株式譲渡か?贈与か?事業承継をするときの選択肢

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2018年の税制改正により創設された特例事業承継税制。事業承継の際に必ず必要となる自社株の先代経営者から後継者への引き継ぎについて。贈与した場合の贈与税、相続で引き継いだときの相続税の全額の納税が猶予されることになったと話題になりました。

しかし、自社株の贈与や相続は、自社株の引き継ぎ方の1つの選択肢に過ぎません。他にも、後継者から対価を得て株式を譲渡する、株式譲渡という方法があります。

株式譲渡か?贈与か?事業承継をするときの選択肢と、これらのメリット・デメリットについて、解説します。

第1章 ニーズからみる贈与と株式譲渡の違い

贈与を選択するか株式譲渡を選択するか、自社株を引き継がせる方を「先代経営者」、引き継ぐ方を「後継者」と定義づけて解説します。

(1)前提として考えたい事業承継の選択肢の全体像

事業承継の選択肢をまとめました。

先代経営者の高年齢化などをきっかけとして、事業承継を考えるケースがほとんどだと思います。事業を継続するかどうか、そして、後継者がいるかどうかによって、対策が異なります。

事業を継続しない場合は、廃業手続きを選択しますし、事業継続を希望するけれども後継者がいない場合は、M&Aなどの方法を取り、第三者に引き継いでもらうことになります。

一方で、後継者がいる場合は、自社株式に関して有償で譲渡をするか、金銭を受け取らずに無償で譲渡(すなわち贈与となります)をするか、という選択肢があります。

利益を出し成長することができた会社の株価は、おそらく先代経営者(もしくはそのまた先代経営者)が会社を設立するために払い込んだ資本金の金額よりも、高くなっていることがほとんどです。

(中小企業の株式評価の仕組みの詳細については、こちらをご覧ください。事業承継で後継者にのしかかる税負担とは?株価引き下げなど使える対策をおさえよう

創業当初にまとまったお金を払い込み、頑張ってきた証の1つとして評価額が高くなった自社株を後継者に贈与するのか、対価を得て譲渡をするのか、どのように考えるとよいでしょうか。

(2)先代経営者に資金ニーズによって選択が変わる

贈与をするのか、譲渡をするのかの選択は、多くの場合は、先代経営者の資金ニーズによって変わるように思います。

先代経営者が、老後資金など、これからの資金を株式譲渡によって得たいと考えている場合は、対価が得られる株式譲渡を希望する傾向にあります。

(3)先代経営者の資金ニーズに応える2つの方法

これから事業承継する先代経営者にとって、老後資金を確保するための選択肢は2つあります。1つは株式譲渡による売却代金、もう1つは退職金です。

どちらもお金を受け取れることには違いはありませんが、かかる税金の違いがあります。

例えば、当初2,000万円出資した自社株の評価額が1億円になっていたケースで、1億円で後継者などに対して株式譲渡をした場合と、勤続35年で同額の1億円の退職金を受け取った場合とで、税負担の比較をしてみました。

1億円で株式譲渡をした場合

株式の譲渡所得税等がかかります。

(譲渡所得税等の算出)
1億円ー出資した2,000万円=8,000万円
8,000万円×20%(所得税15%、住民税5%)=1,600万円 
※便宜上復興特別所得税は計算外とします。

(手取り額の計算)
1億円ー1,625万円=8,375万円

1億円の退職金を受け取った場合

(退職所得にかかる所得税の算出)
勤続年数に応じた退職所得控除 35年だと1,850万円
所得(1億円ー1,850万円)×1/2=4,075万円
4,075万円×所得税率45%-479.6万円=1,354万円

(手取り額の計算)
1億円ー1,354万円=8,646万円

このように、株式譲渡の代金として資金を受け取るか、退職金として受け取るかにより、手取り額が変わります。

この試算では退職金として受け取る方が手取り額が多いことになりますが、自社株の譲渡価格やもともとの出資した金額、勤続年数などによって変わります。

株式譲渡の代金として資金を受け取るか、退職金として受け取るか、またはこれらの組み合わせで受け取るか、ケースに応じて試算を重ねる必要があります。

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退職金で資金を受け取るメリット

退職金で、先代経営者が資金を受け取るメリットは、自社株式の評価額を下げることができ、後継者が支払う贈与税を少なくことができることです。

退職金は会社から出すことになりますので、会社にとって特別損失となります。退職金支給によって、株式の評価額を下げることができるため、株式を贈与する場合に後継者が負担することになる贈与税の負担を下げる効果があります。

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第2章 立場からみた贈与と株式譲渡のメリット・デメリット

前章では、先代経営者の資金ニーズに着目して解説しましたが、もう少し視野を広げて、先代経営者・後継者から見た贈与と株式譲渡のメリット・デメリットをまとめました。

(1)先代経営者と後継者からみた贈与と株式譲渡のメリット・デメリット

image3(53)

先代経営者において、資金ニーズが低く、株式の大半を所有しているケースにおいては、贈与による手法を選択するケースが多いように思います。この場合、贈与税が生じることから、これに対する対策が後継者において必要となります。

一方で、先代経営者の資金ニーズが高いようであれば、譲渡の手法を取ることで、先代経営者は(他の少数株主も)資金を得ることができます。そのための資金調達を後継者側で行わなければならず、その資金調達方法をどうするかが大きな課題となります。

資金の準備をどうするかについても含めて、贈与か株式譲渡かを検討する際によくある質問を次章にまとめました。

第3章 贈与や株式譲渡の選択についてよくある質問

(1)贈与税の納税資金や、株式の買い取り資金が準備できないときはどうしたらよいか?

ここまで見てきたように、後継者は贈与・株式譲渡の両方の場合について、資金負担があります。具体的には、贈与の場合では贈与税、株式譲渡の場合は株式の買い取り資金を準備せねばなりません。

しかし、一般的に後継者は十分な資金を持ち合わせていないことが多いようです。この場合の対策としては、次のようなものがあります。

株式の一部を会社に買い取ってもらい、金庫株にする

贈与のケースで贈与税の全額を準備できないケースでは、贈与された株式の一部を会社に買い取ってもらい、贈与税の支払いに充てるという方法があります。

また、株式譲渡のケースで、買い取り資金の全額を準備できないケースでは、先代経営者が所有する株式の一部を会社に買い取ってもらうことにより、後継者が買い取る株式を少なくすることも可能です。

金庫株の活用といいますが、詳しくはこちらの記事をお読みください。自社株の納税資金対策や少数株主対策に活用したい自社株買い(金庫株)

贈与税の納税資金や株式の買い取り資金について融資を受けることができる

贈与税の納税金や株式の買取資金について、金融機関から融資を受けることも可能です。

経営承継円滑化法の認定を受けることができれば、日本政策金融公庫からの融資を受けることが可能ですし、民間の金融機関でも事業承継対策に力を入れているところもあります。

金融機関からの支援策について、詳しくはこちらの記事にまとめています。活用しないと損!? ぜひ検討したい金融機関の事業承継支援策

特例事業承継税制の適用を受ける

贈与の場合に限られますが、特例事業承継税制の適用を受け、贈与を受ける株式についてかかる贈与税の納税猶予を受けることができます。実質税負担ゼロで引き継ぎができることになりますが、あくまで納税猶予であり、次の世代に引き継ぐまで納税猶予取り消しリスクがついて回ることになりますので、注意が必要です。

特例事業承継税制については、これらの記事にまとめています。

事業承継にかかる贈与税や相続税の負担が軽減される?後継者は知っておきたい特例事業承継税制
・ちょっと待って!知っておきたい特例事業承継税制をとりまくリスクと対応策
・事業承継税制は使える?親族外承継を考えるときに絶対におさえておきたいこととは?

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(2)株式譲渡を選択する場合、売却価額はいくらでもよいのか?

株式譲渡は売る側と買う側との同意に基づいて価額を決定することになりますが、譲渡価額によっては、思わぬ税金が課されることもあります。

中小企業の自社株については、譲渡する相手が誰かによって価格が異なります。

同族間での売買の場合は注意

よくある先代経営者と後継者が親族同士のケースで、同族間での売買の場合は、相続税評価額の原則的評価で売買するのが基本となります。

相続税評価額とは何か?についてはこちらをご確認ください。
事業承継で後継者にのしかかる税負担とは?株価引き下げなど使える対策をおさえよう

評価額が1億円であれば、1億円で譲渡する必要があるということです。

たとえば、当事者同士が「譲渡価格を3,000万円にしましょう」と合意をしたとします。

この場合は、時価が1億円のものを3,000万円で譲渡したことになりますので、譲渡する側(先代経営者)が、譲渡される側(後継者)に7,000万円の利益を与えたことになります。

この7,000万円は、みなし贈与となり、贈与税が譲渡される側(後継者)に課されることになります。

このように、譲渡する相手によっては、注意が必要なので、譲渡価格決定については税理士などの専門家のサポートを受けるようにしましょう。

(3)株式譲渡を選択する場合、譲渡する側にかかる税金は?

株式の譲渡所得税及び譲渡住民税がかかる

株式譲渡を選択した場合には、譲渡する側に譲渡所得税及び譲渡住民税がかかります。

譲渡価格ー取得費(もともといくら出資したか、あるいは、いくらで買ったか)=譲渡益

この譲渡益に対して、15%の譲渡所得税(及び復興特別所得税)と5%の譲渡住民税がかかることになります。

(4)株式を譲渡するために必要となる手続きは?

譲渡制限付きの株式なら、株主総会か取締役会の承認が必要となる

多くの中小企業では、会社を設立するときに、譲渡制限株式を発行する形で会社を設立しています。

定款に、このように書かれていることが多いです。

「当会社の株式を譲渡により取得するには、株主総会の承認を受けなければならない」

承認機関が株主総会か取締役会かの違いはありますが、多くの会社ではこのように規定されていることが多いと思います。

この場合は、株式を譲渡する場合には、会社法に則り、この文言の通り株主総会か取締役会など、定款に定めた機関において、承認の決議をしておかなければなりません。

まとめ

事業承継税制について、お話することが多いのですが、その際には必ず、「譲渡の場合はどうなるの?」というご質問があります。

贈与と譲渡の場合、それぞれのメリットとデメリット、必要となる対策を総合的に検討したうえで、先代経営者と後継者ともに納得できる事業承継方法を見出して頂けましたら幸いです。

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著者プロフィール

神佐 真由美

神佐 真由美

京都大学経済学部在学中から「プロフェッショナルになるために手に職を」と税理士を志す。卒業後は、税理士を顧客とする株式会社TKCに入社し、税理士事務所を顧客にシステムコンサルティング営業に4年間従事。本当に中小企業経営者にとって、役に立てるプロフェッショナルはどうあるべきかを問い続け、研究する。税理士試験5科目合格後、税理士業界へ転身。
自ら道を切り拓く経営者に尊敬の念を抱き、経営者にとって「一番身近なパートナー」になるべく、起業支援や資金調達支援、経営改善や組織再編、最近では事業承継支援など多くの経験を積む。経営計画を一緒につくり、業績管理のしくみづくりを通して、未来を見通せ、自ら課題を見つけ、安心して挑戦できる経営環境づくりが得意。大阪産業創造館のあきない・経営サポーターも務め、セミナー実績も多数。「経営者のための資金繰り基礎講座」「本当に自社にとって必要?事業承継税制セミナー」など。

<関連サイト>
角谷会計事務所
未来を魅せる税理士 神佐真由美のブログ