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平成30年(2018年)に改正され、創設された特例事業承継税制。
事業承継に伴う株式の贈与や相続にかかる贈与税や相続税の負担を、納税猶予という方法で軽減するもの。今回の改正で、対象株式の上限が拡大し、相続税の猶予割合は80%から100%に拡大されました。
さらに事業承継税制のデメリットと言われていた、雇用確保要件が実質撤廃されるなど、大幅に使いやすくなったといわれています。
しかし、適用の要件や、手続き規定を読んでいても、なかなかイメージがわきにくいものです。実際、事業承継の現場で適用すると、どのような効果と影響があるのかを、ストーリーにまとめてみました。
第1章 事業承継を考えるきっかけ
私は、20年ほど前に先代にあたる創業者の父から、今の会社を引き継いだ。
「よし、お前来年から、社長をやれ!」
当時、自分は40歳。すでに父の会社には入社していたので、自然な流れで長男として社長の座を引き継いだ。
そこから20年。時代の波は当社にも押し寄せ、先代と同じように鋭い勘と経験のみで経営できたわけではない。慎重派である自分が納得できる判断をひとつひとつ重ねて、なんとかここまで来たというのが実感だ。そんな私も、今年還暦を迎える。
今期も決算を迎え、決算検討会を行うため顧問税理士と面談していた。今期も計画通りに着地できそうであり、必要な決算対策をまとめることができた。
その場で、税理士がこんなことを言った。
「ところで、社長も今年60歳におなりですので、事業承継を考える良いタイミングだと思いますが、いかがお考えですか?」
事業承継!?税理士の口から出た「事業承継」の言葉に当初は反発すら覚えた。私はまだまだ第一線で活躍できているつもりだし、これからのビジョンもある。やっとここまで会社を伸ばすことができたのに、もう引退しろと?
「60とはいえ、私はまだ元気ですし、引退には早いかと・・・」
税理士の本当の意図は少し違っていた。
「もちろんすぐに引退どうこうの話ではありません。事業承継は時間をかけて行うものですから。元気なうちにプランを立てる必要があります。
特に社長はお嬢様2人が嫁がれ、跡取りになるお子さんがいらっしゃいません。後継者探しを始めるには、早すぎることはないかと」
まだ抵抗感はぬぐえないが、その通りである。
私には2人の娘がいるが、2人とも嫁いで家を出ており、家族や親族に後継者になれる人物が存在していないのである。
当然の流れとして、社長を引き継いだ自分の時代ともまた事情が違う。息子がいたとしても引き受けてくれたかどうかも、正直わからない。
「それを言われると、確かにそうなのですが、何から始めたらよいのでしょうか」
「ひとまず、通常作成されている経営計画のほかに、事業承継計画を立ててみてはいかがでしょうか」
税理士は、そう言って、事業承継計画を手渡してくれた。
(日本政策金融公庫 つなぐノート より)
「これを書くのですか?なんだか難しそうですが・・・」
「全部を埋めていただく必要はありません。まずはご自身の年齢を記入し、いつ頃社長の職を譲るかだけでも考えてみてはいかがでしょうか?」
この日から、私の事業承継計画は始まったのであった。
第2章 後継者選び
税理士に勧められた事業承継の計画書に自分の年齢などを記入していった。
(5年後、俺は65歳。10年後には70歳か・・・。70歳と言ったら、引退してもおかしくない年齢だし、いつまで元気でいられるかもわからないな。)
やっぱり今から事業承継を考えるのは、早すぎない。30名ほどだが社員もいるし、仕入先や外注先もある。自分の代で会社を閉じるわけにもいかない。と考えると、後継者が決まっていないことが現実的な大きな問題のように思えてきた。これは向き合わないといけない現実なのだ。
私は後継者を決めようと、社内の人材を見渡した。5年後10年後に交代することを考えると、55歳の専務も、50歳の常務も、年齢的にふさわしくない。今、40歳前後の人間を選ばなければならないようだ。
考え始めてから半年かけて、やっと次期社長候補に、42歳の営業部長を選んだ。未熟な部分はあるが、社内や取引先でも信頼は厚く、性格も前向きだ。後継者となることに対しても、前向きに考えてくれていて、ありがたい限りだ。
第3章 事業承継は一朝一夕ではできない
しかし、後継者が見つかってもこの先どうしたらよいのかがわからないので、顧問税理士に相談した。
「承継するものを『人(経営)』『資産』『知的資産』の3つに大きく分けて、計画的に進めていくのがよろしいかと」
『人(経営)』というのは、具体的には後継者の育成を言うそうだ。いきなりバトンタッチしたところで、営業部長が経営ができるはずがない。5年ほどかけて対話と引継ぎを重ねて承継し、その後は5年ほど、相談役として伴走するのがよいそうだ。
『資産』というのは、私が持っている会社の株式、許認可、お金周り、事業用資産など。経営者の個人資産について、会社との関係を整理することをいう。
『知的資産』というのは、経営理念や経営者の信用、取引先との人脈や、顧客情報、ノウハウや技術など目には見えないけれども、会社に引き継がれているものをいうそうだ。
この中で、とても驚いたのが、自社株の引継ぎにかかる贈与税だ。
税理士からこのように聞いた。
「経営権を引き継ぐには、自社株の承継が必要になります。御社の場合、社長がお持ちの株式の評価額は1億2千万円ほどになりますから、全ての株式を営業部長に贈与するとなると、6千万円ほどの贈与税がかかります」
6千万円だと!?自社株を引き継ぐだけでそんなに税金がかかるのか。評価額が高いのは、自分が頑張ってきた証とはいえ、これでは、営業部長は引き継ぐことができないだろう。
「安心してください。その対策として、株式の評価額を下げたり、非課税の範囲内で贈与したりを組み合わせていきます。さらに、今は特例事業承継税制がありますから、納税猶予を受けて、税負担なく引き継ぐことも可能ですよ」
それを聞いて安心した。知らないことばかりだが、無理もない。事業承継など人生に何度も経験することではないからだ。このようなときに実績ある専門家のサポートはとてもありがたい。
第4章 経営者としての引継ぎ
次期社長となる営業部長は、常務取締役になってもらい、指導と対話の時間を設けていった。これも、事業承継計画に盛り込んできたことだった。
営業部長としての仕事と、経営者の仕事はまるっきり違うし、見るべき視野も異なる。自分も完璧ではなかったと思うし、まだまだ課題だらけだと感じているが、そういうことも共有しながら、5年間経営者としての引き継ぎをおこなってきた。
社屋が建つ土地は、私の個人資産だったため、これを会社に売却した。親族に残してもよいのだが、娘2人が引き継いでも会社とは直接関わりがないため、やりとりが煩雑になる。それならば今売却して現金化しておいた方がよいだろうと判断した。
問題の自社株のことだ。これも親族に残しても、常務がやりづらくなるのだろうし、経営者自身が自社株を所有していることが、経営の安心感と責任感に繋がると考え、全株式を常務に引き継ぐことを決めた。
引き継ぐ方法は、常務への売却か、贈与か、2つの方法があるそうだ。
売却をするにしても、売却代金を常務が準備することは大変だ。その資金を融資してくれる施策(経営承継円滑化法の金融支援)も金融機関の助けもあるそうだ。
(詳しくはこちらのページをご参照ください。 活用しないと損!?ぜひ検討したい金融機関の事業承継支援策)
贈与だと贈与税がかかるが、今なら特例事業承継税制を適用して、税負担がなく自社株の引き継ぎができる。
個人資産を買い取ってもらったこともあり、さらに自社株を買ってもらうことはあまり考えていなかった。妻や娘たちに相談し、自社株は贈与することに決めた。
「お父さんが頑張って株価を上げてきたのに、お金にできないのはもやっとするけどね」
そういいながらも、私の方針に賛同してくれてホッとしている。
第5章 揉めない相続への布石と事業承継税制
顧問税理士の助言もあり、経営承継円滑化法の遺留分の民法特例を利用することにした。今回の常務への贈与は、私が亡くなったときの相続人にとっては、「もらえるはずの財産の侵害」にとなるそうで、場合によっては、相続人が常務に金銭を要求することもありえるそうだ。
そんなことで揉めてしまったら、覚悟をもって引き継いでくれた常務に申し訳ない。遺留分の民法の特例を使い「除外合意」を実施した。
顧問税理士の説明はこうだった。
「除外合意とは、親族外承継で常務に引き継ぐ非上場株式を、遺留分の計算から除外出来る制度です。これで遺留分が少なくなったと揉めることはなくなります」
このほか、固定合意という方法もあるそうだが、これは、遺留分の計算に含める自社株の金額を、合意時の価額に固定する制度だそうだ。後継者が頑張って業績を上げれば上げるほど、遺留分が大きくなり、他の相続人から請求されるかもしれない金銭の額が上がってしまい、事業意欲を削ぐことを防ぐものだ。
(詳しくはこちらのページをご参照ください。事業承継は先代経営者と後継者の問題ではない。家族とももめやすい遺留分問題とは?)
特例事業承継税制についても、詳しく顧問税理士から説明を受けた。
「一定の手続きによって、後継者に一括で贈与をした非上場株式の贈与税額が全額納税猶予されるというメリットがある画期的な制度です。
適用を受けるには、2023年3月31日までに、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成した『特例事業承継計画』を都道府県に提出し、2027年12月31日までに贈与を行うことが必要になります」
「あくまで納税猶予なので、もし、常務が、代表就任後5年以内に辞めることになったり、会社を解散することになったりした場合には、猶予された税額をすべて利子税を足して納付する必要があります。このリスクについては、常務さんにも十分ご理解頂く必要があります。
従来は、5年間は8割の雇用、すなわち従業員数を維持すべしという要件もあったのですが、実質撤廃されていますし、その点は安心ですが」
(詳しくはこちらのページをご参照ください。ちょっと待って!知っておきたい特例事業承継をとりまくリスクと対応策)
特例事業承継税制は、猶予制度であって、免除ではない。株式も担保として提供する必要がある。だから、できるだけ贈与税は少ない方がよいので、株価を可能な限り引き下げてからの贈与がよい。
この特例事業承継税制の贈与を行う後継者の要件は、役員に就任してから3年経過していることが必要だそうだ。
だから、私は次のように株式を贈与していくことにした。このように事業承継計画にも記載し、提出した。
- 私が代表取締役を退任するまでは、毎年110万円以内の贈与
- 代表取締役の退任とともに退職金を支払い、株価を引き下げる。贈与税を節税し、猶予税額をできるだけ少なくしておきたいため
- そのうえで、常務へ残りの株式をすべて贈与、この贈与について特例事業承継税制を使い、納税猶予を受けてもらう
自社株の引き継ぎのプランができつつあった。
第6章 事業承継その後が大事
計画的に対策を立てて実行することができたため、人材としての経営者の交代はいつ行われても問題ない状態にまでできた。
私は65歳で社長の座を常務に譲ることができた。退職金をもらい、株価の引下げをしたうえで、残りの株式すべてを常務に贈与した。
この贈与について、顧問税理士のサポートもあり手続きも順調である。都道府県知事への申請を行い、贈与税の申告についても問題なくできた。もちろん常務の税負担はゼロである。
承継した後は、役員でない相談役として、非常勤で新社長をサポートする役にしばらく徹することにした。経営者の仕事はやってみて初めてわかることもたくさんある。新社長が安心して経営できるように、当面は伴走していくが、少しずつ私の出番も減っていくだろう。この25年はあっという間だった。寂しいことだが、新社長に事業を続けてもらえることの方が大事である。
事業承継税制の適用を受けたのち5年間は、年次報告といって、毎年会社の状況を報告する義務がある。5年を経過したあとも、3年ごとに税務署へ届出が必要となる。納税猶予制度の取消になることが起こっていないかどうかを報告するためである。
この書類の手続きも大変だ。事業承継税制のデメリットかもしれない。しかし、ここは信頼できる顧問税理士がサポートしてくれているから安心だ。もちろん、通常の顧問料とは別に支払っている。多少コストはかかるが、新社長に自社株の贈与税や買取り資金を準備してもらうことを考えたら、ましなのかもしれない。
70歳までは新社長をサポートしていくが、そのあとは妻とのんびり過ごすこととしている。新社長は私の教えを引き継ぎながらも、他の役職者や社員と協力しながら、自分らしい経営をしていこうと頑張ってくれている。
あのとき、抵抗感でいっぱいだったが、60歳で事業承継対策に取り組んでおいて本当に良かったと思わずにはいられない。あのとき対策しなかったら、後継者がいないまま、うちの会社は存続できたかどうか、わからないものである。
納税猶予を受けていると、私が亡くなったときは、新社長も妻や娘たちと一緒に相続税の申告に関わることになる。
妻や娘たちが自社株を引き継ぐわけではないのに、自社株の評価額も含めて、相続税を計算することになるため、自分たちが引き継ぐ財産の割には、相続税が高くなるという問題がある。
これについてもあらかじめ顧問税理士とシミュレーションを行っており、相続税については、現預金と生命保険で手当て済みだ。のちのち揉めないようにするためには、私の生前中に、しかも元気なときに準備しておくことが一番大事なのだと思う。
早めに事業承継対策の必要性と向き合っておいて、本当によかった。
第7章 先代が亡くなったあとは、こうなる
ここまで、60歳で事業承継について考え始めた社長の事業承継ストーリーを通して、事業承継税制や事業承継に必要な準備について解説しました。
次に、特例事業承継税制を適用した場合、先代が亡くなったあとについて、解説します。
先代経営者が亡くなったときは、納税猶予を受けた贈与税は、免除されますが、それと同時に、贈与を受けた自社株について、新社長が遺贈を受けたものとして、相続税がかかります。相続税を計算する自社株の評価額は、贈与を受けた時の評価額になります。
新社長は相続人ではないのに、相続税がかかるのです。しかし、ここでも特例事業承継税制を使うことができ、相続税の納税猶予に切り替え、納税猶予を受け続けることが可能です。
3年ごとの税務署への届出は、納税猶予を受ける限り、ずっと必要になります。
納税猶予を受けた税額は最終的にどうなるのでしょうか?
新社長が、もし、次の後継者に事業承継税制を使って、承継することが出来たら、このときに猶予された相続税が免除になります。
一方で、新社長が、他の人に株式を売却したり、上場したり、事業をやめたりすると、納税猶予が打ち切りとなり、猶予された税額に利子税を加算して支払うことが必要となります。
そのときの会社の状況により、減免制度などの救済装置もあります。納税猶予は納税猶予取消リスクと隣り合わせです。時間をかけても、猶予取消リスクをカバーできるだけの備え(現金の準備や生命保険)ができるとよいですね。
まとめ
事業承継は10年かかるプロジェクトです。経営者が50代後半になったら、考えておきたい問題です。まだまだ自分は若い、引退なんて考えられない、と思うかもしれませんが、早めに考えても早すぎることはないように思います。
事業承継を支える制度は、事業承継税制をはじめ、民法の特例など、出そろってきている感があります。国を挙げて、最大の課題である事業承継に取り組もうとしている機運が高まっている今、効果的に施策を利用して頂き、スムーズな事業承継をしていくことが、会社を活かし、地域や世の中に貢献する道なのではないでしょうか。
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