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2019年税制改正にて、個人版の事業承継税制が新たに創設されました。それ以降の法人版の事業承継税制は、2018年の特例の創設でかなり使いやすくなったといわれていますが、個人版の事業承継税制はいかがでしょうか。
制度の全体を見た場合に、個人で工場などを持ち、製造業を営むなどの場合には、選択の価値がありそうです。また、個人のクリニックでは、診療科目によっては、機械設備が多く必要になるため、その引き継ぎにも検討の余地があると考えています。
第1章 個人版の事業承継税制の概要は
(1)個人版事業承継税制の概要は?
今回の税制改正により創設された個人版事業承継税制は、青色申告(青色申告のなかでも正規の簿記の原則による方法、つまり複式簿記により記帳をし、貸借対照表まできっちりつくってある青色申告を指します)を行っていた事業者の後継者として、経営承継円滑化法の認定を受けた者が、2019年1月1日から2028年12月31日までの贈与又は相続により、特定事業用資産(詳細な内容は後述します)を取得した場合には、
- その青色申告にかかる事業の継続など、一定の要件のもと、との特定事業用資産に係る贈与税・相続税の全額が猶予されます。
- 後継者の死亡など、一定の事由により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納税が免除されるものになります。
法人の事業承継の場合は、代表ポストの交代とともに、先代経営者が保有する自社株式を後継者に贈与や相続などの方法で承継させ、会社の支配権を後継者に移すものでした。その自社株式の贈与税や相続税について、納税負担をおさえるために法人版の事業承継税制がありました。
個人事業者の場合は、その事業を行うために所有している建物や土地、機械や車両などは、後継者にその事業を承継させるためには贈与か、相続などの方法で、事業に係る資産を承継させていかなければなりません。このときにかかる贈与税や相続税について、場合によっては多額になることが多いため、納税負担をおさえるために個人版の事業承継税制が創設されました。
この施策の狙いとしては、近年事業承継がなかなか進まないという課題を受け、個人事業者であっても、後継者に事業に係る資産を早期に贈与し、事業承継を進めてほしいということがあります。
法人版では、事業承継税制適用の要件の1つに、代表権が先代経営者から後継者にバトンタッチしておくことがありましたが、個人版では、先代事業者が廃業をし、同時に後継者が開業することが要件となっています。
(2)どんな資産が対象になるの?特定事業用資産とは?
どんな資産でも、贈与税や相続税の納税猶予を受けられるわけではありません。この制度の対象となる「特定事業用資産」とは、先代事業者(贈与者・被相続人)の事業の用に供されていた次の資産で、贈与又は相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものをいいます。
- 宅地等 400平米まで
- 建物 床面積800平米まで
- これら以外の減価償却資産で次のもの
- 固定資産税の課税対象とされているもの
- 自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの(いわゆる緑ナンバー)
- その他一定のもの(貨物運送用んど一定の自動車や乳牛、果樹、特許権など無形の資産を含む)
つまりは、事業に供していたこれらの資産に係る贈与税や相続税の納税猶予が受けられるとのことですが、その要件として、青色申告確定申告書の貸借対照表に載せておかなければならないということになります。
(3)先代事業者の妻が所有していて、事業のために使用している土地や建物は対象になる?
例えば、先代事業者が、その配偶者の所有する土地の上に建物を建て、事業を行っている場合などもあると思います。
先代事業者と生計を一にする親族(生活に関するお財布が一緒である親族)が所有する(2)に挙げる資産についても、特定事業用資産に該当するので、納税猶予を受けることができます。
この場合、土地の面積は併せて400平米まで、建物についても併せて800平米までが、特定事業用資産となります。
また、先代事業者と生計を一にする親族が所有する特定事業用資産の贈与について、納税猶予を受ける場合は、先代事業者が贈与を行った日から1年以内に、先代事業者の相続があった日から1年以内に行う必要があります。
(4)贈与や相続の時期はいつでもいいの?
この事業承継税制の適用を受けるならば、贈与や相続の時期は、2019年1月1日から2028年12月31日までの贈与や相続に限られます。
しかも、「個人事業承継計画」を後継者が作成し、認定支援機関の所見を記載してもらい、これを都道府県に2024年3月31日までに提出しなければ、この期間の特定事業用資産の贈与や相続について、納税猶予を受けることができません。
(5)納税猶予を受けられる後継者の要件は?
後継者である受贈者や相続人の要件がいくつかあります。
(贈与の場合)
- 贈与の日において20歳以上であること
- 贈与の日まで引き続き3年以上にわたり、先代事業者が贈与しようとする特定事業用資産に係る事業に従事していたこと
- 贈与税の申告期限において、開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
など
(相続の場合)
- 相続開始の直前において、先代事業者の特定事業用資産に係る事業に従事していたこと(先代事業者が60歳未満で死亡した場合はこの要件はありません)・相続税の申告期限において、開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
- 先代事業者等からの相続等により財産を取得した者(後継者以外の人を含む)が、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受けていないこと
第2章 贈与税の納税猶予を受けるための手続きは?
個人事業者の特定事業用資産の贈与に係る贈与税の納税猶予を受けるための手続きについて解説します。
(1)「個人事業承継計画」を作成し、都道府県に提出
いつ、誰に、特定事業用資産を承継する予定か、また、承継するまでの経営の課題はなにか、その課題への対応はどうするのか、後継者が承継したあとの経営計画(3年)について、記載した「個人事業承継計画」を提出します。
この個人事業承継計画は、2024年3月31日までに都道府県知事に提出します。この期間までに提出しなければ、それ以後2028年12月31日までに贈与や相続があったとしても、納税猶予を受ける選択肢を得ることができません。
(2)贈与を行い、円滑化法の認定を受ける
先代事業者から、特定事業用資産のすべての贈与を受ける必要があります。先代事業者の妻など、先代事業者と生計を一にする親族からの贈与についても併せて納税猶予を受ける場合は、この贈与から1年以内に贈与を受ける必要があることに注意です。
円滑化法の認定については、所定の書類を都道府県に出す必要があるのですが、期限が翌年の1月15日までと限られていますので、ご注意ください。
(3)事業承継をして1か月以内に開業届出書を提出し、青色申告の承認を受ける
特定事業用資産の贈与を受けたら、その贈与の日から1カ月以内に、開業届出書を提出します。また、贈与の日から2カ月以内に、青色申告の承認申請を行う必要があります。
(4)贈与税の申告をする
贈与税の申告期限(翌年3月15日)までに、この制度の適用を受ける旨を記載した贈与税の申告書及び一定の書類を税務署に提出します。
納税猶予を受ける場合は、猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保を提供する必要があります。
法人版の事業承継税制の場合は、自社株式を担保に提供できましたが、個人版の場合は、特定事業用資産を中心に、事業者が持つ資産で担保を提供する必要があります。
これで、納税猶予を受けるための初年度の手続きは完了となります。
第3章 納税猶予を受け続けるためには
納税猶予を受けるための手続きをすれば、自動的に納税猶予が続くわけではなく、法人版と同じように、事後の手続きが必要です。
(1)納税猶予期間中に必要な手続き
納税猶予を受け続けるためには、「継続届出書」に一定の書類を添付して3年後とに所轄の税務署へ提出する必要があります。この「継続届出書」の提出がない場合には、猶予されている贈与税の全額と利子税を納付しなければなりません。
(2)納税猶予が取り消しになる場合とは
猶予されている贈与税を納付する必要がある主な場合は次の通りです。
- 事業を廃止した場合(やむを得ない場合や破産手続開始の決定などの場合を除きます)
- 資産管理事業(いわゆる不動産業など資産運用業)などに転向した場合
- その承継した事業について、売上がゼロになった場合
- 青色申告の承認が取り消された場合
- 贈与を受けた特定事業用資産のうち、事業の用に供されなくなった資産がある場合は、その事業の用に供されなくなった部分に対応する贈与税と利子税を納める必要がありますが、陳腐化のために破棄したり、新たなものに買い換えた場合については、納税猶予は継続されます。
(3)法人成りした場合はどうなるのか
贈与税の申告期限から5年経過後に、贈与を受けた特定事業用資産を現物出資して法人成りをした場合で、税務署長の承認を受けた場合には、納税猶予は継続されます。
しかし、個人の所有資産を法人に賃貸する方法での法人成りでは、個人事業としては継続しないことになるため、納税猶予が取消になり、贈与税を全額納税する必要があります。
(4)贈与者が死亡した場合はどうなるのか
贈与税の納税猶予を受け、贈与者が死亡した場合は、贈与税は全額免除されますが、贈与を受けた特定事業用資産は、相続等により取得したものとみなして、贈与の時の価額により、他の相続財産と合算して相続税を計算します。
このときに、都道府県知事の「円滑化法の認定」を受けるなど一定の要件を満たせば、今度は相続税の納税猶予の適用を受けることが可能です。
(5)後継者が死亡した場合はどうなるのか
先代事業者が死亡し、相続税の納税猶予制度を適用したのち、後継者が死亡した場合で、一定の書類を提出した場合には、猶予されている相続税額については、免除されることとなります。
また、後継者が、個人版事業承継税制を使って、次の後継者に特例事業用資産を贈与した場合でも、猶予されている相続税額は免除されることとなります。
第4章 個人版事業承継税制よくある質問
(1)棚卸資産は納税猶予の対象になりますか?
現預金、売掛金や、棚卸資産は納税猶予の対象になりません。固定資産など長期にわたり事業に供されることが確実な資産のみが対象となります。
(2)不動産貸付業ですが、個人版の事業承継税制は使えますか?
不動産貸付業は、対象から除かれています。
この場合の相続税対策には、小規模宅地特例の貸付事業用宅地で50%の評価減を受けることを検討するとよいでしょう。
(3)事業主の交代が先ではだめですか?先に事業を息子に譲ってから、資産は相続のときに取得させようと思います。
この場合、個人版事業承継税制は使えません。
事業の承継と資産の引き継ぎのタイミングが同じであることが必要です。
(4)土地が値上がりしそうなので、先に土地だけ息子に贈与したいが、この場合は使えますか?
この場合、個人版事業承継税制は使えません。事業用資産の贈与の時点で、事業承継が終了していることが要件です。つまり、贈与するときに、先代事業者は事業を廃業していることが要件となります。
(5)息子に事業承継したが、業績が振るわないので、もう一度私が経営したい場合はどうなりますか?
先代事業者が再登板したら、納税猶予は打ち切りとなってしまいます。後継者による一生涯の事業継続が納税猶予の要件です。
(6)事業に使っている土地が青色申告決算書の貸借対照表に載っていません。事業承継税制の適用を受けられますか?
青色申告決算書の貸借対照表に載っている資産に限り、適用を受けることができます。気が付いた時から、青色申告決算書に記載するようにしましょう。どのように載せるかは税理士に相談しましょう。
(7)先代事業者は事業承継税制の利用にとても乗り気なのですが、後継者は慎重に考えているようです
個人版事業承継税制は、一生涯の事業経営を求める制度です。事業を廃止すると猶予された贈与税や相続税を利子税と合わせて支払わなければなりません。
事業を維持継続する責務は後継者が100%負うことになる制度です。十分な検討を重ねる必要があります。
(8)先代事業者の財産のうち大方が事業用の資産です。長男と次男がいる場合に、長男に集中して事業用資産を贈与した場合、争いごとにならないでしょうか?
相続人には、それぞれ最低限引継ぎが保証される権利である「遺留分」があります。だいたい法定相続分の半分と考えると良いでしょう。長男に財産の大半が引き継がれるあまり、これが保証されなければ、相続後に次男から長男へ、遺留分減殺請求といって、遺留分に足るまでの額の金銭を要求される可能性があります。
このようなもめごとを防ぐためには、
- 遺言を書いておくこと
- 可能であれば、経営承継円滑化法に定める「除外合意」といって、遺留分の計算から事業用の資産を除外する合意をしておく方法があります。先代事業者の生前に話合いにより、合意する必要があります
- 遺留分について、金銭で請求されかねない金額について、受取人を長男とした保険に入っておき、遺留分減殺請求に備えておく
などの方法が考えられます。
まとめ
個人版の事業承継税制の概要について、ポイントとともに解説してきました。
法人の場合は、会社の成長と共に高くなる自社株式の引継ぎについての納税猶予制度でした。
一方で、個人版の場合は、事業のために使用している不動産や機械などの動産についての引き継ぎに適用されるもので、法人のように事業の成長とともに価値が高まるものではなく、時の経過とともに価値が減価されていくものです。
よって、現時点では、よほど多額の事業用資産を持っている場合でないと、活用はしにくいものではないかと思います。適用される土地や不動産の平米数も限られています。
また、法人版では、5年間の事業承継後の経営を縛るものでしたが、個人版は、雇用維持要件はないものの、後継者の一生涯の事業経営を前提とするものです。世の中の変化が速い今、いかに事業を続けていくかが問われる今、この制度を適用しても良いものかどうか、熟慮が求められます。
法人版の事業承継税制が登場して10年以上たちますが、その間に数々の改正や緩和がなされています。個人版の事業承継税制は、まだできたばかり。もう少し使いやすいものになることを期待しています。
この事業承継税制の適用を受けるかどうかにかかわらず、先代経営者が亡くなってしまってからでは、できることが限られてしまいます。円満な事業承継と相続、そして、事業承継後のスムーズな経営のためにも、準備は早めに行っておくことが大切です。そして、少しでも事業承継税制の適用を受ける可能性があるならば、まずは「個人事業承継計画」を作成して提出しておきましょう。
事業承継の準備をしていくには、家族で腹を割ってしっかり話し合うこと、そして、順序を間違えることなく望む方向へ導く専門家の力を借りること。これが一番時間のロスが少なく、「しっかり準備ができたな」と実感できる秘訣だと思います。
後悔のない事業承継と相続対策のために、ご参考になれば嬉しいです。
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