会社のことを共有しながら、一緒によくしていく、後継者の教育にはピッタリなのではないかと思えてきた。

税理士に相談したことで、それぞれの心配を解消するためにやるべきことが見えてきた。一家全員で親族内承継への意思を固めることができた。

第5章 事業承継道半ば

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この会社の「磨き上げ」に対して、国から補助金が出るそうだ。それも「早期経営改善計画策定支援」。経営改善計画策定費用の2/3(最大20万円)が国から補助されるそうだ。さっそく申請を行った。

もともとうちの会社には、毎月見てくれる税理士はいなかったが、相談に乗ってくれている税理士に月次顧問になってもらった。毎月経営の課題や財務状況をよく見える体制を作ってもらい、PDCAサイクルが回せる体制が整ってきた。

正直今まで決算のときにしか、業績をちゃんと見ていなかった。日頃気にしていたのは、ほぼ売上と通帳の残高だけだった。今思えばなんて“どんぶり勘定”なんだと思う。よくここまでこれたものだ。

税理士には、管理会計といって会社の経営に役立つ数字の見方を教えてもらいながら、毎月のチェックポイントと、そこから読み取れること、仮説を立てて検証し、次に何に取り組むかをしっかり考える時間を作ってもらっている。

翌月には、取り組むと決めたことについての振り返りができるため、軌道修正が随時できるというような感じだ。

「うちにもまだこんな伸びしろがあったのか!」

1年あまり経って、磨き上げの成果を感じられるようになった。こんなことなら、早く毎月見てくれる税理士にしておけばよかったと思うが、これもタイミングなのだろう。

「新規先への営業がうまくいって、取引先も増え、業績が上向いていけば、銀行からの評価もあがりそうね!」

妻の表情も明るい。やはり母親だ、息子が負債を背負うことが心配だったのだ。

「そうなるように頑張らないとな!一緒に頑張ろうな!」

息子にそう言えるようになってきたことが何より嬉しい。モヤモヤしながら、バトンを渡そうとしていたことが嘘のようだ。

息子も会社の数字がわかるようになってきて、自分たちが取り組んでいることが、数字に表れてくることに面白みを感じているようだった。数年前まで頼りなく見えていた息子が、途端に頼もしく見えてくるようになった。

一緒に事業承継に取り組むうちに、経営者としての自覚と自信を持ち始めてくれているのだろう。最近では、地元の後継者仲間もでき、ともに勉強会に行ってくれているようだ。

事業承継のゴールはまだまだ先だが、きっとうまくいくような気がしている。

まとめ

事業承継というと、事業承継税制や相続対策、相続税対策など、いかに資産を守りながら、承継をしていくかがテーマとなりやすいのですが、その前提として、会社が健全に成長発展していくことがあると思っています。

数ある施策をどう適用するかというテクニック論の前に、

  • 後継者を見つけることや育てること(時間がかかります)
  • 後継者が会社の歴史や先代の歩み、大切にしてきたことを知ること
  • 一緒に会社の持っているもの(有形・無形)、強みや弱み、お金のことを見える化すること
  • 経営者保証ガイドラインのことをちゃんと知って、安心して会社を継げるようにすること
  • 継ぎたくなるような魅力的な会社にしていくこと
  • 継がせる覚悟、継ぐ覚悟
  • 家族や人間関係が円満であること
  • そして、サポートする側の寄り添う姿勢と覚悟

が大事ではないかと思います。

今回のような親族内承継について、十分な準備をしていくには、まずは家族で腹を割ってしっかり話し合うこと、そして、順序を間違えることなく望む方向へ導く専門家の力を借りること。これが一番時間のロスが少なく、「しっかり準備ができたな」と実感できる事業承継のプロセスです。

誰ひとり悔いのない事業承継のために、ご参考になれば嬉しいです。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。

<関連サイト>
角谷会計事務所
未来を魅せる税理士 神佐真由美のブログ