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事業承継が国家的な課題になっている
なぜ今、事業承継なのか?
2017年から事業承継が国家的な課題として、国を挙げて、政策が次々に打ち出されています。
それ以前は、日本の廃業率が開業率を上回ることを課題とし、創業を後押しするような政策を長らく打ち出してきました。
しかし、2017年に発表された中小企業庁の試算では、今後10年で平均引退年齢の70歳を超える経営者は全体の6割を超える約245万人にまで増加し、そのおよそ半数である約127万人の後継者については、「決まっていない」という衝撃的な事実が示されました。
このまま放置すると、どうなるのでしょうか。
2025年頃までの10年間で、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるということで、日本経済の大きな問題として取り上げられるようになりました。
ここ20年間で経営者の平均年齢ののボリュームゾーンが、47歳から66歳へ移動しています。
すなわち、ここ20年間において、経営者の世代交代がほとんど進んでいないのです。
いずれ人は引退時期を迎えます。
そのときに、経営をバトンタッチできる後継者がいなければ、また、会社を引き継いでくれる別の会社がなければ、廃業せざるを得ないことになります。
そうなれば、培ってきた技術や産業そのもの自体が存続できないという危機を迎え、また、雇用されてきた人たちは、職を失うことになります。
特に地方であればあるほど、その地域経済を担う企業の事業承継問題は、その企業だけの問題にとどまりません。
だからこそ、事業承継が日本経済を揺るがす大きな問題として、捉えられているのです。
どんな政策が打ち出されているか?
現在、どんな事業承継施策が用意されているでしょうか?主要なものを挙げました。
・特例事業承継税制:一定の手続きによって、後継者に一括で贈与等をした自社株の贈与税額が全額納税猶予される画期的な制度
・事業承継補助金:事業承継後、後継者が新しい取組みをする場合に、その新しい取組みにかかる資金を一部支援する補助金
・経営承継円滑化法:後継者以外に先代経営者の相続人がいる場合に、自社株の贈与分については、遺産分割上の遺留分から除外したり、自社株の評価を固定するなどして、後継者の意欲を削ぐことなく、事業承継の合意ができる制度
・経営承継円滑化法による金融支援:通常では融資をしていないが、後継者による自社株の買取り資金などを金融機関が融資をすることを後押しする制度融資があります
・事業引継ぎセンターによる支援(引継ぎ先の紹介など)
・中小企業大学校における経営後継者研修
このように事業承継については、国家的な大きな課題として、数々の政策が作られていますが、実際の事業承継の現場では、課題も様々であり、対応策もケースバイケースです。
これまで、事業承継の現場に寄り添ってきましたが、ひとつとして同じケースはなく、大切なのはこれらの解決策ではなく、事業承継をどうしていくか?という経営者の方針決めと、後継者との対話でした。
今回は「こんなはずじゃなかった事業承継」というテーマで、事業承継が失敗した(あるいはもっとうまくできた)事例を挙げながら、解決法を併せて解説していきたいと思います。
いつまでもワンマンを続けようとする先代経営者
ワンマンを続けることで後継者が逃げてしまった
一代で会社を大きくしてきた経営者A社長は、自分の経験と勘で、これまでの時代の荒波を乗り越えてきました。
強いリーダーシップで、ゼロから事業を作り上げ、業績を伸ばしてきた実績をもつA社長は、60歳を超えても、事業承継について考えることを先延ばしにしてきました。
後継者として入社させた息子がいましたが、長年自分の経験と勘に自信をもってきたため、息子が助言することも評価できず、稚拙に感じてしまいます。
「偉そうに俺に意見するな!」と突きはねてしまいます。
息子も一生懸命これからの事業のことを考えて意見するのですが、聞く耳を持たず、経営にタッチさせてもらえません。
「黙って俺の背中を見ていればいいんだ」とろくに指導もしませんでした。
「親父にはバトンタッチする気がないんだな。きっと継いだとしても否定が続くに違いない」と、息子は不安を抱え、嫌気をさして会社を去ってしまいました。
A社長は「あいつには能力が足りなかったんだ」と結論付けてしまいます。
A社長は、息子が会社を辞めてしまっても、「生涯現役だ!」と言って強気のまま。
経営を取り巻く環境は、グローバル化や競争の激化、IT化など、対応すべきことが次々と発生し、目まぐるしく変化していきます。
その変化についていけていないことを自覚しながらも、自分を超える跡継ぎはいないと、後継者を決めませんでした。
心配した経営者仲間からはM&Aをして会社を売却したらどうかという提案を受けるも、やはり聞く耳を持ちませんでした。
ずるずると業績が悪化し、後継者がいないことに新しい融資はストップ。最後は廃業をせざるを得なくなってしまいました。
後継者は、創業経営者にはとても追いつけない現実
このようなケースは多くあるように思います。
創業経営者にとっては、会社の歴史は自分の歴史そのもの。会社は自分の子どものように可愛くて大切なものなのです。
また、経営の第一線で戦ってきた創業社長からみれば、いつまでたっても後継者は力不足に見えて当然です。
まだまだ俺には追いつけない、でもそういうものなのです。
先代経営者は、自分がいつまでも旗を振っていたいものかもしれませんが、自分の命にも限りがあります。
時代についていきながら経営できる期間も限りがあります。
事業を続けてほしいと考えるなら、後継者を認め、大切に後継者を「育てる」必要があります。
一緒に仕事をすればするほど、至らない点が見えてしまい、否定したくなる気持ちもあるかもしれません。
しかし、こういうときこそ、後継者の「いいところ探し」をしてほしいのです。
親子であればあるほど、難しいかもしれませんが、「なぜ、この仕事をしてきたのか」「どのような想いでやってきたのか」についても、後継者の方に時間をかけてお話をしてほしいと思います。
後継者の資質を活かせる経営ができるように
後継者の方にとっては、先代経営者が親のケースが多いと思います。
「いつまでもワンマンだからだめなんだ」と先代経営者を否定したくなることも多々あると思います。
しかし、ここもお互いの「認め合い」が必要なのではないかと思います。
これまで事業をしてきて、家族を養ってきたという事実は存在します。
先代のやり方ではだめだ、自分なりのやり方を試したい、やってみたい、そういう気持ちもきっと後継者の方にはおありのはず。
自分らしいやり方を模索するためにも、まずは、会社の歴史、先代経営者の想いを知ることから始めることをおすすめします。
事業承継のタイミングは?
期日を決めて、自社株を贈与し、ポストのバトンタッチをするだけでは、本当の事業承継は成り立ちません。
後継者は、他の会社で修行をしていたり、自社で経験を積んだりしているかもしれませんが、経営については初心者です。
年数をかけて、先代経営者が培ってきたノウハウや人脈、そのほか明文化されていないような機知を継承し、教育していく必要があります。
中小企業庁の統計によると、後継者の教育には、5年から10年かかると考えている経営者が多いようです。
直接話をすると、つい感情論になってしまい、話し合いにならないというケースが多いと思います。
その場合は、事業承継を支援する専門家に、話合いの場に入ってもらい、お互いの言いたいことを整理してもらうファシリテーションをお願いするとよいでしょう。
「今日から、こいつが社長やりますんで」いきなり社長パターン
いきなり金融機関に連れていかれ、ハンコを押すのが初仕事
2代続いた会社を「きっといつか俺が継ぐんだろうな」と思っていたら、ある日突然社長だった父親に金融機関に連れていかれたB社長(当時は社員として働いていた)。
父親は、「今日からこいつが社長やりますんで、よろしくお願いします」と挨拶していたとのこと。
「訳も分からないまま、ハンコを押す仕事が、社長としての最初の仕事でした」と語るB社長のケースです。
そのハンコとは、金融機関からの融資についての個人保証に同意するハンコでした。
後継者を連帯保証人に入れなければ融資を受けられないくらい、会社は切羽詰まった状況でした。
先代社長のもとでは、バブルの追い風もあり出店を繰り返し、小売店舗を3つ出店するまで拡大しました。
しかし、バブルがはじけたあとはじわりじわりと業績が低迷し、後継者を連帯保証に入れるまでは、融資をしないとのことで、やむを得ずB社長は連帯保証の同意のハンコを押すことになりました。
あの時こうしてくれればよかったのに・・・後継者の不満
その後、B社長が腹をくくり、必要な教えを外部のメンターに請いながら、会社を縮小させながら立て直すことに成功しました。
そうなるまでに7年もの歳月を要し、血のにじむような努力をしてきました。
今は順調に経営をされており、子どもにも十分な教育を受けさせることができています。
当時を振り返って、B社長はこうおっしゃいます。
「社長になってはじめて、会社の財務状況が大変なことになっていることを知った。もう少し早く、先代から教えてくれていたら、こんな大変な思いはせずに済んだのに」
先代の社長は、自分の代で会社を大変な状況にしてしまったという後ろめたさもあり、面と向かって後継のB社長に、会社の状況を言えなかったようです。
とはいえ、会社を継ぎ、継続していく使命を受け継ぐのは後継者です。
一旦社長の座を譲ったものの、会社の財務状況に怖くなって逃げだしたくなる後継者もいると思います。
事業承継にまつわる3つの後悔
「会社を継いだものの、会社の数字がよくわからなくて。」
実際にそう言ってご相談に来られる後継者の方も少なくありません。
中小企業庁の統計データでも、事業承継にまつわる3つの後悔として、このようにまとめられていました。
後継者が、「ちゃんと教えておいてくれたら、こんなに苦労しなくて済んだのに!」というものベスト3です。
1位:財務と会計の引継の後悔
ちゃんと財務内容や会計について、引き継いでおけばよかった。
2位:資金調達ノウハウの引継の後悔
金融機関をはじめとした資金調達の方法やノウハウを、引き継いでおけばよかった。
3位:会社と個人の借入金の引継の後悔
こんなに借入れがあるなら、 引き継がなかったのに。蓋を開けて見てびっくり。代表者連帯保証が重い。
会社を継いでほしいと願うなら、後継者には正直に会社のありのままの状況を開示し、「これでも継いでくれるか?」と問う場が必要です。
普段付き合いがあり、会社の状況をよくわかっている顧問税理士がいれば、一緒に説明してもらうとよいでしょう。
経営者保証ガイドラインで救われることもある
B社長が、言われるがままにハンコを押していた連帯保証についても、最近では「経営者保証ガイドライン」といって、一定の条件のもとでは、「先代の個人保証を必ずしも引き継がなくてもよい」とされています。
事業承継をきっかけとして、会社の財務状況を見直し、見える化していくことで、後継者は連帯保証を免除される可能性があります。
このようなメリットを受けるためには、まずは会社の状況を秘密にせず、正しく開示することから、始めなければなりません。
「みんなで仲良くやるはずが、まさかの社長解任」パターン
みんな仲良く、兄弟で会社を継ぐが・・・
祖父の代から続く会社を、父から引き継いだ長男C社長。次男と三男も会社の取締役に就任していました。
数年前に父が亡くなり、自社株はそのときに3人平等に、1/3ずつ相続した。
先代である父は「3人仲良くやるんだぞ。だからCに株を集中させるようなことはしないからな。遺言は書かない」と言って、本当に遺言を書かずに逝ってしまいました。
代表になるのは長男であるCと決まっていたが、遺言もないのに長男Cに株式を集中させる必要がありません。
次男も三男も会社に残っています。
父の言った通り、3人で仲良く会社を盛り立てていこう。父が亡くなった直後はそう言い合って3人団結して会社を経営していました。
しかし、数年後、業界をめぐる環境の変化があり、意見が分かれます。
長男のC社長は保守的な考え方であり、急激な変革には会社の体制がついてこないとして、じっくり時間をかけて対応していきたいとの考え。
次男は、今こそ経営方針の大転換期だとし、急な変革を求めます。
どちらも会社を大切に思ってのことなので、お互いに譲りません。
そのうえ、ずっと長男Cにコンプレックスを持っていた次男の意地もありました。
次男は三男を説得し、臨時株主総会を開き、長男Cの解任の決議をしてしまいます。長男Cは会社を去ることになりました。
これら一連の騒動のなかで、会社に対するイメージも悪くなってしまいました。
また、長男C家族と、次男・三男家族とは絶縁状態となってしまい、行き来もなくなりました。
「3人仲良く」と願った先代の願いは、悲しいことに叶わなくなってしまいました。
「みんなで仲良く」は先代あってこそ。遺言で意思表示を
親にとっては子どもはみんな可愛いものです。
誰かひとりだけを後継者にするなど、なかなか決められないことだと思います。
しかし、幼いころは仲良くしていたきょうだいであっても、育っていく環境のなかで違う価値観を持つようになり、いつまでも「仲良く」というのはそもそも難しいことなのです。
酷なことかもしれませんが、誰が後継者としてふさわしいかを、それぞれの資質を見極め、決めておくことも先代経営者の大事な仕事です。
誰に会社を継がせるかは、会社にとってはその未来を左右される重要なテーマです。
後継者を決めたなら、その後継者に会社の実権もともに移譲できるように、自社株の贈与をしたり、相続に備えて遺言を準備したり、安心して後継者が経営できるような道筋を作っておくことが大切です。
この仕事は、先代経営者にしかできません。
「まだまだ先だ」と思っていても、人間の人生、いつどうなるかわかりません。
50代の後半には、この先会社をどうするのか、誰を後継にするのかを考え始めたいものです。
失敗しない事業承継のためにできること
何よりも先代経営者と後継者候補との対話が必要です。
先代の継がせる覚悟、後継者の継ぐ覚悟、その両方があって、はじめて事業承継が始まります。
この対話をないがしろにすると、不安を感じた後継者が逃げてしまったり、承継したとしても不満を持ちながら、十分なリーダーシップを発揮できないなど、会社の経営に影響を与えかねません。
先代経営者や後継者候補、そしてその親族での家族会議を、回数重ねて開催することが大切です。
その際に、ぜひ活用頂きたいのが、日本政策金融公庫が発行する「つなぐノート」。
事業承継の準備がどこまでできているのかのチェックができ、これから会社をどうしていくかを年表方式でまとめていくものになっています。
決して先代経営者のみや、後継者のみで作ってはいけません。
同じテーブルに「つなぐノート」を囲み、一緒に作成することが大切です。
ときには、事業承継支援の経験のある税理士をはじめコンサルタントにコーディネートを依頼することも有効です。
全体での方針が決まれば、その方針に沿った支援策を選択していくことになります。
まずは、関係者全員で話し合い、合意した方針が必要です。
「こんなはずじゃなかった事業承継」ではなく、円満な事業承継をしていくためにも、まずは「腹を割った話し合い」をしていきましょう。
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