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第6章 事業承継税制を検討する
代表取締役に就いて1年が経った。とはいえ、まだ会社の支配権である株式の移転はまだまだこれからだ。
こういうタイミングで、特例事業承継税制が創設されたと税理士から説明があった。
「事業承継税制自体はこれまでもあったのですが、特例が創設されて、とても使いやすくなりました」
自社株式を先代から後継者に贈与や相続をするときに発生する贈与税や相続税が猶予され、税負担が実質ゼロになるらしい。これまでの事業承継税制では、株式数の上限や、猶予される相続税の割合が80%しかなく、負担がなくなることはなかった。
実質ゼロといっても、引き継ぐときの税負担がゼロなだけで、あくまで納税猶予だ。この納税猶予の猶予継続の要件のうち、5年間雇用を8割維持しなければならないという要件があり、これが使いにくいと言われていた大きな理由だ。
しかし今回の特例事業承継税制では、5年間で8割の雇用を維持しなければいけないという要件は、もし維持できなかった場合に、税理士などの経営革新等認定支援機関に意見を書いてもらうことができれば、猶予取消にならなくなった。実質撤廃といっていい。
時代の流れが早い今、5年間8割の雇用を維持することは大変なことだ。また人手不足であることもあり、うちのような中小企業の求人には、年々人が集まらなくなってきている。
父親が持つ210株のうち、贈与で動かすことができたのは、20株。あと190株については、これからも贈与で動かすのか、一気に贈与して、事業承継税制を使って実質税負担ゼロで引き継ぐのか、検討しなければならない。
※特例事業承継税制について、詳細はこちらをご参照ください。
事業承継にかかる贈与税や相続税の負担が軽減される?後継者は知っておきたい特例事業承継税制
※特例事業承継税制をとりまくリスクについて、詳細はこちらをご参照ください。
ちょっと待って!知っておきたい特例事業承継税制をとりまくリスクと対応策
私の場合は、特例事業承継税制を使う場合のメリットはこうだ。
- 税負担なしに株式の所有を父親から私に移すことができる
- 特例事業承継税制を使うと、父親の相続の際には、相続財産とみなして相続税が計算されるが、特例事業承継税制の適用で株式にかかる相続税の納税はない
- 株価がこれからさらに高くなったとしても、贈与時の価格で固定されるため、猶予取消リスクは大きくならない
- 私が、例えば私の息子など4代目に、事業承継税制を使って贈与した場合には、今回猶予された贈与税や相続税は免除されることになる
一方でデメリットもいくつかある。
- 他にも猶予取消になる場合があるため、注意が必要であること。もし猶予取消になると、猶予された税額のみならず、利子税も併せて支払わねばならなくなる
- 5年間は毎年、5年間が終わったあとは3年ごとに届出が必要になるため、税理士に依頼する必要があり、費用がかかる
これらのメリットやデメリットを勘案して、どうするか決めようと思う。相続を待つよりも贈与でカタが付けばと思っていたが、特例事業承継税制は、大きな追い風である。
ただ、リスクがないわけではない。この特例を使えば、常に猶予取消で納税のリスクを抱えることになる。私の息子がうちの会社を継いでくれるかどうかも、まだ中学生だから確証はないのだ。
「社長、この特例使えるとしても2年後です」
特例事業承継税制を使う場合には、後継者が役員になって3年経っていないといけないそうだ。私はこないだ役員になったばかり。
そうか、今すぐ使おうと思っても無理なのか。それなら早く言ってくれよ。先代の社長である父は、まだ取締役として残っている。2年後に退任してもらい、退職金を出して、株価を下げたあとに、この特例事業承継税制を使うと、猶予税額をいくばくか減らせるし、猶予取消リスクも減らせることになる。
よし、この方針で行こう!
第7章 遺留分に注意!きょうだいでもめることを防止する
私には、妹がいる。すでに嫁いでおり、もう家にはいない。正月やお盆はみんな集まるが、そのときに何気なくかわした会話で、株式の贈与の話が出た。
「お兄ちゃん、お父さんから会社の株式贈与されたんだって?私も財産ってもらえるのかしら」
こっちはリスクを背負って会社を継いでるんだ。何を言っているんだと思った。妹はすでに他の家に嫁いでおり、関係ないはずだ。相続や贈与に絡んでくるのか?
気になったので、調べてみると「遺留分」といって、それぞれの相続人が、最低限保証される相続財産の割合をいうらしい。
つまり、他の家に嫁いだ妹であっても、親父の財産をいくばくか引き継ぐ権利があるということだ。ややこしいことに、生前に贈与した財産も、相続の10年前の分まで足し戻して、遺留分を計算するらしい。
私は、特例事業承継税制を使って父親から株式の贈与を受けた。この分も遺留分の計算に入ることになり、私が取りすぎていると、妹の遺留分を侵害したとして、金銭を要求されることがあるということだ。
※遺留分問題については、詳細はこちらをご参照ください。
事業承継は先代経営者と後継者の問題だけではない。家族ともめやすい遺留分問題とは?
何より、こんなことで妹ともめるのはごめんだ。せっかく円満な家族関係を築いてきたのに、相続をきっかけに壊れてしまうこともあると聞く。早めに話し合いの場を持った方がよさそうだ。
父親と話をし、
- 自社株式については、経営承継円滑化法という民法の特例に規定する、除外合意をし、遺留分の計算には入れないことを合意してもらうこと
- 父親の財産については、遺言書を書いてもらい、何を誰が相続するのかを明らかにしてもらう
この方法をとることにした。
別日を設けて妹には話をすることができ、合意をしてもらうところまできた。やはりこういうときは何も隠さず、お互い腹を割って話をするに越したことはない。
父親も、「こんなことでもめることもあるのか。それなら、今できることをしておかなくては」と前向きに協力してくれて助かった。
第8章 エピローグ
事業承継は一生に一度経験するかしないかの大事業だということを、この一連のできごとを通してひしひしと感じた。そして、1年や2年では決して準備はできない。
このような他社の事例もとても参考になる(こんなはずじゃなかった事業承継失敗例と対応策)が、事業承継を終えた今、私が思う理想はこうだ。
もし、息子に4代目として事業承継を考えるなら、私のように外部で経験を積んでから、事業承継をする予定の遅くとも5年前までに入社をさせておきたい。それからあらゆる業務を経験してもらい、社内で知らないことはないくらいになってもらい、社内外の信頼を積み重ねてもらうのだ。
役員になることは、早めに考えてもらいたいと思う。今回のように、役員の経験が3年以上ないと、事業承継税制が使えないというケースもあるからだ。
そして、40歳前後で実際に事業承継をした場合には、5年くらいは伴走する必要があると思う。あくまで実権は息子に譲るのだが、私は後見役として困ったときの相談相手になる。
このくらいのスパンで事業承継を考えるのがよいと思う。それには、日ごろから、今後の方向性についてちゃんと話をするということを、怠ってはならない。
便利な税制やもめないようにする施策なども用意されているし、金銭面では、金融機関がしっかりサポート体制を作ってくれているようだ。
※事業承継に関連する金融機関の支援策についてはこちらをご参照ください。
活用しないと損!? ぜひ検討したい金融機関の事業承継支援策
しかし、結局はお互いのコミュニケーションと、必要な知識をきちんと仕入れることができ、活用できる仕組みが必要だと思う。
あとは何といっても、息子が継ぎたい!と思える魅力的な会社にしていくことが一番大事だと思う。身内が継ぎたいと思うくらいの会社は、きっと、働く側から見ても魅力的に違いない。人手不足はきっとこの先も解消しないから、働く側から働きたいと来てくれる会社にしていく必要があると感じている。
もともと目標だった、前職の社長に追いつくというところまではもう少し道のりがあるが、自分のためだけでなく、家族や、従業員、そして世の中のために、会社を、事業を磨いていこうと思う。
まとめ
1人の後継者の事業承継を通して、自社株の贈与や譲渡、特例事業承継税制の検討ポイントを解説しました。こういう場面で、これを使うのかと具体的にイメージしていただけたら幸いです。そして、あらゆる面で悔いのない事業承継を!
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