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都会で働き経験を積み、故郷のある地方に移住して起業することを目標にしている方にときどきお会いします。
故郷に誇りを持ち、自分が帰って起業することで地方を盛り上げたいという意欲は、とても素晴らしいなと尊敬します。
地方でゼロから起業するのも良いですが、もう少し視野を広げて、後継者のいない地方の企業を引継ぐのはいかがでしょうか。地方で起業を考える際は、事業承継も選択肢に入れておくことをご提案したいと思います。
第1章 ゼロから起業するより地方で事業承継を狙う
(1)地方ほど事業承継が深刻
現在、国家的な課題として、事業承継問題が挙げられています。
全国的に、中小企業経営者の年齢のボリュームゾーンは、この20年で40代から60代になりました。この間に起業している人もいますが、それ以上に、既存の企業において、事業承継が進んでいないということがわかっています。
2017年に発表された中小企業庁の試算では、今後10年で平均引退年齢の70歳を超える経営者は全体の6割超にあたる約245万人に達し、そのおよそ半数である約127万人の後継者については、「後継者が決まっていない」そうです。
このまま放置すると、2025年頃までの10年間で、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるということで、日本経済の大きな問題ととらえられ、多くの施策が打たれることとなりました。
「開業率を上げ、廃業率を下げる」ことが、経済活発化の原則です。国は起業を後押しして開業率を上げる施策を中心に行ってきました。
しかし、事業承継がうまくいかないと、産業そのものがなくなったり、雇用に与える影響が少なくないとのことで、ここ数年で本腰を入れて数々の施策を出しています。
下記の図は、1995年度と2015年度における、都道府県別の起業経営者年齢の増減を示したものです。
例えば、滋賀県では、1995年から2015年にかけて経営者の65歳以上の年齢割合が15%増加となっているのに対し、高知県では、23%以上増加しており、高齢化が進んでいる様子がわかります。
都道府県別にみた経営者の平均年齢の推移です。地方ほど、平均年齢が高年齢化していることがわかります。
最も平均年齢が高いのは岩手県の61.6歳です。全国平均よりも2歳以上上回っています。この他、秋田県(61.4歳)、青森県(61.0歳)など東北地方が上位を占めます。1990年の平均年齢で比較をすると、秋田県が+7.6%、沖縄県が+7.3%と上昇しています。
株式会社帝国データバンク 特別企画:全国社長年齢分析(2018年)より
このように、地方ほど、経営者の高年齢化が進んでいます。その原因は、事業承継ができていないことです。
これには様々な要因がありますが、2016年2月に発表された日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」によると、60歳以上の経営者のうち、50%以上が廃業を予定しており、廃業の理由に以下の答えを挙げています。
- 当初から自分の代でやめようと思っていた 38.2%
- 事業に将来性がない 27.9%
- 子供に継ぐ意思がない 12.8%
- 子供がいない 9.2%
- 適当な後継者が見つからない 6.6%
このうち、後継者がいないため廃業する予定の経営者は、廃業予定企業の28.6%を占めています。
廃業予定であっても、3割の経営者が、同業他社よりもよい成績を上げていると回答しており、将来性についても4割の経営者が少なくとも現状維持は可能と回答しています。
事業承継しない場合には、このような企業もそのまま廃業する可能性が高くなり、それによって雇用や技術、ノウハウ、そして産業そのものが失われてしまう可能性が高くなります。
これらの情報をまとめると、後継者が見つかれば廃業をやめ、事業継続を選択する可能性がある企業がある程度の数で存在していること、しかも業績のよい、または見通しがよい企業が3~4割と相当数存在することになります。
したがって、地方で起業をするときには、事業承継を視野に入れておくのは、とても有効な選択肢であることが言えます。
(2)地方での事業承継のメリット
地方で後継者のいない企業の事業承継をすることは、その地方の雇用を維持し、ノウハウや産業を守ることができるため、とても社会的意義があることです。
個人経営の小さな事業所もあれば、数十人規模の比較的大きな企業も地方には存在しています。地方で起業するのもよいですが、その地域で、経営者が高齢化している企業を引き継ぐことで、自ら経営者として事業展開することも可能です。
地方で事業承継をするメリットはどのようなものがあるでしょうか。
一通りのリソースがそろっている場合が多いので、0から自分で構築しなくてよい
0から自分で起業をする場合は、必要な設備の準備や顧客の開拓もすべて0から自分でやらなければなりません。
しかし、事業承継をする場合は、すでにビジネスモデルが確立されており、既存の顧客も保有しています。また、設備や従業員もそろっていることがほとんどです。
すでにあるビジネスモデルを引継ぐわけですから、失敗する可能性を低くすることができます。
地方ゆえに注目されやすい
最近は「地方創生」といって、東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を取り戻そうという国の政策があります。また、現在の日本での課題は事業承継です。
このように、地方での事業承継は、地方創生×事業承継という現在の日本で旬な課題を一気に解決に向かわせるものとなります。
また、地方で若い方が事業承継するとなると、地方ほど若い方はいませんから、地域でも注目される存在になります。
事業承継をすると地域とのつながりも作りやすい
地方で0から起業をすると、地域とのつながりを自分で開拓していかなければなりません。一方で、事業承継をする場合は、事業の担い手として紹介されるため、つながりが作りやすくなります。
(3)地方での事業承継のデメリット
事業承継で起業をする方法のデメリットは何でしょうか。
自分のやりたいことや関心のあることに繋げられないと長続きしない
引き継ぐ事業を、自分のやりたいことや関心のあること、理想の働き方につなげていくことが大切です。
もともと他人がしていた事業を引継ぎますので、今の経営者のやり方をまずは引き継ぐことになるでしょう。それが、自分のやりたいことや関心のあることに繋げられれば良いですが、それができなければ、自分の意欲を持続させることが難しくなります。
引き継いでみたら「ニーズのない事業だった」というおそれがある
後継者がいない原因が、ニーズの萎みだった場合は、事業を引き継いだけれど、赤字続きになってしまうこともあり得ます。
そこから事業展開をしていくことも大いに考えられますが、「こんなはずじゃなかった」ということがないように、今後どのくらいの利益が見込めるのかを、自社の強みだけでなく、マーケットの視点で客観的にしっかり吟味することが大切です。
経営者が交代したことで顧客離れしてしまうリスクがある
その企業ではなく、経営者の人物に顧客がついていたという場合は、経営者が交代すると、顧客が離れてしまうというリスクもあります。
このように、地方企業で事業承継を選択するには、リソースがそろっているというメリットがある一方で、リスクも存在しています。
第2章 地方での事業承継をするには
(1)引き継ぐ企業の見つけ方
では、引き継ぐ企業はどのように見つけたらよいのでしょうか。
事業引継ぎ支援センター
まずおすすめしたい相談先は、「事業引継ぎ支援センター」です。全国47都道府県に相談窓口を設置しており、無料で専門家やコンサルタントに相談することができます。
ここで引き継ぎ希望者として登録することで、紹介を受けることができるかもしれません。
後継者求人のマッチングサイト
「後継者求人」と検索してすれば、たくさんのマッチングサイトやマッチング会社を見つけることができます。自分のキャリアを登録しておくことも可能です。
(2)引き継ぐ際に心がけておきたいこと
事業の引き継ぎは、半年や1年でできるものではありません。これまで、今の経営者は、長い年月をかけて、事業を育ててきたため、そのバックグラウンドやその事業の意義、顧客との関係性、マーケットなど、できるだけ多くのことを知る努力をしなければなりません。
事業を引き継ぐということは、単にビジネスモデルを引き継ぐことでもなければ、その収益源を引き継ぐことでもありません。その企業の歴史やDNAから始まり、どのようなお客様に支えられてきたか、どんなコンセプトで商品やサービスを作ってきたかという想いも引き継ぐことになります。
経営者には、ずっと地域に密着してやってきたというプライドがあります。少なくとも1~3年ぐらいは、経営者から徹底的に学び、看板と信用、そして知見を吸収することをしたいものです。その期間では短いケースもあります。
一般的な親族内事業承継であっても、後継者である子どもを入社させて、3年以上であらゆる経験を積ませ、それから事業承継をしていきます。
まして、他人の経営する事業を引き継ぐのであれば、それ相応の時間を要します。
また、引き継いだあとも、可能な限り、数年は相談役などのポストに就いてもらうなど、新経営者の伴走をしてもらうことをお勧めします。
地方ほど人の結びつきが濃いゆえに、経営者が代わったとたん、顧客が離れてしまうリスクもあります。しばらくは影響力を多少なりとも発揮してもらい、地域とのつながりの維持や関係強化をフォローしてもらいましょう。
まとめると、地方での事業承継の場合であっても、引き継ぎ期間は少なくとも1~3年かけたいところです。また、事業承継をしたあとも、先代経営者には、しばらく伴走してもらえることができるとよいでしょう。
(3)事業継承を支援する制度
事業承継を支援する施策は数多く打ち出されています。そのうち、代表的なものをご紹介します。
事業承継補助金
事業承継をし、そののちに新しい取り組みをする場合には、新しい取り組みにかかる費用を支援する補助金です。
2016年4月1日以降に事業承継(代表の交代)や、吸収合併や事業譲渡などのM&Aや事業再編・事業統合を行った、あるいは行う事業者が補助対象となります。
後継者承継支援型であれば、補助額上限200万円、補助率は1/2または2/3です。事業所や既存事業の廃止などの事業整理を伴う場合は、補助額が上乗せとなります。
事業再編・事業統合支援型であれば、補助額の上限は600万円、補助率は1/2または2/3です。こちらも事業整理を伴う場合は、上乗せされ、最高で1,200万円の補助が受けられることとなります。
公募期間は、2019年4月12日~5月31日です。
こちらに公募要領が掲載されているので、ご確認ください。
平成30年度第2次補正予算事業承継補助金の公募要領を公表します(4月12日公募開始)
経営承継円滑化法による支援
円滑な事業承継を支援するための法律として、制定されています。
法人企業を引き継ぐ際には、株式の引き継ぎが必ず問題となります。先代経営者から贈与を受けるのか、もしくは、先代経営者から株式を購入するのか。
先代経営者や先代経営者の親族の意向にもよりますが、引き継ぐ側には、贈与税や株式買取り資金などの資金が必要になることが多いです。
この場合、後継者が必要となる資金について、経営承継円滑化法の認定を受けて、金融機関から融資を受けることが可能です。
詳細はこちらの記事の「自社株の買取り資金や贈与税について融資を受けることができる」をお読みください。
特例事業承継税制
先代経営者から、株式の贈与を受ける際には、特例事業承継税制の適用を受けて、贈与税の納税猶予を受けることも可能です。
しかし、この税制にも押さえておきたいリスクがありますので、詳しくはこちらの記事をお読みください。
事業承継税制は使える?親族外承継を考えるときに絶対におさえておきたいこととは?
特例事業承継税制を検討する際にはおさえておきたい特例の落とし穴
このように、事業承継については、いくつもの支援策が準備されています。地方自治体によっても独自の支援制度がある場合がありますので、地方自治体の窓口に尋ねてみることも必要です。
(4)地方起業か事業承継かを検討する際に
地方で起業をするか、地方にある企業の事業承継をするかに関わらず、地方で事業をしたいときに必ず見て頂きたいのが、こちらのページです。
経験者から学ぶことはとても大切だと思います。「地方起業助っ人」には、47都道府県で起業し、活躍している事業者のインタビューが載っており、地方での事業における実体験や苦労話などを発信しています。
また、地方で開催されている起業支援イベントや支援策についてもまとめられており、地方で事業を検討する際には、ぜひご注目頂きたいページです。
まとめ
地方で起業をするのに、すでにある企業を引き継ぐことは、雇用を守り、地域を活性化することにつながり、とても社会的意義のあることです。
雇用が維持できるということは、その地域に住み続けられる若者が増えるということになります。子どもも生まれ、地方に若い力を吹き込むことができるでしょう。様々な困難なこともありますが、地域に感謝される輝く存在になってくださいね。
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